~prologue~
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微かな音をたてるドアを通り抜け、その先のセキュリティシステムカードをかざすとロビーの端にあるエレベーターが左右に開いて乗り込み、いつもの階を示すボタンを押す。
階数は少ないが高速で昇るエレベーターはあっという間に目的の階で止まる。
研究所であり、博物館でもあるこの建物のセキュリティルームへ行くと複数のモニタが集まり監視システムとその他も管理している。
緊急時なんてのはほとんど無く監視がメインの為、あまり人気がない部署なのは仕方ない。
昨夜の報告書に目を通し部下と一言二言交わして自分の仕事部屋のデスクに座り紅茶を飲んで仕事前、ささやかな朝の一時を過ごしていると勢いよくドアが開け放たれる。
「おっはよー!今日も相変わらず早いね!!ん?ププ、案外似合ってるけど、ふははっ!」
人の姿を腹を抱えて笑う失礼な同僚にうんざりしながら毎日同じような格好でいる奴に言われたかねぇと反撃する。
「うるせぇ。黙ってサッサと準備しろ。まさかそのままで行く気か。風呂に入ることと身なりを整えるくらい覚えろ。わかったら出てけ」
やれやれと言いたいのか、大げさに両手を顔の横で振っているが俺が立ち上がると逃げ足はやく出ていった
大方、今日のことで興奮してるんだろうがその割にゃ準備もまだしてねぇとは呆れるしかない。
※※※
約束の時間より少し早めに着くよう出発してようやく呼び出された屋敷についた。
両開きのドアは開かれ、その横には壮年の男が仕立ての良さそうなスーツをきっちり着こなしている。
その男は俺達の名を聞くこともなく丁寧な言葉で案内する。
ここに招かれたのは俺とエルヴィン、ハンジの三人。
吹き抜けのエントランスは広さを感じさせるが人の気配はしない。
そのせいかどこか寒々しい印象を受ける。
いつもなら騒いでいるはずのハンジも静かでいいことだが逆に落ち着かない。
廊下を何度か曲がると重厚なドアが待ち構えて先を歩いていた男がノックをすると一拍おいてどうぞ。柔らかい声がした。
応接室なのか、広い室内は落ち着いた色の調度品で揃えており、向かい合わせの席を勧められる。俺たちの前には顔色が悪い男がいる。
それぞれ名乗って挨拶をすると男はこの屋敷の主で不健康そうだが第一印象は悪くない。
気になるとすれば俺たちが名乗るたびに少々居心地が悪くなる程じっと顔を見つめてくる。
初対面にしては遠慮ねぇもんだと思いながらも握手を交わす。
最初に案内した男が人数分の茶と茶菓子を手際よくテーブルに並べ、勧められて一口飲むとなかなかの味だ。
一息ついたところで本題にはいる。
後ろに控えていた男が邪魔にならないよう分厚い封筒を何通かを並べていく。
その中身をだしながら当主は話しだした。
「早速ですが、この土地屋敷及び屋敷に付随するすべてを死後寄贈したくご足労いただきました。こちらは財産放棄の承諾書となります」
あまりのことに俺たちは面食らった。
この一族は結束固くまたあることで有名だ。
※※※
この世界にはかつて不思議なちからがあった。といくつもの過去の文献に記されている。それをおとぎ話と笑えないのは今でも稀にそういったちからを持つ人間が存在するからだ。
そしてこの一族の所有する文献や古文書の蔵書は希少だと言われている。
これまで何処から貸出要請があっても門外不出と拒否し決して開示することはなかったはずだ。
「それは私達にとって旨味のある提案ですがそうする理由と、なぜ我々なのでしょう?」
「いつまでも知識を隠しておくのは限界があると思ったのが一つ。そして引き継ぐものがいないのも一因です。そしてあなたがたの研究への情熱に心打たれたからで答えになりませんか」
一番はやく切り替えたエルヴィンが訊ねると当主は迷いなく若干含みのある答えをよこした。
「大変失礼ですが分家等で引き継ぐのが自然ではないですか?」
珍しくきちんとした言葉で話すハンジに驚くがこの申し出のほうが違和感を強く感じる。
「分家はこれまでも今も関わっておりません。また全ての分家に財産放棄で話はついてます。もしあなた方で管理はしないということであれば処分する方向です」
は?言っていることがまったく理解できねぇ。エルヴィンもハンジも目を見開いている。
「私が最後の直系です。私の死後、この屋敷や文書等を含め活かすことも守ることもできません。ですから一番有益なところへ寄贈をするだけです」
にこやかに話しているがこの屋敷に収蔵されている蔵書、文献の価値は誰よりも知っているはずだ。
そして俺たちにとってこんなに都合のいい話しはない。
訝しむ俺たちに当主は今後の管理に要する金も数年分は用意しているとどんどん詰めていく。
これまで頑なに守り続け外部の目に晒すことさえ厭うていた保有しているものを直系子孫がいないから寄贈するとか、寄贈先がなければ処分するというのはあまりに極端すぎて逆に胡散臭い。
エルヴィンもそう思ったのか、一旦持ち帰る方向で次の日程について会話をしていたが当主の顔色は先程よりだいぶ悪く、話は途切れてしまった。
控えていた壮年男が支えているが今後については改めて連絡をとることになり、テーブル上の全分家分の放棄に関する書面、寄贈に関する書面と弁護士の連絡先の写しを渡すと途中で申し訳ないといいながら退室していった。
※※※
俺たちは戻るとすぐに今回の申し出について会議を開いた。
この研究所は博物館的な面を持たせており注目されてはいるが主な収入源は寄付や資料貸出料、入館料で賄っている。
その他にも過去に見つかった遺跡、遺物等の発掘、研究を行っている。
一団体で広範囲に渡って活動しているがその中でも未知のちからに関して人の興味をひどく掻き立てる。
ハンジやエルヴィンもほぼ採算度外視で研究しているがそれは自分にそのちからがあるからで自然なことだ。
「私達が頷かなければ貴重な資料もなにもかも無くなってしまうんだよ?!」
「しかし、ここまでお膳立てされているのはおかしい。もう少し慎重に行動するべきだ」
喧々囂々 としているが、都合良すぎる話という理由で戸惑っているわけで受け入れることに関しては反対もなにもない。
第三者の気分で様子を見ていると急にハンジがこっちに振ってきた。
「リヴァイ!さっきからだんまりだけどあなたはどう思ってるの!?」
「別に。受ける受けないはどっちでもいいが中身がどんなものかが気になる」
ここで二人ともハッとした顔になった。こいつらが興奮するのはわかるが肝心なことを忘れて言い合ってたのか。
気を取り直したようにエルヴィンが次回面会時に見学を申し入れ、それから決めよう。と締めた。
※※※
約束した面会時にあわせて要望は予め伝えていたので屋敷内の案内から始まった。
気になった所はすべて説明を受けながら進んで屋敷で一番の広さを持つ図書室に入ると独特の匂いと高い書架いっぱいに整理された古書等が迎えてくれた。
「これは、予想以上だね……」
あまりの冊数にさすがのハンジも言葉が続かないらしい。
この蔵書にはどれだけの記憶と記録が詰め込まれているのか。
そして大したことでもないように処分すると言い切った当主はどう感じているのか。
「エルヴィン!!」
「ああ、これは大したものだ」
俺たちは潤沢な資金をもつ組織ではないが進んで寄付する人間はそこそこいる。
そして恐らくこれからは国やらなんやからの協力もあるだろう。
「リヴァイ!!これから忙しくなんよ!」
俺たちは当主が待っている応接室へ上機嫌で戻った。
その後はやけに根回しの良すぎる当主のおかげで順調に手続きは済んだ。
死後相続、となっているが連絡をすればいつでも訪ねてよい。という言葉に興奮が振り切れたハンジは当主に抱きつき、俺たちは慌てて当主から引き剥がした。
※※※
それからは時間が許す限りハンジは通いつめていた。
何度も通っていれば家人との付き合いや様子も一番知っている。
そのハンジによればあの広い屋敷には当主と執事、家事担当の三人しかおらず、当主の健康状態はあまり良くないらしい。
複雑な気分で聞きながら手が空いた時には俺もハンジに付き添って屋敷に出向くこともあった。
___
____
______
何度も訪れ気心も少しだけ知れたそんな日々も突然終わりがきた。
とうとう当主の死の連絡がきたのだ。
約束通り、俺たちは速やかに屋敷へ行くことになったが沈鬱な気持ちでいっぱいだった。
屋敷では出迎えてくれる執事はおらず、二階へ昇ると扉が開いている部屋に向かった。扉の向こうにはベッドに眠る当主の顔を淡々と清めている執事がいた。
「ジェームスさん」
一番顔をあわせているハンジが声をかけると執事は疲れた様子で俺たちに入室を促した。
本来なら親しい人以外がこの場にいることは非常識だろう。
だが俺たちは静かにベッド脇に近づきエルヴィンがお悔やみを言うと執事は悲しみを隠しきれない微かな微笑みを浮かべて礼を言った。
隣の部屋へ移動し俺たちはすでに答えのでていることを話した。
「私はちゃんと見送りたい」
ハンジの気持ちは俺たち全員、同じだった。
それから葬儀に関わらせて欲しいと伝えると願いは叶えられた。
故人の好きな花はすでに用意されている。
当主キリアンは正装に身を包んで棺に横たわり棺は花で囲まれている。
閉じられる棺の中の当主に長年仕えただろう執事は堪えられなかったのか一筋の涙を溢し何かを小声で告げた。
そうして直系最後だから。と言った当主は優しげな面影を俺達のなかに残し敷地内の礼拝堂へ数人の見送りで埋葬された。
「ねぇ、ジェームスさんがキリアンさんにかけた言葉、聞こえた?」
「いや。私は聞いていないし聞くべきではないだろう」
「うん、わかってる。でもさ……」
「ハンジ、聞こえたのは仕方ないが胸にしまっておけ」
「そうだ、ね。ごめん」
帰りの車内でそんな会話をしながらポツリとハンジは溢した。
「キリアンさん、とても安らかな顔だったね」
※※※
生前に依頼していたという弁護士から連絡もあり正式にあの屋敷、敷地の寄贈手続きは完了した。
すべてが流れるように終わったが一体なぜ病に侵された当主はここまで用意周到に手配したのか。
結局、俺たちにはわからなかった。
わかっているのはキリアンが俺達が贈与を断らないだろうと踏んでいた事と自らの死に向き合い、死後に備えていた事くらいだった。
階数は少ないが高速で昇るエレベーターはあっという間に目的の階で止まる。
研究所であり、博物館でもあるこの建物のセキュリティルームへ行くと複数のモニタが集まり監視システムとその他も管理している。
緊急時なんてのはほとんど無く監視がメインの為、あまり人気がない部署なのは仕方ない。
昨夜の報告書に目を通し部下と一言二言交わして自分の仕事部屋のデスクに座り紅茶を飲んで仕事前、ささやかな朝の一時を過ごしていると勢いよくドアが開け放たれる。
「おっはよー!今日も相変わらず早いね!!ん?ププ、案外似合ってるけど、ふははっ!」
人の姿を腹を抱えて笑う失礼な同僚にうんざりしながら毎日同じような格好でいる奴に言われたかねぇと反撃する。
「うるせぇ。黙ってサッサと準備しろ。まさかそのままで行く気か。風呂に入ることと身なりを整えるくらい覚えろ。わかったら出てけ」
やれやれと言いたいのか、大げさに両手を顔の横で振っているが俺が立ち上がると逃げ足はやく出ていった
大方、今日のことで興奮してるんだろうがその割にゃ準備もまだしてねぇとは呆れるしかない。
※※※
約束の時間より少し早めに着くよう出発してようやく呼び出された屋敷についた。
両開きのドアは開かれ、その横には壮年の男が仕立ての良さそうなスーツをきっちり着こなしている。
その男は俺達の名を聞くこともなく丁寧な言葉で案内する。
ここに招かれたのは俺とエルヴィン、ハンジの三人。
吹き抜けのエントランスは広さを感じさせるが人の気配はしない。
そのせいかどこか寒々しい印象を受ける。
いつもなら騒いでいるはずのハンジも静かでいいことだが逆に落ち着かない。
廊下を何度か曲がると重厚なドアが待ち構えて先を歩いていた男がノックをすると一拍おいてどうぞ。柔らかい声がした。
応接室なのか、広い室内は落ち着いた色の調度品で揃えており、向かい合わせの席を勧められる。俺たちの前には顔色が悪い男がいる。
それぞれ名乗って挨拶をすると男はこの屋敷の主で不健康そうだが第一印象は悪くない。
気になるとすれば俺たちが名乗るたびに少々居心地が悪くなる程じっと顔を見つめてくる。
初対面にしては遠慮ねぇもんだと思いながらも握手を交わす。
最初に案内した男が人数分の茶と茶菓子を手際よくテーブルに並べ、勧められて一口飲むとなかなかの味だ。
一息ついたところで本題にはいる。
後ろに控えていた男が邪魔にならないよう分厚い封筒を何通かを並べていく。
その中身をだしながら当主は話しだした。
「早速ですが、この土地屋敷及び屋敷に付随するすべてを死後寄贈したくご足労いただきました。こちらは財産放棄の承諾書となります」
あまりのことに俺たちは面食らった。
この一族は結束固くまたあることで有名だ。
※※※
この世界にはかつて不思議なちからがあった。といくつもの過去の文献に記されている。それをおとぎ話と笑えないのは今でも稀にそういったちからを持つ人間が存在するからだ。
そしてこの一族の所有する文献や古文書の蔵書は希少だと言われている。
これまで何処から貸出要請があっても門外不出と拒否し決して開示することはなかったはずだ。
「それは私達にとって旨味のある提案ですがそうする理由と、なぜ我々なのでしょう?」
「いつまでも知識を隠しておくのは限界があると思ったのが一つ。そして引き継ぐものがいないのも一因です。そしてあなたがたの研究への情熱に心打たれたからで答えになりませんか」
一番はやく切り替えたエルヴィンが訊ねると当主は迷いなく若干含みのある答えをよこした。
「大変失礼ですが分家等で引き継ぐのが自然ではないですか?」
珍しくきちんとした言葉で話すハンジに驚くがこの申し出のほうが違和感を強く感じる。
「分家はこれまでも今も関わっておりません。また全ての分家に財産放棄で話はついてます。もしあなた方で管理はしないということであれば処分する方向です」
は?言っていることがまったく理解できねぇ。エルヴィンもハンジも目を見開いている。
「私が最後の直系です。私の死後、この屋敷や文書等を含め活かすことも守ることもできません。ですから一番有益なところへ寄贈をするだけです」
にこやかに話しているがこの屋敷に収蔵されている蔵書、文献の価値は誰よりも知っているはずだ。
そして俺たちにとってこんなに都合のいい話しはない。
訝しむ俺たちに当主は今後の管理に要する金も数年分は用意しているとどんどん詰めていく。
これまで頑なに守り続け外部の目に晒すことさえ厭うていた保有しているものを直系子孫がいないから寄贈するとか、寄贈先がなければ処分するというのはあまりに極端すぎて逆に胡散臭い。
エルヴィンもそう思ったのか、一旦持ち帰る方向で次の日程について会話をしていたが当主の顔色は先程よりだいぶ悪く、話は途切れてしまった。
控えていた壮年男が支えているが今後については改めて連絡をとることになり、テーブル上の全分家分の放棄に関する書面、寄贈に関する書面と弁護士の連絡先の写しを渡すと途中で申し訳ないといいながら退室していった。
※※※
俺たちは戻るとすぐに今回の申し出について会議を開いた。
この研究所は博物館的な面を持たせており注目されてはいるが主な収入源は寄付や資料貸出料、入館料で賄っている。
その他にも過去に見つかった遺跡、遺物等の発掘、研究を行っている。
一団体で広範囲に渡って活動しているがその中でも未知のちからに関して人の興味をひどく掻き立てる。
ハンジやエルヴィンもほぼ採算度外視で研究しているがそれは自分にそのちからがあるからで自然なことだ。
「私達が頷かなければ貴重な資料もなにもかも無くなってしまうんだよ?!」
「しかし、ここまでお膳立てされているのはおかしい。もう少し慎重に行動するべきだ」
第三者の気分で様子を見ていると急にハンジがこっちに振ってきた。
「リヴァイ!さっきからだんまりだけどあなたはどう思ってるの!?」
「別に。受ける受けないはどっちでもいいが中身がどんなものかが気になる」
ここで二人ともハッとした顔になった。こいつらが興奮するのはわかるが肝心なことを忘れて言い合ってたのか。
気を取り直したようにエルヴィンが次回面会時に見学を申し入れ、それから決めよう。と締めた。
※※※
約束した面会時にあわせて要望は予め伝えていたので屋敷内の案内から始まった。
気になった所はすべて説明を受けながら進んで屋敷で一番の広さを持つ図書室に入ると独特の匂いと高い書架いっぱいに整理された古書等が迎えてくれた。
「これは、予想以上だね……」
あまりの冊数にさすがのハンジも言葉が続かないらしい。
この蔵書にはどれだけの記憶と記録が詰め込まれているのか。
そして大したことでもないように処分すると言い切った当主はどう感じているのか。
「エルヴィン!!」
「ああ、これは大したものだ」
俺たちは潤沢な資金をもつ組織ではないが進んで寄付する人間はそこそこいる。
そして恐らくこれからは国やらなんやからの協力もあるだろう。
「リヴァイ!!これから忙しくなんよ!」
俺たちは当主が待っている応接室へ上機嫌で戻った。
その後はやけに根回しの良すぎる当主のおかげで順調に手続きは済んだ。
死後相続、となっているが連絡をすればいつでも訪ねてよい。という言葉に興奮が振り切れたハンジは当主に抱きつき、俺たちは慌てて当主から引き剥がした。
※※※
それからは時間が許す限りハンジは通いつめていた。
何度も通っていれば家人との付き合いや様子も一番知っている。
そのハンジによればあの広い屋敷には当主と執事、家事担当の三人しかおらず、当主の健康状態はあまり良くないらしい。
複雑な気分で聞きながら手が空いた時には俺もハンジに付き添って屋敷に出向くこともあった。
___
____
______
何度も訪れ気心も少しだけ知れたそんな日々も突然終わりがきた。
とうとう当主の死の連絡がきたのだ。
約束通り、俺たちは速やかに屋敷へ行くことになったが沈鬱な気持ちでいっぱいだった。
屋敷では出迎えてくれる執事はおらず、二階へ昇ると扉が開いている部屋に向かった。扉の向こうにはベッドに眠る当主の顔を淡々と清めている執事がいた。
「ジェームスさん」
一番顔をあわせているハンジが声をかけると執事は疲れた様子で俺たちに入室を促した。
本来なら親しい人以外がこの場にいることは非常識だろう。
だが俺たちは静かにベッド脇に近づきエルヴィンがお悔やみを言うと執事は悲しみを隠しきれない微かな微笑みを浮かべて礼を言った。
隣の部屋へ移動し俺たちはすでに答えのでていることを話した。
「私はちゃんと見送りたい」
ハンジの気持ちは俺たち全員、同じだった。
それから葬儀に関わらせて欲しいと伝えると願いは叶えられた。
故人の好きな花はすでに用意されている。
当主キリアンは正装に身を包んで棺に横たわり棺は花で囲まれている。
閉じられる棺の中の当主に長年仕えただろう執事は堪えられなかったのか一筋の涙を溢し何かを小声で告げた。
そうして直系最後だから。と言った当主は優しげな面影を俺達のなかに残し敷地内の礼拝堂へ数人の見送りで埋葬された。
「ねぇ、ジェームスさんがキリアンさんにかけた言葉、聞こえた?」
「いや。私は聞いていないし聞くべきではないだろう」
「うん、わかってる。でもさ……」
「ハンジ、聞こえたのは仕方ないが胸にしまっておけ」
「そうだ、ね。ごめん」
帰りの車内でそんな会話をしながらポツリとハンジは溢した。
「キリアンさん、とても安らかな顔だったね」
※※※
生前に依頼していたという弁護士から連絡もあり正式にあの屋敷、敷地の寄贈手続きは完了した。
すべてが流れるように終わったが一体なぜ病に侵された当主はここまで用意周到に手配したのか。
結局、俺たちにはわからなかった。
わかっているのはキリアンが俺達が贈与を断らないだろうと踏んでいた事と自らの死に向き合い、死後に備えていた事くらいだった。
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