酒の功名
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その日、とにかく俺は疲れていた。
新人が入社し研修の準備やら、OJT(On The Job Training)を担当し面倒をみる日々で気が休まらない時期だった。
一人前になるまでミスは当たり前でフォローをしつつ若干の痛い目も込みで育てていく。
それでも一人前になるのは年単位の時間が必要で俺の役割は最初の部分だけではあるが新人にとって胃が痛くなる存在なのは仕方ない。
その分、他のやつらに先輩として動いてもらい言い方は悪いが飴と鞭で脱落させないようみんなで気を配っている。
そんな時期でも俺の通常業務が減ることはないし、部下の手に負えない案件はもちろん俺が処理する。
必然的に仕事量は増える。
毎年のことながら残業し疲労は蓄積していく。
だからスムーズに帰れる時はとっとと帰るんだが酒に酔った女が何人かの男に絡まれているのをみて溜息が出た。雰囲気的に歓迎会ってわけでもなさそうだ。
酒は飲んでも飲まれるな。
一般常識だろ。よく酒を飲んで記憶が飛んでた、なんてほざくのがいるがバカだ。
自分の限界もわからず飲むのはトラブルの元でしかない。特に女は何されるか、想像したら怖ぇだろ。行きずりならなおさらだ。
目の前で嫌だと抵抗する女と下心隠さず強引に引っ張る男達。同じ男としてうんざりする。
そしてこんな場面に出くわした自分の不運に恨み言の一つも言いたくなる。
誰も足を止めないし気にしちゃいない。なんなら迷惑そうな目で避けている。
そりゃそうだ。このご時世、進んで厄介ごとに首突っ込むのはバカだけだ。
ボーっとしていると女の抵抗が弱まっている。
心の中で罵りながら道のど真ん中を陣取って騒いでいるアホどもに近づく。
「おい、道の真ん中で迷惑だろうが。ついでに言えばそのバカは俺の知り合いだ」
迷惑なのは事実だが後半は真っ赤な嘘だ。
男のうち一番ガタイのいいのが怒鳴りながら威嚇してきた。
こうなるのも予想通りで溜息しか出ない。
仕方なしに男に目をやると途端にぎくしゃくしている。
『あなたの機嫌悪いときの視線ってさ、何人か殺っちゃってるって思うよね〜』
自称友人にそれを言われた時にはふざけんな。と返したが本当かもな。と頭に浮かぶくらいに疲れているが、役にたったのか相手は及び腰になっている。
その間に酒臭ぇ女を立たせて連れて行っても後ろから何やら悪態をついてるが、この際どうでもいい。
とにかく、このバカ女を適当にタクシーに乗せてしまえば俺は解放される。
ようやく流しのタクシーを掴まえて無理やり押し込んだまでは良かったがバカなのは俺もだった。
酔っ払い女はどうしても俺がついてないと乗らない!と言い始め段々と運転手も苛立ちを隠さなくなってきた。
仕方なく本当に仕方なく俺も乗り、女の住所を聞き出して降ろすつもりだったが何度、住所を聞いても「知らなーい!どこか当ててみてー!」とクソみてぇな問答になり女のカバンを触るが、いくらなんでも勝手に人様のもんに触るのはまずいと頭が痛んできた。
住所がわからねぇ以上、俺の家の住所を告げ、運転手も車を動かした。
途中「気持ち悪い」と不穏な言葉を言ったりして俺と運転手をハラハラさせたが、なんとか最悪の状況は免れた。
無事、自宅に着いてとりあえず冷たいミネラルウォーターを渡しながら、あぁ。警察に全部任せりゃよかったんだ。と遅まきながら気づいた。
※※※
普段なら女をソファーに寝かすなんて真似はしねぇが、相手はなに仕出かすかわからん相手でなんなら俺とまったく関係ない他人だ。
一応苦しくないようにブラウスのボタンを二つ程外し、ソファーに寝かせた。
勿論、いつ吐いてもいいようにゴミ箱も用意した。
肌寒いだろうとブランケットをかけてやると足で蹴飛ばしやがった。
呆れたが、もう一度かけてやると今度は大人しくクッションを抱き枕にして気持ちよさそうに寝ている。
風呂に浸かる気にもなれずシャワーで済ませて、寝室のベッドにダイブし明日(もう今日か)が久しぶりの休みで良かった、と思いながら深い眠りに落ちた。
※※※
休みだろうとなんだろうと睡眠時間そのものはそれほど必要としない俺はいつもどおりの時間に起きて朝飯の支度をしてるがソファーでグースカ寝ている女をみて昨夜の出来事は夢でもなんでもないことに溜息をついた。
早く出ていってもらわないと俺が困る。
※※※
二日酔いに味噌汁が効くと聞いたことがあるのでくたくたになるまで野菜を煮込んだ味噌汁を作り、その間にあらぬ疑いを避けるためにも不本意だが同僚の女を家に呼びつけた。
しばらくすると休日は身なりに気を使わない。と豪語するハンジがバサバサの髪としわの寄った服でやってきてソファーに寝る女に興奮していたのを黙らせ昨夜の出来事、状況を説明した。
「ふむふむ、良い人気取ってたら女の子が家にいる訳ねー!で、騒がれるのが嫌で私を呼んだ。それで本当はどうなのよ?ワンナイトなんかしてない?」
「いくらなんでもそこまで飢えてねぇ。それに酒に酔った女に手を出すほどバカじゃねえ」
「あなたはそうだよねぇー!」
笑い飛ばすハンジに、なら最初から聞くな。という不満を抱えているとバカ女が、もぞもぞ寝ぼけながら起きた。
起きたのはよかったがフラフラと危なかっしい。
目覚ましに冷たい水を差し出すと一気に飲み干し、次第に意識もはっきりしてきたのか、まじまじと俺達を見た。
現状を認識したのか固まってしまっている。
どうやら昨夜の失態は覚えてるらしい。
「あ、の。どちら様か存じませんがありがとうございます、そして申し訳ありませんでした!」
素直に礼を言えるのはいいことだ。
味噌汁をよそってやると恐縮しながらも口にして小声で美味しい……と言ってクシャっと表情をくずした。
ぜひお礼をしたいと言う女にそんなことはいい。と返すがなかなか引き下がらない。
とっとと出ていって今後俺と関わらねえのが礼になるんだが。
ニヤニヤしているハンジの前でそんなことを言えば週明けには鬼畜だのなんだのレッテルが貼られてるだろう。
ジャケットを着た女は「後日、お礼します」と有難迷惑な宣言をしてカバンから名刺を出した。
つい反射的に受け取った名刺は見ず処分だ。
アホ女はペコペコしながら出ていき、長めの溜息を吐いた。
早速、名刺をゴミ箱へ放り投げようとすると興味をもったのか、ハンジが横から取り上げ、じっと見ている。
「欲しけりゃやるから、お前も帰れ」
「せっかく助けたのにさぁ。それに言われなくても帰るし。あ、これ……会社でちゃんと確認しないとわかんないけど、今度の合同プロジェクトの会社名じゃない?」
はあ?いや、仮にそうだとしてもあの女のセクションな訳ねぇ。というか、そんな偶然はない。
「ま、週明けが楽しみだねぇー!彼女、酒絡みはあれかもしれないけど、結構しっかりしてそうだし!」
そんな訳ねぇだろ。
朝からクソな気分になった俺はハンジを追い出し、休みに念入りにする掃除の道具を取り出した。
※※※
週明けはいつだってかったるい。満員電車が嫌で会社近くに借りたマンションから会社へ着くとハンジが図々しく俺の席に座っている。
「おい、誰が座っていいと許可した。てめぇがそこにいることで除菌を念入りにしなきゃならねえだろうが」
「かぁー!朝っぱらから煩いねぇ。あなた、潔癖すぎてモテないんじゃないの?」
「てめぇこそ朝から余計なことでうるせえ。汚えからとっとと自分の巣に戻れ」
俺達は普通に会話をしてるだけだが他の連中は目をそらしている。
いつもなら和やかな挨拶する部下の声が小さい。
※※※
「リヴァイ、例の件だが。あちらの都合で担当者の変更があったらしい。引継ぎは問題ないらしいが顔合わせをする事になった。いろいろと言いたいことがあるのは承知だが、一旦新人はミケの方に任せて、こっちに注力してくれ」
は?話をだいぶ詰めてたってんのに、急に担当者が代わっただと?仕事舐めてんのか。
※※※
「はじめまして、急ですが担当となりました、カズサ・サフィールと申します」
以前にも打ち合わせで顔を出してた奴が新しい担当者を俺たちの前に一歩進ませた。
(おいおいおい、まずは上司のお前から新しい担当を紹介するべきだろうが)
思うところはあったがお互いに名刺交換をする。
そして固まった。アホ女がそこにいた。向こうもまぬけな顔を晒しているが側の上司の男は気づいていない。
※※※
今日のところは顔合わせのみで先方は早々に帰っていった。
見送って部署に戻るエレベータ内でエルヴィンが俺を見て微笑んでいる。
「あの子とは知り合いだったのか?」
答える気にもならねえ。
そもそもどっから話せばいいんだ。
黙っているとエルヴィンは話題を変えた。
「これから顔をあわせることも多くなるが、あの新しい担当者は有能らしい。ただ、あの上司含めての三角関係があったらしくてね」
いつもながらこいつの情報網はどうなってる?
問いただしたところで笑って誤魔化すんだろう。
「何だ。その三角関係ってのは。これからビジネスパートナーになるのに信用できんのか?」
「ああ。彼女は信用できる。問題があったのは以前の担当者と上司、だな」
仕事に影響がないなら知りたくもないし、どうでもいい。
「ちゃんと仕事をすりゃ俺はそれだけでいいが?」
「ああ、お前の言うとおりだ。しかしトラブルになる可能性もあるからな。情報共有として話しておきたい」
早く俺をデスクに戻らせろ。
それをエルヴィンは一蹴してヤツのオフィスルームへ向かった。
※※※
「まあ、座れ。良い豆が入ったんだ」
「長居するつもりはねぇよ、それにそれは飲まねぇ主義だ」
肩を竦めエルヴィンは自分のコーヒーと俺の分の紅茶を用意するよう秘書に言うと、行儀の良い秘書はそれぞれの前にカップを置いたあとは出ていった。
「おい、俺にも秘書をつけろ。仕事が溜まってる」
「無理だな、お前に耐えられる秘書はこの社内にいないからな」
にこやかに毒を吐くこの男は表面上だけは紳士、と言える。それに騙された人間は何人いることか。
とにかく用件をすませたくて話を促す。
「そうだな。一言で言えば社内恋愛の成れの果て、と言うのかな」
「要領得ねぇ。もっとはっきり言え」
楽しそうにしながらエルヴィンが語ったのはどっかに転がってそうな話で別に特別って訳じゃねぇ。
仕事のパフォーマンスに影響が出るかも知れないがそれだって可能性の話だ。
内容としてはあの頼りなさそうな上司はアホ女に何かとつきまとって……手っ取り早く言えば手を出したかった。
それをアホ女は意外にもうまく躱し続けた。
焦れた上司は自分の直属の部下にしてセクハラをし続けた。
すっかり参ってしまったアホ女は同僚の友人に話した。
そいつがまたクソでアホ女の悪評を会社中に拡めたらしい。
曰く上司や取引先を誘惑しては仕事の評価を得ているやらなんやら。
で、アホ女につきまとっていた上司が上に目をつけられたのを慰める。
そして二人は目出度く結婚した。
反吐が出るほど目出度いな。
アホ女は二人がどうなってもよかったが友人がクソだったこと、社内で広まった嘘っぱちを真に受ける奴らが多く追い詰められていたらしい。
そこにクソ友人とうまくいったはずの上司がまた近づいてきて更に社内での噂はひどくなるが元凶男はアホ女を無理やり自分の部下に戻した。
「辞めりゃいいだろ、そんな会社」
「そうも行かない。今回の大きなプロジェクトに発案者だと責任をちらつかせ辞めないようにしてるらしくてな。おかげで辞めるに辞められない、こちらとしても辞められては困る」
だから何でそんな内情を知ってるんだ?
「そりゃ、気の毒だ。それだと仕事どころじゃねえだろ。担当外すようにごねろ」
「いや。むしろ適任者は彼女なんだよ。そもそもプロジェクトの発案、準備は彼女が手掛けていた。"何故か"途中で自称友人に代わったわけだ。こちらとしては始めに関わった彼女のほうが望ましい」
クソな話にクソな仕事になってきた。
俺の顔を見てエルヴィンは笑みを消した。
「とにかく仕事に集中させろ、恐らくあの上司は使いものにならないどころか邪魔になるだろうからな」
余所行きの顔を消したエルヴィンは冷たく言い放った。
新人が入社し研修の準備やら、OJT(On The Job Training)を担当し面倒をみる日々で気が休まらない時期だった。
一人前になるまでミスは当たり前でフォローをしつつ若干の痛い目も込みで育てていく。
それでも一人前になるのは年単位の時間が必要で俺の役割は最初の部分だけではあるが新人にとって胃が痛くなる存在なのは仕方ない。
その分、他のやつらに先輩として動いてもらい言い方は悪いが飴と鞭で脱落させないようみんなで気を配っている。
そんな時期でも俺の通常業務が減ることはないし、部下の手に負えない案件はもちろん俺が処理する。
必然的に仕事量は増える。
毎年のことながら残業し疲労は蓄積していく。
だからスムーズに帰れる時はとっとと帰るんだが酒に酔った女が何人かの男に絡まれているのをみて溜息が出た。雰囲気的に歓迎会ってわけでもなさそうだ。
酒は飲んでも飲まれるな。
一般常識だろ。よく酒を飲んで記憶が飛んでた、なんてほざくのがいるがバカだ。
自分の限界もわからず飲むのはトラブルの元でしかない。特に女は何されるか、想像したら怖ぇだろ。行きずりならなおさらだ。
目の前で嫌だと抵抗する女と下心隠さず強引に引っ張る男達。同じ男としてうんざりする。
そしてこんな場面に出くわした自分の不運に恨み言の一つも言いたくなる。
誰も足を止めないし気にしちゃいない。なんなら迷惑そうな目で避けている。
そりゃそうだ。このご時世、進んで厄介ごとに首突っ込むのはバカだけだ。
ボーっとしていると女の抵抗が弱まっている。
心の中で罵りながら道のど真ん中を陣取って騒いでいるアホどもに近づく。
「おい、道の真ん中で迷惑だろうが。ついでに言えばそのバカは俺の知り合いだ」
迷惑なのは事実だが後半は真っ赤な嘘だ。
男のうち一番ガタイのいいのが怒鳴りながら威嚇してきた。
こうなるのも予想通りで溜息しか出ない。
仕方なしに男に目をやると途端にぎくしゃくしている。
『あなたの機嫌悪いときの視線ってさ、何人か殺っちゃってるって思うよね〜』
自称友人にそれを言われた時にはふざけんな。と返したが本当かもな。と頭に浮かぶくらいに疲れているが、役にたったのか相手は及び腰になっている。
その間に酒臭ぇ女を立たせて連れて行っても後ろから何やら悪態をついてるが、この際どうでもいい。
とにかく、このバカ女を適当にタクシーに乗せてしまえば俺は解放される。
ようやく流しのタクシーを掴まえて無理やり押し込んだまでは良かったがバカなのは俺もだった。
酔っ払い女はどうしても俺がついてないと乗らない!と言い始め段々と運転手も苛立ちを隠さなくなってきた。
仕方なく本当に仕方なく俺も乗り、女の住所を聞き出して降ろすつもりだったが何度、住所を聞いても「知らなーい!どこか当ててみてー!」とクソみてぇな問答になり女のカバンを触るが、いくらなんでも勝手に人様のもんに触るのはまずいと頭が痛んできた。
住所がわからねぇ以上、俺の家の住所を告げ、運転手も車を動かした。
途中「気持ち悪い」と不穏な言葉を言ったりして俺と運転手をハラハラさせたが、なんとか最悪の状況は免れた。
無事、自宅に着いてとりあえず冷たいミネラルウォーターを渡しながら、あぁ。警察に全部任せりゃよかったんだ。と遅まきながら気づいた。
※※※
普段なら女をソファーに寝かすなんて真似はしねぇが、相手はなに仕出かすかわからん相手でなんなら俺とまったく関係ない他人だ。
一応苦しくないようにブラウスのボタンを二つ程外し、ソファーに寝かせた。
勿論、いつ吐いてもいいようにゴミ箱も用意した。
肌寒いだろうとブランケットをかけてやると足で蹴飛ばしやがった。
呆れたが、もう一度かけてやると今度は大人しくクッションを抱き枕にして気持ちよさそうに寝ている。
風呂に浸かる気にもなれずシャワーで済ませて、寝室のベッドにダイブし明日(もう今日か)が久しぶりの休みで良かった、と思いながら深い眠りに落ちた。
※※※
休みだろうとなんだろうと睡眠時間そのものはそれほど必要としない俺はいつもどおりの時間に起きて朝飯の支度をしてるがソファーでグースカ寝ている女をみて昨夜の出来事は夢でもなんでもないことに溜息をついた。
早く出ていってもらわないと俺が困る。
※※※
二日酔いに味噌汁が効くと聞いたことがあるのでくたくたになるまで野菜を煮込んだ味噌汁を作り、その間にあらぬ疑いを避けるためにも不本意だが同僚の女を家に呼びつけた。
しばらくすると休日は身なりに気を使わない。と豪語するハンジがバサバサの髪としわの寄った服でやってきてソファーに寝る女に興奮していたのを黙らせ昨夜の出来事、状況を説明した。
「ふむふむ、良い人気取ってたら女の子が家にいる訳ねー!で、騒がれるのが嫌で私を呼んだ。それで本当はどうなのよ?ワンナイトなんかしてない?」
「いくらなんでもそこまで飢えてねぇ。それに酒に酔った女に手を出すほどバカじゃねえ」
「あなたはそうだよねぇー!」
笑い飛ばすハンジに、なら最初から聞くな。という不満を抱えているとバカ女が、もぞもぞ寝ぼけながら起きた。
起きたのはよかったがフラフラと危なかっしい。
目覚ましに冷たい水を差し出すと一気に飲み干し、次第に意識もはっきりしてきたのか、まじまじと俺達を見た。
現状を認識したのか固まってしまっている。
どうやら昨夜の失態は覚えてるらしい。
「あ、の。どちら様か存じませんがありがとうございます、そして申し訳ありませんでした!」
素直に礼を言えるのはいいことだ。
味噌汁をよそってやると恐縮しながらも口にして小声で美味しい……と言ってクシャっと表情をくずした。
ぜひお礼をしたいと言う女にそんなことはいい。と返すがなかなか引き下がらない。
とっとと出ていって今後俺と関わらねえのが礼になるんだが。
ニヤニヤしているハンジの前でそんなことを言えば週明けには鬼畜だのなんだのレッテルが貼られてるだろう。
ジャケットを着た女は「後日、お礼します」と有難迷惑な宣言をしてカバンから名刺を出した。
つい反射的に受け取った名刺は見ず処分だ。
アホ女はペコペコしながら出ていき、長めの溜息を吐いた。
早速、名刺をゴミ箱へ放り投げようとすると興味をもったのか、ハンジが横から取り上げ、じっと見ている。
「欲しけりゃやるから、お前も帰れ」
「せっかく助けたのにさぁ。それに言われなくても帰るし。あ、これ……会社でちゃんと確認しないとわかんないけど、今度の合同プロジェクトの会社名じゃない?」
はあ?いや、仮にそうだとしてもあの女のセクションな訳ねぇ。というか、そんな偶然はない。
「ま、週明けが楽しみだねぇー!彼女、酒絡みはあれかもしれないけど、結構しっかりしてそうだし!」
そんな訳ねぇだろ。
朝からクソな気分になった俺はハンジを追い出し、休みに念入りにする掃除の道具を取り出した。
※※※
週明けはいつだってかったるい。満員電車が嫌で会社近くに借りたマンションから会社へ着くとハンジが図々しく俺の席に座っている。
「おい、誰が座っていいと許可した。てめぇがそこにいることで除菌を念入りにしなきゃならねえだろうが」
「かぁー!朝っぱらから煩いねぇ。あなた、潔癖すぎてモテないんじゃないの?」
「てめぇこそ朝から余計なことでうるせえ。汚えからとっとと自分の巣に戻れ」
俺達は普通に会話をしてるだけだが他の連中は目をそらしている。
いつもなら和やかな挨拶する部下の声が小さい。
※※※
「リヴァイ、例の件だが。あちらの都合で担当者の変更があったらしい。引継ぎは問題ないらしいが顔合わせをする事になった。いろいろと言いたいことがあるのは承知だが、一旦新人はミケの方に任せて、こっちに注力してくれ」
は?話をだいぶ詰めてたってんのに、急に担当者が代わっただと?仕事舐めてんのか。
※※※
「はじめまして、急ですが担当となりました、カズサ・サフィールと申します」
以前にも打ち合わせで顔を出してた奴が新しい担当者を俺たちの前に一歩進ませた。
(おいおいおい、まずは上司のお前から新しい担当を紹介するべきだろうが)
思うところはあったがお互いに名刺交換をする。
そして固まった。アホ女がそこにいた。向こうもまぬけな顔を晒しているが側の上司の男は気づいていない。
※※※
今日のところは顔合わせのみで先方は早々に帰っていった。
見送って部署に戻るエレベータ内でエルヴィンが俺を見て微笑んでいる。
「あの子とは知り合いだったのか?」
答える気にもならねえ。
そもそもどっから話せばいいんだ。
黙っているとエルヴィンは話題を変えた。
「これから顔をあわせることも多くなるが、あの新しい担当者は有能らしい。ただ、あの上司含めての三角関係があったらしくてね」
いつもながらこいつの情報網はどうなってる?
問いただしたところで笑って誤魔化すんだろう。
「何だ。その三角関係ってのは。これからビジネスパートナーになるのに信用できんのか?」
「ああ。彼女は信用できる。問題があったのは以前の担当者と上司、だな」
仕事に影響がないなら知りたくもないし、どうでもいい。
「ちゃんと仕事をすりゃ俺はそれだけでいいが?」
「ああ、お前の言うとおりだ。しかしトラブルになる可能性もあるからな。情報共有として話しておきたい」
早く俺をデスクに戻らせろ。
それをエルヴィンは一蹴してヤツのオフィスルームへ向かった。
※※※
「まあ、座れ。良い豆が入ったんだ」
「長居するつもりはねぇよ、それにそれは飲まねぇ主義だ」
肩を竦めエルヴィンは自分のコーヒーと俺の分の紅茶を用意するよう秘書に言うと、行儀の良い秘書はそれぞれの前にカップを置いたあとは出ていった。
「おい、俺にも秘書をつけろ。仕事が溜まってる」
「無理だな、お前に耐えられる秘書はこの社内にいないからな」
にこやかに毒を吐くこの男は表面上だけは紳士、と言える。それに騙された人間は何人いることか。
とにかく用件をすませたくて話を促す。
「そうだな。一言で言えば社内恋愛の成れの果て、と言うのかな」
「要領得ねぇ。もっとはっきり言え」
楽しそうにしながらエルヴィンが語ったのはどっかに転がってそうな話で別に特別って訳じゃねぇ。
仕事のパフォーマンスに影響が出るかも知れないがそれだって可能性の話だ。
内容としてはあの頼りなさそうな上司はアホ女に何かとつきまとって……手っ取り早く言えば手を出したかった。
それをアホ女は意外にもうまく躱し続けた。
焦れた上司は自分の直属の部下にしてセクハラをし続けた。
すっかり参ってしまったアホ女は同僚の友人に話した。
そいつがまたクソでアホ女の悪評を会社中に拡めたらしい。
曰く上司や取引先を誘惑しては仕事の評価を得ているやらなんやら。
で、アホ女につきまとっていた上司が上に目をつけられたのを慰める。
そして二人は目出度く結婚した。
反吐が出るほど目出度いな。
アホ女は二人がどうなってもよかったが友人がクソだったこと、社内で広まった嘘っぱちを真に受ける奴らが多く追い詰められていたらしい。
そこにクソ友人とうまくいったはずの上司がまた近づいてきて更に社内での噂はひどくなるが元凶男はアホ女を無理やり自分の部下に戻した。
「辞めりゃいいだろ、そんな会社」
「そうも行かない。今回の大きなプロジェクトに発案者だと責任をちらつかせ辞めないようにしてるらしくてな。おかげで辞めるに辞められない、こちらとしても辞められては困る」
だから何でそんな内情を知ってるんだ?
「そりゃ、気の毒だ。それだと仕事どころじゃねえだろ。担当外すようにごねろ」
「いや。むしろ適任者は彼女なんだよ。そもそもプロジェクトの発案、準備は彼女が手掛けていた。"何故か"途中で自称友人に代わったわけだ。こちらとしては始めに関わった彼女のほうが望ましい」
クソな話にクソな仕事になってきた。
俺の顔を見てエルヴィンは笑みを消した。
「とにかく仕事に集中させろ、恐らくあの上司は使いものにならないどころか邪魔になるだろうからな」
余所行きの顔を消したエルヴィンは冷たく言い放った。
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