第一章【春季大会編】
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賊学カメレオンズ戦の熱気が残るグラウンド。
勝利の余韻に浸る暇もなく、悟の腕は乱暴に掴まれた。
「ヒル魔くん!乱暴はやめて!」
まもりが戒めるも、ヒル魔はそれ気にもとめず悟を引きずるようにしてその場を去った。
向かった先は、部室ではなく高校から少し離れた場所にある、古びた喫茶店だった。
カラン、と寂れた鈴の音が店内に響く。
ヒル魔は一番奥のボックス席に陣取ると、終始不機嫌そうにガムを噛み、ノートパソコンを開いた。その沈黙に、悟は小さくなって向かいの席に座る。
(…やっぱり、何か怒らせるようなことをしてしまっただろうか。私が至らなかったから…)
自分を卑下する悪い癖で縮まこまる悟を、ヒル魔は一瞥すると、視線をモニターに戻し静かにその口を開いた。
「反省会っつったろ。死ぬ気で頭に叩き込め」
パソコンのモニターに映し出されたのは、今日の悟のプレーだった。
「第1クォーターの動き出し、1.5秒遅ぇ。テメーならもっと速く動けるハズだ。……このプレーはパスへの反応がコンマ数秒遅くなってんな…スタミナ切れてんだろ、基礎体力が足りてねぇんだよ。まずはクォーター単位の最低12分、ノンストップで動けなきゃ話にならねぇ。あとキャッチの瞬間に脇が甘ぇ。糞 サルを見習いやがれ。」
「はい! ……すみません」
容赦ないダメ出しの嵐。次々と挙げられる欠点。
けれど、悟は必死にメモを取りながら、胸の奥で小さな温かさを感じていた。
これほどまでに細かく、一瞬も見逃さずに見てくれている。それは、戦力として期待されているという何よりの証拠だからだ。
一通り映像を流し終えると、ヒル魔はふっと短く息を吐き、パソコンを閉じた。
「……だが。相手ディフェンスからのタックルを避ける時の反応や動きは、悪くねぇ」
「え……?」
悟が驚いて顔を上げると、ヒル魔は外の景色に視線を向けたまま、ぶっきらぼうに言葉を継いだ。
「テメーはもう、ただの『阿含の劣化版』じゃねぇ。俺が選んだ泥門デビルバッツの選手だ。……その自覚は持て」
「……っ」
喉の奥が、熱くなる。
阿含に「無能な出来損ない」だと否定され、傷を負い、自分を殺して生きてきた悟を、ヒル魔は「一人のアメフト選手」そして「チームの一員」として認めている。
「……ありがとうございます、ヒル魔さん」
店を出て、泥門高校へ向かう道を歩く。
今頃、試合を終え戻ったセナたちが、グラウンドで自主トレをしているかもしれない。
「……おい」
ふと、ヒル魔が足を止めた。
「糞 長男の情けねぇ面 に鼻の下伸ばしてんじゃねぇぞ。テメーは試合で勝つことだけ考えてろ」
「えっ、鼻の下なんて……」
「 反論してんじゃねぇ。……テメーは俺の駒で、その駒を動かす権利があるのは俺だけだ」
それは、試合 での話なのか、それとも。
嫉妬に近い独占欲の熱を感じて、悟は言葉を失う。けれど、その不器用で一方的な「縛り」は、今の彼女には心地よく、安心感を与えるものだった。
「一応言いますが十文字くんとは何もありませんよ。彼にも失礼です。……それに、今はヒル魔さんに付いていくのに精一杯なんです。よそ見してる余裕なんてありません」
「…ケケッ、わかってるならいい」
不機嫌の波が引いたのか、ヒル魔の歩幅はいつもより少しだけ緩やかだった。
校門前。ヒル魔の大きな手が、悟の頭を乱暴にかき回した。
その掌からは、一瞬だけ慈しむような熱が込められていた。
「マンツーマンで特別講義してやったんだ。手ぇ抜いたり無駄にしやがったら鉛弾ぶち込まれても文句は言えねぇな、ケケッ!」
不敵に笑って背を向けるヒル魔。
彼の背中を見つめ、悟は熱くなった頬を両手で抑えた。
心臓の音がうるさい。
この鼓動は、恐怖でも、尊敬からくるものでもない。
あの日手首を掴まれた瞬間から、もう逃げ場のない「悪魔の誘惑」に囚われているのだ。
勝利の余韻に浸る暇もなく、悟の腕は乱暴に掴まれた。
「ヒル魔くん!乱暴はやめて!」
まもりが戒めるも、ヒル魔はそれ気にもとめず悟を引きずるようにしてその場を去った。
向かった先は、部室ではなく高校から少し離れた場所にある、古びた喫茶店だった。
カラン、と寂れた鈴の音が店内に響く。
ヒル魔は一番奥のボックス席に陣取ると、終始不機嫌そうにガムを噛み、ノートパソコンを開いた。その沈黙に、悟は小さくなって向かいの席に座る。
(…やっぱり、何か怒らせるようなことをしてしまっただろうか。私が至らなかったから…)
自分を卑下する悪い癖で縮まこまる悟を、ヒル魔は一瞥すると、視線をモニターに戻し静かにその口を開いた。
「反省会っつったろ。死ぬ気で頭に叩き込め」
パソコンのモニターに映し出されたのは、今日の悟のプレーだった。
「第1クォーターの動き出し、1.5秒遅ぇ。テメーならもっと速く動けるハズだ。……このプレーはパスへの反応がコンマ数秒遅くなってんな…スタミナ切れてんだろ、基礎体力が足りてねぇんだよ。まずはクォーター単位の最低12分、ノンストップで動けなきゃ話にならねぇ。あとキャッチの瞬間に脇が甘ぇ。
「はい! ……すみません」
容赦ないダメ出しの嵐。次々と挙げられる欠点。
けれど、悟は必死にメモを取りながら、胸の奥で小さな温かさを感じていた。
これほどまでに細かく、一瞬も見逃さずに見てくれている。それは、戦力として期待されているという何よりの証拠だからだ。
一通り映像を流し終えると、ヒル魔はふっと短く息を吐き、パソコンを閉じた。
「……だが。相手ディフェンスからのタックルを避ける時の反応や動きは、悪くねぇ」
「え……?」
悟が驚いて顔を上げると、ヒル魔は外の景色に視線を向けたまま、ぶっきらぼうに言葉を継いだ。
「テメーはもう、ただの『阿含の劣化版』じゃねぇ。俺が選んだ泥門デビルバッツの選手だ。……その自覚は持て」
「……っ」
喉の奥が、熱くなる。
阿含に「無能な出来損ない」だと否定され、傷を負い、自分を殺して生きてきた悟を、ヒル魔は「一人のアメフト選手」そして「チームの一員」として認めている。
「……ありがとうございます、ヒル魔さん」
店を出て、泥門高校へ向かう道を歩く。
今頃、試合を終え戻ったセナたちが、グラウンドで自主トレをしているかもしれない。
「……おい」
ふと、ヒル魔が足を止めた。
「
「えっ、鼻の下なんて……」
「 反論してんじゃねぇ。……テメーは俺の駒で、その駒を動かす権利があるのは俺だけだ」
それは、
嫉妬に近い独占欲の熱を感じて、悟は言葉を失う。けれど、その不器用で一方的な「縛り」は、今の彼女には心地よく、安心感を与えるものだった。
「一応言いますが十文字くんとは何もありませんよ。彼にも失礼です。……それに、今はヒル魔さんに付いていくのに精一杯なんです。よそ見してる余裕なんてありません」
「…ケケッ、わかってるならいい」
不機嫌の波が引いたのか、ヒル魔の歩幅はいつもより少しだけ緩やかだった。
校門前。ヒル魔の大きな手が、悟の頭を乱暴にかき回した。
その掌からは、一瞬だけ慈しむような熱が込められていた。
「マンツーマンで特別講義してやったんだ。手ぇ抜いたり無駄にしやがったら鉛弾ぶち込まれても文句は言えねぇな、ケケッ!」
不敵に笑って背を向けるヒル魔。
彼の背中を見つめ、悟は熱くなった頬を両手で抑えた。
心臓の音がうるさい。
この鼓動は、恐怖でも、尊敬からくるものでもない。
あの日手首を掴まれた瞬間から、もう逃げ場のない「悪魔の誘惑」に囚われているのだ。