第一章【春季大会編】
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NASAエイリアンズとの死闘。
結果は敗北。しかし、格上のNASAエイリアンズを相手に1点差という大接戦を演じた泥門デビルバッツの評価は、一躍跳ね上がっていた。
試合後、悟は部室のスコアボードを見つめ、冷静に数字を弾き出していた。
(……キックの点こぼし。まともなキッカーさえいれば、勝つことだって……)
タッチダウン後のエキストラポイント、そしてチャンス時のフィールドゴール。もしこの点を確実に積み重ねるピースがあれば、結果は覆っていたかもしれない。
だが、ヒル魔の描く作戦ボードの「K(キッカー)」の欄だけは、今も空白のままだ。
「……悟さん、今、キッカーのことを考えてる?」
背後から声をかけたのは、セナだった。
「…ちょっと見てほしいものがあるんだ」
悟の深刻な表情を読み取った彼は、彼女を自分たちの教室に案内する。そして教室の隅に置かれた、埃を被った古いブラウン管テレビの前に立った。
「実は……悟さんには知っておいて欲しい事があって。泥門のキッカーがいない理由についてなんだけど」
セナが語るのは、泥門のキッカー不在にまつわる物語。「60ヤードマグナム」という都市伝説、そしてその男「ムサシ」の存在。彼が家業を継ぐために夢を断ち切り、チームを去った過去。
セナはテレビをそっと撫でた。
そこには、白の油性マジックで殴り書きされた、色褪せない誓いが刻まれていた。
『絶対クリスマスボウル!!』
その横には、『ヒル魔』『栗田』『ムサシ』という三人の名前。
「ムサシさんは、泥門が本当に強くなったら、戻ることを考えるって約束してくれたんだ。……だから、僕は、僕たちは待ってる。この空白を埋められるのは、あの人しかいないから」
セナの純粋な決意。悟はその文字の荒々しい筆致から、ヒル魔がどれほど合理的な男であっても、この場所だけは代わりを立てずに待ち続けている理由を悟った。それは打算ではなく、悪魔の顔をした男の、不器用で一途な仲間への思いだった。
教室を後にし、一人帰路に着こうとした悟の目に、ある男の姿が映った。
作業服に身を包み頭には白いタオルを巻いた、黙々と部室の外壁を補修している男。大人びた——いや、老けた顔立ちの男が、無言でハンマーを振るっていた。
「……お前か。ヒル魔がやけに目をかけてるみたいだな」
不意に声をかけられ、悟は足を止めた。男の瞳には、鋭さと共に深い年輪のような落ち着きがあった。
「……私のことを、知っているんですか?」
「ああ。あいつが他人に世話焼いてるなんて話は、俺にとっちゃ、驚きを通り越して笑っちまうようなニュースだったからな」
その言葉で、悟にある予感がよぎる。この佇まい、そしてヒル魔を知り尽くしたかような口ぶり。
(もしかして、この人が……ムサシさん……?)
武蔵は汗を拭い、腰を下ろすと、遠い目をして話し始めた。
「……あいつはな、昔から変わらねぇ。今のあいつがあるのは、たった三人で、何もない河川敷からクリスマスボウルを目指そうなんて馬鹿な夢を本気で信じたからだ。俺と、栗田と、ヒル魔の三人でな」
語られるのは、泥門デビルバッツの、あまりにも純粋すぎる原点。
それは、彼が今も捨てきれない何かを、無意識に手繰り寄せるような口ぶりだった。悟は、先ほど部室で見たテレビの文字を思い出し、胸の奥が熱くなるのを感じた。
「……ムサシさんですよね? 何故、会ったばかりの私に、そんな大切な話を……?」
悟の問いに、武蔵は一瞬、ハッとしたように目を見開いた。自分の饒舌さが、自分でも信じられないといった様子で、彼は空を仰いだ。
「……さあな。なんでだろうな。お前たちの熱に当てられて、のぼせちまってるのかもしれないな……」
夢を断ち切ったはずの男が、無意識のうちに、戦場へ戻るための理由を探している。悟には、そう見えた。
「ケケッ! 油売ってんじゃねぇぞ、さっさと補修済ませろ、糞ジジイ」
聞き慣れた、突き刺すような声。
いつの間にか背後に立っていたヒル魔が、不敵に笑っていた。彼は武蔵と視線を交わすが、戻ってこいという言葉は一切口にしない。ただ、互いの「今」を認め合うような、重く静かな沈黙があった。
「行くぞ。グズグズしてると置いていく」
「……それ私に言ってます?」
振り返りもせず歩き出すヒル魔に、悟は慌ててついていく。それは武蔵に向けられた言葉のようでもあり、悟を新たなステージへ連れ出す合図のようでもあった。
悟は、セナに見せてもらった「誓いの寄せ書き」と、武蔵から聞いた「ヒル魔の原点」を胸に刻み、未知の地での成長を誓う。
まだ、彼女は知らない。
「アメリカ合宿」という華やかな響きの先に、地獄の2,000kmが待ち受けていることを。
結果は敗北。しかし、格上のNASAエイリアンズを相手に1点差という大接戦を演じた泥門デビルバッツの評価は、一躍跳ね上がっていた。
試合後、悟は部室のスコアボードを見つめ、冷静に数字を弾き出していた。
(……キックの点こぼし。まともなキッカーさえいれば、勝つことだって……)
タッチダウン後のエキストラポイント、そしてチャンス時のフィールドゴール。もしこの点を確実に積み重ねるピースがあれば、結果は覆っていたかもしれない。
だが、ヒル魔の描く作戦ボードの「K(キッカー)」の欄だけは、今も空白のままだ。
「……悟さん、今、キッカーのことを考えてる?」
背後から声をかけたのは、セナだった。
「…ちょっと見てほしいものがあるんだ」
悟の深刻な表情を読み取った彼は、彼女を自分たちの教室に案内する。そして教室の隅に置かれた、埃を被った古いブラウン管テレビの前に立った。
「実は……悟さんには知っておいて欲しい事があって。泥門のキッカーがいない理由についてなんだけど」
セナが語るのは、泥門のキッカー不在にまつわる物語。「60ヤードマグナム」という都市伝説、そしてその男「ムサシ」の存在。彼が家業を継ぐために夢を断ち切り、チームを去った過去。
セナはテレビをそっと撫でた。
そこには、白の油性マジックで殴り書きされた、色褪せない誓いが刻まれていた。
『絶対クリスマスボウル!!』
その横には、『ヒル魔』『栗田』『ムサシ』という三人の名前。
「ムサシさんは、泥門が本当に強くなったら、戻ることを考えるって約束してくれたんだ。……だから、僕は、僕たちは待ってる。この空白を埋められるのは、あの人しかいないから」
セナの純粋な決意。悟はその文字の荒々しい筆致から、ヒル魔がどれほど合理的な男であっても、この場所だけは代わりを立てずに待ち続けている理由を悟った。それは打算ではなく、悪魔の顔をした男の、不器用で一途な仲間への思いだった。
教室を後にし、一人帰路に着こうとした悟の目に、ある男の姿が映った。
作業服に身を包み頭には白いタオルを巻いた、黙々と部室の外壁を補修している男。大人びた——いや、老けた顔立ちの男が、無言でハンマーを振るっていた。
「……お前か。ヒル魔がやけに目をかけてるみたいだな」
不意に声をかけられ、悟は足を止めた。男の瞳には、鋭さと共に深い年輪のような落ち着きがあった。
「……私のことを、知っているんですか?」
「ああ。あいつが他人に世話焼いてるなんて話は、俺にとっちゃ、驚きを通り越して笑っちまうようなニュースだったからな」
その言葉で、悟にある予感がよぎる。この佇まい、そしてヒル魔を知り尽くしたかような口ぶり。
(もしかして、この人が……ムサシさん……?)
武蔵は汗を拭い、腰を下ろすと、遠い目をして話し始めた。
「……あいつはな、昔から変わらねぇ。今のあいつがあるのは、たった三人で、何もない河川敷からクリスマスボウルを目指そうなんて馬鹿な夢を本気で信じたからだ。俺と、栗田と、ヒル魔の三人でな」
語られるのは、泥門デビルバッツの、あまりにも純粋すぎる原点。
それは、彼が今も捨てきれない何かを、無意識に手繰り寄せるような口ぶりだった。悟は、先ほど部室で見たテレビの文字を思い出し、胸の奥が熱くなるのを感じた。
「……ムサシさんですよね? 何故、会ったばかりの私に、そんな大切な話を……?」
悟の問いに、武蔵は一瞬、ハッとしたように目を見開いた。自分の饒舌さが、自分でも信じられないといった様子で、彼は空を仰いだ。
「……さあな。なんでだろうな。お前たちの熱に当てられて、のぼせちまってるのかもしれないな……」
夢を断ち切ったはずの男が、無意識のうちに、戦場へ戻るための理由を探している。悟には、そう見えた。
「ケケッ! 油売ってんじゃねぇぞ、さっさと補修済ませろ、糞ジジイ」
聞き慣れた、突き刺すような声。
いつの間にか背後に立っていたヒル魔が、不敵に笑っていた。彼は武蔵と視線を交わすが、戻ってこいという言葉は一切口にしない。ただ、互いの「今」を認め合うような、重く静かな沈黙があった。
「行くぞ。グズグズしてると置いていく」
「……それ私に言ってます?」
振り返りもせず歩き出すヒル魔に、悟は慌ててついていく。それは武蔵に向けられた言葉のようでもあり、悟を新たなステージへ連れ出す合図のようでもあった。
悟は、セナに見せてもらった「誓いの寄せ書き」と、武蔵から聞いた「ヒル魔の原点」を胸に刻み、未知の地での成長を誓う。
まだ、彼女は知らない。
「アメリカ合宿」という華やかな響きの先に、地獄の2,000kmが待ち受けていることを。