時の狭間
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目が覚めると窓の外は暗くかなり寝てしまったせいか、頭痛がする。
何度見回しても覚えの無い部屋でそもそも調度品も見たことのないものばかり。
着ている服も着心地もデザインも初めて着るもので、知った顔触れの人もいつもと違う服。
何より違和感を感じるのは精霊達がほとんどいない。
心細くて怖い。
一体なにがあったの?
記憶を辿ってみる。
確か王命で王宮に出仕する事になってハンジさん主体として、一緒に研究してて楽しかった日々。
そしてまた王命で婚約した。環境も人の目も簡単に変わる状況。
それでも後悔はしない、強くあれ。
そう思っていた。
あの頃についてはあまり思い出したくないし欠けている部分が多いことに衝撃を覚える。
塔で研究して……それから……
それから……
だめ、このあたりから記憶が全部抜けて思い出せない。頭が割れるように痛い。
ノックがしても返事が返せずにいるとハンジさんがトレイに何かを乗せて側に来た。
「起きてたんだね、のど乾いてない?お水持ってきたよ。あと胃に優しいすりおろしりんごもね」
にっこり笑うハンジさんは変わらないのに警戒してしまう。
違和感が、拭えない。
「私もさ、のど乾いて小腹が空いてるんだ、一緒にどう?」
ハンジさんがもっている繊細そうな透明な容れ物にお水が入ってるようだ。もうひとつは小さなカップに入った薄い黄色みがかったドロドロしたものが。
初めてみるカップと中身が気になっているのがわかったのか、カップを顔に近づけてくる。りんごの甘い香りがする。
とりあえず妙なものではないかもしれない。
それでもハンジさんが口をつけてから少量だけ口にする。
「少食なんだね、聞きたいことがたくさんある、って顔してる。全部は無理かもしれないけど知ってることは話すよ、だからカズサも教えて欲しい」
どういうこと?やっぱり顔はそっくりでもハンジさんじゃないってこと?思わず身構えると「うん、警戒するなってのが無理だよね。でも誓ってあなたに危害は加えたりしない。それだけは信じて欲しいし信頼して頼ってもらえるように努める」
真剣な顔と声音でハンジさんらしき人が言う。
「……ここは、どこですか?」
「旧リーベン邸だよ」
あり得ない!!こんな部屋はない。住人の私が知らない場所はない。それにリーベンなら姉さま達がいる、ハンジさんがいるはずがない。
「嘘、リーベン家じゃない。もっとマシな嘘にして」
頭を掻きながらうーんとハンジさんもどきは唸っている。
死角になっている手に魔力をのせ、いつでも発動できるようにする。
「ありゃ、そうだよね」
魔力をのせているのがわかっている。
「混乱させたくなかったんだけど。ねぇカズサ。今は何年?」
え?何を聞いているの。隙を伺っているの。
「王国歴845年」
一瞬、複雑そうな表情でハンジさんもどきが私をみている。
「心の準備をしてほしい。いまは王国歴なんて使っていない。ただカズサ、今はあなたが言った年代より約800年から1000年近く経っているんだ」
何、なにを、言っ、てるの?
風が部屋のなかで渦巻く。向かいあった人が防御壁らしいものを展開しているけど効果はない。
「カズサ!落ち着いて!!」
悲鳴が聞こえるけど、こんなタチの悪い冗談を。手の混んだ変わり身まで使うなんて。風を強くすると相手も防御壁を強固にし、ドアから慌てて出ていった。
風をおさめると小さな精霊たちが飛び回っている。
『青、お願い。教えて』
どんなに呼びかけても応えてくれない。
いつだって呼ばなくったって傍にいたのに。
赤や緑に呼びかけても姿を見せることも一言もない。
怖くてガタガタと震えが止まらない。
ここはどこ? 800年?1000年?
何があったの? あのひとたちは?
自分が混乱して錯乱の一歩手前なのが感じる。
小さな光をまとった精霊の子たちが飛び回っている。
事情を知りたくても懸命に伝えようとしているけどそれぞれ思い思いに伝えようとするので肝心の伝えたいことが聞き取れない。
ベッドの上で頭を抱え俯く。
いまここで錯乱状態に陥ったらいいようにされる。
頬を強めに叩いて気を引き締める。
私はリーベン辺境伯の者。リーベンの者としてしっかり正気を持たなければ。
さっきの人達はきっと監視している。
でも幸いに魔法は使える。魔封じすらされていない。
正面突破。いえ、どこかわからないのにただ出ればいいわけない。
ここがどこなのか、突き止める必要がある。
監視するならすると良い。ただ捕まっているわけにはいかない。
※※※
そろりとベッドから降りる。
服装が心許ないが手始めに室内を確認する。
さっき風を使ったので散らかしてしまったが片付けるつもりはない。
まずは調度品から調べる。引き出しを下から上へ開く。下段にはなにも入っていない。
上段には着ている服と同じような素材の服、手触りの違う服。
「すぐにどうこうするつもりはない?」
クローゼットにも外出着らしき服がある。ここには服しか置いてないのか。
情報遮断は当たり前だ。
ベッドにポスンと座り、次の手を考える。
《 カズサ起きた!大丈夫?》
《よく聞いて、王様達も会いたいけど会えないの》
《あの人たちは悪い人じゃないよ!》
《カズサはずっと寝てたんだ》
精霊は良くも悪くも嘘はつかない。
《ちゃんと話してみて、こわくないよ》
小さな精霊達は口々に彼らが危害を加えることもなく、むしろ対話を勧めてくる。
いつもならそうね。と思うのに何もわからない、青たちも応えてくれない、眠っていた?本当に下手したら1000年単位?
もし本当なら、私の知る人は誰一人いない。この世界は私のいるところじゃない。
その時、キラリと鋭く尖ったものがみえた。この身を消すのに役立つだろうか。
一番大きく鋭いかけらを手に取る。
試しに反対側の指に尖ったところを刺してみる。
ぷっくりと血の玉ができ、細い流れを作っていく。
これなら屈辱を味わずに首筋に当てれば逝ける。
うまくいけば姉さま達がいる場所に逝けるかもしれない。
心許ないけどできるだけ深く、首筋に沿って。
すでに手のひらは切れて血まみれになっている。滑らないようにしっかり握って首に寄せる、後少し。
「なにしてやがる!!」
ドアを蹴破ったような音に気づいた時には手首を痛いほど掴まれ手を動かせない。
抗ってみるがビクともしない。詠唱せず、殺さない程度に痺れる程度の電流を流す。
なにも好き好んで人に危害を加えたいわけじゃない。
ビリッと相手に伝わったのを感じるのに手首を掴む力は緩まない。
「せっかくお前の家族が生かしたのにふざけんな!」
ドクン。生かした?この状態で。この訳のわからない世界に一人残すことにした?
姉さま達の顔が浮かんで力が一瞬抜けたのを男は見逃さずに私の持っていたものを力ずくで首から放し、しっかりと握っていた指も一本ずつ放す。
姉さま達の笑顔が心配する声が怒る顔が浮かんでいる。
呆然としているうちに私の手から鋭いものは落とされ、すぐに抱きかかえられて部屋を出るとリヴァイさまに似た誰かがハンジさんもどきが何かを抱えているのを目で確認して別の場所へ連れて行く。
そこはさっきと似ている部屋で妙なものが荒れた部屋を映し出している。
男が長椅子に座らせると私の側に付き、ハンジさんもどきは慌てながらも白いタオルで手を優しく包む。
「手を開いて」
気づかないうちに手を握りしめていたらしい。
「結構深いな」
水で血を流してるがギザギザな傷からは次から次へ血が流れる。
水が傷に触れたことで痛みの刺激があるが治してしまえばいい。
血を拭ってはやたらとしみる液体を掛けられているが毒なんだろうか。
このくらいの傷ならすぐに治せる。変なことをされるよりは自分で治したほうがいい。
体を巡る魔力を傷に集中する。淡い光が手を覆い光が収まれば治癒は完了。
ここのおかしな人達は目を見開いている。
「えっ?今の早いってか、きれいに治ってる。私には無理だ」
「……」
「古代はこれも当たり前だったのか」
「……」
黙ってきいていると彼らはいいたい放題だ。
部屋も移したってさっきと同じようにすればいい。
「突然あんなこと言ってごめん。あなたが死のうとするのは予想してなかったんだ。順を追って、と言っても私たちじゃ信じられないよね。だから、貴女のお姉さん?たちが書いたものを読んでほしい」
姉さま?!
※※※
きれいな”本”がきちんと整頓され、少し肌寒く感じる。
「やっぱり、貴女も問題なく入れるね」
「最初っからこいつの為の図書室だったんだろ」
「彼女なら当たり前に古代語が読めるだろうな」
手近かな本棚から一冊取り出すと知らない言葉だけど、外国語だろうか。
「それ、読める?」
「いえ、外国の言葉ですか?」
「そっかー。ここら辺の言葉は違ってくるのか〜」
「おい、ハンジ」
「あぁ、わかってるって」
やたら広い中の奥に行けば馴染みのある言葉が並んでいる。
陣の展開、訓練要項、魔法応用編
立ち止まるとハンジさんもどきが喜んで読める?読める?といちいち尋ねるので本棚から目を放した。
※※※
突き当りなのか、私が知っている本の装丁がみえてきた。巻物であったり本だったりするが、見知った本の言葉は落ち着く。
「貴女に読んでほしいのはこれと、これ。とりあえず二冊。たぶん貴女の家族が残したものだと」
ひったくるように手にし、ページをめくる。
ああ。姉さまの字だ。
「様子はどうだ」
「最初の本を何度も読んでる、身内の書いた本ならそうなるかな」
「じっくり読んでるが中身は俺が読んだのと同じだろ」
「わかってないなぁ。彼女からしたら家族からの文だよ。そりゃ何度でも読むさ」
「もういない家族からだ。気の済むまで読んだほうがいいだろう、ハンジ軽率なことはするなよ」
ウズウズしているハンジにエルヴィンが釘を刺す。
「聞きたいことも沢山あるしどういうことか知りたいけど、さっきみたいになるのは私もごめんだよ」
同じ場所にいるがカズサの耳には届いていないらしい。
何度か読んだ本を抱き締め悲しみなのかそれとも痛みなのか、それともすべてなのか。窺えない顔で
ジッとしている。
様子をみながらソッとしていると唐突な要求があった。
「私が着ていたものを返して下さい」
その言葉にハンジが狼狽えた。
そりゃそうだ。時代の検証やら素材などを調べるのを楽しみにしていたからだ。
だが持ち主から返却を求められたなら返すのが筋だ。
「しばらく貸してくれると嬉しい、んだけど……」
尻蕾になる声はカズサの強い視線の前では無意味だ。
「あー、うん。今持ってくる。リヴァイいい?」
ピクリ、カズサはまるで恐れているように俯いた。
カズサが目を覚してからずっとそうだ。
俺を視界に入れないようにしている。
あからさまに避けられている。
「ああ、了解だ」
※※※
「ねえ、良かったらなんだけどリヴァイは何か貴女に失礼なことした?口は悪いけど悪い奴じゃないよ。でもあのしかめっ面だからねぇ」
「皆さん、似すぎているんです」
それっきりカズサは口を閉した。
私達は、いや彼女にとって私達は関わりがあった?
いや、それはおかしい。
「この衣裳箱だよな」
持ってきたリヴァイとカズサの目が合う事はやっぱりなかった。