第二章(アメリカ合宿編)
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灼熱の気温が、アスファルトを歪ませる。一日おきの「ミラーリング練習」と「通常パスルート練習」の往復は容赦なく悟の肉体と精神を削っていた。彼女の脚を鉛のように重くし、慢性的な寝不足により脳は常に熱を帯びている。
だが、極限の疲労は、皮肉にも彼女の「悪魔の予言」を変質させていた。
(……聞こえる。音じゃない、空気が……震えてる)
耳栓で遮断された無音の世界。朦朧とする意識の中で、悟は「考える」前にモン太たちの次の一歩を感知していた。砂を蹴る振動、筋肉の弛緩、風のわずかな動き――。それらが脳内で意図せず計算され、「光の筋」となって走るべきルートを指し示す。
「……へっ、ようやく『計算』が無意識に昇華し、『野生』が混じり始めたか」
彼女を見つめるどぶろくが、ニヤリと笑う。
「兄貴が天性で持っている領域に、あいつは努力で片足を突っ込みやがったぜ」
練習終了後。夜も更け部員たちが死体のように倒れ込む中、悟は一人、立ち上がった。彼女の「観察力」は、練習外でも無意識に働いていた。
(ヒル魔さん……さっき、ほんの一瞬だけ、左膝を庇った……)
悟はテーピング用テープを握りしめてヒル魔の姿を探す。
デコトラから少し離れた、大きな岩陰。そこに、彼を見つけた。
「……っ」
しかし、悟の足は止まった。岩陰には、すでに先客がいたからだ。
恋人のように、あるいは長年連れ添った相棒のように――。手際よくヒル魔の膝をアイシングし、テーピングを施すまもりの姿。
「何してんだ、糞マネ。早くガキのお守りにいけ」
「行きません。ヒザ、じっとしてて」
空間に漂うのは、他人には決して入り込めない完成された空気感。悟は、差し出そうとしたテープを強く握りしめた。
(……私にできるのは、彼の『駒』として動くことだけ。まもりさんのように、彼を支えることはできないんだ……)
胸の奥が、鋭いトゲに刺されたようにチクリと痛んだ。
逃げるようにその場を去り、悟は誰もいないデコトラの影へ辿り着いた。
現実を、胸の痛みを忘れるために、無理やりノートパソコンを開く。データ分析に没頭すれば、あの光景も忘れられるはずだ。
地面に座り込もうとした瞬間、景色が二重、三重に歪む。
「あ……れ…」
一瞬、視界が白く弾けた。
地面が跳ね上がり、重力に抗えなくなる。
「……っ、あ」
意識が遠のき、砂の上に崩れ落ちようとしたその瞬間――。
「っおい、悟! 大丈夫か!」
強い力で腕を引かれ、厚い胸板の中に受け止められた。
悟のぼんやりとした視界に映ったのは、必死な形相の十文字だった。
「……十文字くん」
悟の弱々しく、消え入りそうな声。
「悟、お前ひどい顔色だぞ」
「……大丈夫。迷惑かけて、ごめんね」
その言葉を聞いた瞬間、十文字の表情が強張った。怒ったような、今にも泣き出しそうな、そんな顔。
次の瞬間、悟の身体は十文字の腕の中に強く抱きすくめられた。
「っ、なんで謝んだよ……」
砂塵と汗の匂い。そして、自分と同じように砂にまみれ、酷使された肉体の熱。
「謝るくらいなら、さっさと寝ろ。……今日は何が何でも寝てもらう。もう放っておいてやらねェ」
十文字の声は、微かに震えていた。
突然、十文字が悟を抱き上げる。
「っえ、十文字くん!?」
驚く悟を、有無を言わさず「お姫様抱っこ」で抱えながら、十文字は迷いのない足取りで歩き出す。
「なりふり構ってられるか」
騒ぎに気づき、荷台から顔を出したセナ、黒木、戸叶が目を丸くして固まっている。だが、十文字は一言も発さず、一瞥もくれない。彼は彼女への特別な感情を認め、周囲に知られることすら厭わない決意で、ただ、自分の腕の中の「守るべき存在」だけを見つめていた。
十文字は悟をデコトラの助手席へ押し込むと、彼女のノートパソコンを容赦なく没収した。
「…頼むから寝ろよ。……おやすみ」
穏やかな表情を浮かべた十文字がドアを閉める。
静かになった車内で悟の脳裏に浮かぶのは、どこか縋るような十文字の声。そして、彼に抱きすくめられた時に感じた、あの確かな温もり――。
疲れ果てた悟の意識は深い闇へと沈んでいく。
悟の、そして泥門デビルバッツのデス・マーチのある日の夜は、静かに更けていった。
だが、極限の疲労は、皮肉にも彼女の「悪魔の予言」を変質させていた。
(……聞こえる。音じゃない、空気が……震えてる)
耳栓で遮断された無音の世界。朦朧とする意識の中で、悟は「考える」前にモン太たちの次の一歩を感知していた。砂を蹴る振動、筋肉の弛緩、風のわずかな動き――。それらが脳内で意図せず計算され、「光の筋」となって走るべきルートを指し示す。
「……へっ、ようやく『計算』が無意識に昇華し、『野生』が混じり始めたか」
彼女を見つめるどぶろくが、ニヤリと笑う。
「兄貴が天性で持っている領域に、あいつは努力で片足を突っ込みやがったぜ」
練習終了後。夜も更け部員たちが死体のように倒れ込む中、悟は一人、立ち上がった。彼女の「観察力」は、練習外でも無意識に働いていた。
(ヒル魔さん……さっき、ほんの一瞬だけ、左膝を庇った……)
悟はテーピング用テープを握りしめてヒル魔の姿を探す。
デコトラから少し離れた、大きな岩陰。そこに、彼を見つけた。
「……っ」
しかし、悟の足は止まった。岩陰には、すでに先客がいたからだ。
恋人のように、あるいは長年連れ添った相棒のように――。手際よくヒル魔の膝をアイシングし、テーピングを施すまもりの姿。
「何してんだ、糞マネ。早くガキのお守りにいけ」
「行きません。ヒザ、じっとしてて」
空間に漂うのは、他人には決して入り込めない完成された空気感。悟は、差し出そうとしたテープを強く握りしめた。
(……私にできるのは、彼の『駒』として動くことだけ。まもりさんのように、彼を支えることはできないんだ……)
胸の奥が、鋭いトゲに刺されたようにチクリと痛んだ。
逃げるようにその場を去り、悟は誰もいないデコトラの影へ辿り着いた。
現実を、胸の痛みを忘れるために、無理やりノートパソコンを開く。データ分析に没頭すれば、あの光景も忘れられるはずだ。
地面に座り込もうとした瞬間、景色が二重、三重に歪む。
「あ……れ…」
一瞬、視界が白く弾けた。
地面が跳ね上がり、重力に抗えなくなる。
「……っ、あ」
意識が遠のき、砂の上に崩れ落ちようとしたその瞬間――。
「っおい、悟! 大丈夫か!」
強い力で腕を引かれ、厚い胸板の中に受け止められた。
悟のぼんやりとした視界に映ったのは、必死な形相の十文字だった。
「……十文字くん」
悟の弱々しく、消え入りそうな声。
「悟、お前ひどい顔色だぞ」
「……大丈夫。迷惑かけて、ごめんね」
その言葉を聞いた瞬間、十文字の表情が強張った。怒ったような、今にも泣き出しそうな、そんな顔。
次の瞬間、悟の身体は十文字の腕の中に強く抱きすくめられた。
「っ、なんで謝んだよ……」
砂塵と汗の匂い。そして、自分と同じように砂にまみれ、酷使された肉体の熱。
「謝るくらいなら、さっさと寝ろ。……今日は何が何でも寝てもらう。もう放っておいてやらねェ」
十文字の声は、微かに震えていた。
突然、十文字が悟を抱き上げる。
「っえ、十文字くん!?」
驚く悟を、有無を言わさず「お姫様抱っこ」で抱えながら、十文字は迷いのない足取りで歩き出す。
「なりふり構ってられるか」
騒ぎに気づき、荷台から顔を出したセナ、黒木、戸叶が目を丸くして固まっている。だが、十文字は一言も発さず、一瞥もくれない。彼は彼女への特別な感情を認め、周囲に知られることすら厭わない決意で、ただ、自分の腕の中の「守るべき存在」だけを見つめていた。
十文字は悟をデコトラの助手席へ押し込むと、彼女のノートパソコンを容赦なく没収した。
「…頼むから寝ろよ。……おやすみ」
穏やかな表情を浮かべた十文字がドアを閉める。
静かになった車内で悟の脳裏に浮かぶのは、どこか縋るような十文字の声。そして、彼に抱きすくめられた時に感じた、あの確かな温もり――。
疲れ果てた悟の意識は深い闇へと沈んでいく。
悟の、そして泥門デビルバッツのデス・マーチのある日の夜は、静かに更けていった。