ちょっと付き合え。
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どうしよう……
ピッ!ピッ!
目の前にゲートがある、忙しなく通り過ぎる人の流れにバッグをひっくり返したくなる。
ない。
何度確認してもいつもの手触りは見つからない。
「おはようございます、開発部の……」
────────
ピッー。
「……お前か?」
マズイ。セキュリティ課で一番怖そうな人が来た。
「はい…」
気まずい。項垂れる私にリヴァイ課長が、はぁ。と面倒だ。と聞こえそうな、ため息をつく。
「こっち来い」
連れて行かれたのは警備室。
「すまねぇ。仮パスを頼む」
テキパキとサインと社員証を提示して、私の一時の悩みは解消された。
「何度目だ」
「……IDは初めてです」
「一度も二度も変わらねぇ。紛失自体が問題だ、分かるか」
「申し訳ありません…」
※※※※※※
パシャッ
目を閉じてなかっただろうか?
髪は乱れてなかっただろうか?
そんなことを気にする余裕もなく、新しいIDのための手続きに入る。
所属部署には連絡してあるが、きっと席に着いたときには、からかわれる。
はぁ。
思わずついたため息に、あ?とリヴァイ課長が振り返る。
慌てて取り繕う私にチッと今度は舌打ちが飛ぶ。
「カズサ・ サフィール、次はない」
「はい…」
ビクっと身体が軽く上に反応するのとは裏腹に首からかけた仮パスが首枷のように重くなった。
────────
「カズサ〜!おはよう!今朝は何を忘れたのかな?」
「IDです……」
「あはは、始末書だね!」
人の気も知らないで。
うちのハンジ課長はフットワーク軽く、ついでに軽口も考える前に出る。
「ほらほら、君の仕事が待ってるよ!!」
PCファイルを確認すると開発案が増えてる。
「あの、」
「遅刻した分は、ね?」
残業、決定。
────────
ピコン。社内チャットが新規メッセージを知らせる。
「はぁ~」
良かった。新しいIDについてだ。
トントントン。軽くノックをしてから、仮パスを読み込ませる。
「失礼します。カズサ・ サフィールです」
一斉に向けられる視線が痛い。
「こっちだ」
軽く上げられた手を目印にして近づくと、デスクから見えるのはリヴァイ課長……
「これが受け取り票だ、サインしろ。後、仮パスはこっちで返却する。仮パスの返却書の……」
重い返事の、はい。だけがPCのタイプ音に紛れて消える。
チラチラと向けられる視線は言葉よりわかりやすい。
(あんた、やらかしたな)
心のなかで答える。
(やらかしました)
────────
(これ、いいかも。)
前科持ちの私はいま、コーヒー専門店で店員さんの説明を聞きながら、試飲と香りを重ねる。
一番ナッツの香りがふわりとただよう、コーヒー豆を手に取る。
軽すぎず、重すぎない。
これなら皆さんで飲んで頂けるはず。
───────
始末書片手、ショッパーズバッグを片手に総務部へ向かう。
応対したのは穏やかな笑みを浮かべる社員。
「わざわざ?ありがとう!!」
よし、ミッションコンプリート!
のはず、だった。
※※※※※※※※
通路の反対側に、嫌でも目に入る眼光の鋭いリヴァイ課長。その隣には、彼の所属するセキュリティ課も統括する、柔らかな物腰のエルヴィン総務部長。
ススス、と壁側によって軽く会釈する。
(何事もありませんように!)
ピタッ。
革靴の音が止まる。
恐る恐る、顔を上げると満面の笑顔のエルヴィン部長。
「確か、君はカズサくん、だったね。先日は美味しいコーヒーをありがとう」
「あ、いえ。こちらこそ、ご迷惑を……」
「エルヴィン、先に行くぞ」
え!お礼伝えそびれる!
「そうだ、いいことを教えようか。実はね、リヴァイは紅茶派なんだ、彼は少し悔しがってたよ」
ヒラヒラと手を振るエルヴィン部長を見送り、私は頭を抱えた。
(一番迷惑かけた人にお礼できてないなんて!!)
「ハンジ課長、ちょっと相談が……」
「ええっ!マジで!?腹痛ぇっ。あ、 カズサは胃痛かな?」
ケラケラとお腹を抱えて笑うハンジさん。
ランチと引き換えにリヴァイ課長の好みを知っていますか?と聞くと、すぐに先日のID騒動の続きと悟られ、今に至る。
「本っ当ーに飽きないよね、君は!」
「飽きても飽きなくてもいいです」
目尻を軽く押さえるハンジさんにぶすっと答える。
「そういうこと言うかな〜?今の君を救うのは私だろ?」
「すみませんでした」
軽く頭を下げると、よし!と頼もしい声。
「あいつならさ……本人に聞きなよ!!」
椅子の上でバタバタと動くハンジさんをモブリットさんが(早く行きなっ!)アイコンタクトを送ってきた。
ランチを引き換えにしたのに……
結局、新しい情報はなかった。
カチ、カチ。
社内PCで、紅茶専門店のサイトをスクロールする。
おしゃれな缶に目がいくし、きちんと説明もある。
でも、どれがいいのかが分からない。
(無難にアールグレイ?ウバ?ミルクティー?いや。あの人なら甘いものは飲まない気がする)
優雅にティーカップを持ち、目の前にはミルクとスイーツ。
絶対、違う。
シナモンスティック?使わないだろう。
なら?どれ?
誰か、詳しい人は……
※※※※※※※※
「おい、カズサはいるか?」
ヒッ!声が漏れなかった私を誰か褒めてほしい。
「おーい!カズサ、お客さんだよー」
コツコツコツ、足音が近づいてくる前に席をたち、直立不動の構えをする。
「……お前、ハンジに色々聞いたらしいな」
なんで?ハンジさん!話しちゃったの!?
「あの。その〜先日のものは苦手だったと……」
「うるさい。今日は残業なしだ、ハンジにも話は通しておく。退勤時刻に俺のとこまで顔を出せ」
始末書は提出したのに?
退勤時刻?
※※※※※※※※
「カズサ・ サフィールです」
総務部の空気がなんとなくソワソワしてるのは気のせいだろうか。
「こっちだ。ああ、その処理は明日でいい」
何を言われるのか。
身構えていると、いつもより柔らかな声のリヴァイ課長。
「ついて来い。本物のうまい茶を出す店を教えてやる」
ツカツカと前を歩くリヴァイ課長に置いていかれないように私はその背中を追いかけた。後ろから何か聞こえた気がしたけど、内容まではわからない。
(良かった…きっとしばらくは課長のご機嫌もいいぞ)
セキュリティ課のみんなが小声でそう言ってたなんて、私が気づくことはなかった。
────────────
「なっ、あの子は鈍いだろ?エルヴィン!」
「はは。なかなか手強そうだな。ハンジ、今度ランチでも奢ってもらうといい」
「言われなくても1週間はそうするね!」
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