苦くて甘い紅茶
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「いらっしゃいませ!」
朝と夕方によく来店する無口な男性。
注文するのは決まって紅茶。
「ダージリン」
ぶっきらぼうな口調にはじめは何となく怖くて接客のときも緊張したのを覚えている。
何度目かの来店時に茶色の紙袋を無言で差し出し戸惑っていると不機嫌そうな顔で早く受け取れ。と言われたときには何事だろうとびっくりした。
恐る恐る受け取とって袋を開くと四角い缶が四缶、そして紙で包まれた小さな物が入っていた。
「この店は味はまあまあだ。だが茶葉の種類が少ない。良ければ飲んでみてくれ」
いつも紅茶を飲んでいるから紅茶好きな人だと認識していたけれど茶葉を渡されると思わなかった。
笑顔で「ありがとうございます」と言えば「ああ」と素っ気ない一言を残しドアにつけているベルの音を後に帰っていった。
「うーん。これって遠回しなリクエスト、だよね?」
それぞれ違うおしゃれな缶を眺め、店で出すならあとで一缶いくらなのか調べないといけないなぁ。とぼんやりしながら客足が引けた時間帯に淹れて飲んでみると初めての味と豊かな香り、美味しさに感動した。
(本当に紅茶が好きなんだな)
紅茶好きな人がおすすめする紅茶を飲み終えたときにはもうレギュラー入りに決めた。
──
「いらっしゃいませ!」
夕方に来た彼は疲れた様子で珍しくミルクティーを頼んだ。
「どうぞ」
コトンと置いたカップの他にクリームとお砂糖、お手製のスコーンをテーブルに並べると切れ長の目を心持ち開く。
「スコーンは頼んでねえ」
「ぜひ味見して下さい」
躊躇った様子を見せながらも「ありがとうな」とお礼を言われて笑顔で答え、仕事に戻り別のお客さんのコーヒーを淹れてサーブする。
その日、いつもよりも長くいた彼が最後のお客さんで会計カウンターに来た時には険しい表情が柔らかくなっているように感じられた。
「長い時間居座って悪かったな。スコーン、うまかった」
「ありがとうございます。それより頂いた茶葉や砂時計に見合ってなくて──」
「あれは俺がお前に飲んで欲しかっただけだ。気にすんな」
(いえ、気にしますから!)
心の叫びが聞こえるはずもなくドアへ向かう彼に伝えたいことがあって、呼び止めると怪訝な顔をしている彼に頂いた紅茶の缶を見せた。
「美味しい紅茶をありがとうございます。お客様のおすすめを飲んでみたんですがどれも美味しくて。だから店で出してみることにしました。楽しみにして下さいね」
無言でいる彼に、いくら親しくなった気がしても馴れ馴れしかったか。とフォローを考えていると彼は口角を上げ、「ああ」と言ってキャシュトレイにお金と一枚の名刺を残し、後ろ手を振り店から出ていった。
「リヴァイ・アッカーマン、さん」
紅茶の人、の名前がそこにあった。
「アッカーマンさん、か。……私、名乗ってない!何やってんのよ……」
──
それから二〜三日ほど開けた晴天。そろそろ風も涼しく日差しも柔らかくなって秋だなぁ。と季節の変わり目を感じながら店内のお客さんを見てみる。話が盛り上がっている様子の席もあれば、文庫サイズの本を広げアイスティーを飲んでいる人。
それぞれの時間を楽しんでいる様子にほっこりとする。
この店は内装がレトロにまとまっていて昔の蓄音機も置かれている。
もともと、この店は伯父が開いていたが一人でやっていた店を後を継ぐ親族がいない為、いっそ取り壊しにしようか。と話にでていたのを私が名乗り出て店を継いだ。
それまで伯父が淹れてくれた紅茶を飲んだりしていたけど実際に淹れてみると全く味が違って、お店を継ぐと自分がいい出したのに怖じけつきそうになった。
面倒な書類手続きをしながら、まずは来店するお客様に無料で味見をしてもらいお客さんたちに次はこうするといい。とアドバイスを受け自宅でも店でも何度も淹れて飲んで味を確かめて、やっとお客様に納得して出せるようになった。
伯父さんの頃からの常連さんは子供のころも知っているからか、常連さんたちは孫のように可愛がってくれる。
最初は常連さんが多かったが次第に他のお客さんも増えてホッとしたのは内緒。
そんなときアッカーマンさんが来店したのだ。
メニューをみて最初の言葉は紅茶の種類が少ないという指摘だった。
コーヒーも奥深くて納得いくまで時間がかかったが紅茶は自信をもって出せるのは数種類だけだった。
「申し訳ありません。紅茶はまだ勉強中でお出しできるのがこのメニューの紅茶なんです」
未熟さは重々承知しているのに初めてのお客さんへの言い訳が恥ずかしく俯きがちになってしまった私に彼はただアッサムとだけ言った。
「どうぞ」
トレイからテーブルへ紅茶のカップをおいてすぐ逃げ出したかったが彼は紅茶を含むと悪くない。と褒めてるのか、どうかわからない一言を発した。
どう受け取ればいいのかわからず戸惑っているとこっちを向いた。
「丁寧に淹れたのがわかる。悪くない」
アッカーマンさんの"悪くない"は絶賛ではないけど悪い意味ではないと都合よくとって、お礼を言った。何故か私より彼のようが嬉しそうにみえたのは勘違いじゃないと気づくのはすぐ。
アッカーマンさんの来店時間はまちまち。大体週に四度のペースで来店して店が落ち着いている時は少し会話をして店員とお客さんの良い関係が少しずつ出来上がってこちらの自己紹介もできた。
淡々としたアッカーマンさんの会話のその中でも紅茶の話題が多く勉強になり、たまには笑ってしまうような話もあった。
「海外出張の際だ。なんとなしに入った店で紅茶を頼んだらマグカップにティーバッグそのままで出てきたときは流石にクレーム入れたくなったな」
「えっ、どこの国ですかっ?逆に行ってみたい」
「やめとけ、あまり期待するととがっかりするだけだ。一番良かったのはホテルラウンジだったな」
「あ、何となくわかった気が──」
「全部が全部じゃねえだろうが……たまたま、そういうとこに当たっただけだ」
クスクスと笑いながら過ごす時間はもてなす側の自分が楽しんでいるが味気ない店主とお客様の関係よりはいいか。と感じていた。
──
カランカラン。
「いらっしゃいませ!」
客足もひけてきた店のカウベルが来客を知らせ、いつものように笑顔で迎えると鳥肌が立った。
一番会いたくない人がにこやかな笑みを浮かべて立っていた。
「お席は自由にどうぞ。注文が決まりましたらお呼びください」
最低限な案内を早口で言って、カウンターの中に引っ込んだ。
アイスコーヒー用に沸かしていたお湯がシュンシュンと湧いている。業務用コーヒーミルで挽いた豆の香りが店内に広がる。
挽いた豆をフィルターに入れてお湯を細口にゆっくりと注ぐ。
息をしているようにポコポコと泡立ち、少し蒸らして円をえがくようにお湯を注いでいく。
淹れたてのコーヒーの香ばしい香りが店内に広がり、抽出を終えてフィルターを水切りする為ザルにいれる。
「すみません」
声をかけたお客様の元へ重い足を運ぶ。
「ご注文、お決まりでしょうか」
思ったより低い声に自分でも驚いたがこの人に愛想よくする必要はない。
「僕の好み忘れた?」
黙る事で返事をしているのにむしろ機嫌良さそうに頬杖ついて柔らかな声で「ブレンドコーヒー。アイスでね」と言った。
「かしこまりました」
コーヒーとミルクポット、砂糖をテーブルに並べる。
「砂糖の数はさすがに覚えてるでしょ?」
グッと奥歯を噛み締める。
「ミルクと砂糖はお好きなだけお入れ下さい」
そこまでサービスするつもりも必要もない。
「残念」
軽く答えるのを背にカウンターに戻ろうとする腕を取られ、後ろによろけた。
「少し話す時間くらいあるよね」
「ありません」
「そう?なら、待つよ」
「そうですか」
こっちはそれなりに忙しいのだ。放っておけばそのうち帰ってくれる。はず。
一時間経過。一時間半経過。三時間経過。
何度かおかわりを頼んでは本を読んでいる。
頭が痛くて店の早仕舞いを考えるも相手の思う壺だと肩を落とす。
夕暮れが近づき段々とお客様も少なくなってきた。常連のお客様もこちらを気にしながらも徐々に帰っていく。
居座続けている彼をチラリと見ればスマホでなにやら話している。
(急ぎの仕事でも入ればいいのに)
願いは叶わずスマホをテーブルに置いてまた本へ目を落とす。
(ほんとに居座るつもり?さっさと帰ってほしい)
それでは私が困る。どうやって彼を追い出そうかと頭を回転させているとカウベルが鳴った。
「いらっしゃませ」
「なんだ、具合でも悪いのか?」
「アッカーマンさん!いえ。元気ですよ」
「不味いもん食った顔してんぞ」
食い気味な返事にアッカーマンさんらしい言葉に思わずニコリと笑うと彼が呼ぶ声が聞こえた。
うんざりしながら向かうと不愉快そうな表情をみせる。
「ねえ、なんで?」
主語も何もない問いに力が抜けそうだ。
そう。彼はこういう人で何も変わってないらしい。
「何がどうなのかわかりませんが、店から出ていって二度と来ないでくださるとありがたいです」
私の空間に彼が いることが耐えられない。限界だった。
毒のある言葉が出てしまったが後悔はない。
険悪な雰囲気が漂い、ドクドクと心臓の動きも早くなっている気がする。
「注文を頼む」
アッカーマンさんの低く通りのいい声が聞こえ、彼から目をそらしてアッカーマンさんの注文をとりにいく。
「今日はどの紅茶にしますか」
「そうだな、」
珍しく考え込むような様子に先程のやり取りで居心地悪くしてしまったのだと、そのことだけ後悔したときだった。
「ずっと男が睨んでるようだが、面倒事か?」
ここで肯定できるはずもなく曖昧な笑顔で返すと眉間のシワ深くなりながら呪文のような注文をしてきた。
「アッサムベースでラプサンスーチョンを」
「え?」
思わず間の抜けた声がでたがアッカーマンさんは構わず、手元から小さな缶を取り出し、「これだ」と見せてくる。
「得意な種類じゃないがたまに飲みたくなってな。癖がつよいから俺は別の茶葉とブレンドして飲む」
アッカーマンさんにも苦手なものがあるのか。と驚いた。
「おい、意外そうな顔してるぞ。俺でも少々苦手なモンくらいある」
気を使わせてしまった。そんな内心に構わず説明を始める。
「初めて淹れると思ってな。簡単なメモ書きしてきた」
テーブルにメモ書きを置き、中身を見てみると配分や蒸らし時間が几帳面そうな文字で要点を押さえて書いてある。
「あまり気負うことない。いつもどおりに淹れればいい」
アッカーマンさんはどちらかと言えばぶっきらぼうで表情も豊かではないけれど、悪い人ではない。知れば知るほど魅力的な人だ。
新米店長に知識や、その他も自然に伝えてくれる。
「ちょっといいかな」
未だに居座っている彼があからさまな不機嫌を声にのせ、呼びかける。
「はい」
こちらも不機嫌を隠さず対応するとギスギスとした空気の出来上がり。
「あの男には愛想よくして僕は放っておくって気を引きたいの?」
心の中で整った顔を殴りつける。
「正直にいえばなるべく退店してほしいですね、あなたの気を引く?ありえません」
ドンッとテーブルを叩いたためソーサーにコーヒーが溢れた。
「今ならカズサが戻ってきてもいいって──」
「戻るつもりはありませんし貴方に関わる事も金輪際、お断りします」
もうめちゃくちゃだ。
客商売なのに声を荒らげる客と喧嘩腰の私。
「とにかく、出ていって下さい。そして二度と来ないでください。お代は結構です」
それだけを言い残して背を向けるとバンッと音がしたが絶対に振り向かない。
靴音高くたてながら、足早に彼は出ていった。
深呼吸をしてテーブルの片付けは後にしてアッカーマンさん注文の紅茶を淹れる。
こんなことがなければ、初めての茶葉を淹れること、茶葉に関する話を楽しめたのに。不幸中の幸いは店内にはアッカーマンさんだけ。
(いえ。むしろ最悪じゃない)
砂時計の砂が全部落ちてしまったのにも気づかずポットに茶葉を蒸らしているとアッカーマンさんが話しかけてきた。
「初めての茶葉だからな。カズサが良ければそっちに行ってもいいか?」
その声にハッとするとポットの中はすっかり黒く濁ってしまって砂時計も砂が落ちきっている。
「すいません!今淹れ直しますっ!」
「いい。手本と思って淹れさせてくれ」
返事を待たずにカウンター近くに来たアッカーマンさんがはい。とも、いいえ。とも言わないうちに私の隣に来て、手早く空いたポットと二脚のカップにお湯を注ぐ。
そしてお湯の湧き具合をみてから茶葉をポットに淹れ時間通りに蒸らしティーストレーナーで濾していく。
慣れた手つきに見惚れているとトレイに二杯のカップをさっきまで座っていた席にセットした。
「ミルクと砂糖を頼む」
ここでやっと状況を理解した私はあたふたしながら言われたままアッカーマンさんの席にいくと、ん。と言って向かいの席に座るよう促した。躊躇っていると、視線で促されゆっくり座る。
他のお客さんのいないお店にお客さんと同席するのはどうなんだ。と頭の片隅に浮かんでいると、カップに口をつけたアッカーマンさんが何かうなずいていた。
「アッサムで若干和らいではいるが、好みが分かれる茶葉だ。あーあれだ。腹こわしたときの薬の匂いが受け付けないんだろうな」
普段どおりに話しかけてくるアッカーマンさんさんに申し訳ないやら、ありがたいやらで私の心は渋滞している。
「ミルクと砂糖をいれて飲んでみるといい」
アドバイスどおりにミルクと砂糖をいれてスプーンで混ぜていると向かいのアッカーマンさんはそのまま飲んでいた。
「飲んでみろ」
カップを近づけるとなんともいえない香りがして、ミルクと砂糖でまろやかになっているのに香りの主張が激しい。確かにあのお薬の香りがする。
一口飲んでみると口のなかに広がる香りに顔を顰めてしまった。
それをみていたずらに成功したように口角を上げているアッカーマンさんを睨んでいると今度は目を細めて笑った。
「すまん。カズサの顔が面白くてつい、な」
「失礼な!」
「ああ、悪い。初めてだとこういうリアクションになるだろうとわかっていたんだが、予想以上だ」
さっきまでささくれていたのが嘘のように私まで笑ってしまった。
「カズサ、お前は馬鹿みたいに笑っていたほうがずっといい」
これは褒め言葉なのだろうか?この人の言葉はわかりにくいところがある。
「馬鹿みたい、って褒め言葉じゃないですよ?」
「そうらしいな。同僚のうるさいのによく言われる」
そういえば私はアッカーマンさんの仕事も知らない。何も、知らない。
「そういや、俺の仕事もなにも言ってなかったな。仕事は顔に似合わないと言われるが外資系企業、ってやつだ。外国とのやり取りも多くておかげで朝も昼もないし時差のせいで休日も仕事もってくる、割とブラックなとこだ。年は──カズサよりは年上だな。あとアッカーマンって呼ぶのは長ったらしいだろう、リヴァイでいい」
ここまでスラスラと話したアッカーマンさん──もといリヴァイさんは初めてじゃないだろうか。ちょっと驚きながらも私も面白みのないこれまでを話していた。
「私は……機械部品会社の事務員をしていました。辞めて今はここの店主兼店員してます。年は……リヴァイさんより下かもしれないですね」
リヴァイさんは言いやがったなと悪い顔をしているが気分を損ねたわけではないらしい。
なんとなくの流れでお互いの趣味や好み(リヴァイさんの紅茶が趣味はわかっていたが、掃除も含まれる。とは思わなかった)
「カズサは読書か。最近はどんなのがおすすめだ?」
「えーっと。最近はあまり読んでなくて。どちらかといえば気に入った本を何度も読み返すのが趣味。ですかね」
「ほう。そのなかでどんなジャンルが……」
思いの外、会話が弾み、嫌いな彼が来たことで沈んでいた気持ちもささくれた気持ちも穏やかになっていった。
──
時計をみるとすっかり遅い時間で構わなくていい。と言うリヴァイさんに軽食を出して、今日のお代はいりませんといえば、クッと笑いを噛み殺している。
でも肩が揺れているのでまったく隠せていない。
「以前から思っていたが、あれこれと代金はいらないばっかりだと儲けもなにもねえだろ。勝手に居座ってたのは俺だ。ちゃんと金はとれ」
そう言われるとぐうの音もでないが色々とお世話になっているから。と言ってもキャッシュトレイに多めの代金を置いている。
「リヴァイさん、お釣り……」
「いや、その分カズサと話せたしな。少ねえくらいだ。──後、詮索するつもりはないが困ったことがあれば遠慮はいらん。すぐに連絡しろ。一人でなんでもできると思うな。プライベート用の番号だ。お前の番号もこっちに」
二枚のメモに違う番号を書き交換する。普段なら個人情報を教えたりしない。だけど思ったよりも参ってたのかリヴァイさんに甘えてしまった。
「ところで、どこ住みだ」
脳が情報処理できず、ぼやっとしてると「あの野郎が家の近くで待ち構えてる。なんてことはないか?新聞にお前の名前が書かれてるなんてのはごめんだ」
「ありません、ありません!」
「なら、いい」
この人は優しいのか、何なのか。不思議な人だ。友達でもない。恋人でもないのに、こんなに心配してくれる。でも……
朝と夕方によく来店する無口な男性。
注文するのは決まって紅茶。
「ダージリン」
ぶっきらぼうな口調にはじめは何となく怖くて接客のときも緊張したのを覚えている。
何度目かの来店時に茶色の紙袋を無言で差し出し戸惑っていると不機嫌そうな顔で早く受け取れ。と言われたときには何事だろうとびっくりした。
恐る恐る受け取とって袋を開くと四角い缶が四缶、そして紙で包まれた小さな物が入っていた。
「この店は味はまあまあだ。だが茶葉の種類が少ない。良ければ飲んでみてくれ」
いつも紅茶を飲んでいるから紅茶好きな人だと認識していたけれど茶葉を渡されると思わなかった。
笑顔で「ありがとうございます」と言えば「ああ」と素っ気ない一言を残しドアにつけているベルの音を後に帰っていった。
「うーん。これって遠回しなリクエスト、だよね?」
それぞれ違うおしゃれな缶を眺め、店で出すならあとで一缶いくらなのか調べないといけないなぁ。とぼんやりしながら客足が引けた時間帯に淹れて飲んでみると初めての味と豊かな香り、美味しさに感動した。
(本当に紅茶が好きなんだな)
紅茶好きな人がおすすめする紅茶を飲み終えたときにはもうレギュラー入りに決めた。
──
「いらっしゃいませ!」
夕方に来た彼は疲れた様子で珍しくミルクティーを頼んだ。
「どうぞ」
コトンと置いたカップの他にクリームとお砂糖、お手製のスコーンをテーブルに並べると切れ長の目を心持ち開く。
「スコーンは頼んでねえ」
「ぜひ味見して下さい」
躊躇った様子を見せながらも「ありがとうな」とお礼を言われて笑顔で答え、仕事に戻り別のお客さんのコーヒーを淹れてサーブする。
その日、いつもよりも長くいた彼が最後のお客さんで会計カウンターに来た時には険しい表情が柔らかくなっているように感じられた。
「長い時間居座って悪かったな。スコーン、うまかった」
「ありがとうございます。それより頂いた茶葉や砂時計に見合ってなくて──」
「あれは俺がお前に飲んで欲しかっただけだ。気にすんな」
(いえ、気にしますから!)
心の叫びが聞こえるはずもなくドアへ向かう彼に伝えたいことがあって、呼び止めると怪訝な顔をしている彼に頂いた紅茶の缶を見せた。
「美味しい紅茶をありがとうございます。お客様のおすすめを飲んでみたんですがどれも美味しくて。だから店で出してみることにしました。楽しみにして下さいね」
無言でいる彼に、いくら親しくなった気がしても馴れ馴れしかったか。とフォローを考えていると彼は口角を上げ、「ああ」と言ってキャシュトレイにお金と一枚の名刺を残し、後ろ手を振り店から出ていった。
「リヴァイ・アッカーマン、さん」
紅茶の人、の名前がそこにあった。
「アッカーマンさん、か。……私、名乗ってない!何やってんのよ……」
──
それから二〜三日ほど開けた晴天。そろそろ風も涼しく日差しも柔らかくなって秋だなぁ。と季節の変わり目を感じながら店内のお客さんを見てみる。話が盛り上がっている様子の席もあれば、文庫サイズの本を広げアイスティーを飲んでいる人。
それぞれの時間を楽しんでいる様子にほっこりとする。
この店は内装がレトロにまとまっていて昔の蓄音機も置かれている。
もともと、この店は伯父が開いていたが一人でやっていた店を後を継ぐ親族がいない為、いっそ取り壊しにしようか。と話にでていたのを私が名乗り出て店を継いだ。
それまで伯父が淹れてくれた紅茶を飲んだりしていたけど実際に淹れてみると全く味が違って、お店を継ぐと自分がいい出したのに怖じけつきそうになった。
面倒な書類手続きをしながら、まずは来店するお客様に無料で味見をしてもらいお客さんたちに次はこうするといい。とアドバイスを受け自宅でも店でも何度も淹れて飲んで味を確かめて、やっとお客様に納得して出せるようになった。
伯父さんの頃からの常連さんは子供のころも知っているからか、常連さんたちは孫のように可愛がってくれる。
最初は常連さんが多かったが次第に他のお客さんも増えてホッとしたのは内緒。
そんなときアッカーマンさんが来店したのだ。
メニューをみて最初の言葉は紅茶の種類が少ないという指摘だった。
コーヒーも奥深くて納得いくまで時間がかかったが紅茶は自信をもって出せるのは数種類だけだった。
「申し訳ありません。紅茶はまだ勉強中でお出しできるのがこのメニューの紅茶なんです」
未熟さは重々承知しているのに初めてのお客さんへの言い訳が恥ずかしく俯きがちになってしまった私に彼はただアッサムとだけ言った。
「どうぞ」
トレイからテーブルへ紅茶のカップをおいてすぐ逃げ出したかったが彼は紅茶を含むと悪くない。と褒めてるのか、どうかわからない一言を発した。
どう受け取ればいいのかわからず戸惑っているとこっちを向いた。
「丁寧に淹れたのがわかる。悪くない」
アッカーマンさんの"悪くない"は絶賛ではないけど悪い意味ではないと都合よくとって、お礼を言った。何故か私より彼のようが嬉しそうにみえたのは勘違いじゃないと気づくのはすぐ。
アッカーマンさんの来店時間はまちまち。大体週に四度のペースで来店して店が落ち着いている時は少し会話をして店員とお客さんの良い関係が少しずつ出来上がってこちらの自己紹介もできた。
淡々としたアッカーマンさんの会話のその中でも紅茶の話題が多く勉強になり、たまには笑ってしまうような話もあった。
「海外出張の際だ。なんとなしに入った店で紅茶を頼んだらマグカップにティーバッグそのままで出てきたときは流石にクレーム入れたくなったな」
「えっ、どこの国ですかっ?逆に行ってみたい」
「やめとけ、あまり期待するととがっかりするだけだ。一番良かったのはホテルラウンジだったな」
「あ、何となくわかった気が──」
「全部が全部じゃねえだろうが……たまたま、そういうとこに当たっただけだ」
クスクスと笑いながら過ごす時間はもてなす側の自分が楽しんでいるが味気ない店主とお客様の関係よりはいいか。と感じていた。
──
カランカラン。
「いらっしゃいませ!」
客足もひけてきた店のカウベルが来客を知らせ、いつものように笑顔で迎えると鳥肌が立った。
一番会いたくない人がにこやかな笑みを浮かべて立っていた。
「お席は自由にどうぞ。注文が決まりましたらお呼びください」
最低限な案内を早口で言って、カウンターの中に引っ込んだ。
アイスコーヒー用に沸かしていたお湯がシュンシュンと湧いている。業務用コーヒーミルで挽いた豆の香りが店内に広がる。
挽いた豆をフィルターに入れてお湯を細口にゆっくりと注ぐ。
息をしているようにポコポコと泡立ち、少し蒸らして円をえがくようにお湯を注いでいく。
淹れたてのコーヒーの香ばしい香りが店内に広がり、抽出を終えてフィルターを水切りする為ザルにいれる。
「すみません」
声をかけたお客様の元へ重い足を運ぶ。
「ご注文、お決まりでしょうか」
思ったより低い声に自分でも驚いたがこの人に愛想よくする必要はない。
「僕の好み忘れた?」
黙る事で返事をしているのにむしろ機嫌良さそうに頬杖ついて柔らかな声で「ブレンドコーヒー。アイスでね」と言った。
「かしこまりました」
コーヒーとミルクポット、砂糖をテーブルに並べる。
「砂糖の数はさすがに覚えてるでしょ?」
グッと奥歯を噛み締める。
「ミルクと砂糖はお好きなだけお入れ下さい」
そこまでサービスするつもりも必要もない。
「残念」
軽く答えるのを背にカウンターに戻ろうとする腕を取られ、後ろによろけた。
「少し話す時間くらいあるよね」
「ありません」
「そう?なら、待つよ」
「そうですか」
こっちはそれなりに忙しいのだ。放っておけばそのうち帰ってくれる。はず。
一時間経過。一時間半経過。三時間経過。
何度かおかわりを頼んでは本を読んでいる。
頭が痛くて店の早仕舞いを考えるも相手の思う壺だと肩を落とす。
夕暮れが近づき段々とお客様も少なくなってきた。常連のお客様もこちらを気にしながらも徐々に帰っていく。
居座続けている彼をチラリと見ればスマホでなにやら話している。
(急ぎの仕事でも入ればいいのに)
願いは叶わずスマホをテーブルに置いてまた本へ目を落とす。
(ほんとに居座るつもり?さっさと帰ってほしい)
それでは私が困る。どうやって彼を追い出そうかと頭を回転させているとカウベルが鳴った。
「いらっしゃませ」
「なんだ、具合でも悪いのか?」
「アッカーマンさん!いえ。元気ですよ」
「不味いもん食った顔してんぞ」
食い気味な返事にアッカーマンさんらしい言葉に思わずニコリと笑うと彼が呼ぶ声が聞こえた。
うんざりしながら向かうと不愉快そうな表情をみせる。
「ねえ、なんで?」
主語も何もない問いに力が抜けそうだ。
そう。彼はこういう人で何も変わってないらしい。
「何がどうなのかわかりませんが、店から出ていって二度と来ないでくださるとありがたいです」
私の空間に彼が いることが耐えられない。限界だった。
毒のある言葉が出てしまったが後悔はない。
険悪な雰囲気が漂い、ドクドクと心臓の動きも早くなっている気がする。
「注文を頼む」
アッカーマンさんの低く通りのいい声が聞こえ、彼から目をそらしてアッカーマンさんの注文をとりにいく。
「今日はどの紅茶にしますか」
「そうだな、」
珍しく考え込むような様子に先程のやり取りで居心地悪くしてしまったのだと、そのことだけ後悔したときだった。
「ずっと男が睨んでるようだが、面倒事か?」
ここで肯定できるはずもなく曖昧な笑顔で返すと眉間のシワ深くなりながら呪文のような注文をしてきた。
「アッサムベースでラプサンスーチョンを」
「え?」
思わず間の抜けた声がでたがアッカーマンさんは構わず、手元から小さな缶を取り出し、「これだ」と見せてくる。
「得意な種類じゃないがたまに飲みたくなってな。癖がつよいから俺は別の茶葉とブレンドして飲む」
アッカーマンさんにも苦手なものがあるのか。と驚いた。
「おい、意外そうな顔してるぞ。俺でも少々苦手なモンくらいある」
気を使わせてしまった。そんな内心に構わず説明を始める。
「初めて淹れると思ってな。簡単なメモ書きしてきた」
テーブルにメモ書きを置き、中身を見てみると配分や蒸らし時間が几帳面そうな文字で要点を押さえて書いてある。
「あまり気負うことない。いつもどおりに淹れればいい」
アッカーマンさんはどちらかと言えばぶっきらぼうで表情も豊かではないけれど、悪い人ではない。知れば知るほど魅力的な人だ。
新米店長に知識や、その他も自然に伝えてくれる。
「ちょっといいかな」
未だに居座っている彼があからさまな不機嫌を声にのせ、呼びかける。
「はい」
こちらも不機嫌を隠さず対応するとギスギスとした空気の出来上がり。
「あの男には愛想よくして僕は放っておくって気を引きたいの?」
心の中で整った顔を殴りつける。
「正直にいえばなるべく退店してほしいですね、あなたの気を引く?ありえません」
ドンッとテーブルを叩いたためソーサーにコーヒーが溢れた。
「今ならカズサが戻ってきてもいいって──」
「戻るつもりはありませんし貴方に関わる事も金輪際、お断りします」
もうめちゃくちゃだ。
客商売なのに声を荒らげる客と喧嘩腰の私。
「とにかく、出ていって下さい。そして二度と来ないでください。お代は結構です」
それだけを言い残して背を向けるとバンッと音がしたが絶対に振り向かない。
靴音高くたてながら、足早に彼は出ていった。
深呼吸をしてテーブルの片付けは後にしてアッカーマンさん注文の紅茶を淹れる。
こんなことがなければ、初めての茶葉を淹れること、茶葉に関する話を楽しめたのに。不幸中の幸いは店内にはアッカーマンさんだけ。
(いえ。むしろ最悪じゃない)
砂時計の砂が全部落ちてしまったのにも気づかずポットに茶葉を蒸らしているとアッカーマンさんが話しかけてきた。
「初めての茶葉だからな。カズサが良ければそっちに行ってもいいか?」
その声にハッとするとポットの中はすっかり黒く濁ってしまって砂時計も砂が落ちきっている。
「すいません!今淹れ直しますっ!」
「いい。手本と思って淹れさせてくれ」
返事を待たずにカウンター近くに来たアッカーマンさんがはい。とも、いいえ。とも言わないうちに私の隣に来て、手早く空いたポットと二脚のカップにお湯を注ぐ。
そしてお湯の湧き具合をみてから茶葉をポットに淹れ時間通りに蒸らしティーストレーナーで濾していく。
慣れた手つきに見惚れているとトレイに二杯のカップをさっきまで座っていた席にセットした。
「ミルクと砂糖を頼む」
ここでやっと状況を理解した私はあたふたしながら言われたままアッカーマンさんの席にいくと、ん。と言って向かいの席に座るよう促した。躊躇っていると、視線で促されゆっくり座る。
他のお客さんのいないお店にお客さんと同席するのはどうなんだ。と頭の片隅に浮かんでいると、カップに口をつけたアッカーマンさんが何かうなずいていた。
「アッサムで若干和らいではいるが、好みが分かれる茶葉だ。あーあれだ。腹こわしたときの薬の匂いが受け付けないんだろうな」
普段どおりに話しかけてくるアッカーマンさんさんに申し訳ないやら、ありがたいやらで私の心は渋滞している。
「ミルクと砂糖をいれて飲んでみるといい」
アドバイスどおりにミルクと砂糖をいれてスプーンで混ぜていると向かいのアッカーマンさんはそのまま飲んでいた。
「飲んでみろ」
カップを近づけるとなんともいえない香りがして、ミルクと砂糖でまろやかになっているのに香りの主張が激しい。確かにあのお薬の香りがする。
一口飲んでみると口のなかに広がる香りに顔を顰めてしまった。
それをみていたずらに成功したように口角を上げているアッカーマンさんを睨んでいると今度は目を細めて笑った。
「すまん。カズサの顔が面白くてつい、な」
「失礼な!」
「ああ、悪い。初めてだとこういうリアクションになるだろうとわかっていたんだが、予想以上だ」
さっきまでささくれていたのが嘘のように私まで笑ってしまった。
「カズサ、お前は馬鹿みたいに笑っていたほうがずっといい」
これは褒め言葉なのだろうか?この人の言葉はわかりにくいところがある。
「馬鹿みたい、って褒め言葉じゃないですよ?」
「そうらしいな。同僚のうるさいのによく言われる」
そういえば私はアッカーマンさんの仕事も知らない。何も、知らない。
「そういや、俺の仕事もなにも言ってなかったな。仕事は顔に似合わないと言われるが外資系企業、ってやつだ。外国とのやり取りも多くておかげで朝も昼もないし時差のせいで休日も仕事もってくる、割とブラックなとこだ。年は──カズサよりは年上だな。あとアッカーマンって呼ぶのは長ったらしいだろう、リヴァイでいい」
ここまでスラスラと話したアッカーマンさん──もといリヴァイさんは初めてじゃないだろうか。ちょっと驚きながらも私も面白みのないこれまでを話していた。
「私は……機械部品会社の事務員をしていました。辞めて今はここの店主兼店員してます。年は……リヴァイさんより下かもしれないですね」
リヴァイさんは言いやがったなと悪い顔をしているが気分を損ねたわけではないらしい。
なんとなくの流れでお互いの趣味や好み(リヴァイさんの紅茶が趣味はわかっていたが、掃除も含まれる。とは思わなかった)
「カズサは読書か。最近はどんなのがおすすめだ?」
「えーっと。最近はあまり読んでなくて。どちらかといえば気に入った本を何度も読み返すのが趣味。ですかね」
「ほう。そのなかでどんなジャンルが……」
思いの外、会話が弾み、嫌いな彼が来たことで沈んでいた気持ちもささくれた気持ちも穏やかになっていった。
──
時計をみるとすっかり遅い時間で構わなくていい。と言うリヴァイさんに軽食を出して、今日のお代はいりませんといえば、クッと笑いを噛み殺している。
でも肩が揺れているのでまったく隠せていない。
「以前から思っていたが、あれこれと代金はいらないばっかりだと儲けもなにもねえだろ。勝手に居座ってたのは俺だ。ちゃんと金はとれ」
そう言われるとぐうの音もでないが色々とお世話になっているから。と言ってもキャッシュトレイに多めの代金を置いている。
「リヴァイさん、お釣り……」
「いや、その分カズサと話せたしな。少ねえくらいだ。──後、詮索するつもりはないが困ったことがあれば遠慮はいらん。すぐに連絡しろ。一人でなんでもできると思うな。プライベート用の番号だ。お前の番号もこっちに」
二枚のメモに違う番号を書き交換する。普段なら個人情報を教えたりしない。だけど思ったよりも参ってたのかリヴァイさんに甘えてしまった。
「ところで、どこ住みだ」
脳が情報処理できず、ぼやっとしてると「あの野郎が家の近くで待ち構えてる。なんてことはないか?新聞にお前の名前が書かれてるなんてのはごめんだ」
「ありません、ありません!」
「なら、いい」
この人は優しいのか、何なのか。不思議な人だ。友達でもない。恋人でもないのに、こんなに心配してくれる。でも……
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