毒と毒の競り合い
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「はぁ……」
仕事でクタクタになった週末。
カウンターに群がる客と、ライムが突き刺さったコロナの瓶を掲げながらフロアへ戻っていく客。
(ここからでも分かる……てんてこ舞いだな。頑張れ)
疲れ切った頭で、どこか他人事のようなエールをカウンターの奥へ送る。
踊り疲れた私も一息つこうと、1階の柱に背中をもたれかけさせた。ちょうどバーカウンター全体が見渡せる位置だ。
ヘルプに入っていたのか、1階のカウンターからリヴァイが出てくるのが、ぼんやりとした視界に映る。
(休憩ですかー)
うまく回らない頭に、そんな呑気な言葉が浮かぶ。
本気で労うつもりなんてない。ちょっと狂った夜の空気が言わせた、ただの無害な思いつきだ。
カウンターを出たリヴァイが、こちらを向いて手招きをしたのが、色鮮やかな照明の隙間から見えた。
(……私?)
自分を指差すと、リヴァイが小さく頷くのが見えた。
何だろう。相変わらず重い頭のまま彼に近づいた——次の瞬間。
視界が不意に反転し、私はリヴァイの腕の中へと閉じ込められていた。
力強いのに、壊れ物を扱うみたいに優しい抱擁。
反射的に彼の胸を押し返したけれど、リヴァイは頑として私を離さない。
「……男、いるのか?」
耳元で落とされた低い声。
「いるよ!」
茶化すように、けれど嘘偽りのない本当のことを口にする。
「……だよな」
「えっ? いないと思ったの!? 失礼な……」
「いや、そうじゃねぇ……」
暗がりとはいえ、目の前を通り過ぎていく客たちの視線が痛い。チラリと目が合った見知らぬ男が、(何やってんだあいつら?)と言いたげな顔をしている。
もう一度、やんわりと胸を押し返そうとすると、リヴァイは諦めるどころか、私の首筋へと深く顔を埋めてきた。
さらりとした前髪が、私の肩を優しく撫でる。
待って! なに? なにが起きているの?
私、いま何をしてるの——!?
「……もう少しだけ、このままでいさせろ」
熱い吐息が首筋を叩き、世界の喧騒が遠のいていく。
━━━━━━
その後、どうやって帰宅したのか記憶が曖昧だった。
覚えているのは、彼の体温と、あの柑橘系の爽やかさの中に重く漂っていたドライなムスクの香りの余韻だけ。
えっ? もしかして……あれも、これも?
暗い部屋の中で、バラバラだったピースが急激に組み合わさっていく。
あのコースターの裏に書かれた固定電話の番号。
手作りのカセットテープ。
笑顔というにはあまりにぎこちなかった、あの表情筋の動き。
私を射抜いていた、あのブルーグレイの瞳。
それらが全部——一つの線で繋がっていく。
まさか。でも、あの力強い腕と、押し当てられた固い胸の感触。
どうしよう。もし、私の勘違いじゃなくて、本当だとしたら。
……どうしよう?
生まれて初めて、私は『リヴァイ』という男の存在に、グラグラと足元をすくわれるほど酷く動揺していた。
次の週末。
どんな顔をしたら……?正解はどこ?
答え合わせをするためだから。
緊張しながら二階への階段を上がる。
ヒョコっと顔だすとリヴァイは平然とした、いつもと変わらない顔。
「よう。なにしてんだ。いつものでいいか?」
(なぁんだ。酔ってたのか。ちょっと質の悪い酔い方だな。てか、自意識過剰!)
ここで考えるのを観察も止めて、普段の私に戻る。
わざわざ、酔った時にさー。なんて野暮なことは言わない。言わないのがマナー。
「カズサ〜!最近、行方不明になるの、多くない?また、あっちに行ってるの!?」
「ほら、しつこいナンパとかうるさいし……それにあの無愛想通り越してる顔なら追い払ってくれるし、案外、優しいところもあるよ?」
「そう?なんだか……変わった人じゃない?一匹狼みたいなさ。デザインやってるって噂だったけど、ここで本当のことを言うわけじゃないじゃん。気をつけなよ。あんたも抜けてるとこ、あるからさ」
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(どういうこと……?)
あれから普通に接してたのにリヴァイは「店外で会いたい」と言い出した。
待って、いや、それは……
友人としてなら問題ない。以前だって私と友人でスタッフさんと出かけたりして遊んでたから。
でも二人はちょっと、一応彼氏持ちだし……
「そうだ!ゲルガーさんも一緒に行こう!あの人結構ノリよくてさ、前にも一緒に遊んだけどムードメイカーだよ!」
「はっ。あいつか。俺から声かけとく」
「あ、あとさ。お昼がいいな。そっちも平日なら合わせやすいと思うけど、どう?」
「わかった。行きたいところ考えとけ」
「なら。気になってる映画があるんでそこ行こうよ!」
「了解だ。詳しい日時はあとで知らせる」
「うん!」
良かった。二人より三人なら賑やかになるだろうしゲルガーさんなら安心だしね!
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「よう。……私服だと印象変わるな」
「いやいや、そっちは変わらないね?」
「まあ、この色味の服しかねぇんだよ」
私はさすがに店に遊びに行く時の格好ではなく、薄めのグリーンのワンピース。
リヴァイは……白のインナーに黒のジャケットとパンツ。モノトーンでシンプル。
うん。シンプル イズ ベスト!
あれ?ゲルガーさん、疲れてるのかな……お昼に遊ぶの初めてだけど……テンション低い。なんだか分からないけど……疲れてるとこ、ごめんなさい。
ゲルガーさんのしんどそうな顔に申し訳なさを感じて心のなかで謝る。
そこからは映画や食事したりしてだけど、案外リヴァイが喋ってる!ちょっとレアかも。表情がついてきてないけど。
店では見ないリヴァイにイメージが違うものだね。と思いつつ時間はサッと消えていく。
「本当にいいのか?家まで送るが……」
「ううん!そんなに遠いわけでもないし、ゲルガーさんが車で送ってくれるって……ゲルガーさん?」
「……わかった。今日は楽しかった。また、今度な」
「うん!またね!」
あれが最初で最後のお出かけだと思っていたのに——。
「え? 夜?」
どういうつもりだろう。私に彼氏がいることだって、分かっているはずなのに。
「うーん……複数人ならいいよ!」
自衛のため、そして気まずさを紛らわせるための提案。これなら変な空気にもならないはずだ。
「わかった。そっちも誰か連れてくるんだろ? こっちもダチを連れて行っていいか? 行く場所は俺が決めておく」
「構わないよ!」
……そう答えたはずなのに。
4人で来たはずなのに、どうして夜の海で二人きりになっているの!?
ちょっと待って、これ完全にマズいやつ!
相手はあのリヴァイなのに! リヴァイなのに……!!
「何してる、こっち来い」
「……あー、わかった」
ここまで来てしまった以上、どのみち今すぐ帰る足もない。仕方ない、一旦様子を見てからどうするか決めよう。
テトラポットに並んで腰を下ろす。
最初は警戒していた……はずだった。
私が話し、リヴァイが返す。リヴァイの話に、私が笑う。
案外、私たちは同じようなものが好きで、同じようなものが嫌いだった。
見かけによらず彼が目が悪いことを知り、「あ! だから目つきが悪かったのか〜」「うるせえよ」なんて軽口を叩き合う。
くだらない会話で盛り上がるにつれて、リヴァイの肩の力が抜け、リラックスしていくのが分かった。
楽しい時間は飛ぶように過ぎていく。
いつの間にか朝の光が海を優しく照らし、水面がキラキラと輝き始めていた。けれど、さすがに眠い。
「そろそろ帰ろっか」
「そうだな」
早朝だからか、大通りに出ても人影はどこにもない。
「うーん。ここからだと、タクシーを拾った方がいいのかな……」
独り言を呟いていると、トントン、と肩を叩かれた。
「なに?」と顔だけを逆さにして振り向いた——その瞬間。
柔らかい感触と、目の前に迫ったリヴァイの顔。
何が起きた? え? 嘘でしょ?
今のって、なに——!?
フリーズする私を見下ろすリヴァイの顔には、どこか満足気な『したり顔』が浮かんでいた。
そのブルーグレイの瞳は、見たこともないほど柔らかく揺れていて——。
「ほら、帰るぞ」
何事もなかったかのように、さっさと私を追い越して歩き出すリヴァイ。
慌ててその後ろを追いかける私には、「なんで?」という疑問を投げかける余裕すら残されていなかった。
フワフワと浮足立つ足元に集中するのが精一杯なのに、どこか夢見心地で、さっきの彼の顔が頭から離れてくれない。
「ここからなら、バスに乗った方が早いな」
「え、あ、うん。そうかも」
私だけがぎこちない動きをしているのに、当の本人はいたって平然としている。
この温度差が、なんだかズルい。
ガタゴトと揺れるバスの中。
ふと見ると、リヴァイが窓の外に向かって小さく手を振っていた。
……あれ? 何してるの?
外になにがあるの?
私もつられて窓の外を覗き込む。
そこには、こちらに向かって笑顔で大きく手を振り返している一人の女性の姿があった。
「……知り合い?」
「妹だ」
(……本命、さんかな……)
——チクリ、と。
胸の奥で、小さな針が刺さるような痛みが走った。