黒で塗りつぶしたキャンバス
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フワッとした浮遊感と、新しく作り直した冷たい仮面。
それらを身に纏うことで、私はリヴァイから、そしてあのディスコから一刻も早く遠くへ離れていたかった。
終わってしまった恋の残骸をどれだけ抱きしめていようと、冷酷なまでに日常は変わらずやってくる。
「いらっしゃいませー!」
あのきらびやかで眩しい夜とは違う、ガヤガヤと騒がしいカジュアルな居酒屋。
あの修羅場をきっかけに、私はここで働くことにした。
特に大層な理由があったわけじゃない。ただ日中の仕事より手っ取り早くお金が稼げるし、家族に奪われていくお金を差し引いたとしても、ここなら少しは貯金ができるはずだから。
「 カズサ、来週は会えるよな?」
電話の向こうから届く、切羽詰まった彼氏の声。
私はもう夜遊びなんてしていないし、ただ真面目に仕事をしているだけなのに。彼は何かに怯え、確かめるように毎週末を私と一緒に過ごそうとしてくる。
残念ながら、週末にやすやすと休みが取れるような職場じゃないというのに。
突き放すわけでもない。
けれど、繋ぎ止めたいわけでもない。
あの夜、フロアの爆音の中で心に固く決めたはずの「彼氏との別れ」は、告げるタイミングを失ったまま今もズルズルと続いていた。
「仕事終わりか、平日ならいいよ」
「……早上がりなら、会えるだろ?」
受話器の向こうで、彼氏の顔が不満そうに歪むのが分かる。
彼は私の中に、一体何を繋ぎ止めようとしているんだろう。
私はもう、どこにも行かないし、行けない。ただ、動けないだけなのに。
━━━━━━
「サフィール、今度さ、二人で食事でも……」
仕事の立ち回りにようやく慣れてきた頃、店で常連客に捕まった。
……放っといてくれないかな。私、今仕事中なんだけど。
心の底では冷ややかに毒づいているのに、私の口からは調子のいい言葉がすらすらと紡ぎ出されていく。
「ここでなら、いつでも一緒に食事してあげますよ」
営業用に被り直した笑顔に、温もりなんて一かけらもない。そんなものは全部、あの店に捨ててきたのだから。
━━━━━━
「 カズサ! 最近付き合い悪い!」
久しぶりに話した友人が、電話口で不満をぶつけてくる。
「仕事が忙しいの。ほら、週末は稼ぎどきだからさ」
「……そんなこと言ってさ、もうずっと断ってばかりじゃん! もう向こうだって気にしてないって!」
ズキン、と胸の奥が痛んだ。
……そうか。あの人にとって、私はもう気にもならない存在。その程度だったんだ。
「……分かった。今度、シフト調整できるか確認しておく」
私は一体何をしているんだろう。
本気で、またあの彼のテリトリーに戻るつもりなの? 正気?
「あ、 カズサだけど。今週末、休み取れたよ。うん、現地集合にする? 待ち合わせにする? ……うん、分かった」
友人との通話を終えた後、頭の中にふと馬鹿げた思考が浮かぶ。
ボディコンでも買おうかな、なんて。
(……あれはさ、スタイルが良くないと着られないでしょ)
苦笑いして、すぐに打ち消した。
無理をする必要なんて、もうどこにもない。だって、見せる相手なんて最初からいないのだから。
ただ——自分の中で、固いルールだけは決めておかないと。
あの夜の店に、二度と呑み込まれてしまわないように。
……リヴァイに、呑み込まれないように。