苦くて甘い紅茶
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あれから特に変わりなく日々は過ぎて彼がこのお店にくる事もなく、常連さんもリヴァイさんと馴染んできた。
とはいっても半分は小言みたいなものだけど。
「今日もきたのかい?」
「売上貢献と上手い茶を飲みにな」
「そうそう、カズサちゃんはうっかりしてるとお代を取らないからねぇ」
「商売人としては失格だな」
耳が痛い言葉は右から左に流してお茶を淹れ、軽い軽食、その日のケーキと紅茶をお出ししてコーヒー、時にハーブティー。
本当に穏やかで、穏やかな分、逆に怖くなる。
そんなとき、リヴァイさんはいつも紅茶を頼む。おかげで紅茶に詳しくなってきた。
「やあ、リヴァイ」
あからさまに嫌な態度のリヴァイさんの席に座る大柄な男性。
お冷を持っていくとリヴァイさんとは正反対の笑顔でマンダリンを頼まれた。
「空き時間くらいはお前の顔をみたくないんだがな」
基本口が悪いらしいリヴァイさんを気にせず正反対に笑顔で話しかけている。
「なに、急に今までと変わって残業を断ってデスクにいないことが多くなった部下を気にかけるのも上司の役割だろう?」
チッと舌打ちしたリヴァイさんは「飲んだらとっとと帰れ」と辛辣なことを投げかけるも大柄な男性はただ、面白そうに様子を見ている。
コーヒーを出すと心底嫌そうな顔で「こいつはエルヴィン、ブラック企業の親玉だ」と紹介するも私の紹介はしない。エルヴィンさんに帰れと言わんばかりだ。
「ほう、この女性が」
「うるせえ、とっととオフィスに戻れ」
知らないリヴァイさんの一面を見たかったけれど嫌がってる雰囲気に邪魔しないようカウンターに戻ってトマトをスライスしサンドイッチの具材をストックする。
「カズサ」
ねばっこく響く声がこちらに聞える。
誰か、なんて顔を見なくても嫌でもわかる。
「久し振り、なかなか時間が取れず会いに来れなくてごめんね?」
二度と来ないで、と言ったにも関わらず我が物顔で空いてる席に座る。
返事をせずにいると「拗ねてるのかな」とこちらに聞こえるよう、わざとらしい独り言を繰り出す。
「ご注文は」
「前と同じ」
まるで何度も来ているかの言い方が癇に障り、あえて聞き返す。
「……前と一緒とは?」
くすくすと笑いながら「仕方ないなぁ」と屈託なく笑う彼がきたばかりなのに、帰ってほしい。そして私に構わないでほしい。
「カズサおすすめのコーヒー、だよ。あ、砂糖の数は覚えたよね?」
それは無視して立ち去る。
他のお客さんもいるからできるだけ普段と同じように振る舞っているが不穏な対応に気づく人は気づいている。
「今日はここで仕事をするが長居するが迷惑だったら言ってくれ」
カウンターに戻る際に通り過ぎるリヴァイさんが不意に声をかけてくる。返事の代わりに笑顔で答えるとチラリと彼をみる。
手早くコーヒーを淹れ、彼の席へ持っていく。
「カズサが砂糖をいれたらもっと美味しく感じるのに」
鳥肌がたった。この男は店を間違えているんじゃないだろうか。
「失礼します」
相手にするだけ調子に乗る。先程と同じようにサッと立ち去ろうとするとわざとらしく、名刺を渡してきた。
「要りません」
受け取らずにいるとニコニコと「前のはきっと捨てちゃったでしょ?」
連絡するとなぜ思えるのか。
「いりません。それに以前も申し上げましたが来店もお断りしているのをお忘れですね」
一瞬、歪んだ顔を見せた彼は名刺をねじり込むように握らせようとする。
「いい加減にしろ。お前がなんだかんだ言ってる間、こっちの注文が遅くなるんだ。甚だ迷惑だ」
リヴァイさんの睨みに怯んだのか、くしゃくしゃになった名刺が床に落ちる。拾ってクシャクシャな名刺を伸ばして返すと、リヴァイさんと一緒のタイミングで彼から離れる。
小声で「ありがとうございます」と言えば「前にも来ていたな」と渋面をしていた。エルヴィンさんが待っている席に何もなかったかのように座るとなにやら話し込んでいる。
ため息をつきたいところだが、お客さんがいるのにそれはできない。淡々とコーヒーを淹れて招かれざるお客である彼に持っていくとまるで子供がおもちゃを取り上げられたような視線でこちらをみている。
「あの男、邪魔」
「何を言ってるんですか。それを飲んでも、飲んでなくてもいいですから早く帰ってください。重ねて言いますが、理解していないようですが、あなたは出禁にします」
「カズサ、僕にそんな態度でいいの?」
もう話したくない。目を向けることなく、他のお客さんの相手をしていると彼はカップに口をつけることなく出ていった。内心ホッとして、リヴァイさんにお礼を言うと黙ってエルヴィンさんの待っている席へ座る。
(リヴァイさんが来てくれるのもこれが最後、かな)
モヤモヤとしたものを感じながら、仕事をしていく。
「すまない」
エルヴィンさんが呼ぶ声に応じると鷹揚な態度で支払いはリヴァイさんにエルヴィンさんの分もつけといてくれ。と爽やかな笑顔で「じゃあ、また」と店から出ていった。
残ったリヴァイさんはビジネスバッグからラップトップを取り出し多分仕事をし始めた。
長居する。と言った通り、他のお客さんがいなくなるまで仕事をしているリヴァイさんは時折、紅茶を頼んでPCのキーボードを叩いては通話をしている。
一段落ついたのか、ラップトップを閉じると目頭をもんでいる。
タイミングを見計らって水出しのマロウブルーを出してみる。
「良ければどうぞ」
「マロウ、か」
マロウブルーは青、紫、レモンを少し入れるとピンクに色が変わる。ハーブティーで主に喉に効果があるし変化を楽しむ人も多い。助け舟を出してくれたリヴァイさんにせめて少しでもリラックスしてほしかった。
マロウブルーのことは当然知っていたらしく色の変化を楽しんでいるようだ。その横にサンドイッチを添える。
いつもなら「頼んでねえ」と一言があるがお腹が空いていたのかパクリと男性にしては小さめの一口で齧る。
「こういうのも悪くないな」
リヴァイさんはサンドイッチを平らげ、少し離れた場所にいる私を手招きする。
「なあ、俺はむやみに詮索したいわけじゃないがせっかく見つけた店の困りごとはなんとかしてえと思ってる。それにどうやら俺はあいつに敵認定されたみてえだしな」
これ以上迷惑をかけたくない。と唇を噛み締める。
「一人でなんとかしようとしてもあいつは手にあまるぞ」
真摯な瞳が痛いほど向けられている。
「もし、厄介と思ったら聞き流してくださいね」
オープンの札をクローズにひっくり返して向かい合わせの席につく。
静かな空間でつまらない過去を話し始める。
────
「以前、事務員していたのは話しましたよね。そこは友人の会社で精密機械を主に作っていました。彼──エリックはある企業社長の息子で新しい部門の責任者として視察に来ていたんです。正直、第一印象はあまり良くありませんでした」
リヴァイさんは黙って視線を私に向け話を聞いている。
「何度目かの視察の際に食事に誘われたんですが丁重にお断りしました。そういった誘いがあっても応じなくていい。と言ってくれてましたので特に気にしていなかったんです。これがいけなかったのか、何度もしつこく誘われましたが首を縦に振ることがないと知ると今度は──」
一方的に話しているからか、これから話す内容のせいか、やたら喉が乾く。眼の前の紅茶で乾きを潤し続きを話す。
「今度は、会社そのものに圧力をかけ始めました。取引をやめる。とってつけたような屁理屈な理由でしたがエリックの会社と取引がなくなると途端に別の取引先も手を引き始め、転がるように業績が悪くなっていきました」
「それもそいつに関係しているのか?」
答えの変わりに苦笑いする。
勘のいいリヴァイさんはだいたい察しているだろう。ここらへんで話すのをやめようと口をつぐむ。
「……その先もあるだろ。話してほしいと言ったのは俺だ。無理強いしたくはないが──最後まで聞かせてくれ」
感情をのせない口調でリヴァイさんが促す。観念して続きを話すことにした。
「社長も会社のみんなも私のせいではないと言ってくれたけれど、明らかにエリックが私に何故か執着しているせいでこの状況になっている。きっと一度だけ彼の言う通りにすれば飽きてしまうだろう、そう思い込んでただ望みを聞けば変わる、安易にそう思いました」
できるならここから先は話したくない。
「カズサ」
その声がとても優しくて、でも聞いてほしくなくて。
「──エリックは連絡先を置いていたので、こちらから連絡し誘いを受け会社への嫌がらせをやめてほしいと懇願しました。結果は……想像通りです。会社と再契約しましたが、私に対する態度はエスカレートする一方でした。自分の側で自分の秘書をしろと。この時点で会社は他の取引先も見つけていましたがエリックがまたいつ暴走し相手先を潰すのか戦々恐々としているのも感じていました。そしてエリックの言いなりになりました。エリックの父親は息子を誑かしたと激怒し嬉しいことに首になりました」
敢えて茶化すように肩を上下に動かし笑うとリヴァイさんは見たことない怖い顔をしていた。
軽蔑されたと俯くとリヴァイさんは悪い、そうじゃない。と言ってから、すっかり冷え切った紅茶を一気に飲み干した。
何を言えなくてリヴァイさんを見ていられなくて。ジッとしていると立ち上がったリヴァイさんが頭を撫でている。
「店閉めるだろ。時間も時間だ。片付けを手伝う」
断っても手早く片付けし始め、いつもよりきれいに片付いた。
「送っていく──もし嫌でなければだが」
さすがにそこまでは甘えられないし、今は一人になりたかった。その様子が伝わったらしい。
「わかった。何かあれば、何もなくてもいい。いつでも連絡構わない、むしろ連絡してこい。じゃ、また明日な」
お客さんと裏口から出るなんてと思いながらもそこで別方向へ歩いていく。明日。来ないかもしれない、明日。
※※※
「エルヴィン、折り入って頼みがある」
「珍しいな。お前が俺に頼み事か」
「そうだ、至急で頼む」
カズサの知らないところで知らないことが始まった。
※※※
「よお、確かテイクアウトしてたな。アイスミルクティーを頼む」
昨日が嘘のようにいつも通りのリヴァイさんに拍子抜けしながらテイクアウト用のカップで渡すと、じゃあな。と一言だけ残し去っていった。来てくれたのが嬉しいのか、テイクアウトだけなのが寂しいのかわからないまま一日が始った。
そんな日々が二週間過ぎ、あんな話をするべきじゃなかったとずっと思いながらエリックにこの店も知られたこともあって本気で店をたたもうと考え、準備をしていた。
※※※
「どんな具合だ」
「まだ二週間だ。そう急ぐな」
「わかってる分でいい。状況は?」
「定期連絡で来てる分はこっちだ」
パラリ、パラリ
何枚かの紙と写真をみているリヴァイの表情は冷たく鋭い。
「とんだクズだな」
バサっとデスクに投げつけて大きなため息をつく。
「そうだな。少し探りを入れただけでこれだ。こちらから何か仕掛けなくとも、いずれ自滅するだろう」
「自滅するだけじゃ足りねえ気分だ」
いつになく感情的な部下に苦笑しながらもエルヴィンはこれからについて頭の中で張り巡らせる。
件の会社と業務提携の話がでてから、ある程度の調査はしていた。しかし部署責任者までは詳細調査していなかった。
そしてリヴァイの恨みをかった男は今のところ主要幹部でもない。
今どき創業者一族で固めている企業は時代遅れだと思っていたし草案止まりで話が出ただけだ。
もし契約するにしても権限は与えず、一部業務だけ試験的に取り入れ、問題がなければそれでいい。
有能でスキャンダルさえ起こさなければ構わない。
どのみち現在の段階で、足を引っ張る要素があるならすぐに切れるように自社に有利な条件をつけるつもりでいた。
しかし調査不足で影響が出る可能性があるなら繋がりを持つメリットはなくデメリットしかない。
「それにしても大分イライラしてようだが」
「あぁ。仕事を随分と上乗せしてくる上司がいてな。詳しく聞きたいか?」
エルヴィンが両手を広げたジェスチャーでそれに答えると来た時と同じくさっさと戻ってしまった。
「それにしても、偶然というのは怖いものだ」
────
「ロンドンから問い合わせです。取引内容の取り分、あげられないかと来てます」
「詳しい内容をこっちに送れ」
「電話が入ってますが、折り返しますか?」
「回してくれ」
あちこちで飛び交うメールに電話。時差がある為、一度連絡を逃せば二度手間な上に時間がかかる。
昼になってもなかなかキリがつかないのも珍しくなく、昼の休憩すら順番で行くことが多い。
そんな中、セクション責任者であるリヴァイは指示を出し、禄に休憩も取らず、器用に電話で会話をしながらPCで違うことをしている。
「俺に構わず、休憩行って来い」
自分と同じく休憩を取ろうしない部下に一言かけると遠慮しながらも休憩の為、離席する。
「なぁ、最近丸くなったって言ったの誰だよ」
「いや、前から仕事はきっちりしてただろ」
「そうだけど、なんというか…鬼気迫るというか」
「そんなことより早く昼飯食え、午後も忙しいぞ」
────
「最近、あの目つきの悪い兄ちゃん見ないね」
「そうですねぇ。忙しいんじゃないですかね」
「そうかい、てっきり一日一回はカズサに会いに来てるもんだと」
「やだな。そんなことないですよ」
「なんていうかさ、用心棒みたいじゃないか、あの人さ」
知らぬ間にお客さんからボディーガードに進化したらしいリヴァイさんの朝のテイクアウトもなくなった。
顔を見なくなって約ニ週間くらい。大した日数ではないけれど、自分をさらけ出した後だからか妙に気になるし、それが原因ならどんなに請われてもこんなことになるなら話さなければ──
「ちょっと!!これコーヒーじゃない、注文したのと違うわ!」
「申し訳ありません!すぐに淹れて直します!」
「ありゃー、まただ。どこか心あらずなんだよね」
「カズサちゃん、春が来たと思ったんだけど、うまくいくかは別だからなぁ」
一人のお客さんが来ないだけでミス連発している。気を引き締めないと。
カラン。
「いらっしゃいま─」
「やあ。リヴァイじゃなくてすまないね、時間があいたから寄ってみたんだ。ここの席でも構わないかな?」
「あ、もちろんです」
当然な様子でカウンター席に座り、この店では珍しい注文をしてきた。
「エスプレッソはあるかな?そこのビスコッティもお願いしたい」
両方とも用意はあるが、注文する人はなかなかいない。ビスコッティは日持ちするので用意している。
エスプレッソマシンで淹れるまえにエルヴィンさんへカプチーノにするかラテかを訊ねる。
「いや、そのままが好みなんだ。ミルクを入れるとまろやかになるが頭をすっきりさせるにはこっちが私にあっていてね」
コポコポと抽出された濃厚な香りがデミタスカップに落ちていく。
「どちらかといえばコーヒー専門なのかな。あいつのせいで紅茶の講習を受ける羽目になったんじゃないかい」
あいつ。共通の知り合いは一人しかいない。
「あの、リヴァイさんは」
「元気だよ。張り切りすぎて後で私が責められそうだ」
にこやかな笑顔でさらりとリヴァイさんの近況を伝えながらデミタスカップにビスコッティを添えると満足そうにしている。
「このビスコッティ、もしかしてカズサさんの手作りなのかな」
「はい。日持ちするので買うより作ってしまうんです」
「リヴァイがここのスコーンやケーキもカズサさんの手作りと聞いていたが、お菓子作りも得意なんだね」
「今はレシピサイトも充実しているので、つい作ってしまうんですよ」
会話の途中で他のお客さんから呼ばれたので失礼しますね。と一言かけて離れ、戻ってくるとエルヴィンさんはエスプレッソを飲み終えたらしい。
「面倒かもしれないがテイクアウトで紅茶を頼めるかい?」
要望通りにテイクアウト用で淹れるとエルヴィンさんは満足そうに支払いした。
「ありがとう、これで私も命拾いしたよ。カズサさん、時期にリヴァイも来るから心配しないでくれ」
エルヴィンさんが言うと見透かされてるような、それでいて不思議な説得力があって、微笑んで見送った。
ウィンクしてエルヴィンさんが出ていくと常連さんたちがニマニマしている。
「これがモテ期っていうやつかなぁ」
そこにいるだけで目を引くエルヴィンさんは華やかな存在感を残し出ていった後もエルヴィンさんの話題で盛り上がっていた。
※※※
「リヴァイ、差し入れだ」
胡散臭い笑顔で差し出されたアイスティーのカップに目をやり、溜まった鬱憤を吐き出す。
「こっちはてんてこ舞いしてんのに、てめえは優雅にティーブレイクかよ。手が空いてるなら仕事しやがれ」
「カズサさんの紅茶だが、いらないなら私が 」
「あいつんとこに行ったのか」
「ああ。少し元気がなかったのが気になるがな」
早く面倒事を片付けようと必死こいてんのにふざけんな。
「それなら早く仕事しろ」
じろりと睨みつけるがエルヴィンに効いた試しがねえ。
「後で俺のところに来い」
いつもより早く仕事を捌いて、ついでに悪いと思うが部下の尻も叩いたおかげで終業時間の三時間後に明日の午前中までの案件は目処がついた。
エルヴィンの執務室のやたら高価そうなソファに座ってると茶を出そうとするが、そんなことより知りたいこと、やることがある。
「茶はいい。それよりも─」
「まったく。情緒も余裕もない男は嫌われるぞ」
「大きなお世話だ。で、どうなんだ」
大げさにため息をつきながら向かい側に腰を下ろすと封筒をテーブルに置いた。
その封筒の中身を確認すると、話よりもクズにカズサがいいようにされていたことがわかり、ヤツを殴り倒したくなった。
「そんな怖い顔をするな、今にも殺しに行きそうだ」
封筒の中身にはあの男、エリックとかいったか。
群がる女はともかくカズサと同じように半ば無理に付き合わせてる相手がいることがわかった。
カズサのような場合のように弱みをついて好き勝手している奴に反吐がでる。
「まず仕事上のことだが、あの会社が売り込んでるシステムをうちのエンジニアに念のため確認させた。特別画期的というものでもなく導入する必要がない上にむしろ導入するコストを考えると無駄。だそうだ」
「はっ。随分と舐められたもんだな」
あくまでも人当たりのいい笑顔でエルヴィンは続ける。
「それだけなら契約しなければいいだけの話だけだ。ところがそのシステムは巧妙にデータを抜き取ることができるように組まれているようだ」
「──余計、相手する必要がねぇ」
「いや。これはチャンスだ」
「は?」
良くも悪くも効率と利益を求めるこいつが言うとは思えない発言に耳を疑う。
「今は実害がないが、これだけ虚仮にしてくれたんだ。それなりのペナルティが必要だろう?」
いまいちこいつの言ってることがわからねぇ。
「わかりやすく説明しろ、お前の話はいつも回りくどい」
「叩けば埃がたくさんでそうじゃないか。リヴァイ、掃除したくならないか?」
確かに掃除は好きだが、こいつの言ってることは言葉のままと思えない。
「それでだ。いっそのこと相手の会社を再起不能にしようかと考えてるんだが、お前はどう思う?」
「勝算はあるのか」
「あるから言ってるんじゃないか」
どこからみてもいい表情で、エルヴィンは微笑んだ。
とはいっても半分は小言みたいなものだけど。
「今日もきたのかい?」
「売上貢献と上手い茶を飲みにな」
「そうそう、カズサちゃんはうっかりしてるとお代を取らないからねぇ」
「商売人としては失格だな」
耳が痛い言葉は右から左に流してお茶を淹れ、軽い軽食、その日のケーキと紅茶をお出ししてコーヒー、時にハーブティー。
本当に穏やかで、穏やかな分、逆に怖くなる。
そんなとき、リヴァイさんはいつも紅茶を頼む。おかげで紅茶に詳しくなってきた。
「やあ、リヴァイ」
あからさまに嫌な態度のリヴァイさんの席に座る大柄な男性。
お冷を持っていくとリヴァイさんとは正反対の笑顔でマンダリンを頼まれた。
「空き時間くらいはお前の顔をみたくないんだがな」
基本口が悪いらしいリヴァイさんを気にせず正反対に笑顔で話しかけている。
「なに、急に今までと変わって残業を断ってデスクにいないことが多くなった部下を気にかけるのも上司の役割だろう?」
チッと舌打ちしたリヴァイさんは「飲んだらとっとと帰れ」と辛辣なことを投げかけるも大柄な男性はただ、面白そうに様子を見ている。
コーヒーを出すと心底嫌そうな顔で「こいつはエルヴィン、ブラック企業の親玉だ」と紹介するも私の紹介はしない。エルヴィンさんに帰れと言わんばかりだ。
「ほう、この女性が」
「うるせえ、とっととオフィスに戻れ」
知らないリヴァイさんの一面を見たかったけれど嫌がってる雰囲気に邪魔しないようカウンターに戻ってトマトをスライスしサンドイッチの具材をストックする。
「カズサ」
ねばっこく響く声がこちらに聞える。
誰か、なんて顔を見なくても嫌でもわかる。
「久し振り、なかなか時間が取れず会いに来れなくてごめんね?」
二度と来ないで、と言ったにも関わらず我が物顔で空いてる席に座る。
返事をせずにいると「拗ねてるのかな」とこちらに聞こえるよう、わざとらしい独り言を繰り出す。
「ご注文は」
「前と同じ」
まるで何度も来ているかの言い方が癇に障り、あえて聞き返す。
「……前と一緒とは?」
くすくすと笑いながら「仕方ないなぁ」と屈託なく笑う彼がきたばかりなのに、帰ってほしい。そして私に構わないでほしい。
「カズサおすすめのコーヒー、だよ。あ、砂糖の数は覚えたよね?」
それは無視して立ち去る。
他のお客さんもいるからできるだけ普段と同じように振る舞っているが不穏な対応に気づく人は気づいている。
「今日はここで仕事をするが長居するが迷惑だったら言ってくれ」
カウンターに戻る際に通り過ぎるリヴァイさんが不意に声をかけてくる。返事の代わりに笑顔で答えるとチラリと彼をみる。
手早くコーヒーを淹れ、彼の席へ持っていく。
「カズサが砂糖をいれたらもっと美味しく感じるのに」
鳥肌がたった。この男は店を間違えているんじゃないだろうか。
「失礼します」
相手にするだけ調子に乗る。先程と同じようにサッと立ち去ろうとするとわざとらしく、名刺を渡してきた。
「要りません」
受け取らずにいるとニコニコと「前のはきっと捨てちゃったでしょ?」
連絡するとなぜ思えるのか。
「いりません。それに以前も申し上げましたが来店もお断りしているのをお忘れですね」
一瞬、歪んだ顔を見せた彼は名刺をねじり込むように握らせようとする。
「いい加減にしろ。お前がなんだかんだ言ってる間、こっちの注文が遅くなるんだ。甚だ迷惑だ」
リヴァイさんの睨みに怯んだのか、くしゃくしゃになった名刺が床に落ちる。拾ってクシャクシャな名刺を伸ばして返すと、リヴァイさんと一緒のタイミングで彼から離れる。
小声で「ありがとうございます」と言えば「前にも来ていたな」と渋面をしていた。エルヴィンさんが待っている席に何もなかったかのように座るとなにやら話し込んでいる。
ため息をつきたいところだが、お客さんがいるのにそれはできない。淡々とコーヒーを淹れて招かれざるお客である彼に持っていくとまるで子供がおもちゃを取り上げられたような視線でこちらをみている。
「あの男、邪魔」
「何を言ってるんですか。それを飲んでも、飲んでなくてもいいですから早く帰ってください。重ねて言いますが、理解していないようですが、あなたは出禁にします」
「カズサ、僕にそんな態度でいいの?」
もう話したくない。目を向けることなく、他のお客さんの相手をしていると彼はカップに口をつけることなく出ていった。内心ホッとして、リヴァイさんにお礼を言うと黙ってエルヴィンさんの待っている席へ座る。
(リヴァイさんが来てくれるのもこれが最後、かな)
モヤモヤとしたものを感じながら、仕事をしていく。
「すまない」
エルヴィンさんが呼ぶ声に応じると鷹揚な態度で支払いはリヴァイさんにエルヴィンさんの分もつけといてくれ。と爽やかな笑顔で「じゃあ、また」と店から出ていった。
残ったリヴァイさんはビジネスバッグからラップトップを取り出し多分仕事をし始めた。
長居する。と言った通り、他のお客さんがいなくなるまで仕事をしているリヴァイさんは時折、紅茶を頼んでPCのキーボードを叩いては通話をしている。
一段落ついたのか、ラップトップを閉じると目頭をもんでいる。
タイミングを見計らって水出しのマロウブルーを出してみる。
「良ければどうぞ」
「マロウ、か」
マロウブルーは青、紫、レモンを少し入れるとピンクに色が変わる。ハーブティーで主に喉に効果があるし変化を楽しむ人も多い。助け舟を出してくれたリヴァイさんにせめて少しでもリラックスしてほしかった。
マロウブルーのことは当然知っていたらしく色の変化を楽しんでいるようだ。その横にサンドイッチを添える。
いつもなら「頼んでねえ」と一言があるがお腹が空いていたのかパクリと男性にしては小さめの一口で齧る。
「こういうのも悪くないな」
リヴァイさんはサンドイッチを平らげ、少し離れた場所にいる私を手招きする。
「なあ、俺はむやみに詮索したいわけじゃないがせっかく見つけた店の困りごとはなんとかしてえと思ってる。それにどうやら俺はあいつに敵認定されたみてえだしな」
これ以上迷惑をかけたくない。と唇を噛み締める。
「一人でなんとかしようとしてもあいつは手にあまるぞ」
真摯な瞳が痛いほど向けられている。
「もし、厄介と思ったら聞き流してくださいね」
オープンの札をクローズにひっくり返して向かい合わせの席につく。
静かな空間でつまらない過去を話し始める。
────
「以前、事務員していたのは話しましたよね。そこは友人の会社で精密機械を主に作っていました。彼──エリックはある企業社長の息子で新しい部門の責任者として視察に来ていたんです。正直、第一印象はあまり良くありませんでした」
リヴァイさんは黙って視線を私に向け話を聞いている。
「何度目かの視察の際に食事に誘われたんですが丁重にお断りしました。そういった誘いがあっても応じなくていい。と言ってくれてましたので特に気にしていなかったんです。これがいけなかったのか、何度もしつこく誘われましたが首を縦に振ることがないと知ると今度は──」
一方的に話しているからか、これから話す内容のせいか、やたら喉が乾く。眼の前の紅茶で乾きを潤し続きを話す。
「今度は、会社そのものに圧力をかけ始めました。取引をやめる。とってつけたような屁理屈な理由でしたがエリックの会社と取引がなくなると途端に別の取引先も手を引き始め、転がるように業績が悪くなっていきました」
「それもそいつに関係しているのか?」
答えの変わりに苦笑いする。
勘のいいリヴァイさんはだいたい察しているだろう。ここらへんで話すのをやめようと口をつぐむ。
「……その先もあるだろ。話してほしいと言ったのは俺だ。無理強いしたくはないが──最後まで聞かせてくれ」
感情をのせない口調でリヴァイさんが促す。観念して続きを話すことにした。
「社長も会社のみんなも私のせいではないと言ってくれたけれど、明らかにエリックが私に何故か執着しているせいでこの状況になっている。きっと一度だけ彼の言う通りにすれば飽きてしまうだろう、そう思い込んでただ望みを聞けば変わる、安易にそう思いました」
できるならここから先は話したくない。
「カズサ」
その声がとても優しくて、でも聞いてほしくなくて。
「──エリックは連絡先を置いていたので、こちらから連絡し誘いを受け会社への嫌がらせをやめてほしいと懇願しました。結果は……想像通りです。会社と再契約しましたが、私に対する態度はエスカレートする一方でした。自分の側で自分の秘書をしろと。この時点で会社は他の取引先も見つけていましたがエリックがまたいつ暴走し相手先を潰すのか戦々恐々としているのも感じていました。そしてエリックの言いなりになりました。エリックの父親は息子を誑かしたと激怒し嬉しいことに首になりました」
敢えて茶化すように肩を上下に動かし笑うとリヴァイさんは見たことない怖い顔をしていた。
軽蔑されたと俯くとリヴァイさんは悪い、そうじゃない。と言ってから、すっかり冷え切った紅茶を一気に飲み干した。
何を言えなくてリヴァイさんを見ていられなくて。ジッとしていると立ち上がったリヴァイさんが頭を撫でている。
「店閉めるだろ。時間も時間だ。片付けを手伝う」
断っても手早く片付けし始め、いつもよりきれいに片付いた。
「送っていく──もし嫌でなければだが」
さすがにそこまでは甘えられないし、今は一人になりたかった。その様子が伝わったらしい。
「わかった。何かあれば、何もなくてもいい。いつでも連絡構わない、むしろ連絡してこい。じゃ、また明日な」
お客さんと裏口から出るなんてと思いながらもそこで別方向へ歩いていく。明日。来ないかもしれない、明日。
※※※
「エルヴィン、折り入って頼みがある」
「珍しいな。お前が俺に頼み事か」
「そうだ、至急で頼む」
カズサの知らないところで知らないことが始まった。
※※※
「よお、確かテイクアウトしてたな。アイスミルクティーを頼む」
昨日が嘘のようにいつも通りのリヴァイさんに拍子抜けしながらテイクアウト用のカップで渡すと、じゃあな。と一言だけ残し去っていった。来てくれたのが嬉しいのか、テイクアウトだけなのが寂しいのかわからないまま一日が始った。
そんな日々が二週間過ぎ、あんな話をするべきじゃなかったとずっと思いながらエリックにこの店も知られたこともあって本気で店をたたもうと考え、準備をしていた。
※※※
「どんな具合だ」
「まだ二週間だ。そう急ぐな」
「わかってる分でいい。状況は?」
「定期連絡で来てる分はこっちだ」
パラリ、パラリ
何枚かの紙と写真をみているリヴァイの表情は冷たく鋭い。
「とんだクズだな」
バサっとデスクに投げつけて大きなため息をつく。
「そうだな。少し探りを入れただけでこれだ。こちらから何か仕掛けなくとも、いずれ自滅するだろう」
「自滅するだけじゃ足りねえ気分だ」
いつになく感情的な部下に苦笑しながらもエルヴィンはこれからについて頭の中で張り巡らせる。
件の会社と業務提携の話がでてから、ある程度の調査はしていた。しかし部署責任者までは詳細調査していなかった。
そしてリヴァイの恨みをかった男は今のところ主要幹部でもない。
今どき創業者一族で固めている企業は時代遅れだと思っていたし草案止まりで話が出ただけだ。
もし契約するにしても権限は与えず、一部業務だけ試験的に取り入れ、問題がなければそれでいい。
有能でスキャンダルさえ起こさなければ構わない。
どのみち現在の段階で、足を引っ張る要素があるならすぐに切れるように自社に有利な条件をつけるつもりでいた。
しかし調査不足で影響が出る可能性があるなら繋がりを持つメリットはなくデメリットしかない。
「それにしても大分イライラしてようだが」
「あぁ。仕事を随分と上乗せしてくる上司がいてな。詳しく聞きたいか?」
エルヴィンが両手を広げたジェスチャーでそれに答えると来た時と同じくさっさと戻ってしまった。
「それにしても、偶然というのは怖いものだ」
────
「ロンドンから問い合わせです。取引内容の取り分、あげられないかと来てます」
「詳しい内容をこっちに送れ」
「電話が入ってますが、折り返しますか?」
「回してくれ」
あちこちで飛び交うメールに電話。時差がある為、一度連絡を逃せば二度手間な上に時間がかかる。
昼になってもなかなかキリがつかないのも珍しくなく、昼の休憩すら順番で行くことが多い。
そんな中、セクション責任者であるリヴァイは指示を出し、禄に休憩も取らず、器用に電話で会話をしながらPCで違うことをしている。
「俺に構わず、休憩行って来い」
自分と同じく休憩を取ろうしない部下に一言かけると遠慮しながらも休憩の為、離席する。
「なぁ、最近丸くなったって言ったの誰だよ」
「いや、前から仕事はきっちりしてただろ」
「そうだけど、なんというか…鬼気迫るというか」
「そんなことより早く昼飯食え、午後も忙しいぞ」
────
「最近、あの目つきの悪い兄ちゃん見ないね」
「そうですねぇ。忙しいんじゃないですかね」
「そうかい、てっきり一日一回はカズサに会いに来てるもんだと」
「やだな。そんなことないですよ」
「なんていうかさ、用心棒みたいじゃないか、あの人さ」
知らぬ間にお客さんからボディーガードに進化したらしいリヴァイさんの朝のテイクアウトもなくなった。
顔を見なくなって約ニ週間くらい。大した日数ではないけれど、自分をさらけ出した後だからか妙に気になるし、それが原因ならどんなに請われてもこんなことになるなら話さなければ──
「ちょっと!!これコーヒーじゃない、注文したのと違うわ!」
「申し訳ありません!すぐに淹れて直します!」
「ありゃー、まただ。どこか心あらずなんだよね」
「カズサちゃん、春が来たと思ったんだけど、うまくいくかは別だからなぁ」
一人のお客さんが来ないだけでミス連発している。気を引き締めないと。
カラン。
「いらっしゃいま─」
「やあ。リヴァイじゃなくてすまないね、時間があいたから寄ってみたんだ。ここの席でも構わないかな?」
「あ、もちろんです」
当然な様子でカウンター席に座り、この店では珍しい注文をしてきた。
「エスプレッソはあるかな?そこのビスコッティもお願いしたい」
両方とも用意はあるが、注文する人はなかなかいない。ビスコッティは日持ちするので用意している。
エスプレッソマシンで淹れるまえにエルヴィンさんへカプチーノにするかラテかを訊ねる。
「いや、そのままが好みなんだ。ミルクを入れるとまろやかになるが頭をすっきりさせるにはこっちが私にあっていてね」
コポコポと抽出された濃厚な香りがデミタスカップに落ちていく。
「どちらかといえばコーヒー専門なのかな。あいつのせいで紅茶の講習を受ける羽目になったんじゃないかい」
あいつ。共通の知り合いは一人しかいない。
「あの、リヴァイさんは」
「元気だよ。張り切りすぎて後で私が責められそうだ」
にこやかな笑顔でさらりとリヴァイさんの近況を伝えながらデミタスカップにビスコッティを添えると満足そうにしている。
「このビスコッティ、もしかしてカズサさんの手作りなのかな」
「はい。日持ちするので買うより作ってしまうんです」
「リヴァイがここのスコーンやケーキもカズサさんの手作りと聞いていたが、お菓子作りも得意なんだね」
「今はレシピサイトも充実しているので、つい作ってしまうんですよ」
会話の途中で他のお客さんから呼ばれたので失礼しますね。と一言かけて離れ、戻ってくるとエルヴィンさんはエスプレッソを飲み終えたらしい。
「面倒かもしれないがテイクアウトで紅茶を頼めるかい?」
要望通りにテイクアウト用で淹れるとエルヴィンさんは満足そうに支払いした。
「ありがとう、これで私も命拾いしたよ。カズサさん、時期にリヴァイも来るから心配しないでくれ」
エルヴィンさんが言うと見透かされてるような、それでいて不思議な説得力があって、微笑んで見送った。
ウィンクしてエルヴィンさんが出ていくと常連さんたちがニマニマしている。
「これがモテ期っていうやつかなぁ」
そこにいるだけで目を引くエルヴィンさんは華やかな存在感を残し出ていった後もエルヴィンさんの話題で盛り上がっていた。
※※※
「リヴァイ、差し入れだ」
胡散臭い笑顔で差し出されたアイスティーのカップに目をやり、溜まった鬱憤を吐き出す。
「こっちはてんてこ舞いしてんのに、てめえは優雅にティーブレイクかよ。手が空いてるなら仕事しやがれ」
「カズサさんの紅茶だが、いらないなら私が 」
「あいつんとこに行ったのか」
「ああ。少し元気がなかったのが気になるがな」
早く面倒事を片付けようと必死こいてんのにふざけんな。
「それなら早く仕事しろ」
じろりと睨みつけるがエルヴィンに効いた試しがねえ。
「後で俺のところに来い」
いつもより早く仕事を捌いて、ついでに悪いと思うが部下の尻も叩いたおかげで終業時間の三時間後に明日の午前中までの案件は目処がついた。
エルヴィンの執務室のやたら高価そうなソファに座ってると茶を出そうとするが、そんなことより知りたいこと、やることがある。
「茶はいい。それよりも─」
「まったく。情緒も余裕もない男は嫌われるぞ」
「大きなお世話だ。で、どうなんだ」
大げさにため息をつきながら向かい側に腰を下ろすと封筒をテーブルに置いた。
その封筒の中身を確認すると、話よりもクズにカズサがいいようにされていたことがわかり、ヤツを殴り倒したくなった。
「そんな怖い顔をするな、今にも殺しに行きそうだ」
封筒の中身にはあの男、エリックとかいったか。
群がる女はともかくカズサと同じように半ば無理に付き合わせてる相手がいることがわかった。
カズサのような場合のように弱みをついて好き勝手している奴に反吐がでる。
「まず仕事上のことだが、あの会社が売り込んでるシステムをうちのエンジニアに念のため確認させた。特別画期的というものでもなく導入する必要がない上にむしろ導入するコストを考えると無駄。だそうだ」
「はっ。随分と舐められたもんだな」
あくまでも人当たりのいい笑顔でエルヴィンは続ける。
「それだけなら契約しなければいいだけの話だけだ。ところがそのシステムは巧妙にデータを抜き取ることができるように組まれているようだ」
「──余計、相手する必要がねぇ」
「いや。これはチャンスだ」
「は?」
良くも悪くも効率と利益を求めるこいつが言うとは思えない発言に耳を疑う。
「今は実害がないが、これだけ虚仮にしてくれたんだ。それなりのペナルティが必要だろう?」
いまいちこいつの言ってることがわからねぇ。
「わかりやすく説明しろ、お前の話はいつも回りくどい」
「叩けば埃がたくさんでそうじゃないか。リヴァイ、掃除したくならないか?」
確かに掃除は好きだが、こいつの言ってることは言葉のままと思えない。
「それでだ。いっそのこと相手の会社を再起不能にしようかと考えてるんだが、お前はどう思う?」
「勝算はあるのか」
「あるから言ってるんじゃないか」
どこからみてもいい表情で、エルヴィンは微笑んだ。