第二章【アメリカ合宿編】
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見渡す限りの荒野と、アスファルトの上で不気味に蠢く陽炎。40°C近い気温に加え、熱風は吸い込むだけで肺を炙り、喉をカラカラに乾かしていく。
そこには、もはやスポーツの合宿といった爽やかさは微塵もなかった。
どぶろくが、デコトラ「デビルバット号」の影で酒瓶を傾け、セナに一掴みの石を放り投げた。
「お前にはこれだ。蹴りながら走り続けな。デス・マーチが終わる頃には、何かを掴めてるはずだぜ」
セナが当惑しながらも石を受け取る。その隣では、栗田や小結、そしてハァハァ三兄弟が、エンジンを切った巨大なトラックの重圧に絶望していた。
ライン組に課されたのは、2000kmの道のりを人力で押しながら進むことであった。
ヒル魔が不敵に口角を吊り上げ、広大な荒野に向けて腕を広げる。
「ケケッ! 泣き言を言う暇があるなら足を動かせ! 死にたくなけりゃあ、意地でも食らいついてきやがれ!!」
「『死の行軍(デス・マーチ)』……スタートだ!!」
その咆哮が、地獄の幕開けを告げた。
走り出して間もなく、悟はどぶろくから渡されたシリコン製の耳栓を深く押し込んだ。
一瞬にして、世界から音が消える。熱風の唸りも、トラックを押し歩くライン組の怒号も聞こえない。
(……何も、聞こえない)
悟がどぶろくに課されたのは、モン太と雪光の真横を走り続け、パスルート練習する彼らの動きを寸分違わぬタイミングで模倣することだ。
レシーバーはQBの「スラント」「フック」といったサインや指示を受けて動く場合がある。だが、耳を塞いだ悟にはその「正解」が届かない。頼れるのは、隣を走る二人の肉体が発する微かな予兆だけだ。
(来る、スラント――……違う、ヒッチ!)
モン太が鋭いカットを切る。動きがずれ、足がもつれる。悟の「悪魔の予言」で懸命に追うも、パスルートは10種類と多彩なうえ、NASAエイリアンズ戦の時ような超ロングパスとは違い、思考を巡らせる余裕などありはしない。
(集中力が……もたない……!)
身体の疲労以上に、絶え間なく脳をフル回転させる負荷が悟を蝕む。一歩でも読みを誤れば、「悪魔の予言」は無残に崩れ去る。
「精度ももちろんだが、予測し続けることが『自然体』『当たり前』になるまで脳と身体に叩き込め」というどぶろくの言葉。
そして、「途中でショートしちまうような回路じゃ、使いもんになんねェぞ」というヒル魔の声。
悟は唇を噛み締め、汗で霞む視界の中で、モン太と雪光の動きの機微を凝視し続けた。
初日の行程を終えたのは、太陽が地平線に沈みきった頃だった。
全員が砂の上に死体のように転がっている。足の指の豆が潰れ、砂と汗が混じり、全身が熱を持っている。
「ケケッ、まぁ初日にしちゃ及第点だ」
ヒル魔が悟の前に立ち、冷徹にスケジュールを告げる。
「明日からはこの『ミラーリング練習』と、『通常パスルート練習』を一日おきに交互にやる。……休んでる暇はねぇぞ」
「……わかってます。全部、やってみせます」
悟は這いつくばったまま、掠れた声で言い返した。
夜。満天の星空の下、まもりが献身的にメンバーのケアをして回る中、悟は一人、震える手でノートパソコンを起動させていた。
今日、隣で走りながら網膜に焼き付けた「仲間の生身の動き」を、データとして記録、脳に刻み込み、予言の精度を1%でも上げようとする。
「悟さん……まだ休まないの? 今日はもう、限界だよ……」
隣で倒れ込んでいたセナが、心配そうに顔を上げた。
「……大丈夫。こうでもしないと、私の価値を……証明できないから」
悟は、疲労を隠すように僅かに微笑んだ。泥門デビルバッツに加入したその日から一一ヒル魔と出会ってから。彼女の中に芽生えた感情は、もはや劣等感だけではない。自分の才能で、自分の努力で、あの怪物の鼻をあかしてやりたいという、静かで熱い執念だ。
そんな悟の姿を、少し離れた場所からじっと見つめている影があった。
十文字だ。
「……ったく、あのバカ。あんな無茶して、自分から壊れに行ってるようなもんだ」
十文字は苦い顔で毒づく。阿含という圧倒的な才能を前に、死に物狂いで足掻こうとする彼女の姿は、どこか自分たちと重なって見えていた。
「おーおー、悟が心配でおちおち寝てられねーってか?」
「惚れた女が無茶してんのは、見てられねーよなぁ?」
黒木と戸叶がニヤニヤしながら肩を組んでくる。
「……うるせぇ! 見てて苛々すんだよ、あんな危なっかしい奴!」
十文字は顔を赤くして悪態をついたが、その視線は再び、青白い画面に向き合う悟の細い背中に戻った。
(……俺たちみたいな『凡才』が、あいつらに…天才に勝つには……これしかねぇってのかよ)
夜の静寂が、泥門デビルバッツをその執念ごと飲み込んでいく。地獄の2000kmは、まだ一歩目を踏み出したばかりだった。
そこには、もはやスポーツの合宿といった爽やかさは微塵もなかった。
どぶろくが、デコトラ「デビルバット号」の影で酒瓶を傾け、セナに一掴みの石を放り投げた。
「お前にはこれだ。蹴りながら走り続けな。デス・マーチが終わる頃には、何かを掴めてるはずだぜ」
セナが当惑しながらも石を受け取る。その隣では、栗田や小結、そしてハァハァ三兄弟が、エンジンを切った巨大なトラックの重圧に絶望していた。
ライン組に課されたのは、2000kmの道のりを人力で押しながら進むことであった。
ヒル魔が不敵に口角を吊り上げ、広大な荒野に向けて腕を広げる。
「ケケッ! 泣き言を言う暇があるなら足を動かせ! 死にたくなけりゃあ、意地でも食らいついてきやがれ!!」
「『死の行軍(デス・マーチ)』……スタートだ!!」
その咆哮が、地獄の幕開けを告げた。
走り出して間もなく、悟はどぶろくから渡されたシリコン製の耳栓を深く押し込んだ。
一瞬にして、世界から音が消える。熱風の唸りも、トラックを押し歩くライン組の怒号も聞こえない。
(……何も、聞こえない)
悟がどぶろくに課されたのは、モン太と雪光の真横を走り続け、パスルート練習する彼らの動きを寸分違わぬタイミングで模倣することだ。
レシーバーはQBの「スラント」「フック」といったサインや指示を受けて動く場合がある。だが、耳を塞いだ悟にはその「正解」が届かない。頼れるのは、隣を走る二人の肉体が発する微かな予兆だけだ。
(来る、スラント――……違う、ヒッチ!)
モン太が鋭いカットを切る。動きがずれ、足がもつれる。悟の「悪魔の予言」で懸命に追うも、パスルートは10種類と多彩なうえ、NASAエイリアンズ戦の時ような超ロングパスとは違い、思考を巡らせる余裕などありはしない。
(集中力が……もたない……!)
身体の疲労以上に、絶え間なく脳をフル回転させる負荷が悟を蝕む。一歩でも読みを誤れば、「悪魔の予言」は無残に崩れ去る。
「精度ももちろんだが、予測し続けることが『自然体』『当たり前』になるまで脳と身体に叩き込め」というどぶろくの言葉。
そして、「途中でショートしちまうような回路じゃ、使いもんになんねェぞ」というヒル魔の声。
悟は唇を噛み締め、汗で霞む視界の中で、モン太と雪光の動きの機微を凝視し続けた。
初日の行程を終えたのは、太陽が地平線に沈みきった頃だった。
全員が砂の上に死体のように転がっている。足の指の豆が潰れ、砂と汗が混じり、全身が熱を持っている。
「ケケッ、まぁ初日にしちゃ及第点だ」
ヒル魔が悟の前に立ち、冷徹にスケジュールを告げる。
「明日からはこの『ミラーリング練習』と、『通常パスルート練習』を一日おきに交互にやる。……休んでる暇はねぇぞ」
「……わかってます。全部、やってみせます」
悟は這いつくばったまま、掠れた声で言い返した。
夜。満天の星空の下、まもりが献身的にメンバーのケアをして回る中、悟は一人、震える手でノートパソコンを起動させていた。
今日、隣で走りながら網膜に焼き付けた「仲間の生身の動き」を、データとして記録、脳に刻み込み、予言の精度を1%でも上げようとする。
「悟さん……まだ休まないの? 今日はもう、限界だよ……」
隣で倒れ込んでいたセナが、心配そうに顔を上げた。
「……大丈夫。こうでもしないと、私の価値を……証明できないから」
悟は、疲労を隠すように僅かに微笑んだ。泥門デビルバッツに加入したその日から一一ヒル魔と出会ってから。彼女の中に芽生えた感情は、もはや劣等感だけではない。自分の才能で、自分の努力で、あの怪物の鼻をあかしてやりたいという、静かで熱い執念だ。
そんな悟の姿を、少し離れた場所からじっと見つめている影があった。
十文字だ。
「……ったく、あのバカ。あんな無茶して、自分から壊れに行ってるようなもんだ」
十文字は苦い顔で毒づく。阿含という圧倒的な才能を前に、死に物狂いで足掻こうとする彼女の姿は、どこか自分たちと重なって見えていた。
「おーおー、悟が心配でおちおち寝てられねーってか?」
「惚れた女が無茶してんのは、見てられねーよなぁ?」
黒木と戸叶がニヤニヤしながら肩を組んでくる。
「……うるせぇ! 見てて苛々すんだよ、あんな危なっかしい奴!」
十文字は顔を赤くして悪態をついたが、その視線は再び、青白い画面に向き合う悟の細い背中に戻った。
(……俺たちみたいな『凡才』が、あいつらに…天才に勝つには……これしかねぇってのかよ)
夜の静寂が、泥門デビルバッツをその執念ごと飲み込んでいく。地獄の2000kmは、まだ一歩目を踏み出したばかりだった。