紐解く
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
あれからハンジは梃子でも動かず、譲らず結局、研究所に出勤し最低限の仕事が終ればリーベン邸で過ごしている。
エルヴィンの話によると業務命令と謹慎処分をちらつかせて、やっと仕事に戻る気になったらしい。
そりゃそうだ。これ以上、仕事に支障が出るならエルヴィンだって強硬手段をちらつかせるしかないだろう。
仕事をちゃんと熟せばリーベン、いやカズサについて知ることができる。
それに乗っかって俺も仕事を今までより早く仕上げてリーベン邸に行く時間を作ろう。
その理由は単純でハンジの言ったことが引っかかっているのと、もしそうなら俺達、俺はカズサとどんな関わりがあったのかを知りたい。
万が一関わりがあったとしてもそいつらと俺達は違う。
どんなに顔がそっくりで名前が同じでも、力が使えたとしても。
※※※
リーベン邸でナナバやペトラと一緒にいるカズサは確かにリラックスしているように見える。
でも確実に一線はあってそれは私達より強く引かれている。
まあ、彼女達はカズサのことを知らない。対して私達はある程度の事情を知ってる。
私がリーベン邸に来た時にホッとしたカズサの表情は一瞬だったけどちゃんと私は見た。
「ナナバ〜ペトラ〜、お腹空いたからなにか用意してくれないかな?」
「ハンジ、あんた。また抜け出してきた?そろそろエルヴィンがあの目の笑ってない笑顔でこっちにくるんじゃない? おっと、ペトラ。遅くなる前に帰りな。あとは任せて」
少し迷ってたが、ペトラは挨拶すると屋敷を出ていった。慣れないことに疲れたのかもしれない。心配する間もなくハンジは続ける。
「いっやー。もう絞られて水分は一滴も出ないカラカラだ。乾いて干物だよ。でもちゃんと仕事もするからって約束したら許してくれた」
呆れながらナナバがきっと根負けしたか、手に負えないって妥協するまで頑張ったんだろ?と当てつけた言い方をするが、半分当たりで半分違う。でもそんなことを言う必要はないから笑って誤魔化した。
「しょうがないな、簡単なものだけど用意してくる。あ、カズサは苦手なものとかある?」
いきなり話を振られたカズサは助けを求めるように私の方をみる。
「特に好き嫌いはないから私と同じでいいよねー」
話をあわせるようにカズサはうんうんと頷いた。
調理場は今いるところから離れていて、カトラリーやコップ、お皿。すべてガラス製は撤去した。
いつカズサがそれらで自分を傷つけるか心配だったからだ。
ナナバたちはこんないい品から味気ないプラスチックや紙?と首を傾げていたがハンジは自分が割ってしまうと弁償が怖いと言い訳し悲しいことに納得されてしまった。
簡単なもの、と言っていたがプラスチック皿に乗ったラップサンドは香ばしいベーコンとチーズ、新鮮な野菜がたっぷりと挟まれ、スープは具だくさんのミネストローネが二人分、トレイからはみ出そうになっている。
すぐにカズサはナナバから皿を受け取りハンジの前に置き、その他もテーブルに並べていく。
「ありがと、カズサ。ハンジ少しは手伝うって気にはならないのかい?」
「あ、ごめんねぇー」
「そういうけどさ、気持ちがはいってないよね」
軽口を叩きながらカズサを席に着かせると向かいのハンジはすでに大きく口を開けかぶり付いている。
「ん〜」
もぐもぐと口を動かしながら満足そうなハンジの横に座ったナナバはなかなか手をつけないカズサに食べるように促す。
カズサもハンジと同じようにしてサンドを食べると目を見開いてキラキラしている。
カズサを微笑ましく見ていると玄関から来客を知らせるベルが鳴る。
「誰だろ。ちょっと行ってくる」
食事中の二人に断りを入れてナナバは玄関へ行く。
この屋敷は広いのでノッカーを使うと連動するベルの音が鳴るようになっている。
その間、ハンジとカズサは会話なく食べることに集中しハンジはサンド半分とスープはほぼ飲み終えているがカズサは初めての食べ物を味わい、まだ三分の一、スープも半分。
「食事中か」
ナナバとリヴァイが入って来るとハンジは口一杯に食べ物を含んでるので片手を挙げ挨拶をする。
カズサは慌てて食べているのを隠すように背中をむけている。
「ナナバ、今日は俺もハンジもいるからお前はもう帰っていい」
「え?聞いてないけど。いっか。時間みて帰るさ。明日はこっちでいいかい?」
「明日は俺とペトラがいるから大丈夫だ」
「え?あんたも仕事放っていないよね」
「そこの珍獣と一緒にするな。俺は休日でペトラの分も仕事は済んでいる」
ふうん。ナナバの含みがある返事にリヴァイはイライラするが何か言われるのも癪で言われる前に食後の茶を淹れてくる。と給湯室へリヴァイは大きな紙袋をもって出ていった。
ティーセット一式をワゴンにのせリヴァイはハンジたちのいる部屋に入ると食事は終えたのか、食後のプラスチック製品をわきにまとめ、ワゴンの下へ片付け、代わりにポット、カップ、焼き菓子がのったケーキスタンドを並べていく。
「わぁお!ラッキー!!」
飛び上がって喜ぶハンジと笑顔のナナバ。不思議な表情のカズサはちょうどいい四人がけのテーブルを囲む。
ナナバやハンジがそれぞれの分を取り分けるのを制し、リヴァイはカズサに紅茶を注ぎ、皿にこれはどうだ?こっちも人気があるそうだ。と甲斐甲斐しく世話をしてカズサの皿が一杯になってからナナバたちに勝手に取れ。と自分の紅茶を飲み始めた。
一部始終を見ていたナナバとハンジはニヤニヤとしているがリヴァイは煩そうな雰囲気を出している。
「なんか、新鮮だねぇ。な?リヴァイ」
怖いもの知らずのハンジはニヤリとリヴァイをからかう。
いつもなら何かしら痛い目に合うのが常だが涼しい顔をしてカズサにどうだ、うまいか?と感想まで聞き、頷くと追加で皿に乗せていく。
「えーっと。そろそろ私は帰ることにする。どうやら幻覚が見えるくらい疲れているみたいだ、じゃ」
目頭を押さえたナナバは洗いものをトレイにのせて消えていった。
一気にあれこれを勧められどうしたらいいか、わからないカズサはハンジに助けを求めるが面白そうに見て、マカロンを口に放り込む。
「これはどうだ?」
しばらく楽しく様子をみていたが、親鳥がひなにずっと餌を上げる図式にさすがのハンジも気の毒になってきた。なんせカズサは断ることを知らないらしく勧められるものをすべて口にしていて苦しそうだ。
「あのさぁ、リヴァイ。そこまでにしておきなよ。そんな一気に食べさせちゃカズサがお腹こわしちゃうよ?」
はっとリヴァイはカズサを見ると涙目になっている。
「……悪かった」
紅茶でお菓子を流すと一息つき、カズサは笑顔で美味しかったです。と返事をする。
「だめだよ〜、ちゃんと断る時ははっきりしないとさ。特に彼は限度を知らないみたいだ」
射殺すような視線をハンジに向けると、「おお、怖っ」とおどけている。
「茶が冷めたな、淹れなおしてくる」
パタンと扉が閉まるとハンジはクククと腹を抱え大笑いし始めた。
急なハンジの態度にカズサがびっくりしていると笑いで掠れ声なハンジはまだ落ち着いていない様子で説明した。
「あ、あのリヴァイがっ、あんなに献身的だっ、て知ったらなん、だか笑いが治まら」
またスイッチが入ったのかゲラゲラと笑っているハンジにカズサは訊ねてみた。
「リヴァイさんは、いつもどんな感じなんですか」
やっと笑いの発作が治まったハンジは打って変わって真摯に答える。
「あいつはいっつも疲れないの?ってぐらい眉間にシワよせてさ、不機嫌そうで、たまに何考えてんだかわかんない奴だし紅茶馬鹿で潔癖症で人の世話なんてそうそうしないし私なんかいつも蹴飛ばすし、でも。ほんとは優しくていいやつなんだ。口や態度が悪くてすっげー損してるけど」
息継ぎせず話すハンジはリヴァイをよく知っているのだろう。
(仲のいい友人ですものね……)
うつむいたカズサの顔にかすかな影にハンジがどうしたもんか、と思っていた時にタイミング悪くリヴァイが戻って来た。
カズサのうつむき加減の顔をみて問いただすような目でハンジを睨む。
まずい。とハンジは両手で違う、私じゃない、違うんだ!とサインを送る。
半信半疑のリヴァイだがハンジよりカズサのほうが気になるのか、カズサの前に桃の香りがする紅茶をおく。
甘い桃の香りにカズサが顔をあげる。
「俺は飲んだことがないんだが、行きつけの茶葉屋で人気と聞いてな。桃だそうだ」
そんなの匂いでわかるだろうよ!とツッコミを入れたかったがハンジは自重した。
カズサは新しいカップの薄い琥珀色をコクリと飲むと甘い桃の香りと紅茶と桃の味にカズサは思わずリヴァイの顔をみて笑った。
それは、彼女が起きてからみる無防備な笑顔でリヴァイもハンジも一瞬、言葉を失った。
「とても、美味しいです。ここはいろんな美味しいものがあるんですね」
「そうか、閉じこもってばかりで気が滅入るだろ。近いうちに街に連れていってやる。もっといいもんもあるだろう」
(おっと、え?嘘だろう??)
喜ぶカズサとカップと傾けるリヴァイに交互に視線を動かしながらハンジは若干動揺していた。
ハンジが知るリヴァイは女性に対しては良くも悪くも来るもの拒まず去る者は追わずのスタンスなはずだ。
いや、そもそも街に誘うってエルヴィンは許可したの?
一人百面相になっているハンジをリヴァイはきつい目で見ている。
(そう、そう。これ、私への、この態度は変わってないしナナバにもいつもの態度だった!え、カズサにも初めは )
「クソメガネ、何してやがる。カズサがお前に話しかけてんだろが」
「は、あぁ、ごめん。ちょっと別のこと考えてた。もう一度言ってくれる?」
一度聞き逃されたので言いにくいのか、手元をみてモジモジしていたカズサがハンジには小動物に見えて内心悶えているとカズサが微笑みながら多分さっきと同じ質問をしてきた。
「ハンジさんたちはいつからの友人でしょうか?」
はあ。と特大の溜息をつき、リヴァイは好きじゃないはずのクッキーをかじっている。
「私たち?たしか、大学の頃だったかな?」
「……だいがく?」
「うーんと、一番好きなことを勉強したり研究したりするための入り口になる学校、かな」
自分たちは聞かなくても当然の単語でもカズサにとっては意味がわからない。
多分これまでの会話でもいっぱいあったはずだ。
そして訊ねたのは初めてだ。
「俺たち三人の会話で意味がわかんねえとこがあれば遮っていいから、その都度、訊ねてくれ。だが、ナナバとペトラは笑って誤魔化しておけ」
「……わかりました。ありがとうございます」
まただ。さっきまでは警戒してなかったのに。固い態度に戻った。
理由がわからない以上どうアプローチしていいか、わからない。
「そうだ、こっちは古代語のことばかりカズサに聞いてたけど、今の言葉は話せてるし単語や読みもすぐ習得できるかも?そしたら不自由も少なくなるか……明日教材になりそうなの用意してくる!」
ソーサーにカップを置いて「まともなもんか事前に俺にみせろ」
「はぁ?なんであなたの許可をいちいち取らなきゃいけないのさ」
「碌なもんじゃねえってわかるからだ」
ひどい言い草だよ、全く。言い返してるがそれもカズサが知ってる彼らのいつもの会話だ。
そう、いつもと同じ。
カズサは目の前の二人のやり取りが変わらないことに安堵した。
翌日、ハンジは溜まった仕事に耐えかね、モブリットが強制的に連れて行かれ、遠吠えのような声を残してリーベン邸から出ていった。
モブリットだけならハンジを仕事に向かわせるのに時間がかかっただろうが、事情を聞いたリヴァイも手伝い追い出された。
「ハンジさん、大丈夫でしょうか?」
「あいつはいつもどおりだろ、むしろ仕事のモチベーションが上がってサッサと終わらせてこっちにまた押しかけるだろうよ」
ペトラとリヴァイが呆れながら話しているのをカズサは透明な膜を通して見ているようだった。より現実感がなくかすかに痛む胸がどうしてなのかすら見当がつかず、逃げるように図書室にこもった。
カズサはできるだけこちらの言葉にあわせ、伝えてはいるがどうしても伝えきれない部分がある。
それは文化や価値観の違いとも言えるしカズサにとっては当たり前であってもそうでないことが多々あるため、伝えるのも苦労することもある。
今日はあの時代における身分制度、カズサにとっては当たり前の魔術について、どう説明すればいいかを考えていたが上手い表現が見つからない。
「この部分は理解してもらえると思うんだけど、どうしても精霊については……」
カズサにとって精霊は身近な存在で生きていた時代も当たり前に受け入れていた。
でもハンジたちにとってはそうでないらしく、そもそも精霊について半信半疑なのがわかる。あの時代ならなんの違和感もなかったし高位精霊は呼ばずともカズサの傍にいた。その姿を見れば一番理解しやすいが目覚めて以来、どんなに呼んでも姿を見せるどころか声も聞こえない。
(ぼくたちがカズサのことをはなしてカズサが会いたがってるっていっても微笑むだけなんだ。ごめんね)
高位精霊ならば姿を現せばきっとここの人も実感してくれるのに。今カズサの傍は小さなこたちは姿を見せる力はない。
「……どうしたらいいかな」
それとは別にカズサにとっては記憶が抜けている。
欠けた部分を思い出そうとすると頭痛でそれどころではなくなる。
思い出せないのは無意識に拒絶しているか、思い出せないようにされているのか、その両方か。
頭痛に悩まされていると知れば、ここに人たちは大げさに騒ぎ立てる。痛みをおして就寝する一人のときに試しているもののぼんやりとした欠片しかない。
(確か、ハンジさんは私が目覚める前に私のことを夢でみたから少しだけ知っていると言ってた。ならエルヴィンさんや……リヴァイさんもなにか知ってるだろうか?)
敢えて触れずにいたが正直、文書より欠けた記憶のほうがカズサにとって重要。なのにどうしてもそれを訊ねるのを避けてしまう。
「どうした?具合でも悪いのか?」
いつの間に傍にいるリヴァイにビクリとしてしまう。
その反応にリヴァイは気まずそうに済まない、驚かせたな。と出ていってしまう。
(怖いわけじゃない、ただ……)
ハンジたちと違ってリヴァイがいると落ち着かない。
覚えているのはハンジたち三人は以前も一緒だったこと、自分にとってリヴァイが鍵だと感じている。
それなのに近づかれると叫んでしまいそうで。
溜息をこぼし、何度も読んだリーベンの家族が残した手記の言葉を噛みしめる。
なぜ、私が王都へいってからの記憶が曖昧で抜けているのだろう。
どうして姉さまはそのことを残していないんだろう?
一人物思いにふけっているとだいぶ時間がたっていたらしく昼食の時間だ。とリヴァイがカズサを呼びにきた。
食事を摂りたい気分ではないが食べなければ、具合が悪いのか?と心配する。
それほどお腹は空いていないが言われるがまま、図書室を出た。