毒と毒の競り合い
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笑って、踊って。馬鹿みたいに騒げばいい。
それで全部忘れられるなら、安いものだ。
そんな夜を毎週、毎週繰り返していると、さすがに貼り付けた笑顔もくたびれてくる。
1階のバーカウンターから「来いよ」とジェスチャーされた。
なによ、と思いつつ視線をやると、ニコニコとした友人たちも手招きしている。
なにが——あれ? あの男は……。
見覚えのある顔だと思うけれど、誰だっけ。
まあ、いっか。
被り直した笑顔に、ほんの少しだけ困ったような雰囲気をエッセンスとして混ぜ込む。
「カズサ!」
「なによ? そんな大きな声を出さなくても、この距離なら聞こえるってば」
「ほら、見てよ!!」
あの愛想の欠片もない男が差し出したのは、一枚の絵だった。
見開きの本ほどの大きさ。くるくると丸めて持ってきたのか端は緩やかにカーブしているけれど、それ以外にはシワひとつ、折り目ひとつない。
私に絵心なんてない。技術も、〇〇派みたいな画法も何も知らない。
——だけど。
そこに描かれていたのは、繊細なグラデーションで染め上げられた金色の夕焼け。
そして、まるで本当に風に揺られているかのような麦穂。
一瞬、息が止まった。
思わず顔を上げると、男は微かに口角を上げているように見えた。
「スッゴーイ!」
「きれいね〜」
軽々しい感想を口にする友人たちの声にハッとして、私も反射的に大きな声と大袈裟な身振りを作った。
「ホントだー!!」
無難で、無価値な返し。
(そんなんじゃない。そんな言葉を言いたいわけじゃない)
もっと、ずっと見つめていたい。
だって——そこにあるのは、音のない静かな空間。
絶対に、あの不快な怒鳴り声なんて響かない世界。
そんな絵なのに——。
「ありがとー。マジで持ってきてくれるなんて思わなかったわー!」
手渡された絵を、壊れ物を扱うようにできるだけ優しく男へ返す。
途端に、男の眉間に深くシワが寄った。
「それだけか?」
(動揺を見透かされた?)
そんなのは、私じゃない。
「え?」
「……いや、いい」
本物の当惑が顔に出る前に、コテンとあざとく見える角度で首を傾げてみせる。
タイミングよく、バーテンダーがロングアイランドを私の前にトンッと置いた。
「今夜も、これだろ?」
ニヤリと笑う相手に、私もニヤリと笑顔を鏡のように返す。
途端に、腹に響く重低音が頭の中に戻ってきて、私はまた「いつもの私」に引き戻される。
フッとカウンターの中を端から端まで視線だけで追ってみたけれど、もう、あの男の姿はどこにもなかった。
━━━━━━
「What's up.」
ウザい。こっちは跳ねるのに忙しいのに……リズムが崩れる。
「Come with me.Baby?」
しつこい!
「In your dreams.」
掴まれた腕を振り払ってフロアから抜け出し、どこへ行こうか。と店の地図を頭の中で展開する。
このバカ忙しい時間なら誰も居ないはず。
階段の両側に寄った男どもが無遠慮な視線で舐めるように見てくるのを、カツカツと低めのヒールで威圧する。
些細な行動が身を守る。
そんな術も、ここで身につけた。
今なら二階なら人は居ないはず。
だって刺激を求めるのに夢中になってトランスしたいのに、落ち着いたバーなんて必要ないから。
何度か訪れてたそのドアを開くと、あの無愛想な男と、対面にはカウンターに肘をついてる"大人"の女性。
目が合うと、白けた顔の男の目が見開いてる。
──しまった……
アチラコチラで見る気だるい雰囲気。
これは他人が、いちゃダメな場面だ。
でも男は凍りついたかのように私を見つめている。
(あー。これ、逃げらんないやつ)
去るには、不自然な。
踏み込むには異質な空間。
なんでもない顔をして、少しだけ気を使う。
女性から離れた端側の高めのバースツールに腰かけた。
すぐに立ち去る、その予定だった。
──なのに、男は私の前に定番のカクテルを置いて話しかけてくる。
「どうした。いつもの奴らはいねぇのか?」
余計なお世話よ。 心のなかで毒づきとは裏腹になんにも考えたりしない顔を作った。
「うーん。たまには、こんなのも良いかなー?って。……長居はしないからさ」
後半は女性に聞こえない小声で返す。
「は?」
また、目をまんまるにした。
それなのに声はドスが効いてる。
「……お前の気にすることじゃねぇよ」
気まずい。これ、接客としてどうなのよ?
ドリンクを出したら女性のもとに戻るはずなのに、男は、口数は少ないけれど私の前から離れない。
かと思えば、フルーツをカットしてみたり。
(なに?この男……)
「ねぇ、リヴァイ……」
甘やかな女性の声。含まれる意味は私だってわかる。
やっと、この空間から出れる!
あれ?無視した!嘘でしょう!!
私にだって接客スタイルはわかる。こっちに飲み物出したら、女性の相手するのが普通なんじゃないの?
え?大丈夫、この人。
「で、フラフラしてたがなにかあったのか…?」
「そんなんじゃないって、迷子になっただけだって」
チラチラとした視線が送られてるのが背中にツゥーと冷や汗が出る。
目の前の男……リヴァイに、ほら、呼ばれてるって!アイコンタクトを取るも涼し気な顔だこちらの相手にしてる。
ただ一人で休みたかっただけなのに、どうしてこんな居心地悪い思いしてるのよ?
その時に、タイミングよくお気に入りの曲のイントロがこの切り取られた二階にも響いてきた。
「行かなきゃ!!じゃあねー!!」
早くこの空間から逃げ出したい。
なにか聞こえた?どうでもいい。
早足で一階へのステップを降りた時、女性が苦笑いして「行かないで、だって」
振り返ると男──リヴァイはライムをカットしてる。柑橘の爽やかな香りがまるで香水のようで……
理由は分からない。ただ、このまま一階に降りることはできないらしい。
元の席に座りカウンター越し……透明な景色、吹き抜けから見える一階の熱気が見えるような私のテリトリーを見ながらリズムを取ってた。逃げられないなら、せめてグルーヴに浸りたい
本当に私は、そしてリヴァイはなにしてるんだろう。
「あー!いたっ! カズサ、探したんだけど!?」
空間をパリンと砕くような友人の声が私を"正気"に戻した。
「ごめんねー。迷子になっただけだって!道案内してくれる??」
おどけて砕けた空間を踏みながら、私の居場所へと友人より先頭きって一階への階段を降りる。
ここは危険だ。
なにが?私の中から、閉じ込めてる(何か)をあの空間はきっと、引きずり出してしまう。
振り向かず、慌ててるのが知られない程度に足元を気にしながら"私"が"私"でいられる場所へ馴染んだ空間へ戻った。