第三章【秋季大会・地区大会編】
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ムサシがフィールドに戻ったことで、泥門デビルバッツは息を吹き返し、明らかにその攻撃に勢いを増していた。
「SET……HUT!」
ヒル魔が選択したカードは、作戦名「爆破 」。
スナップと同時、ライン戦の要である栗田が、持ち前の圧倒的なパワーで中央の壁に無理やり穴を空ける。その一瞬の隙間を、セナが自身のスピードを活かして弾丸のように突き抜ける。
数ヤードを確実に稼ぐ――言ってしまえば、栗田のパワー頼みのゴリ押しだ。大型の選手がひしめく中央へ、セナが全身をねじ込むようにして進んでいく。
「泥門デビルバッツ、合計10ヤード進んだため、連続攻撃権 獲得!」
審判の声が響き渡る。
栗田さえ止められなければ、ジワジワと永遠に進んでいける。さながら無敵の動く要塞だ。
「とにかく速攻! ノーハドルでガンガンいくぞ!」
ヒル魔が檄を飛ばし、泥門ライン陣がそれに応えるように雄叫びを上げる。
その光景を見つめながら、悟は息を呑んだ。
(そっか……! これなら、セナのマークを厚くしようにも、敵が回り込む前には事が終わってる。辿り着けないなら関係ない!)
接触による衝撃も厭わず、全力で突き抜けるように走り込むセナの姿に、悟は釘付けになった。
「あだだ……! 身体中がもう……!」
強烈なタックルを受けた直後、座り込むセナ。その元へ駆け寄った悟は、そっと手を差し出した。
「……セナは、怖くない?」
悟の手を掴み、セナが立ち上がると、少し困ったように笑った。
「うーん、これは、陸の受け売りなんだけどね。……『誰にも負けない』ってプライドがあれば、本能的にボールの為に全身を捨てるものだって」
「……プライド。ボールために、体はある…」
「僕も痛いのは嫌だし、やっぱり怖い。むしろ、いつも怖がらずにいた悟は勇気があって凄いなって思ってたんだ」
セナの純粋な眼差しが、悟に向けられる。
「入部してからずっと一緒にアメフトしてきたけど、今まで悟が試合で怯む様子なんて見たことなかったから……。悟はどうして怖がらずにいられたの?」
「……考えた事、無かった」
アメフト部に入部してから、巨漢相手のタックルにも恐怖を感じないことに、何の疑念も抱かずにいた。だが、セナの言葉で今になってようやく気が付いたのだ。
自分が勇気に溢れていたわけではない。阿含という絶対的な神に支配され続けてきたことで、自身の「恐れ」の感情は、ある種麻痺してしまっていたのだと。阿含という呪縛から逃れたことで、その普遍的な感情を取り戻しつつあるのだと。
連続攻撃権 獲得まで残り僅かという勝負どころ。
ハドルの輪の中で、ヒル魔が口を開いた。
「糞悟!、待ち望んだ出番だぞ。死ぬ気で臨むっつー言葉に二言はねぇな」
「はい!」
「んじゃ、死んでみっか!ケケケ!」
ヒル魔の不穏極まりない言葉に、悟当人以外の部員たちがゴクリと固唾を呑む。
「問題は怪我よかその『硬直』の方だ。西部連中が怪我が不調の原因だと勘違いしてんなら、それを利用しない手は無ェ」
「中央突破に見せかけた大外からの私の走 ……ですか」
悟の問いに、ヒル魔はニィッと笑う。
「走らせたところで、今のテメーじゃ進めねぇ。……ロングパスだ。だから覚悟決めろって言ったんだよ」
残り数十センチで連続攻撃権 獲得というこの盤面で、パスを選択するはずがない。ましてや、腕を負傷している選手へのパスの線など無いと、西部は完全に高を括っている。
――「だからこそ行く」
ただひたすらに目の前の勝利に貪欲なあの悪魔が、セオリー通りの甘い作戦など立てるはずもなかったのだ。
「SET! HUT! HUT! HUT!」
これまでと同様、栗田を始めとする泥門ライン組がラッシュをかける。その中央へ、駆け込んだセナが宙を飛んだ。
デビルバットダイブ――! 西部の誰もがその技の名前を思い浮かべるが、セナはライン組の上空を越えることなく、その手前で不自然に失速する。
セナのその手にはボールすら無い。
「アイシールドは罠だ!!」
キッドが鋭く叫ぶ。その声に反応した陸が、全速力でエースレシーバーであるモン太のマークについた。
だが、ヒル魔の視線も、振り上げられた腕の先も、モン太には向いていない。
パスターゲットは、怪我をしているはずの悟。
フィールドの大外を、ほとんどノーマークで駆け上がりながら、悟はヒル魔の指令を反芻していた。
周囲に敵がいない。激しい接触 が予期されないこの状況下において、悟のトラウマによる身体の硬直は発動しない。彼女の足は、いつもの滑らかさを取り戻していた。
だが、問題はその先だ。腕を負傷している今の彼女が、ノーマークとはいえパスを捕りきれるのか。
(ヒル魔さんが投げるのは……このコース!!)
放たれたボールは、極端に低い弾道を描き、地を這うように凄まじいスピードで飛んできた。
レシーバーに当然のごとく限界を要求する、ヒル魔のスパルタパス――「デビルレーザー弾」。
怪我を負った腕で受け止めるには、あまりにも負担が大きすぎる一撃。だからこそ、「覚悟を決めろ」と言ったのだ。
悟は身体を反転させ、両手を構えた。
このパスを捕れるのは、決して奇跡などではない。これまでヒル魔と繰り返してきた数え切れないほどの練習の記憶と、彼女の「悪魔の予言 」による完璧な弾道予測があるからだ。
寸分の狂いもなく、弾丸が悟の胸に飛び込む。
左腕に激痛が走る。だが、悟は奥歯を噛み締め、その痛みを気力でねじ伏せながらボールをガッチリと抱え込んだ。
そのまま、誰にも触れられることなくエンドゾーンへと駆け込む。
「タッチダァァウン!!」
審判の絶叫がスタジアムに響き渡った。
意表を突かれ、呆気にとられる西部の陣営を尻目に、ヒル魔がニヤリと悪魔の笑みを浮かべる。
「悟のマークを薄くするなんざ舐めた真似した代償はデカかったなァ、ケケケ」
自軍の駒の負傷による敵の侮りすらも、タッチダウンをもぎ取るための完璧な布石へと変えてみせたのだ。
エンドゾーンで片膝をついた悟は、胸に抱え込んだボールを離さぬまま、荒い息を吐き出した。
ジンジンと左手首が脈打つのを感じていると、頭上から大きな影が落ちてきた。
「お前、根性あるじゃねぇか」
見上げると、ムサシがヘルメット越しにニヤリと笑いを見せていた。その大きくて分厚い手のひらが、よくやったとでも言うように悟のヘルメットを軽く叩く。
緊張の糸がふっと緩み、悟は力なく笑った。
「はは……。皆がいてこそです。泥門の皆がいるから……頑張れる」
立ち上がった悟はまっすぐにムサシの目を見つめ返した。
「ムサシさん、追加点 、頼みます」
「ん、任しとけ。デカいのぶち込んでやる」
有言実行。その直後、ムサシの右足から放たれたボールは、いとも容易くゴールポストのど真ん中を射抜いた。
【西部 29 ― 16 泥門】
歓喜に沸くフィールドを背に、大きな役目を終えた悟がベンチへと下がる。
心配そうな面持ちを浮かべた面々が彼女を迎え入れた。
「お前さんは全く、無茶しやがって……!!」
悟をベンチに座らせ、アームスリーブと手首を固定していたテーピングを外したどぶろくが、その痛々しい状態を見て険しく顔をしかめた。
「こりゃいけねぇ、これ以上悪化させちゃ治るもんも治らねぇ」
どぶろくは手際よく氷嚢を作り、悟の手首にアイシングを施していく。冷たい感覚が、麻痺していた痛覚を徐々に呼び覚ましていくが、悟は小さく首を振った。
「動かさなければ、大した痛みじゃありません」
「バカ言え。今はアドレナリンで脳が誤魔化してるだけだ」
どぶろくが鋭く、しかしどこか労るような声でピシャリと撥ね付ける。
「お前さんはよくやった。……後は、仲間に任せな」
処置を受けながらも、悟の視線はフィールドへと向けられていた。
泥門のキックオフ。
凄まじい破裂音と共に放たれたムサシの大砲のようなキックは、西部の選手たちの頭上を遥か高く飛び越え、彼らにエンドゾーン間際という最悪の陣地からのスタートを強いた。
敵陣深く深くに押し込んだことで、泥門ディフェンス陣が西部のオフェンスをエンドゾーン内で粉砕し、自殺点 で2点をもぎ取る。
さらに、その後の攻撃では立て続けにムサシがフィールドゴールを決めた。
泥門の唯一にして最大の弱点であった「キッカーの不在」。
ムサシの帰還は、単なる得点力だけでなく、泥門全体の攻撃力と守備力を底上げする劇的なカンフル剤となっていた。
【西部 29 ― 21 泥門】
電光掲示板の数字が、次々と書き換えられていく。
前半最大23点あった点差は、いつの間にか1タッチダウンで同点に追いつける8点差にまで肉薄していた。
しかし、西部がこのまま黙って撃たれ続けるわけもない。
泥門と西部。極限まで攻撃にパラメータを振り切った、超攻撃型チーム同士の怒涛の点取り合戦が、今ここに開幕した。
「SET……HUT!」
ヒル魔が選択したカードは、作戦名「
スナップと同時、ライン戦の要である栗田が、持ち前の圧倒的なパワーで中央の壁に無理やり穴を空ける。その一瞬の隙間を、セナが自身のスピードを活かして弾丸のように突き抜ける。
数ヤードを確実に稼ぐ――言ってしまえば、栗田のパワー頼みのゴリ押しだ。大型の選手がひしめく中央へ、セナが全身をねじ込むようにして進んでいく。
「泥門デビルバッツ、合計10ヤード進んだため、
審判の声が響き渡る。
栗田さえ止められなければ、ジワジワと永遠に進んでいける。さながら無敵の動く要塞だ。
「とにかく速攻! ノーハドルでガンガンいくぞ!」
ヒル魔が檄を飛ばし、泥門ライン陣がそれに応えるように雄叫びを上げる。
その光景を見つめながら、悟は息を呑んだ。
(そっか……! これなら、セナのマークを厚くしようにも、敵が回り込む前には事が終わってる。辿り着けないなら関係ない!)
接触による衝撃も厭わず、全力で突き抜けるように走り込むセナの姿に、悟は釘付けになった。
「あだだ……! 身体中がもう……!」
強烈なタックルを受けた直後、座り込むセナ。その元へ駆け寄った悟は、そっと手を差し出した。
「……セナは、怖くない?」
悟の手を掴み、セナが立ち上がると、少し困ったように笑った。
「うーん、これは、陸の受け売りなんだけどね。……『誰にも負けない』ってプライドがあれば、本能的にボールの為に全身を捨てるものだって」
「……プライド。ボールために、体はある…」
「僕も痛いのは嫌だし、やっぱり怖い。むしろ、いつも怖がらずにいた悟は勇気があって凄いなって思ってたんだ」
セナの純粋な眼差しが、悟に向けられる。
「入部してからずっと一緒にアメフトしてきたけど、今まで悟が試合で怯む様子なんて見たことなかったから……。悟はどうして怖がらずにいられたの?」
「……考えた事、無かった」
アメフト部に入部してから、巨漢相手のタックルにも恐怖を感じないことに、何の疑念も抱かずにいた。だが、セナの言葉で今になってようやく気が付いたのだ。
自分が勇気に溢れていたわけではない。阿含という絶対的な神に支配され続けてきたことで、自身の「恐れ」の感情は、ある種麻痺してしまっていたのだと。阿含という呪縛から逃れたことで、その普遍的な感情を取り戻しつつあるのだと。
ハドルの輪の中で、ヒル魔が口を開いた。
「糞悟!、待ち望んだ出番だぞ。死ぬ気で臨むっつー言葉に二言はねぇな」
「はい!」
「んじゃ、死んでみっか!ケケケ!」
ヒル魔の不穏極まりない言葉に、悟当人以外の部員たちがゴクリと固唾を呑む。
「問題は怪我よかその『硬直』の方だ。西部連中が怪我が不調の原因だと勘違いしてんなら、それを利用しない手は無ェ」
「中央突破に見せかけた大外からの私の
悟の問いに、ヒル魔はニィッと笑う。
「走らせたところで、今のテメーじゃ進めねぇ。……ロングパスだ。だから覚悟決めろって言ったんだよ」
残り数十センチで
――「だからこそ行く」
ただひたすらに目の前の勝利に貪欲なあの悪魔が、セオリー通りの甘い作戦など立てるはずもなかったのだ。
「SET! HUT! HUT! HUT!」
これまでと同様、栗田を始めとする泥門ライン組がラッシュをかける。その中央へ、駆け込んだセナが宙を飛んだ。
デビルバットダイブ――! 西部の誰もがその技の名前を思い浮かべるが、セナはライン組の上空を越えることなく、その手前で不自然に失速する。
セナのその手にはボールすら無い。
「アイシールドは罠だ!!」
キッドが鋭く叫ぶ。その声に反応した陸が、全速力でエースレシーバーであるモン太のマークについた。
だが、ヒル魔の視線も、振り上げられた腕の先も、モン太には向いていない。
パスターゲットは、怪我をしているはずの悟。
フィールドの大外を、ほとんどノーマークで駆け上がりながら、悟はヒル魔の指令を反芻していた。
周囲に敵がいない。激しい
だが、問題はその先だ。腕を負傷している今の彼女が、ノーマークとはいえパスを捕りきれるのか。
(ヒル魔さんが投げるのは……このコース!!)
放たれたボールは、極端に低い弾道を描き、地を這うように凄まじいスピードで飛んできた。
レシーバーに当然のごとく限界を要求する、ヒル魔のスパルタパス――「デビルレーザー弾」。
怪我を負った腕で受け止めるには、あまりにも負担が大きすぎる一撃。だからこそ、「覚悟を決めろ」と言ったのだ。
悟は身体を反転させ、両手を構えた。
このパスを捕れるのは、決して奇跡などではない。これまでヒル魔と繰り返してきた数え切れないほどの練習の記憶と、彼女の「
寸分の狂いもなく、弾丸が悟の胸に飛び込む。
左腕に激痛が走る。だが、悟は奥歯を噛み締め、その痛みを気力でねじ伏せながらボールをガッチリと抱え込んだ。
そのまま、誰にも触れられることなくエンドゾーンへと駆け込む。
「タッチダァァウン!!」
審判の絶叫がスタジアムに響き渡った。
意表を突かれ、呆気にとられる西部の陣営を尻目に、ヒル魔がニヤリと悪魔の笑みを浮かべる。
「悟のマークを薄くするなんざ舐めた真似した代償はデカかったなァ、ケケケ」
自軍の駒の負傷による敵の侮りすらも、タッチダウンをもぎ取るための完璧な布石へと変えてみせたのだ。
エンドゾーンで片膝をついた悟は、胸に抱え込んだボールを離さぬまま、荒い息を吐き出した。
ジンジンと左手首が脈打つのを感じていると、頭上から大きな影が落ちてきた。
「お前、根性あるじゃねぇか」
見上げると、ムサシがヘルメット越しにニヤリと笑いを見せていた。その大きくて分厚い手のひらが、よくやったとでも言うように悟のヘルメットを軽く叩く。
緊張の糸がふっと緩み、悟は力なく笑った。
「はは……。皆がいてこそです。泥門の皆がいるから……頑張れる」
立ち上がった悟はまっすぐにムサシの目を見つめ返した。
「ムサシさん、
「ん、任しとけ。デカいのぶち込んでやる」
有言実行。その直後、ムサシの右足から放たれたボールは、いとも容易くゴールポストのど真ん中を射抜いた。
【西部 29 ― 16 泥門】
歓喜に沸くフィールドを背に、大きな役目を終えた悟がベンチへと下がる。
心配そうな面持ちを浮かべた面々が彼女を迎え入れた。
「お前さんは全く、無茶しやがって……!!」
悟をベンチに座らせ、アームスリーブと手首を固定していたテーピングを外したどぶろくが、その痛々しい状態を見て険しく顔をしかめた。
「こりゃいけねぇ、これ以上悪化させちゃ治るもんも治らねぇ」
どぶろくは手際よく氷嚢を作り、悟の手首にアイシングを施していく。冷たい感覚が、麻痺していた痛覚を徐々に呼び覚ましていくが、悟は小さく首を振った。
「動かさなければ、大した痛みじゃありません」
「バカ言え。今はアドレナリンで脳が誤魔化してるだけだ」
どぶろくが鋭く、しかしどこか労るような声でピシャリと撥ね付ける。
「お前さんはよくやった。……後は、仲間に任せな」
処置を受けながらも、悟の視線はフィールドへと向けられていた。
泥門のキックオフ。
凄まじい破裂音と共に放たれたムサシの大砲のようなキックは、西部の選手たちの頭上を遥か高く飛び越え、彼らにエンドゾーン間際という最悪の陣地からのスタートを強いた。
敵陣深く深くに押し込んだことで、泥門ディフェンス陣が西部のオフェンスをエンドゾーン内で粉砕し、
さらに、その後の攻撃では立て続けにムサシがフィールドゴールを決めた。
泥門の唯一にして最大の弱点であった「キッカーの不在」。
ムサシの帰還は、単なる得点力だけでなく、泥門全体の攻撃力と守備力を底上げする劇的なカンフル剤となっていた。
【西部 29 ― 21 泥門】
電光掲示板の数字が、次々と書き換えられていく。
前半最大23点あった点差は、いつの間にか1タッチダウンで同点に追いつける8点差にまで肉薄していた。
しかし、西部がこのまま黙って撃たれ続けるわけもない。
泥門と西部。極限まで攻撃にパラメータを振り切った、超攻撃型チーム同士の怒涛の点取り合戦が、今ここに開幕した。