それでも愛してる
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うっすらと差し込む柔らかな光にゆっくりと目を開くと見覚えのない天井で周りは白いカーテンで仕切られている。
(……私、確か訓練中に──っ!)
「痛っ」
訓練中の事を思い出そうと勢いよく起き上がると体のあちこちが軋んで痛い。
私の声が聞こえたのか、カーテンが開き飄々とした医務室のお医者さんがほうほうと言いながら近づいてきたので、ご迷惑を……と言う私の謝罪を手で制した。
「いきなり動くもんじゃない。まったく、ここの患者ときたら、すぐに動くから目が離せん」
ニコリとニヤニヤの間のような笑顔でよいしょとベッド横の椅子に座って「気分はどうだ?」と問診を始め、体のあちこちが筋肉痛のように痛むのと頭がズキズキすると答えるとふむふむとバインダーに挟まれているだろう紙に何かを書か込んでいる。
「何故ここにいるかは?」
「確か……訓練中に目眩がして倒れた、ような」
「よしよし。記憶に問題はなさそうだ。その後のことは覚えているかな?」
「……多分、倒れた、のかな、と」
カリカリとペンが動く音。
「そのとおり。今の気分はどうかな」
「あちこち痛いくらいだけです」
私が答えるたび、ペンが動く。
「大したことはなさそうだが、念の為、痛み止めを飲んで休んでおきなさい」
そうはいっても、いろんな人に迷惑をかけたはずなので「大丈夫です」とベッドから降りようとするとクラリとバランスが崩れる。
「ほらほら、医者の言うことは聞くもんだ。さ、戻りなさい」
なだめるようにベッドに戻されるとお水と手のひらより小さな包みを手渡された。
薄茶の粉末が包まれて痛み止めとわかっていても飲むのをためらうほど匂いがきつい。
「思い切って一気に飲めば楽だぞ」
軽い口取りと細めた目をジトッと睨むがそれも面白いとばかりに早く飲むように促す。
できるだけ味わうのをさけるために薬を口に入れると水で流し込む。
それでも苦みは消せず顔を顰めていると、もう一度、水が差し出される。差し出された水を飲み干すとマシになったが、もう二度と飲みたくない味だ。
「大したことなかっただろ?時期に痛みもよくなるから大人しくしていなさい」
カーテンが閉じられ、横になると目に入るのは天井だけで瞼が次第に重くなってくる。
する事もなくぼんやりと睡魔に身を任せた。
「また君か。彼女なら目を覚ましたが今は痛み止めで寝ているよ。打ち身と切り傷が多いが、深刻な状態じゃないから安心しなさい」
「いつ起きますか?」
「おおよそ四〜五時間くらいか。念の為二〜三日は様子をみるが……君のほうが顔色悪くしてどうする。見舞いにきて逆に心配かけるつもりかな。油を売ってないで訓練なり、掃除なりしてきなさい」
背を押して医務室から見舞客を追い出すとやれやれと机の上の書類仕事に戻る。
「若いってのは、なんだかんだ面倒なもんだ」
────
「この人数だと、一人ひとり訊ねるのも時間がかかるな。まとめて話を聞くほうが効率がいいな」
サラサラと氏名だけを書いた紙をリヴァイに渡すと扉を開けた側にいる兵士に用を伝える。
紙を受け取った兵士はすぐに動いた。
「さて、彼らの言い分は予想できるがどうしたものか。やり方はよくないのは確かだがな」
無言で腕を組み壁に凭れるリヴァイの表情は変わらないが、タンタンとつま先で床を叩いている。
「さて、彼らがここに来るまで少し時間があるが、お前は同席するか?」
忌々し気にエルヴィンを睨むとその意を察したエルヴィンは苦笑いしながら執務室に隣り合う扉を差した。
「同席するなら待機しておけ。会話が聞こえる程度に開いておこう」
この様子だと仕事に身が入らないはずだが、決済用の書類を持たせ隣室へ追いやると一時間ほどで呼び出した人数が揃った。
普段、話す機会のない団長じきじきに呼び出された面々は堂々としているもの、おどおどとしているもの、対照的な印象をしている。
この件に時間をかけるつもりはないエルヴィンは端的に呼んだ理由を切り出した。
「君たちを呼んだ理由は二つ。一つは、医務室へ虚偽申告し手に入れた薬物の行方。もう一つはその”理由”だ」
ビクっとしたものは俯き口を開く気配はないが、それ以外の男女は怯むどころかまっすぐ見つめている。
「どうやら君と隣の女性に聞くのが早そうだ。答えてもらえるかな」
組んだ両手にあごを乗せ、人好きのするよそ行きの笑顔を見せながら、圧をかけるという器用なことをしながら、男女の名を告げ、指名されたネイトは淀みなく話し始めた。
「悪用はしていません。方法については悪手だったと思っています。二つ目については体調を崩しかねない友人のために入手しました。その友人は入手方法も含め何も知りません。後悔はしていませんが他の仲間を巻き込んだのは確かです。その点だけは仲間に申し訳ないと思っています」
流れるように答えた男性──ネイトから嘘や保身といったものは一切感じない。
「横から失礼します。今、みんなを巻きんだと彼は言いましたが実際は私も同じです。他は私達が頼み込み、渋々応えてくれただけです!処罰が必要というなら私達だけにしてくださいっ!」
他の仲間は関係ないと、声を張り上げたのはイリア。団長のエルヴィンへの態度としては失礼どころか不敬に近い。
「……」
エルヴィンの沈黙に耐えられずゴクリと喉を動かした数人を見やり、ふっと笑う。
「そこの二人以外は戻って構わない。わかっているだろうが他言無用だ」
居心地悪い場から離れられると安堵しているのを気取られないようピシッと敬礼をしてネイトとイリア以外が出ていった。
「そこに掛けて楽にしなさい」
椅子から立ち上がると団長室の扉から顔を出し通りかかった兵士に三人分の茶の用意を頼むと、まだ立ったままのネイトとイリアにソファを指差す。
ネイトとイリアが隣り合い座ると、その向かい側にエルヴィンが座る。
エルヴィンがリラックスしているのと反対にネイトたちは膝に置かれた手の強張りが緊張を表している。
ノックのあと、それぞれの前に紅茶が置かれるとすぐに用意した兵士は退室するとエルヴィンはにこやかに紅茶を勧め一口、喉を潤すと本題に入った。
「君たちは友人の体調を理由にしているが理解できないな。仲間を巻き込んだことを悔いるくらいなら、もっと単純で当たり前の行動がある。どうして医者に診せないか、納得いく話を聞かせてくれないか?」
疑問の形をとっているが命令だと二人はわかっている。
「時間がなかったのと、望まれなかったからです」
神妙な面持ちで膝の上の手がさらに強張っている。
そのままだと傷を創りそうだ。
「余計にわからなくなった。それほど緊急性があったなら引きずってでも専門家に診せるべきだろう」
「……怪我ならそうしました。でも、そうじゃない」
ネイトの訴えから、精神的なものだと察したが、尚更この二人の手に余る。本人の拒否が強かった、か。
精神的な痛みに無理強いは悪手以外の何ものでもない。
「あの人流に言えば、ふざけるな。です」
イリアは刺々しさを込めて続けるがネイトは止めない。
「お節介なのも、お呼びじゃない事もわかってます!だけど、だけどっ、」
興奮し立ち上がり詰め寄るイリアとは反対にネイトは落ち着きを取り戻したのかイリアを座らせ、静かに話し始める。
「団長。イリアがすみません。でも悪いと思いません。それに……誰の事かわかっているんでしょう?」
「──ああ、カズサだろう?」
エルヴィンの答えにネイトもイリアも、まるで品定めをするようにエルヴィンを見つめている。
「兵長を呼んでください。自分たちが口を出すのも手を出すのもおかしいのは承知しています。カズサが壊れていくのを傍でみるしかないのは……許せません。一度でいいんです。二人でちゃんと話し合えるように場をつくってください!」
ガバっと頭を下げ続けるネイトとイリアにエルヴィンはチクリと胸が痛んだ。彼らは知らない。リヴァイの行動を。リヴァイがどんな気持ちでカズサをつきはなしたかを。
「……おい、呼ばれてやったぞ」
我慢できなかったのかリヴァイが隣の部屋から出てきた。
エルヴィンとしてはこのタイミングで出てきてほしくなかったが、リヴァイの瞳は仄暗くネイトたちに向けられている。
急に登場したリヴァイにイリアは驚きを隠せなかったがネイトはリヴァイを睨みつけている。
「盗み聞きですか。でも話が早いです。カズサと腹を割って話を……」
「うるせえよ。いちいち喚くな」
「──リヴァイ」
エルヴィンが止めると眉を顰めながらもリヴァイが沈黙する。
「君たちの提案を受け入れる。──ただしカズサの意思を優先とする。彼女にはこちらから知らせる」
「どういうつもりだ」
二人が立ち去るのと同時にリヴァイはエルヴィンに静かな怒気を込め訊ねる。
「そのままの意味だ」
「いまさら何を話せって言うんだ」
「……それを決めるのは私ではない、だろう?」
無言でエルヴィンの執務室を出て行こうと足を進めるリヴァイの背に早めに場を設けるとエルヴィンは告げた。
────
「やっと起きたー!」
ゆっくりと目を開くとイリアがベッドに乗り上げる勢いで抱きつき、驚いていると後ろから「静かに!」と注意するネイトが引き剥がそうと動いている。
「ごめん、なさ」
「あ、果物持ってきた!少しでも食べてよ」
状況を掴むとカズサはイリアたちに謝ろうとするのをネイトが被せて話し始める。
「そのまんまじゃ食べにくいだろ」
「やっぱり?」
カズサが声をかけイリアは医務室から出ていった。
「目が覚めてよかった。あとはちゃんと食べてもう一回寝ろな」
ネイトは軽く笑ってカズサの頭を子供にするように撫でる。
それが妙に気恥しくて曖昧に笑っていると、すぐにイリアも手に皿をもってきた。一人で食べるよりはと三人で食べ、落ち着くとイリアとネイトが視線を交わし神妙な顔をカズサに向けた。
「……始めに言っておく。勝手なことしてごめん。だけどカズサ、このままだとカズサがどこにもいけない気がして。だから一度思いっきり腹割ってぶつかったほうがいい、と……」
「もし一人じゃ……いや。なんでもない」
ずいぶんと歯切れの悪く要領を得ない二人の話に首を傾げていると閉めていたカーテンから医者がメモを差し出す。
途端にカズサ以外は固まるが受け取って中身を確認するとカズサは目を見張った。
「あ~。一応お前さんの体調次第だと言っておいた。無理に応じなくてもいいそうだが、どうする?てってもなあ。いきなりだしなぁ。決まったら返事するから教えてくれ。うるさい二人、面会時間は終了だ」
天井を見つめながら、カズサは考えている。
(どうする?決まってる)
「すいません──」
──
「さっそく返事が来た。今日の業務はこちらで処理する」
エルヴィンからのメモが目立つように執務机におかれ、代わりに他の書類は少なく、急ぎのものはなかった。
「ちくしょう」
メモをクシャリと握りつぶした手を見つめ、メモに記されている場所へ向かった。
今はほとんど使われていない会議室の扉を静かに開くと窓際に佇む後ろ姿がリヴァイの目に入る。
「兵長ですか」
(きっと不機嫌だろうな)
不用意に踏み込まれるのをかなり嫌がる人だ。
パタン。扉が閉まる音が、ここは私と兵長だけと教える。
……以前は待つ時間も扉の閉まる瞬間も浮き立った。
でも、あの日から違うものになった。
「お前の友人は色恋沙汰に首つっこんで迷惑な奴らだな」
呆れを含んだ声に言い返そうとするのを息を逃して収める。
「好き好んで、ではないです。私が不甲斐ないだけです」
「で?何を話すってんだ。終わったことだろう」
振り返り兵長と向き合う。そこには腕を組んで眉間にシワを寄せた"不機嫌な兵長"
でも、僅かに瞳が揺れている。彼の少ない癖。
気まずい時、言いたくない事を言う際、揺れる。
(ああ。変わらないなぁ)
兵長の心に触れた人にしか見せない癖。
「どうしてですか?」
「面倒くせぇな。飽きたんだよ。しつこいぞ」
「聞きたいのは、どうして、嘘をつくんですか?」
ぴり、走る緊張感はどちらのものだろう。私?彼?両方?
「嘘?ねぇよ。お前に言ったのがすべてだ。それで良いだろ」
「そうですか」
扉の横、壁に凭れて真っ直ぐにみる彼に嘘はないように見える。
「じゃあ、あの女性が兵長の大切な方なんですね」
「いちいち、お前に言う必要があるか。俺たちは終わった、それ以上は 」
「兵長だけで勝手に終わらないでください。言い逃げで、はい、そうですか。で納得できるほど出来た女じゃないんです。私。」
兵長は盛大な溜め息の後、ひどく面倒くさそうな態度で続きを促す。
「本当に、飽きただけですか?納得できないと私が縋る、と思いませんか?」
「……よく回る口だな。仮に縋られても払えば良いだけだ」
「一方的なのは勝手すぎる、と言ってるんです」
痛いほどの静寂さに怖じけずきそうになりながら精一杯、胸を張る。ここで押し負けたら私は引きずり続ける。だから絶対に視線は背けない。
「お前が納得いく理由はなんだ。望みどおりの理由をくれてやる」
「簡単です。彼女を愛してますか?YESかNOですみますね」
兵長の些細な変化も見逃さない。
「……ああ。愛してる」
その答えに一度、目を閉じた。
「答えてくださり、ありがとうございます」
カツ、窓から離れ扉へ運ぶ足は震えることも止まることもない。
ドアノブに触れる、瞬間。
腕を掴まれる。拒否できない優しい触れ方。
ひどい人。最後に優しくするのは反則だってわかりませんか。しっかり最後まで突き放してほしい。
だから、私から終わらせよう。
「──離して」
自分でも驚くほど冷たい声だ。
「……すまない」
スッと離れた腕とともに温もりも無くなる。
カチャリ。ドアノブを回し、部屋を出る。
兵長を残したまま。
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