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ペルソナシリーズその他 短編
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「君たちほーんと、舞耶の事好きだよねぇ。」
舞耶姉さんに会いに行った帰り道。達哉と別れる交差点でななし姉さんに会った。舞耶姉さんと同じ制服を着たななし姉さんとは、時々この場所で声を掛けられる。
僕たちが初めて舞耶姉さんに会いに行った時、ななし姉さんが遊びに来ていたのがきっかけで仲良くなった僕たち。舞耶姉さんとななし姉さんは幼なじみ同士で、僕と達哉のように仲の良い親友でもあった。
彼女たちは似ている所もあったけど、クスクスと舞耶姉さんとは違った笑い方をするななし姉さんは、いつも僕の心に温かな光を灯してくれた。
「もう暗くなるからね。気を付けて帰るんだよ、達哉くん。」
「うん!またね。淳、ななしお姉ちゃん!」
「またね、達哉。」
「さ、今日も一緒にお家に帰ろっか。」
「……うん!」
僕はこの時間が好きだった。コバルトブルーに朱色の絵の具を溶かしたような夕焼けの中、ななし姉さんと二人だけで帰るこの時間が。
「今日は三人でどんなお話したの?」
「僕と達哉がそっくりだって舞耶お姉ちゃんが言ってた。ドッペルゲンガーみたいだって。」
「あ、それこの前舞耶と遊んだ時も言ってたなぁ。」
「ななしお姉ちゃんは、僕たちそっくりだと思う?」
「うーん、そうだねぇ。優しいとことか、キラキラしてるところは似てるかな。」
「キラキラ?」
「そ、キラキラ!」
ななし姉さんは時々感覚で話す時がある。僕にはそのキラキラはなんだか分からなかったけど、彼女が言うならきっとそうなんだろうな、と思った。
「でも、達哉くんも淳くん全然似てないかも。」
「似てない?」
「達哉くんは達哉くんで、淳くんは淳くんだから。」
キラキラとか似てないとか分かんないよね、とちょっと困った顔で笑った。その頃はななし姉さんも僕も子供だったから、的確に伝える言葉も持ち合わせていなかったし、きちんと理解する事もできなかったのだと思う。でも、彼女の言う事の本質は、子供ながらになんとなく感じ取ることはできていた。
僕たちを似ていると言った舞耶姉さんも、似ていないと言ったななし姉さんも、ちゃんと僕たちの事をちゃんと見て言ってくれる。そんな二人が僕は大好きだった。達哉と二人で舞耶姉さんを守ると誓ったとき、心の中で僕はななし姉さんも守ると自分自身に誓いを立てた。それだけは達哉と共にではなく僕一人で成し遂げる、と。なぜなのかその時はわからなかったけれど、この時にはもうななし姉さんに淡い恋心を抱いていたのだと今ならわかる。だから、たとえ親友の達哉であってもななし姉さんを守る役目は譲りたくなかったのだと。
だけど、僕の方がななし姉さんから……離れてしまった。
――――――
――――
――
「……ここは……?」
目を覚ますと見知らぬ部屋が広がっていた。確か、フィレモンと会ったあとアラヤ神社に向かって、それから……ダメだ、思い出せない。でも、さっきまでなんだがとても懐かしい夢を見ていた気がする。
「目が覚めたのね!」
「舞耶…姉さん…?」
隣の部屋から水を持って現れたのは、舞耶姉さんだった。僕が目が覚めた事に安心したらしい。昔と変わらない笑顔を僕に向けてくれた。体をベッドから起こし、水を受け取って飲むとヒリついていた喉が潤っていくのを感じる。
「アラヤ神社で一息ついてた時、淳クン倒れちゃったのよ。あんな事があったから、精神的にも肉体的にも疲れちゃってたのね。」
「達哉たちは?」
「みんなには装備や薬の調達に行ってもらってるわ。」
「ここは、舞耶姉さんの部屋?」
失礼かと思いつつ部屋を見渡す。調度品は女性らしい物が多いし、香水などの大人の女性が使うアイテムも置いてある。
「ううん、違うわ。」
「じゃあ誰の……。」
「うふふっ!知ったらきっと驚くわよ〜。」
「驚く……?」
「淳くん……!」
先ほど舞耶姉さんが入ってきた方から、僕を呼ぶ声がした。誰だろうと思いそちらに目を向けると――
「ななし…姉さん……っ!?」
そこには10年前のあの日から、避けて会わなくなってしまったななし姉さんが居た。ということは、ここはななし姉さんの部屋だったのか――そんな事を思っていると、勢いよくななし姉さんが抱きついてきた。少し焦ったけれど、抱きつかれた時に生じた腹部のこの痛みも、ななし姉さんのこの温もりも夢じゃない事を実感させてくれる。
「う…っ!淳くん〜……っ!無事でよかったよぉ〜〜。」
「ぅあ、えっと……っ、落ち着いてななし姉さん。」
「あら♡ななしったら熱烈ねぇ。」
僕に抱きついた途端、大泣きしてしまうななし姉さん。びっくりしていると、舞耶姉さんが冗談を言う。久々に会ったななし姉さんは昔の面影を残しがらも、大人の女性へと成長していた。照れくささと、初恋の人と再会した嬉しさで、だんだんと僕の顔に熱が集まるのを感じる。舞耶姉さんは笑って見てないで、ななし姉さんを落ち着かせてくれないかな。僕の心臓が持たないよ……!
「大きくなったねぇ〜〜!ぐすっ。」
「う、うん。……ななし姉さんも、綺麗になった、ね。」
「まぁ♡淳クンもやるぅ。」
「もぅ〜!舞耶ったらからかわないでっ。ぐすっ。」
淳くんありがと、と上目遣いで言うななし姉さんはすごく可愛くて、このままこの時間が続いて欲しい――心の奥底でふつふつと燻っていた淡い恋心が、急激に熱を持ち始めるのを感じる。僕はななし姉さんの背に手を添え、そっと抱きしめ返した。それを見た舞耶姉さんは、後は若い二人でごゆっくり、なんて言って退室する。正直、僕の真っ赤であろう顔を、舞耶姉さんにこれ以上見て欲しくなかったので助かった。
「10年前……傷ついてた君を一人にしてごめんね。」
「ななし姉さんは悪くない。逃げてたのは、僕の方だから。」
ななし姉さんに会ったら、あの日の事を思い出してしまうから……。事実に向き合わず、思い出からも罪からも逃げていたのは僕の方。ななし姉さんはゆっくり僕から離れると、サイドテーブルの引き出しを開ける。そっと中の物を大事そうに手に取って、僕に見せてくれた。
「これ、むかし淳くんが私にくれたの覚えてる?」
「それは……。ドライフラワーのしおりにしてまだ持っていてくれたんだね。」
赤いハナビシソウの花。それは僕がななし姉さんに10年前渡したものだった。
アラヤ神社で舞耶姉さんと達哉を社に閉じ込めてしまった後の帰り道、いつもの交差点でななし姉さんに会った僕はどうしようもない焦燥感と不安感に襲われた。ななし姉さんまで僕を置いて行ってしまったらどうしよう――仮面党の仲間ではないななし姉さんとの関係は、舞耶姉さんが居なくなってしまう事で途切れてしまうのではないか。子供の頃の僕は、舞耶姉さん以上にななし姉さんに見捨てられてしまうことに耐えられなかった。
そこで僕はななし姉さんを引き留め、自宅の庭に咲いていた赤いハナビシソウを一輪、彼女に渡すことにした。その花に僕からのななし姉さんへの想いを託して。
でも、その日の夜にアラヤ神社の放火事件があって、結局僕の方からななし姉さんを遠ざけてしまったのだけれど……。
「もらったときには知らなかったんだけど、次の日図書館で花言葉を調べたの。きっと花に詳しい淳くんの事だから、伝えたい事をこの花に込めているんだと思って。」
「……うん。」
「"私を拒絶しないで"……。淳くんは舞耶が引っ越すって知って、私までどこか行っちゃうって不安になったのかなって。でも、気づいたときには淳くんに会えなくなっちゃって……。お花を貰った時に気づいてあげてれば、淳くんを独りぼっちにさせることなんてなかったのに……。今日、会えるまでずっと心配だった。」
ああ、僕はなんて罪深い男だろう。彼女のこの10年間不安にさせていた罪悪感よりも、10年間彼女が僕を忘れずに思っていてくれたことに喜びを感じているなんて。復讐と怨恨に身を捧げ一度は諦めた恋だけど、それでも一日だってななし姉さんを想わなかった日はなかった。それが、ななし姉さんも同じだったなんて……。
「だから、これからは私も一緒に行くよ!」
「えっ……。とても危険だし、それにペルソナが使えないと戦えないから……。ななし姉さんは安全な場所で待っててくれないかな?」
「実は……私もペルソナ使えるの。」
そう言ってななし姉さんは自身のペルソナを呼び出す。ななし姉さんの半身は全てを包み込むような優しい微笑みを湛え、そこに現れた。星の煌めきを集めた様に輝く様は、ななし姉さんの心の強さと美しさを現しているようで、神々しいその容姿に心が洗われるようだ。まさに、浄めと贖罪を司る女神ヘカテーの名を冠するのに相応しい姿だった。
ななし姉さんは昔、ペルソナ様遊びをしたことがあり、今回のジョーカー事件をきっかけにペルソナが顕現した事。達哉達とは別行動で、他のペルソナ使いの人達と今回の事態の収拾の為に奔走していた事を教えてもらった。まさか、僕のせいで既に危険な目に遭っていたなんて……。
「この10年の罪滅ぼし……じゃないけど、これから私も舞耶と一緒に淳くんを、みんなを守るよ。」
「そんな!ななし姉さんは十分戦ってくれてるじゃないか。わざわざ僕たちに着いて来なくても……っ。」
「今度こそ、淳くんを独りにしないって決めたから。」
「で、でも……達哉たちが納得するか――」
「あ、そこは大丈夫!もう話は通してあるの。」
「いつの間に……。」
たぶん、僕が眠っている間に話し合ったんだろう。根回しは現代社会を生き抜く上で必要よん、と言われてしまった。こういう時のななし姉さんの笑顔は、なんだか舞耶姉さんと似てると思う。
「あ・と!淳くんの恋も応援するから!」
「え?」
「達哉くんと違うタイプで淳くんも素敵に成長したし、案外舞耶もすぐ意識しちゃうかもね♡」
「え、えっと……なんで、舞耶姉さん?」
「だって淳くん達、子どもの頃しょっちゅう会いに行くくらい舞耶の事大好きだったじゃない?」
「確かにそうだったけど……。そういう好きじゃなかった、から。」
「あら、そうなの?」
「それに……僕の好きな人は、その……っ。」
ここでななし姉さんと言えたらどんなにいいだろうか。残念ながら、今の僕にはそんな度胸はない。それに、僕みたいな咎人が彼女を縛り付けるなんて。ななし姉さんは優しく受け入れてくれるだろうけど、僕の弱さが自分自身の甘えた心を許すことができない。
…………部屋の入り口の方から何やら複数の視線を感じる。そちらに目を向けると、舞耶姉さんを筆頭に、いつの間にやら帰ってきてたリサたち――達哉までも!――がこちらを覗き見ていた。心なしか皆キラキラした目で僕を見ている。呆気に取られていると、僕の目線を追ってななし姉さんが皆に気付いた。
「!みんな帰ってきてるなら声掛けてくれればいいのに。」
「だって……ねぇ、
「…………。」
「俺は知らないって顔してっけど、タッちゃんだってワクワクしながら見てたたろーが!」
「ワクワク……?」
「あはは〜!何でも無いのよ、ななし。」
「そう?」
ななし姉さんは僕の隣からあっさりと離れ、そのまま皆に出すお茶の用意をしにリビングへ向かう。達哉たちもそれに続いたが、舞耶姉さんが部屋に残ってそっと僕の側まで近づいた。
「ね、"赤いハナビシソウ"の花言葉はななしに教えなくていいの?」
「…舞耶姉さんたち、どこから聞いてたの?」
「さっきはごめんなさい。でも、聞いてたのは最後の方だけ。ずっと大切にしてる栞についてのエピソードは、ななしから昔聞いたのよ。」
「そうなんだ。……ななし姉さんに伝える気は無いんだ。僕にはそんな資格ないし。」
「あらダメよっ!今は何が起こるかわからないんだから、後悔しないようにしないと。それに、思いを伝えるのに資格なんて要らないと思うわ。必要なのは相手を大切に想う心だけよ。」
「舞耶姉さん……。」
こんな僕でもななし姉さんへの想いを伝えてもいい。彼女に甘えても赦されるのだと、今までの行いよりもこれからが大事なのだと――舞耶姉さんはそう言外に励ましてくれた。
「それに、早くしないとななし、他の人に取られちゃうかもしれないわよ?」
「…………は?」
「フラれてもななしの事諦めてない男がいてねー。うらら程じゃないにしても、ななしも男運悪いのよねぇ。アイツ、ジョーカー様にななしとまた付き合えるようお願いするとか言って、た、け……ど………。」
「へぇ……?」
しまったという表情の後、僕の顔を見た舞耶姉さんの口元が引きつってるけど、どうしたのかな?僕はこんなに笑顔なのに。その男、僕を呼び出してくれればよかったのになぁ。どうなるかは火を見るより明らかだけど。
「ふふふ……。」
「じゅ、淳クン……?あの、冷静に……。」
「僕は至って冷静だよ、舞耶姉さん。」
ななし姉さんも根回しは生きていく上で必要と言っていたし、舞耶姉さんをはじめ達哉達にも協力してもらおう。ななし姉さんは魅力的な人だから、舞耶姉さんの言うようにグズグズとしてたら他の誰かの元へ行ってしまうかもしれない……。ななし姉さんへの想いの強さなら誰にも負けない。なにせ10年間想い続けていたのだから――
「ななし姉さんが何処の馬の骨かわからない男の手に落ちる前に、僕に協力してくれる?舞耶姉さん。」
「え、ええ……もちろん。」
「ありがとう。舞耶姉さんのおかげで色々と吹っ切れたよ。」
ぽっかりと空いていた心の穴が、埋まっていく感覚。この先、辛いことや悲しい事がきっと待っているだろうけれど、ななし姉さんへのこの想いがあれば乗り越えて行けるような気がする。
早速、達哉達にななし姉さんにヘンな虫が付かないよう、協力を仰ごう。ああ、ななし姉さんに黒い薔薇やタツナミソウを贈るのもいいな……。
僕はこれからの事を考えながら、皆がいるリビングへと向かった――
「私、余計なこと言っちゃったかしら……。」
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2025/7/20
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