第三章【秋季大会・地区大会編】
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歓声が渦巻くスタジアムの観客席。王城ホワイトナイツの面々が陣取る一角で、高見がフィールドを見下ろしながらポツリと呟いた。
「泥門の悟くん、不調かな。いつもの動きのキレがないね」
横に座り、険しい顔で試合模様を見つめていた進が、静かに同意の頷きを返す。
「はい。ただの不調ではありません。明確な理由があります」
「……聞かせてくれるかい?」
高見が興味深そうに進へと視線を向ける。進の視線は、フィールド上で苦戦を強いられている悟の姿を正確に捉えていた。
「左腕、アームスリーブに覆われていますがおそらく手首を固定している。左手首が全く動いていません」
「そう見えなくもないけど……注意して見ても、その程度の印象しか受けないな。……まぁ試合に出る以上、怪我がバレて良いことなんてないし、隠すのは当然、か」
高見の言葉に、進はさらに言葉を継いだ。
「それに、ユニフォームと防具に覆われてはいますが、おそらく全身に打ち身を負っています」
進には、人を覚える時、人相ではなく「筋肉」や「骨格」を記憶し、識別する節がある。表向きは主務として振る舞っていたセナの正体がアイシールド21であることを看破したのも、その圧倒的な観察眼ゆえだ。
そんな進だからこそ、防具の下に隠された悟の僅かな動作の違和感すらも、正確に汲み取っていた。
「うーん、さすがだな。俺にはわからないよ」
「ですが、怪我それ自体よりも、『精神面』に深刻な問題が生じているかと」
進の言葉に、高見の表情が僅かに引き締まる。
「彼女の最大の強みは、神速のインパルスに起因する超人的な反応速度です。しかし今日の彼女は、衝突を異様に恐れている。本能的な恐怖で身体が硬直しているせいで、その超反応がまるで機能していません」
コンマ数秒の世界が、悟の土俵だ。その土俵において、どんなに僅かであろうと身体の硬直は致命的となる。本能的な恐怖を理性で必死に抑え込もうとしたところで、殊更アメフトという競技において、衝突を恐れていては話にならない。
「いかなる理由があろうとも、フィールドに立つ間はひとりの選手です。あれでは使い物になりません」
アスリートとしての冷徹な事実。進の容赦のない評価に、高見は小さく息をついた。
「厳しいね。……その通りとはいえ、今までの彼女がむしろ異様だったんじゃないだろうか」
1年目で、華奢な体躯、極め付きに女性の身。それでありながら、彼女はこれまで怖気づくどころか、どんな体格差のある相手にも一切怯まずにフィールドを駆け、必要とあらば平然と自身を盾にしてきた。
不惜身命――。まるで、自分の身などどうでもいいとでも言うような、以前の彼女の異質さ。
怪我による退場のリスクや、選手生命を考えれば、今日彼女が抱えている「恐怖」の全てが忌避されるべきものではないのかもしれない。
今までがおかしかったのだという見方もできると、高見は静かに思いを馳せた。
「……ただ、この試合で不自然なのは彼女だけじゃない」
高見の眼鏡の奥の瞳が、泥門の司令塔へと向けられる。
「ヒル魔はどうしたんだ?」
いくらパス主体の西部とはいえ、あの「神速の早撃ち」を誇るキッド相手に、盲目的なまでにブリッツを繰り返すヒル魔の采配。高見はその不自然さに首を傾げていた。
案の定、フィールド上では、ブリッツに入ってガラ空きとなったディフェンスの穴を正確に突かれ、キッドのパスが面白いように決まっていた。
「くそっ、また通された!!」
西部の鮮やかな進撃に、泥門の選手たちが焦燥の声を上げる。
ヒル魔の顔にも、思い通りにいかない焦りに満ちた表情が浮かんでいる――ように見えた。
だが。
プレーが途切れ、西部の選手たちが背を向けたその瞬間。
焦燥に駆られていたはずのヒル魔の口元が、三日月のように深く、ひどく邪悪に歪んだ。
「ケケケ……頃合いだ」
キッドの早撃ちを極限まで加速させ、周囲を冷静に確認する思考の余裕を奪うための「撒き餌」は十分だ。
「仕掛けるぞ。ヤツのパスを殺 る!!」
「泥門の悟くん、不調かな。いつもの動きのキレがないね」
横に座り、険しい顔で試合模様を見つめていた進が、静かに同意の頷きを返す。
「はい。ただの不調ではありません。明確な理由があります」
「……聞かせてくれるかい?」
高見が興味深そうに進へと視線を向ける。進の視線は、フィールド上で苦戦を強いられている悟の姿を正確に捉えていた。
「左腕、アームスリーブに覆われていますがおそらく手首を固定している。左手首が全く動いていません」
「そう見えなくもないけど……注意して見ても、その程度の印象しか受けないな。……まぁ試合に出る以上、怪我がバレて良いことなんてないし、隠すのは当然、か」
高見の言葉に、進はさらに言葉を継いだ。
「それに、ユニフォームと防具に覆われてはいますが、おそらく全身に打ち身を負っています」
進には、人を覚える時、人相ではなく「筋肉」や「骨格」を記憶し、識別する節がある。表向きは主務として振る舞っていたセナの正体がアイシールド21であることを看破したのも、その圧倒的な観察眼ゆえだ。
そんな進だからこそ、防具の下に隠された悟の僅かな動作の違和感すらも、正確に汲み取っていた。
「うーん、さすがだな。俺にはわからないよ」
「ですが、怪我それ自体よりも、『精神面』に深刻な問題が生じているかと」
進の言葉に、高見の表情が僅かに引き締まる。
「彼女の最大の強みは、神速のインパルスに起因する超人的な反応速度です。しかし今日の彼女は、衝突を異様に恐れている。本能的な恐怖で身体が硬直しているせいで、その超反応がまるで機能していません」
コンマ数秒の世界が、悟の土俵だ。その土俵において、どんなに僅かであろうと身体の硬直は致命的となる。本能的な恐怖を理性で必死に抑え込もうとしたところで、殊更アメフトという競技において、衝突を恐れていては話にならない。
「いかなる理由があろうとも、フィールドに立つ間はひとりの選手です。あれでは使い物になりません」
アスリートとしての冷徹な事実。進の容赦のない評価に、高見は小さく息をついた。
「厳しいね。……その通りとはいえ、今までの彼女がむしろ異様だったんじゃないだろうか」
1年目で、華奢な体躯、極め付きに女性の身。それでありながら、彼女はこれまで怖気づくどころか、どんな体格差のある相手にも一切怯まずにフィールドを駆け、必要とあらば平然と自身を盾にしてきた。
不惜身命――。まるで、自分の身などどうでもいいとでも言うような、以前の彼女の異質さ。
怪我による退場のリスクや、選手生命を考えれば、今日彼女が抱えている「恐怖」の全てが忌避されるべきものではないのかもしれない。
今までがおかしかったのだという見方もできると、高見は静かに思いを馳せた。
「……ただ、この試合で不自然なのは彼女だけじゃない」
高見の眼鏡の奥の瞳が、泥門の司令塔へと向けられる。
「ヒル魔はどうしたんだ?」
いくらパス主体の西部とはいえ、あの「神速の早撃ち」を誇るキッド相手に、盲目的なまでにブリッツを繰り返すヒル魔の采配。高見はその不自然さに首を傾げていた。
案の定、フィールド上では、ブリッツに入ってガラ空きとなったディフェンスの穴を正確に突かれ、キッドのパスが面白いように決まっていた。
「くそっ、また通された!!」
西部の鮮やかな進撃に、泥門の選手たちが焦燥の声を上げる。
ヒル魔の顔にも、思い通りにいかない焦りに満ちた表情が浮かんでいる――ように見えた。
だが。
プレーが途切れ、西部の選手たちが背を向けたその瞬間。
焦燥に駆られていたはずのヒル魔の口元が、三日月のように深く、ひどく邪悪に歪んだ。
「ケケケ……頃合いだ」
キッドの早撃ちを極限まで加速させ、周囲を冷静に確認する思考の余裕を奪うための「撒き餌」は十分だ。
「仕掛けるぞ。ヤツのパスを