毒と毒の競り合い
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三週間。
一応、彼氏と週末付き合ってみた。
けれど、彼をここに誘っても私と一緒に店に入ろうとはしない。
外国人だらけの雰囲気も、私たちのノリも気に入らないらしい。私がここへ来るのすら嫌がっている。
——じゃあ、たまった鬱憤はどこで晴らせばいいの?
私には、あの爆音と派手な照明のギラつきが必要。
私を一度解体して、再構築してくれるあの場所がどうしても必要なのだ。
「 カズサ!」
「久しぶり〜!」
手に持ったグラスをカチンと鳴らし合う。
「また彼氏がうるさいの?」
腹に響く重低音が私を満たしていく中、呆れ顔の友人が尋ねてきた。
その問いに一瞬だけ答えに詰まる。
「まあ、そんなとこ」
うんざりした顔を作り、肩をすくめてみせる。
ここ。ここが、私のホーム。
友人に手を引かれ、男たちの隙間を縫うようにしてフロアへ飛び出す。
何も考えず、日常では味わえない眩しい虚飾に身を任せて踊る。
解放感でいっぱいになっているはずなのに、時折フワッとした空虚な感覚が胸に浮かぶ。
——本当に?
その正体不明の違和感を打ち消したくて、私はさらに激しく跳ね続けた。
「おい、なかなか顔を見せないから他の店にでも行ってんのかと忘れるところだったぞ。ほら、飲め飲め」
出されたのは、色も匂いも一滴の紅茶すら入っていないのに、なぜか紅茶の風味がする最悪に強い酒——ロングアイランド・アイスティー。
渇いた喉に、強いアルコールがじわじわと染み渡っていく。
「忘れる? まさか! ここ以外にどこへ行くっていうのよ?」
相変わらずの軽口を返すと、バーテンダーがケラケラと笑った。
「おい、ペースが速い。これでも飲んでろ」
まだ半分しか減っていないグラスの代わりに差し出されたのは、鮮やかなオレンジ色のグラス。
「おーい、リヴァイ! それはないだろ。ちゃんとしたもん出せよ〜」
そう言いながら他の注文を取りに離れていくバーテンダーを横目に、コースターごと手元へ引き寄せると、そこに何かが書かれているのが見えた。
コースターの裏に記された、几帳面でしっかりとした数字の羅列。
「……やるよ」
はあ? 何言ってるの? かけるわけないじゃん。
そう思いながらも、私は空のグラスの横から、吸い寄せられるようにそのコースターを受け取っていた。
「何かあったら連絡しろ。いいな」
━━━━━━
家に帰り、机の上でコースターの裏を見つめる。
何度見ても、ただの固定電話の番号だ。
あの男は、私に何を求めているんだか。
なんとなく捨てるのも気まずくて、私はそのコースターを机の引き出しの奥へと滑り込ませた。
——夜の街の見え透いた駆け引き。これにて一件落着。
━━━━━━
「ちょっとDJのところに行ってくるね!」
散々冷たい目で見られているのに、せっせとDJブースへ通う友人に苦笑いしながら手を振る。
ふと遠目で目が合ったバーテンダーが、いたずらっぽく二本の指を立ててみせた。人差し指を立てて振り返すと、彼はヘラヘラした顔でカクテルを作り始める。
どうせまた、無駄に濃いカクテルが出てくるに決まっている。
「今日はオレンジジュースだぞ」
「はぁ? そんなの飲むわけないじゃん!」
レディキラー——そんな物騒な別名を持つ、飲みやすいくせに調子に乗るとクラッとくるカクテル。
やっぱりね。
オレンジがウォッカに完全に負けているスクリュードライバーをちびちびと飲んでいると、いつの間にかあの男——リヴァイが目の前に立っていた。
なにかしら。電話してこないのか、とか言ってくるつもり?
「気に入ってる曲が入ってる」
カクテルを差し出すような自然な動作で、カウンター越しに差し出されたのは一つのカセットテープだった。
「ありがと」
それだけ言って、受け取る。
男の顔を見ると、ほんの少しだけ目尻が下がり、口角が上がっているように見えた。
「うわっ! マジかよ!!」
ガシャーン! と激しいグラスの割れる音。それに負けないくらいの怒号と甲高い叫び声が響き渡る。
「セキュリティ!!」
どうやら喧嘩のようだ。女同士が取っ組み合い、ギャーギャーと叫び散らかしている。
その混乱の隙に、私は手渡されたカセットテープをホットパンツのポケット深くへ押し込んだ。
リヴァイは騒ぎの渦中へと向かっていく。
周りの大勢客は、面白がってそれを眺めているだけだ。
冷めた目で見つめていると、コロナの空き瓶を振り回そうとした女の手首を、リヴァイが迷いなく掴んで止めるのが見えた。
セキュリティも駆けつけてきて、場を鎮圧しようとしている。
あーあ。あれは完全に出禁案件だわ。
ざわつくフロアの中、髪を振り乱したキャットファイトを横目で見ながら立ちすくんでいた友人たちの元へ戻ると、彼女たちは興奮冷めやらぬ様子で騒ぎを眺めていた。
「派手にやってるねぇ」
「あれ、何が原因なの?」
「早口だから聞き取れなかったけど、男絡みみたいよ」
遊びに来ているんだか、喧嘩しに来ているんだか。
肩をすくめ、その一角だけ切り取られたようなざわめきを、他人事として眺める。
まあ、よくある一夜を彩る辛口のスパイスみたいなものだ。
━━━━━━
カシャン。
デッキに押し込んだカセットテープから流れてきたのは、柔らかく、どこか甘い曲調だった。
その次に聞こえてきたのは、咽び泣くようなヴォーカルと、エッジの効いたギターのカッティング。
インデックスカードに書かれた、あの几帳面な文字。
それを読むよりも先に、こんなテイストの違う曲たちを一つのミックステープにまとめている、あの無愛想で皮肉屋なリヴァイの顔が頭に浮かぶ。
見たこともない彼の柔らかい表情と、テープから流れるフレーズが、頭の中でリフレインして止まらなかった。
お礼くらい、きちんとしなきゃ。
そんな言い訳を胸に抱えてリヴァイが担当している2階のバーへ上がると、相変わらず何を考えているのか分からない顔の男が私を迎えた。
「この前はありがとう。すごくいい曲だった。なんだろ……頭の中でずっと回るっていうかさ」
あの印象的なカセットテープの感想を、柄にもなく熱弁してしまう。
リヴァイは、そんな私を満足そうな——見たこともない穏やかな顔で見つめて、言葉を聞いていた。
なんでもない夜。ただの感想を言っているだけ。
それなのに、この夜を境に、私は「疲れたから」と理由をつけては2階へ足を運ぶようになった。
この騒がしい店の中で、唯一静かなバー。
しつこいナンパをかわすため、強すぎるアルコールを抜くため。
私は、ちょくちょくそこに寄るようになる。
初対面の頃の無愛想な顔に私が慣れてきたのか、それともリヴァイが私に慣れてきたのか……。
私たちは他愛ない会話を重ね、いつしかリヴァイの見せる珍しく柔らかい表情が、どこかで癖になりつつあった。
驚くほど、心地よい夜。
リヴァイがいない夜でも、私は下の喧騒を見下ろしながら、疲れた体から毒を抜き去るように、ただそこに静かに佇んでいた。