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アイツを見かけたのは、バカ忙しい夜だった。
ダチのバーテンダーはある程度の客を捌いたら「自分の仕事は終わり」とばかりに、若い常連グループと軽口を叩いてやがる。
喉を鳴らして酒を求める客たちは、口々に「コロナ」「モスコミュール」と欲しい酒を次々とオーダーしてくる。
ダチに「少しは仕事しろ」と言いたくもなるが、目の前の注文を片付けるだけで今は手いっぱいだ。
「ロングアイランド」
つい無意識に「アイスティー」と付け足したくなる単語が耳に届き、ツッと視線だけを向ける。そこには、若くてバカみたいに笑っている女がいた。
忙しさも手伝って(ガキが……)と心の中で毒づく。だが、その女の横顔に一瞬だけ浮かんだ翳りが、なぜか妙に気になった。
「Hey!」
チッ……少しでも手を止めれば、すぐに客から声が飛ぶ。
コロナ・エクストラにライムを押し込み、代わりに差し出されたドル札を受け取る。
一旦作業を落ち着かせて隣に視線を戻したが、その女はもういなくなっていた。
別に珍しくもない、夜の街によくいるワケアリの一人だ。
そう自分に言い聞かせるのに、なぜかあの横顔の影だけが、ザラリと胸の奥を撫でて離れなかった。
━━━━━━
次の週末も、映画に出てくるゾンビみたいに酒に群がり求める客へ、ドル札と引き換えにグラスを渡し続ける。
今夜はいつも以上に客が多い。さすがPAYDAYだ。今夜ばかりはダチもよそ見をする暇もなく、必死に客を捌いている。
ふと見ると、ダチがフロアの端にある階段に座っている女に向かって、指を二本立ててサインを送っていた。
カウンターにも来ねぇで遠隔でオーダーかよ……と思いつつ視線を追うと、あの女が人差し指を立てて主張しているのが見えた。
は? 何の合図だ、あれは。
「今日は少ないな〜。てか、出しとくか」
ダチは手元のメジャーカップになみなみとスピリッツを注ぎ、カクテルを作り始める。
……ロングアイランドか。
ラム、テキーラ、ジン、ウォッカ。他にも強いスピリッツをごちゃ混ぜにした、一滴も紅茶なんて入っちゃいねぇのに「アイスティー」なんて甘ったるい名前のついたカクテル。
(アイツは知らねぇんだろうな)
今、自分の目の前に出された酒がどれだけ濃く作られているのか。
このディスコで泥酔した女が、周りの男たちにとってどれほど格好の餌食になるのか。まるで分かっちゃいねぇ。
(……ハッ、知ったことか)
そこで終わるはずだった。
━━━━━━
「リヴァイ、こっち来いよ!」
やっと一息ついたってのに、ダチがキャーキャーうるさい女どもの前に俺を強引に引っ張っていく。
(……あの女だ)
ドクンッ、と心臓が嫌な跳ね方をした。
「彼女たちに挨拶しとけよ。あー、俺のダチのリヴァイ。デザインやってて絵が上手いんだぜ」
チッ! 余計なことを吹き込みやがって。
案の定、興味もねぇくせに「見せろ」だの何だの、ピーピーとうるさく群がってくる。
「ほんとに上手いの!? ねぇ、証拠出してよー!!」
あ? ふざけんなよ。
さっきから神経を逆撫でする女たちの中で、あの時一瞬だけ翳りをみた、あの時の女が一等ムカつく言葉を吐き捨てやがった。
こんなガキどもに、俺の絵を見せる義理なんてどこにもねぇ。
なのに——俺の口からは、自分でも驚くほど低く冷ややかな声が漏れ出ていた。
「……ああ、見せてやるよ」