第一章【春季大会編】
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「……あ゛〜、クソが。反吐が出る」
夜の街、ネオンの光が刺々しく視界を掠める。
阿含は不機嫌そうにガムを噛み砕き、ポケットに突っ込んだ指の関節を無意識に鳴らした。脳裏にこびりついて離れないのは、先ほど泥門高校の校門で見た、あの不愉快極まりない状況の残像だ。
かつては利害の一致から共に行動した事もあった、彼が知る中では誰よりも狡い金髪の男――蛭魔妖一。
妹が、よりによってあの男に肩を抱き寄せられ、あろうことかその腕の中で安堵したようなツラを見せた。その事実が、阿含のプライドを、そして支配欲を執拗に逆なでする。
(……俺の影で震えてりゃいいんだよ、俺の出涸らしが)
幼い頃、自分と同じ「0.11秒」の反応を見せた悟を、阿含は確かに「自分と同じ地平に立つ唯一の存在」として見ていた。だが、神は残酷だ。彼女に神速のインパルスという「至高の才能」を与えながら、それに見合う「肉体」を与えなかった。
視えていようが、反応できようが、圧倒的な身体能力の差には意味をなし得ない。
それが分かった時、阿含の中に芽生えたのは失望ではなかった。
阿含自身や他の天才との差に絶望するくらいなら。誰かに壊されるくらいなら。
(俺の隣で死ぬまで眠ってりゃいい。分不相応な欲を持つから傷つくんだよ)
アメフトという野蛮な戦場に、あの脆い欠陥品を立たせるわけにはいかない。自分以外の誰かによって傷付き、壊され絶望することは許さない。だからこそ、あらゆる否定の言葉で彼女の意志を折り、自分の影の中に閉じ込めてきた。
…あの時、意図せず負わせてしまった左腕の傷。血に染まった彼女を見て、阿含の内に走ったのは、生まれて初めての「動揺」だった。あの傷跡を見るたびに湧き上がる、身の内を焼くような後悔と、それを隠すための猛烈な苛立ち。
ーーあの「出涸らし」が、「最高のカード」だと?
「……ハッ、笑わせんな。他人の私物に勝手に
己の「出涸らし」であろうと、悟が自身の片割れであるのは変わらない。そんな自身の一部を奪い取ろうとするヒル魔への殺意が、冷徹に研ぎ澄まされていく。
思い出すのは、去り際の悟の瞳だ。
震えながら、それでも自分を真っ向から見据え、「ここで戦いたい」と言い放ったあの熱。自分という影から、這い出そうとした悟の顔。
「あ゛〜……不愉快だ。どいつもこいつも」
阿含は口の中のガムを吐き捨てた。
夜の街の中、彼の瞳が獲物を屠る獣のように冷たく光る。
「泥門ごと、その薄汚ぇ『居場所』もろとも、俺が直々にブチ壊してやるよ。……悟。テメーは一生、俺の後ろで大人しく守られてりゃいいんだ」
秋の大会。
そこで全てを終わらせる。
あの忌々しい金色の蝙蝠を噛み殺し、広げようとする妹の翼を再びへし折って、二度と光を見られない暗闇――「金剛阿含」という名の檻へ連れ戻す。