第一章【春季大会編】
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春季大会決勝、王城ホワイトナイツ vs 神龍寺ナーガ。
スタジアムは熱狂の渦の中にあったが、その中心にいるべき「神」の姿はまだフィールドにはなかった。
スタジアムの薄暗い通路。阿含は気だるげに歩いていた。
試合開始からすでに時間は経過しているが、彼に焦りはない。自分がいない神龍寺だろうが今の王城相手に負けはない。それに万が一苦戦しようが、自分が入りさえすれば全てを蹂躙できるという絶対的な自負があるからだ。
その時、通路の向こうから、足音が聞こえてきた。
「あ、あれ……観客席はこっちじゃない……? ええと、皆はどこに……」
迷子になり、半べそをかきながら右往左往している少女。自分と同じ紫黒色の髪を揺らす悟だった。
阿含の姿を認めた瞬間、悟の身体が強張る。
阿含は鼻で笑うと、無視して通り過ぎようとした。
だが、その視界に不快な光景が飛び込む。
悟の白い頬に貼られた、不恰好な絆創膏。
そして、腕や足には、試合や練習で刻まれたであろう数々の痣や小さな傷跡。いつかは消える、取るに足らない痛みの面影たち。
阿含の足が、無意識に止まった。
「……悟」
低く、地を這うような声。悟はビクリと肩を揺らす。
阿含は一歩、また一歩と距離を詰める。悟は逃げ場を失い、冷たいコンクリートの壁に背を預けた。
阿含の大きな手が、ゆっくりと伸びる。
「………っ!」
悟は反射的に目を閉じた。
だが、頬に触れたのは、驚くほど繊細で、温かい指先だった。
阿含の指が、悟の頬の絆創膏をそっとなぞる。
自分と同じ血が流れているのにも関わらず、あまりにも弱い、自分が守るべき「欠陥品」。その肌に、どこの馬の骨とも知れぬ「泥門 」どもと作った傷がある。それは、阿含には耐え難いほど不愉快で、焦慮の念に駆らせるものだった。
「顔に傷なんか……作りやがって……」
その指先は、まるで悟を憂慮し慈しむように、微かに震えていた。
阿含の中に眠る兄としての情が、彼の理性を裏切り、無意識に漏れ出していた。
「――あ」
悟が目を開け、困惑と驚きが混ざった瞳で兄を見上げた瞬間。
阿含は、自分が何をしているかを自覚した。
(……反吐が出るぜ)
阿含の顔が、急速に歪んだ。
自分の内に芽生えた「情」「弱さ」への激しい嫌悪。自分自身に対する、言いようのないバツの悪さ。
「……チッ」
阿含は、苦虫を噛み潰したような顔で手を離した。
逃げるように背を向け、阿含はフィールドへと歩き出す。
その足取りに余裕はなく、どこか苛立ちに満ちていた。
数分後。
フィールドに、最強の「神」が降臨した。
「ケッ、見てろよカス共。これが本物の天才だ」
観客席のどこかにいるはずの、あの「愛しい無様な妹」に向けて。
阿含はフィールドを支配してのける。
圧倒的。暴力的。神に選ばれた者のみが許される、慈悲なき蹂躙。
彼はプレーで語っていた。
「努力?根性?笑わせるな。カスがいくら足掻こうと、この場所には届かねぇ」
まるで自分に言い聞かせるように。
だが、その脳裏には、先ほど触れた悟の肌の柔らかさと、震える自分の指先の感触が、いつまでも消えずに残り続けていた。
スタジアムは熱狂の渦の中にあったが、その中心にいるべき「神」の姿はまだフィールドにはなかった。
スタジアムの薄暗い通路。阿含は気だるげに歩いていた。
試合開始からすでに時間は経過しているが、彼に焦りはない。自分がいない神龍寺だろうが今の王城相手に負けはない。それに万が一苦戦しようが、自分が入りさえすれば全てを蹂躙できるという絶対的な自負があるからだ。
その時、通路の向こうから、足音が聞こえてきた。
「あ、あれ……観客席はこっちじゃない……? ええと、皆はどこに……」
迷子になり、半べそをかきながら右往左往している少女。自分と同じ紫黒色の髪を揺らす悟だった。
阿含の姿を認めた瞬間、悟の身体が強張る。
阿含は鼻で笑うと、無視して通り過ぎようとした。
だが、その視界に不快な光景が飛び込む。
悟の白い頬に貼られた、不恰好な絆創膏。
そして、腕や足には、試合や練習で刻まれたであろう数々の痣や小さな傷跡。いつかは消える、取るに足らない痛みの面影たち。
阿含の足が、無意識に止まった。
「……悟」
低く、地を這うような声。悟はビクリと肩を揺らす。
阿含は一歩、また一歩と距離を詰める。悟は逃げ場を失い、冷たいコンクリートの壁に背を預けた。
阿含の大きな手が、ゆっくりと伸びる。
「………っ!」
悟は反射的に目を閉じた。
だが、頬に触れたのは、驚くほど繊細で、温かい指先だった。
阿含の指が、悟の頬の絆創膏をそっとなぞる。
自分と同じ血が流れているのにも関わらず、あまりにも弱い、自分が守るべき「欠陥品」。その肌に、どこの馬の骨とも知れぬ「
「顔に傷なんか……作りやがって……」
その指先は、まるで悟を憂慮し慈しむように、微かに震えていた。
阿含の中に眠る兄としての情が、彼の理性を裏切り、無意識に漏れ出していた。
「――あ」
悟が目を開け、困惑と驚きが混ざった瞳で兄を見上げた瞬間。
阿含は、自分が何をしているかを自覚した。
(……反吐が出るぜ)
阿含の顔が、急速に歪んだ。
自分の内に芽生えた「情」「弱さ」への激しい嫌悪。自分自身に対する、言いようのないバツの悪さ。
「……チッ」
阿含は、苦虫を噛み潰したような顔で手を離した。
逃げるように背を向け、阿含はフィールドへと歩き出す。
その足取りに余裕はなく、どこか苛立ちに満ちていた。
数分後。
フィールドに、最強の「神」が降臨した。
「ケッ、見てろよカス共。これが本物の天才だ」
観客席のどこかにいるはずの、あの「愛しい無様な妹」に向けて。
阿含はフィールドを支配してのける。
圧倒的。暴力的。神に選ばれた者のみが許される、慈悲なき蹂躙。
彼はプレーで語っていた。
「努力?根性?笑わせるな。カスがいくら足掻こうと、この場所には届かねぇ」
まるで自分に言い聞かせるように。
だが、その脳裏には、先ほど触れた悟の肌の柔らかさと、震える自分の指先の感触が、いつまでも消えずに残り続けていた。