苦くて甘い紅茶
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「では、これからよろしく」
「こちらこそよろしくお願いします」
ペコペコと軽い頭を下げるのはカズサの店に来たエリックだ。
どうやら、質の悪いシステムの責任者はこいつでエルヴィンはこの間抜け野郎から切り崩すらしい。
試用期間が短いにも関わらずよほど自信があるのか、契約に飛びついた。とセキュリティカメラから確認する。
こんな回りくどくしなくてもとっとと締めちまえばいいものを。
まあ、せいぜいエルヴィンをいいカモと思って今は楽しんでいるといい。
「話は終わったのか」
「ああ。上機嫌だったよ」
契約を結んだのは、それなりの意味がある。
エルヴィンが一番嫌うのは懐にいれた人間を貶めようとすること、そして会社にわざと不利益を被らせようとするハゲタカな連中だ。
今回は会社に詐欺行為を働こうとしたことと……
俺がきっかけだろうが、癪に障るがエルヴィン自身もカズサを気にいったんだろう。
「リヴァイ、通常の仕事とは別にあちらをもてなすから私は忙しくなる。勿論、あちらのシステムも組んで油断を誘うことになるが、それは手配済だ。お前が表立ってすることはない、といいたいがそれでは気が済まないだろう?」
「当たり前だ。売られた喧嘩は買う主義だ。エルヴィン、お前だってそうだろう?」
「では、お前のところで流出してもなんら影響もないデータを作っておいてくれ。短期決戦でいくぞ」
「ああ。くだらんことに時間はかける趣味はねぇからな」
────
「どうだった?」
「うまく丸め込んださ、なんにも知らないでね」
「あの会社は侮れんと有名だ。決して油断するな。本当に大丈夫なんだろうな?」
「心配性だな。エンジニアの一人、二人は連れてくるかと思ったけど社長だけだった。あまり技術的なことは詳しくない様子だったし楽に情報取れるさ」
「そうか、期待しているぞ」
────
リヴァイさんが来なくなった。
きっと忙しいんだ。そう言い訳しながらお店を開け、接客して、時間が来たらお店を閉める。
ちょっと前まではこれが普通で当たり前だったのにベルがなる度、つい期待をしてしまう。第一印象は無愛想なお客さん。段々と強面の彼が不器用だけど、世話焼きな優しい人だと気づくのはすぐだった。彼と話すのは楽しかった。無口なのに歯に衣着せぬ言葉が心許してくれているようで。
きっと私は甘えすぎた。お客さんと店員の垣根を超えてしまった。
リヴァイさんが来なくなって、初めて惹かれてたのに気づくなんて我ながらどうしようもない。
ダンボール箱に使わないカップや器具を梱包していく。
お店をやめよう。
勝手に始めて勝手にやめる。無責任なのは承知している。
ここにエリックがきた時からこうなる予感がした。
彼の執着はねっとりしていて、反抗的な態度を取ればとるほど喜んで壊しにかかる人だとわかっていた。
彼の父が体裁が悪いと引き離した後もしつこく付き纏われた。
「ヨイショっと」
ぐるぐると回る思考を止めようとそこそこ重いダンボールを持ち上げバックヤードへ運ぶ。
場所が狭いから今のうちにある程度は処分して……
「カズサ」
咄嗟に声がした方向を見るといつもより隈がひどいようなリヴァイさんが立っていて途端に心臓が跳ね上がる。
「遅い時間に悪い、閉店なのはわかってたんだが茶が飲みたくなってな」
いやいや。お客さんなら表から来て……あれ?なんでバックヤード
「裏口開いてたぞ。相変わらず抜けたヤツだな」
「え、いやいや。裏口からって」
裏口?お茶?戸惑っている私にリヴァイさんは微かに微笑んだ。
「久しぶりにお前の淹れた茶が飲みたい。予定は?」
ずるい。リヴァイさんはずるい。
そんな風に言われたら、嬉しくなるじゃない。
泣き笑いを隠して俯いた顔の首を縦に振った。
「カズサのおすすめを二人で飲もうと思ってな」
この人って。変な勘違いしそうになることをさらりと言ってくるから断るなんて選択肢ない。
片付けた細口のポットでお湯を沸かし、カップ、茶葉をそれぞれ準備していく。
「朝に来るつもりだったんだが…我慢できなくてな。手間かけて済まない」
ポコポコとお湯の湧く音がし始めた。
ポットに注ぎ温める。
「あの、仕事は大丈夫ですか?失礼ですが、少し疲れてるように見えますしゆっくり休んだほうが」
「構わねぇよ。まぁ、カズサが迷惑ってんなら、帰るが」
「そうではなくて!本当に疲れてるならって」
「問題ねぇよ。バカの相手をして疲れたが、俺たちの手から放れたからな。あとは流れのまま、だ」
意味がわからないけど仕事に目処がついたってことかな?
ポットのお湯を捨て、茶葉を入れる。ちゃんと天使の分の茶葉も忘れずに入れるとリヴァイさんが満足そうな顔をしている。
茶葉にお湯を淹れ、蒸らし時間を砂時計で計る。
最低限の照明の元で二人分の紅茶を用意すると、リヴァイさんが無言で隣の席を勧めてくる。
紅茶の芳醇な香りに誘われ一口飲むとリヴァイさんも褒めてくれた。
「席はこのほうがいいだろ」
「っ、距離が近いような気がします」
「これでいい。俺は客として来てるわけじゃないからな」
「どういう意」
髪を撫でられた、と思った時にはリヴァイさんの長いまつ毛と深いブルーグレーの瞳が近づいて頬にひんやりとした唇が寄せられていた。
「気を悪くしたか?」
訊ねている瞳は揺れている。不安なのか、期待なのか、分からない。
「悪くない、です 」
「フライングもいいとこだ。全部片付けてから伝えるべきと思っていたんだがな。カズサ。あの大荷物はなんだ?店内も随分と寂しいじゃないか。どうするつもりだった?」
小さく、でもはっきりと耳元で次々と質問が重なって、どこから答えればいいのかパニックになる。
ククッと笑う声が聞こえる。この人こそ何をしたいのか、どうしようとしているのか、私はどうしたいのか。
「訊ねてばかりじゃ困るか。単刀直入に言う。俺はカズサを好いてる。カズサが俺をどう思ってるかは──そうだな。ある程度予想はつくんだが間違っていたらダメージが大きいな。回りくどい真似をした。慣れないことはするもんじゃねぇな」
どこかイタズラな表情で、答えを待っている。
「私チョロいんです。だから、リヴァイさんは私の心臓に悪いんです」
目を見開いたリヴァイさんはこれまで見たことのない温かな瞳で私の髪を撫でる。
「はっきり、わかりやすく言ってくれねえか?じゃないと俺の都合のいいように取っちまう」
負け。完敗。気づいた気持ちは暴走寸前。ストッパーが外れる。
「すみません、リヴァイさん好き。お客さんなのに、でも好き」
「そんなことは関係ない。俺はカズサが好きでカズサも俺を好いてる、どこも問題ねえよ」
本当にチョロい。男性への警戒心はあったのに。この人は突破して柔い心すら正面から受け止めてくれる。
お互い軽く抱き締めあってるとリヴァイさんが抱きしめる腕を心持ち強くした。
「ここじゃない、どこかに行くつもりなのか」
ズキリ。感情任せに返事をしてしまったのを後悔する。
「これ以上は、リヴァイさんに迷惑をかけて」
「どうして、そう思う?」
「知ってるでしょう?私の側にいるとエリックがどんな行動するか、分からないんです、きっとリヴァイさんにも……」
フンと軽く鼻を鳴らすリヴァイさんは私と間を開けてジッと見つめる。
「もうあいつは忘れちまえ。大丈夫だ。──あいつにゃ、もう何も出来やしない」
後半はうまく聞き取れなかったが怒りを表に出している。その空気が揺れてビクッとしてしまう。
「悪い。お前じゃない、あのクソ野郎がまだカズサの中にいると思ったらムカついた」
いつも涼しい顔のリヴァイさんの意外な一言にびっくりしてしまう。
「リヴァイさん?」
「俺だって人並みに嫉妬もする。俺の知らないカズサを知っているのも気に食わない」
独占欲丸出しにしているリヴァイさんに「私もですよ」と囁くとリヴァイさんの耳がほんのり赤くて胸がいっぱいになった。
その日は自宅まで送ってくれて、お茶でも。という私に「今はまだ早いだろ、この鈍感」と憎まれ口を残しドアを閉めるのを確認してから帰ると言ってドアを閉めると靴音を遠くなっていくのを聞いていた。
────
週刊誌に、新聞に面白おかしく醜聞が連日のように消費されていく。
私の耳にも常連さんからのTVの情報として入ってくる話が話で駅前の本屋さんに足を運ぶ。平積みの週刊誌にエリックの会社が表紙になっている。思わず購入し家で読んでみると、会社ぐるみの不正、エリックの強引な手口、脱税疑惑などなどが書かれ、近々捜査もあり得ると締められている
「なに、これ?どうなって」
確かに噂はあったけどこの本の情報が本当なら、たぶんあの会社の取引先は減るはず。
スマホの聞き慣れた呼び出し音に振り向くとリヴァイとある。
慌てて通話をタップすると今から迎えに行くから準備しろ。と訳もわからないまま通話は切れた。
一時間もかからず再度連絡があり、階下に降りるとリヴァイさんが車で待っている。
「リヴァイさん?どうしたの?」
「集合先に着いてから詳しく話す」
どんな話なのかがさっぱりで不安になっていると赤信号で止まったリヴァイさんはこちらを向いて「悪い話じゃないから安心しろ」とギアにかけている手を私の手に重ねた。
三十分程度かけて到着したのは広々としたお店。
「スミスで予約している」
それだけを言うと店員さんは店内の奥へ進む。
リヴァイさんが個室のドアを開くとすでにエルヴィンさんが優雅にデミタスカップを傾けている。こちらに目をやるとニコリと席を勧められた。
エルヴィンさんは良いことがあったのか満足そうな笑顔をしている。
「飯は食ったか?」
「いえ、まだですけど……」
「ここは商談でも使うんだ、味は保証するよ」
やっぱり、どこか違う。声も嬉しそうで一体何があったんだろう。
「話は食事してからだ。エルヴィン」
「そのつもりだ。心配するな」
「食べてたらどうするつもりだったんだ」小声でチッと舌打ちが聞こえたのは聞かなかったことにしよう。
美味しく食事を済ませ、それぞれ食後の飲み物を頼んだ後、リヴァイさんはエルヴィンさんに「知らせなくてもいいだろう」と不服そうに言っている。
「良いニュースは分け合うのがいいし、彼女の不安も取り除かれるなら知らせるの一択だ」
二人だけで通じている会話を見ながら黙っているとテーブルの下で手を繋がれた。
「カズサさん。例の会社が世間を賑わせているのは知っているだろうか?」
「週刊誌に載ってたのは知ってます」
「客商売してるんだ、嫌でもゴシップは耳に入るだろうな」
「実はね──」
※※※
エルヴィンさんとリヴァイさんの話はまるで世直しドラマのよう。
「きっかけは些細なことからなんだけど思いの外、埃が多くてね」
ニコリと笑顔を崩さないエルヴィンさんと対称的にリヴァイさんは時折こちらを伺って、補足説明していく。
エルヴィンさんたちの会社とエリックのいる会社である技術提携の契約話があり、エリック側がいろいろ問題を起こしていることが発覚しその直後に告発され今の騒ぎに至る。
そんなタイミングがそうそうあるだろうか。会社同士の契約。別におかしい点はない。けど何か違和感がある。
仕事上のことを部外者の私に話すの?エルヴィンさんの人となりはまだわからない、でもきっと迂闊なことはしないタイプ。その点はリヴァイさんも同じだと思う。
「疑問いいですか?」
「もちろん」
「どうして、私に話したんですか?」
「ついでにあの男も大人しくなる。カズサも安心するからとこの腹黒が言ってきかねえ」
「カズサさん。私は火種になりそうなことは早めに火元から消すのがポリシーなんだ」
明日の天気のように語るエルヴィンさんの笑顔を初めて怖いと思った。
※※※
エルヴィンさんと解散してリヴァイさんと近くの公園を歩いているとリヴァイさんの足が止まった。
「前に聞いたが答えがまだだったな。カズサ。どこへいく?」
閉店の片付けはほとんど終わっている。このまま続けるか、否か。
「まだ答えがでていないんです。決めてたのに迷ってしまって」
そうか。と静かにリヴァイさんが答える。それに頷く。
寄り添って歩いていると、リヴァイさんが話し始めた。
「もし店を閉めた後はどうする?何するんだ?」
「旅行でも行って、それから考えるつもりでした」
苦笑いしながらぼんやりと思っていたことを話す。
「──行きたいところは?」
「未定です。旅行雑誌で決めるかなぁ」
「もしだ。閉店を決める前に旅行に行けるなら俺も一緒に行ってもいいか」
ん?どういうこと?
無意識に首を傾げでもしていたのか、リヴァイさんが口角を上げた。
「有給がだいぶ溜めてしまってな。日頃から部下が有給を取りにくいだろうと小言を言われてる」
「それって──良いんですか?」
「良い。というか、俺が一緒に行きたいんだ。駄目か?」
駄目なことはない。むしろ良いのだろうかと考えてしまう。
「難しいことじゃない。カズサが良いか、どうかだけだ」
答えは決まっている。
※※※
旅行の段取りはとてもスムーズでスピーディーだった。
店を空ける期間も結婚して専業主婦になった元部下の女性が暇で仕方ない、ぜひ復帰したいと希望していて復帰前に店番をしてくれることを承諾してくれた。
もちろん、リヴァイさんがいちばん気を配ってくれた。
そうこうしている内に旅行日になり、どうしてなのか空港までエルヴィンさんが送ってくれることになり、道中リヴァイさんはブツブツとエルヴィンさんに仕事しろ、邪魔すんな。と言うが慣れているのかエルヴィンさんはうまく躱している。
「楽しんでおいで。そうだ、リヴァイと楽しい時間を過ごせない時は私に連絡してくれ」
ニコニコと話すエルヴィンさんにリヴァイさんが「お前の出番はねえ」と掛け合いしている。
思わず笑ってしまうとコツンとおでこを軽くリヴァイさんが叩く。
「土産話を楽しみにしてろ」
「その話はカズサさんの店でゆっくり聞くことにしよう」
「楽しみに待ってるよ」と私に言うエルヴィンさんは本当に楽しみにしているようだ。
「はい!そのときはうちの店を貸し切りにしちゃいます!」
思わずそう宣言するとリヴァイさんは呆れた顔をしていたが、だって楽しい旅行なのはわかってる。
「いいね。そのときはリヴァイの部下たちも連れて行こう」
「もういいだろ、エルヴィン。時間だ」
※※※
隣席にリヴァイさんがいる。
押さえきれない気分に気づいた彼が笑う。
「気が早いが帰ったら、カズサが淹れた茶を飲みたい」
「私もリヴァイさんの淹れたお茶を飲みたい」
繋がれた手が離れないように握りしめた。
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