第三章【秋季大会・地区大会編】
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試合前のフィールド。緊張の面持ちで立つ悟の左腕には、傷や手首のテーピングすっぽりと隠すように、黒い特注のアームスリーブが装着されていた。
「その怪我、なるべく西部相手には気づかれねぇよう誤魔化せ。遅かれ早かれ見抜かれんだろうがな」
「ハイ、わかりました」
ヒル魔の声に、悟は力強く頷く。
覚悟を決めた面持ちでヘルメットを被り、パチンと留め具を固定する。
泥門デビルバッツVS西部ワイルドガンマンズ。
超攻撃型チーム同士のぶつかり合いは、予想通り、試合早々から激しい点の取り合いとなった。試合開始から僅か1分以内で両チームがタッチダウンを奪い合うという、凄まじい乱打戦の幕開け。
【西部 7 ― 6 泥門】
スコアボードが書き換わり、西部の攻撃ターン。
フィールドに、西部オフェンス陣が横一列に並ぶ「ショットガン」フォーメーションが敷かれる。ついに「神速の早撃ち」キッドのパスがお目見えしようかというその時、ディフェンスラインに立つヒル魔が不敵に笑い、キッドへブラフをかけた。
「まぁ、まずは『ショットガン・キッド』様の生のパス、じっくり観察させてもらうとするか」
「……心理戦に乗るつもりはないよ、勝てないからねェ」
キッドが飄々と返す。
作戦会議 でヒル魔が出した指令は、まさかの「電撃突撃 」だった。神懸かった早撃ちを誇るキッドに対してブリッツなど、本来なら愚の骨頂、無謀とも言える作戦だ。だが、その真意を知る悟は、静かに闘志を燃やしていた。
「SET、HUT! HUT!」
キッドがボールを受け取り、パスターゲットを見つけたその瞬間。
「……!! 観察するだなんて、良く言うよ……!」
キッドの目が僅かに見開かれる。
右投げの選手にとって最大の死角である左サイドから、ヒル魔自身が一直線にブリッツを仕掛けていたのだ。誰もがあり得ないと思っている作戦だからこそ、あえて行く。
だが、虚を突かれながらも、キッドの早撃ちはさらにその上をいく。ヒル魔の手が届くその前に、早くもキッドの腕は振りかぶられていた。常人の目には投げるモーションすら捉えられないほどの速度。
――そう、常人ならば。
ヒル魔の強襲は、ただの「囮」。
キッドの意識がヒル魔に気を取られたコンマ数秒の僅かな隙。その完璧なタイミングを突き、右サイドから超反応でキッドの動きを捉えた悟が走り込んでいた。
「なっ……!?」
パスを投げる瞬間。悟の両腕が、キッドの利き腕である右腕にガシィッと掛けられる。パスモーション中の腕を叩き、ファンブルを誘発させる「ストリップサック」。
「ブリッツ2枚……!! ファンブル狙いってことね……欲張りさんだ」
キッドは腕を拘束されながらも、ファンブルだけは回避しようと堪らずボールを投げ捨てた。
西武のパス失敗。ボールを奪うには至らなかったものの、キッドに対し、今大会初となるブリッツを見事に食らわせたのだ。
「ケケ! 『神速』同士のタイマン、まずは悟の1勝だ!」
「『神速』ねェ……。そんな呼び名は俺には分不相応……買い被りすぎだ」
ヒル魔の挑発に、キッドは溜息まじりにそうこぼした。
だが、その言葉とは裏腹に、その後の泥門の執拗なブリッツがキッドに届くことは二度となかった。バンプによって西部オフェンスを混乱させることには成功するものの、西部エースレシーバー・鉄馬の正確無比かつ重戦車のようなルート取りを止めるには至らず、ついには追加点を許してしまう。
「なァにが『買い被りすぎ』だ、パスモーション早くなってんじゃねぇか」
「もう彼に『ブリッツ』は通じない。……ヒル魔さんの予想通りです」
ヒル魔の傍らに立った悟が、呼吸を整えながら呟いた。
キッドの早撃ちは、プレッシャーを受けることでさらに加速していた。だがそれこそが、ヒル魔の真の狙い。
「まだだ。ガンガンブリッツ入れんぞ」
ヒル魔の狙いは「入替 ブリッツ」。ラインバッカーやディフェンスバックが突撃し、空いた穴へとパスを誘導しながら、ディフェンスラインの大型選手を下げてパスカバーを担わせるという奇策だ。
執拗なまでのブリッツは、キッドの早撃ちスピードを極限まで上げさせ、周囲の異変に「気付くまでの時間」を削り取るための撒き餌だったのである。
泥門の攻撃ターン。
ライン組の奮闘によりこじ開けられた中央の穴。ボールを受け取ったセナと、そのリードブロッカーを担う悟が敵陣へと走り込む。中央突破だ。
セナの進路を守るため、敵味方が入り乱れる乱戦状態の密集地帯へと突入したその時――悟の身に、決定的な異変が起きた。
四方八方から迫り来る、敵選手たちの闘志、執念。
極限の集中状態の中で向けられる「殺気じみた気迫」が、悟の奥底にあったスイッチを強引に押してしまった。
――暗い倉庫。乱暴に掴まれた髪。男たちの暴力。
(身体がまた……! 思うように、動かない……!)
悟の身体が、氷水を浴びせられたように竦み上がる。
ヘルメットの中で、瞳孔が恐怖で散大した。
(怖い……!!)
「恐怖」。それは悟がアメフトをしていて、今まで決して感じ得なかった感情だった。
激しいタックルを受けようと、中央突破を図り密集地に身体をねじ込もうとも。巨深戦でセナと共にリスクを承知でデビルバットダイブで突撃をした時でさえ、恐怖など微塵も感じていなかった。
彼女にとっての「恐怖」の対象は、自分を支配してきた阿含ただ一人だったはずだ。
だが、あの夜、一方的な暴力を受けたことによって、麻痺していたはずの恐怖心が、実体を持って頭をもたげてしまったのだ。
「……悟!」
悟の異変に気が付いたセナが、不安そうに彼女の名を呼んだ。
硬直した悟は、敵選手のタックルをモロに受け、まともな受け身すら取れずにフィールドに激しく叩きつけられた。心臓が破裂しそうなほど嫌な脈打ちを繰り返す。
リードブロッカーを失い単身のセナの前に立ち塞がったのは、西部のエースルーキーにしてセナの走りの師匠である甲斐谷陸だった。
セナの動きを難なく止め、あろうことかそのままボールを弾き飛ばす。
ボールが西部の選手の胸に収まり、痛恨のターンオーバーが決定する。
歓声と絶望が入り混じるフィールド。倒れ伏した悟の耳には、自身の荒い息遣いだけが、やけに大きく響いていた。
「その怪我、なるべく西部相手には気づかれねぇよう誤魔化せ。遅かれ早かれ見抜かれんだろうがな」
「ハイ、わかりました」
ヒル魔の声に、悟は力強く頷く。
覚悟を決めた面持ちでヘルメットを被り、パチンと留め具を固定する。
泥門デビルバッツVS西部ワイルドガンマンズ。
超攻撃型チーム同士のぶつかり合いは、予想通り、試合早々から激しい点の取り合いとなった。試合開始から僅か1分以内で両チームがタッチダウンを奪い合うという、凄まじい乱打戦の幕開け。
【西部 7 ― 6 泥門】
スコアボードが書き換わり、西部の攻撃ターン。
フィールドに、西部オフェンス陣が横一列に並ぶ「ショットガン」フォーメーションが敷かれる。ついに「神速の早撃ち」キッドのパスがお目見えしようかというその時、ディフェンスラインに立つヒル魔が不敵に笑い、キッドへブラフをかけた。
「まぁ、まずは『ショットガン・キッド』様の生のパス、じっくり観察させてもらうとするか」
「……心理戦に乗るつもりはないよ、勝てないからねェ」
キッドが飄々と返す。
「SET、HUT! HUT!」
キッドがボールを受け取り、パスターゲットを見つけたその瞬間。
「……!! 観察するだなんて、良く言うよ……!」
キッドの目が僅かに見開かれる。
右投げの選手にとって最大の死角である左サイドから、ヒル魔自身が一直線にブリッツを仕掛けていたのだ。誰もがあり得ないと思っている作戦だからこそ、あえて行く。
だが、虚を突かれながらも、キッドの早撃ちはさらにその上をいく。ヒル魔の手が届くその前に、早くもキッドの腕は振りかぶられていた。常人の目には投げるモーションすら捉えられないほどの速度。
――そう、常人ならば。
ヒル魔の強襲は、ただの「囮」。
キッドの意識がヒル魔に気を取られたコンマ数秒の僅かな隙。その完璧なタイミングを突き、右サイドから超反応でキッドの動きを捉えた悟が走り込んでいた。
「なっ……!?」
パスを投げる瞬間。悟の両腕が、キッドの利き腕である右腕にガシィッと掛けられる。パスモーション中の腕を叩き、ファンブルを誘発させる「ストリップサック」。
「ブリッツ2枚……!! ファンブル狙いってことね……欲張りさんだ」
キッドは腕を拘束されながらも、ファンブルだけは回避しようと堪らずボールを投げ捨てた。
西武のパス失敗。ボールを奪うには至らなかったものの、キッドに対し、今大会初となるブリッツを見事に食らわせたのだ。
「ケケ! 『神速』同士のタイマン、まずは悟の1勝だ!」
「『神速』ねェ……。そんな呼び名は俺には分不相応……買い被りすぎだ」
ヒル魔の挑発に、キッドは溜息まじりにそうこぼした。
だが、その言葉とは裏腹に、その後の泥門の執拗なブリッツがキッドに届くことは二度となかった。バンプによって西部オフェンスを混乱させることには成功するものの、西部エースレシーバー・鉄馬の正確無比かつ重戦車のようなルート取りを止めるには至らず、ついには追加点を許してしまう。
「なァにが『買い被りすぎ』だ、パスモーション早くなってんじゃねぇか」
「もう彼に『ブリッツ』は通じない。……ヒル魔さんの予想通りです」
ヒル魔の傍らに立った悟が、呼吸を整えながら呟いた。
キッドの早撃ちは、プレッシャーを受けることでさらに加速していた。だがそれこそが、ヒル魔の真の狙い。
「まだだ。ガンガンブリッツ入れんぞ」
ヒル魔の狙いは「
執拗なまでのブリッツは、キッドの早撃ちスピードを極限まで上げさせ、周囲の異変に「気付くまでの時間」を削り取るための撒き餌だったのである。
泥門の攻撃ターン。
ライン組の奮闘によりこじ開けられた中央の穴。ボールを受け取ったセナと、そのリードブロッカーを担う悟が敵陣へと走り込む。中央突破だ。
セナの進路を守るため、敵味方が入り乱れる乱戦状態の密集地帯へと突入したその時――悟の身に、決定的な異変が起きた。
四方八方から迫り来る、敵選手たちの闘志、執念。
極限の集中状態の中で向けられる「殺気じみた気迫」が、悟の奥底にあったスイッチを強引に押してしまった。
――暗い倉庫。乱暴に掴まれた髪。男たちの暴力。
(身体がまた……! 思うように、動かない……!)
悟の身体が、氷水を浴びせられたように竦み上がる。
ヘルメットの中で、瞳孔が恐怖で散大した。
(怖い……!!)
「恐怖」。それは悟がアメフトをしていて、今まで決して感じ得なかった感情だった。
激しいタックルを受けようと、中央突破を図り密集地に身体をねじ込もうとも。巨深戦でセナと共にリスクを承知でデビルバットダイブで突撃をした時でさえ、恐怖など微塵も感じていなかった。
彼女にとっての「恐怖」の対象は、自分を支配してきた阿含ただ一人だったはずだ。
だが、あの夜、一方的な暴力を受けたことによって、麻痺していたはずの恐怖心が、実体を持って頭をもたげてしまったのだ。
「……悟!」
悟の異変に気が付いたセナが、不安そうに彼女の名を呼んだ。
硬直した悟は、敵選手のタックルをモロに受け、まともな受け身すら取れずにフィールドに激しく叩きつけられた。心臓が破裂しそうなほど嫌な脈打ちを繰り返す。
リードブロッカーを失い単身のセナの前に立ち塞がったのは、西部のエースルーキーにしてセナの走りの師匠である甲斐谷陸だった。
セナの動きを難なく止め、あろうことかそのままボールを弾き飛ばす。
ボールが西部の選手の胸に収まり、痛恨のターンオーバーが決定する。
歓声と絶望が入り混じるフィールド。倒れ伏した悟の耳には、自身の荒い息遣いだけが、やけに大きく響いていた。