第三章【秋季大会・地区大会編】
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「ったく糞チビ共、突っ走りやがって」
王城と盤戸の試合観戦を終え、泥門デビルバッツの部室に戻ってきたヒル魔は、不機嫌そうに無糖ガムを噛み潰しながらそう吐き捨てた。
激闘の末、勝利を収めたのは王城ホワイトナイツ。これにより、東京大会の3位決定戦の相手は盤戸スパイダースと確定した。
だが現在、部室内にセナやモン太、さらにはまもりや鈴音の姿すらなかった。
盤戸の赤羽隼人が「本物のアイシールド21」である可能性が浮上したことで、真実を確かめるべく、試合直後に巨深の筧のもとへ一目散に飛び出してしまったのだ。
「まぁまぁ、大目に見ましょう。皆それだけ真剣なんですよ」
苛立つヒル魔をなだめながら、悟はテキパキと片付けを進めていた。
ほかの部員たちがあくせく動く中、悟は助っ人たちに貸し出す用の防具がぎっしり詰まった重い段ボールへと手をかける。痛む左腕をかばいながら、持ち上げようとしたその瞬間――。
バッ、と横から伸びてきた手が、強引にその段ボールを引ったくった。
「うわっ……!?」
「寄越せ、怪我人は大人しくしてやがれ」
悟と視線を合わせることもせず、ヒル魔はそのまま乱暴な足取りで機材庫の方へと歩み去っていく。言葉の荒さとは裏腹に、手負いの彼女に決して無理をさせまいとする不器用な気遣い。その背中を見送りながら、悟は小さく苦笑した。
「……ふふ、ありがとうございます」
言われた通り大人しく指示に従うことにして、悟は部室の片隅にあるソファへと腰を下ろした。
自分の道具の手入れをしようと、手慣れた手つきでクロスを走らせる。スパイクの汚れを丹念に落とし、ヘルメットの表面をキュッキュッと磨き上げていく。
そこへ、ドサリと大柄な人影が隣に腰かけた。
「ムサシさん……おつかれさまです」
「ん、おつかれさん」
ムサシが悟の手元へ視線を落とす。
「手首の調子はどうだ。詳しい事情は知らんが、相当痛めてるんだろ?」
「いえ……少し熱っぽいですが、問題ありませんよ」
手元を動かしたまま平然を装って答える悟に、ムサシはふっと目を細めた。
「弱みを見せようとしねぇ所は、
「……それ、ムサシさんには言われたくないです」
ヘルメットを磨く手を止め、悟はムサシをじっと見つめ返す。
家業である工務店を支えるため、自分の本音を押し殺して一度はアメフトを諦め、自分を犠牲にし続けてきた男。
思わぬカウンターを喰らったムサシは一瞬あっけにとられたような顔をし、すぐに降参だとばかりに苦笑いを浮かべた。
「それを言われちゃあな……。……改めて言うが、お前には感謝してる」
「え……?」
「俺の代わり……っつーのは大袈裟だが、ヒル魔の隣にお前がいてくれて良かった。アイツも散々背負い込むタイプだからな……」
後輩部員たちを怒鳴り散らしているヒル魔を見やりながら、ムサシはしみじみと呟いた。
悟もまた、ムサシの視線の先を見やる。
「ムサシさんほどの長い付き合いはないですけど……ヒル魔さんが頼り下手なのはわかる気がします。粗暴で、自己中心的に見えますけど、誰よりもチームのために尽くしているのはヒル魔さんだと思いますし」
ムサシが「ああ」と短く同意の声を漏らす。
「それに、ああ見えて優しいですよね」
「……ヒル魔が『優しい』?」
あまりにも聞き捨てならないワードに、ムサシは心底疑わしいものを見るような目を向けた。
「……お前がよっぽどのお人好しか、奴がお前にだけ見せる顔があるのか……。まぁ、いずれにせよ、お前がヒル魔にとっての『特別』なのは間違いないだろうよ」
長年ヒル魔の隣に立ち続けてきた一番の理解者からの、「特別」認定。
その言葉の意味がじわじわと頭の中に広がり、悟の胸が跳ねた。緩んでいく口角をどうしても抑え込むことができない。
(あ、ダメ……顔に出てちゃう……!)
ニヤけてしまう顔をどうにか隠そうと、悟は慌てて両手で顔全体を覆い隠していると、頭の上に不意にポン、と大きな手が乗せられた。
そのままワシワシと優しく髪を撫でられ、悟は手で顔を覆ったままポカンとしてムサシを見上げた。
「……ムサシさん?」
「ん、驚かせたならすまんな。お前を見てると、なんだか無性に撫でたくなるんだ」
「なんですか、それ」
大工仕事で鍛え上げられた武骨で大きな手の温もりに、困ったような笑い声をこぼす。
その時、部室の外から雷のような怒号が轟いた。
「おい糞悟!!こっち来やがれ!」
「っあ、はーい! 今行きます!!」
ヒル魔の声が聞こえた瞬間、悟は反射的に立ち上がった。
ムサシに会釈したあと、怪我のことなど一瞬で忘れたかのように、弾んだ足取りで声のする方へと一目散に駆け出していく。
バタバタと遠ざかっていくその背中を、ムサシは顎に手を当てながら静かに見送っていた。
(真面目でひたむき、柔らかい空気を纏いながら、その実頑固で気も弱くない)
自分を呼ぶ主のもとへ弾むようにすっ飛んで行った彼女の姿を思い返しながら、ムサシはぽつりと呟いた。
「……あぁ……犬っぽいからか……撫でたくなるのは」
その既視感の正体に合点がいったムサシは、彼女が去った部室で、可笑しそうにフッと口元を緩めた。