第一章【春季大会編】
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泥門高校、1年A組教室。
入学初日の帰りのホームルーム後の騒がしさの中で、悟は真新しい教科書をめくっていた。
紫がかった黒の長い髪が、ページの上にさらりと落ちる。彼女の兄と同じ色の髪。
悟の左腕には、肘から手首にかけて大きな傷跡がある。
かつて、無謀にも実の兄一⋯金剛 阿含に挑んだときに刻まれたものだ。阿含はそれを見るたびに忌々しそうに顔を歪めるけれど彼女はこれを隠さない。
悟が傷跡に視線を落とし、傷のうえにそっと手のひらを当てる。
(これは、私が私であろうとした覚悟の証だ)
「おい、聞いてんのかよセナ!」
「ひ、ひいいっ、すぐ買ってきます!」
教室の隅では、十文字 一輝ら不良組が気弱な少年、小早川 セナをパシリにしていた。
争いには巻き込まれたくない悟だが、セナの怯えた顔を見るのは胸が痛むのであった。
悟がどうしたものかと考えていると、十文字が苛立ち紛れに放り投げた筆箱が、手元を狂わせて彼女の方へと飛んできた。
「あ、やべっ」
十文字の短い声。
けれど、悟の視界の中では、筆箱の回転がスローモーションのように描写されている。
考えるよりも早く、右手が伸びる。
誰よりもよく視える眼、正確にいえば凄まじい神経伝達速度を持つ悟は、手に吸い込まれるように筆箱をキャッチする。
兄阿含も持つ「神速のインパルス」と呼ばれる天賦の才。
「……あ、危ないよ。……はい、これ」
悟は十文字へと向き直り、穏やかに微笑んで筆箱を差し出した。
「……お、おう。サンキュ」
十文字は筆箱を受け取ったが、その目は悟を不思議そうに見つめていた。
(今の反応は何だ? 普通の女子にできる動きじゃねぇぞ)
十文字は悟の柔和な笑顔と、剥き出しになった左腕の傷跡を交互に見て、何とも言えない奇妙な違和感を抱いたようだった。
「……あの…運良く取れただけだから…。あと、小早川くんの事なんだけど…」
バギャォォォォン!!
セナの扱いについて苦言を呈そうとする悟の声を破壊音が遮った。
「ケケケ……! 『運よく取れた』だと? 抜かしてんじゃねぇぞ!」
教室のドアが蹴破られ、そこに立っていたのは、アサルトライフルを肩に担ぎ、耳にピアスを開けた金髪の男だった。
「……っ!? な、何……ですか?」
悟はその場で身構え、思わず後ずさりした。
見るからに危険な空気を纏う男は、不敵な笑みを浮かべたまま、真っ直ぐに悟との距離を詰める。
そして、彼女の左腕―⋯隠さずに出していた傷跡に視線を落とした。
「人並み外れた反応速度にその腕のキズ…、新入生リストに名前があった『金剛 悟』はテメーだなァ」
男の瞳に、これから獲物を捕らえる
「ちょ、ちょっと…!急に何をするつもりですか」
「ケケケ、やっぱりな。
まるで全てを見透かしているような、悪魔の目。
「あなたは……兄のことを知っているんですか?」
「知ってるも何もねぇ。今はんなこたどうでもいい。…テメーは今日から、泥門デビルバッツの新兵器だ」
「えっ……? デビルバッツ……? 」
「拒否権なんざねぇんだよ。……お前は、俺が見つけたんだ」
男はニヤリと、強烈な笑みを浮かべた。
強引な言葉。悟は困惑こそすれ、その言葉に対して何故か不快感は持たなかった。
「おい……!」
十文字が割って入ろうとしたが、男はそれを鋭い視線で制止する。
「ケケケ、邪魔すんじゃねぇ!行くぞ!」
「あ、待って……! まだ名前も聞いてないのに……!」
悟は男に手首を引かれ、廊下へと連れ出されていく。
嵐のような勢いに戸惑いながらも、悟の心は、初めて自分を「見つけられた」ことへの得体の知れない高揚に支配され始めていた。
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