デフォルトで「名もなき ななし」になります。
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『美術展のチケットがあるんだが、よかったら日曜に一緒に行かないか?』
木曜の夜、仕事終わりにスマホをチェックすると、喜多川くんから連絡が来ていた。再び送られて来たメッセージで詳細を確認すると、丁度行ってみたかった美術展だった。
日曜は特に予定もないし、喜多川くんにすぐに『行く』と返事をする。この前のお礼に、美術展とは。絵画に情熱を注いでいる彼らしいなと笑みが溢れる。
さて、返事をしたはいいけど服装はどうしよう。彼氏とのデートじゃあるまいし、気合い入れすぎもちょっと違うし……年上として綺麗めでまとめた方がいいかな。と、考えたけど最初会ったときにラフすぎる私服見られてるから別に……でも、一応ちゃんとしたお出かけだし……ううむ。
メッセージを受けっとってから寝るまで、服装について悩みすぎて、翌日の仕事は寝不足で向かうこととなった。
※※※
待ち合わせ当日。
休日の上野駅前は観光客や、私たちと同じ上野公園に向かう人たちでごった返していた。
「名もなきさん!」
無事に合流できるかな、と思っていると私の名前を呼ぶ声が聞こえる。声の方向に目を向けると、喜多川くんがこちらに向かってくるのが見えた。井ノ頭公園で会った時と似た印象の服装だったので、見つけやすかったのかもしれない。喜多川くんは渋谷駅で見かけるいつもの制服姿なので、こちらも見つけやすくてよかった――ってあれ?休日まで制服着てる……?
「こんにちは、名もなきさん。」
「こんにちは、喜多川くん。休日も制服姿なんて、ちゃんと学生してて偉いね。」
「いや。これは、洗濯したら服がこれしか残ってなくて……。」
まさかの回答にびっくりしてしまう。そんな事普通ある?と思うけれど、彼だったらあり得るという謎の説得力を持っているのがこの喜多川くんという人物だ。たぶん、彼は芸術以外に関してはさほど興味がない――というより、芸術に対しての思い入れが飛び抜けて強いからだろう。
「服、ちゃんと買おうね。」
「杏にも同じ事を言われたな。……善処しよう。」
またもやびっくりな発言を聞いてしまった。"アン"って女の子の名前だよね。下の名前を呼び捨てするくらいだから、結構仲がいいのかもしれない。……もしかして、喜多川くんの好きな子なのかな?今日のこれもデートの下見だったりして?それなら、その恋ひそかに応援するよっ。
「名もなきさん?どうかしたのか?」
つい、自分の世界に入ってたらしい。急に無言になった私をみて、喜多川くんから声がかける。
「私、応援するからね!」
「……?ああ、ありがとう?」
※※※
「今日は美術展に誘ってくれてありがとう。絵見るの好きだから、嬉しかった。」
「絵画を待ち受けにしていたから、興味があるのだろうと思ってな。――まぁ、友人にアドバイスを貰ったんだが。」
喜んで貰えてよかった、と喜多川くんが微笑んだ。……喜多川くん、思考や言動がちょっと人と違うけど、長身だし美青年だし、バリトンボイスでいわゆるイケボだし、普通にカッコいいんだよなぁ。この微笑みで恋に落ちる女の子も多そうだ。アンって子も、もう喜多川くんに恋してたりして?いいなぁ青春……!
「ただお弁当あげただけなのに、こんないいおれ『ぐぅぅぅ〜』……ぐぅ?」
「臨時収入があったんだが……絶版になった画集を神田で見つけて……。」
と言いつつ、喜多川くんは気まずそうな顔をして視線を逸らす。なるほど。この子はアレだ、手元にお金があるとあるだけ好きな事に使っちゃうタイプだ。いまから家計簿を付けて、ちゃんとした金銭感覚を身に着けないとダメなやつ。大方、普段から食費を削ってるから感覚がマヒしているんだろう。
「ちゃんとご飯食べてるの?」
「ああ。もやし料理のレパートリーが最近増えて――」
「もやし?!」
「あ、あとじゃがりこの――」
「もやしとお菓子以外もちゃんと食べなさい!君、育ち盛りの高校生男子でしょ?!」
まさか大きな声を出すとは思っていなかったのか、喜多川くんはビクッと肩を震わせ目が点になった。
「今は若いから体が保つかもしれないけど、今日の食事が5年後10年後に響いてくるんだよ?!」
あぁ……、なんかちょっと年寄りくさい説教をしてしまった。こんな事を言うつもり無かったのに、あまりにも健康に無頓着すぎてつい怒っちゃった。もう口を噤もうと思ったけれど、喜多川くんはポカンとした表情でこちらを見ている。食事が大事な事がまだわからないのか、この青年は。
「健康じゃないと好きな絵も描けなくなるんだから!ちゃんと食事する事ッ!いい?!」
「あ、あぁ……」
「返事は"はい"!」
「はいっ!」
「じゃあ、今からご飯食べに行こうっ!」
「はいっ!……えっ?!」
戸惑う彼の腕をむんずと掴んで、私はファミレスへと向かった。
※※※
「またご馳走になってしまったな……。」
「そう思うなら、ちゃんとご飯食べよう?」
男子高校生らしくもりもりご飯を食べ終えた――遠慮するなと私が色々と注文したのもあるけど――喜多川くんは、バツの悪そうな表情でコーヒーを一口。
「そもそも、親御さんは何も言わないの?」
「俺に両親は居ない。」
「えっ?あ……ごめんなさい。」
「いや、気にしなくていい。生まれた時に父はもう居なかったし、母は3歳の頃に亡くなったからあまり記憶が無いんだ。」
気にさせない様に言ったのかと思ったが、喜多川くんの表情はいつもの様子だったので、自身の中でもう整理がついている出来事なのだろう。
「だから、今は高校の寮で生活をしている。」
「えと、保護者的な人は……?」
「……生活の面倒をみてくれていた人は、今は警察の世話になっている。」
「け、警察の世話?」
「俺は斑目に師事していたんだ。」
今日最大の驚きだった。喜多川くんは10年ほど斑目画伯に師事していた事、彼が涙ながらに謝罪した内容は本当だと言う事、そして、その影響でアトリエに住むことができなくなり、高校の寮に移った事を話してくれた。
「あぁ、でも悲観はしていないんだ。むしろ、今は清々しい気持ちでいる。だから、名もなきさんも俺の話を聞いて気に病まないでほしい。」
「わかった。」
「わかってくれてよかっ「こうしよう、喜多川くん。」……?」
私は喜多川くんの瞳を見つめながら言う。
「取引しよう。」
「取引?」
「私は君を時々ご飯に連れてってあげる。その代わり、喜多川くんの絵を見せて。」
「俺の絵を……?しかし、画家として無名どころかまだ勉強中の身。それに、今はなかなか納得のいく絵が描けないでいる。取引するには値しないと思うが。」
「取引って言葉が物々しいなら、親戚のおばさんとご飯行くって思ってくれていいよ。」
苦い表情をする喜多川くんに、私は鞄から出したスマホの待ち受けを見せる。
「ねぇ、この絵って本当は喜多川くんが描いた絵なんじゃない?」
「それは……」
「前にこの絵を見せたとき、心惹かれたって話したでしょ?私は、この絵を描いた人の作品をこれからももっと見てみたいって思った。」
喜多川くんが息を飲んで私を見つめる。
「私は喜多川画伯のファン第一号として、貴方に空腹なんかで倒れられちゃ困るの。」
ちょっと押し付けがましい理由だったかな……。だけど、あんな話を聞いたら大人として放おってはおけない。信頼していた大人に裏切られ続けて、頼れる大人もきっとまだ周りには居ないのだろう。なら、私を通して信頼できる大人も居るって事を知ってほしい。
そんな私の話を聞いて、迷子のような表情をする喜多川くんの手を取り、自身の小指と彼のそれを絡ませる。
「……っ!」
「指切りげんまん。空腹で倒れたら針千本のますからね。ちゃんとご飯食べる事!」
指切りなんて、高校生相手にちょっと子供っぽかったかな?喜多川くんも驚いて目を丸くしてるし、耳も赤いし。喜多川くんは視線を繋いだ小指に向けたまま、何も喋らない。
「あっ!親戚のおばさんっていうより、パトロンって言った方が画家っぽいし?ご飯も報告会って言った方がカッコいいかもっ?」
沈黙に耐えきれず早口でまくし立てる。……が、喜多川くんは沈黙したままだ。そこで私は、いまだ彼と小指を繋いだままだと気づき慌てて小指を離そうとした。けれど指が離れきる前に、私の手を彼が両手で優しく包む。
「……名もなきさんは、やはり俺の救世主 だ。」
喜多川くんは優しく微笑み、瞳を真っすぐ私に向けた。
「俺のためにありがとう。貴女の善意に応えなければ男が廃るな。これからよろしく頼む。」
「……!こちらこそ!取引成立だね。」
「よろしくついでに一つ、お願いがあるんだが。」
「ん?なにかな。」
「☆☆さんに、ぜひ俺の絵のモデルになってもらいたい。」
「え?」
「そうだ。絵だ。」
いやいや待ってそうじゃない。今の「え?」は何で私にモデルを頼むのか、の疑問を一言にした「え?」だ。時々天然が炸裂するなこの子。
「いやぁ、私別にスタイルとか顔とか飛び抜けて良いわけじゃないし……」
「今は人の心をテーマに絵を描こうと思っている。俺は、名もなきさんのその慈悲の心を是非描きたいんだ!」
語気と私の手を握る力を強め、目を輝かせながら語る喜多川くんの勢いに押され「わ、わかった……」と返事をする。今まで生きてきて気づかなかったけど、私ってば結構押しに弱いのかも……。
「え、と。モデルってどうすればいいの?」
「先ずは自然体の名もなきさんをスケッチするところから始めようと思っている。だから、構えずともこうやって普通に過ごしてくれればいい。」
「なるほど?」
日常の何気ない一コマを、スマホで写真を撮る代わりに彼はスケッチで描きとめようというわけか。それにしても――
「そろそろ手、離してもらっていいかな?」
「っ!!す、すまない!」
慌てて手を離す喜多川くん。思春期だし、恋人でもない人と手を繋いでるところ見られたら恥ずかしいよね。ん?恋人……?そういえば、彼に恋人がいたら私と会うのは結構まずいんじゃなかろうか……?
「喜多川くんって彼女とか好きな人いたりする?もしいるなら、私と二人で会うのはちょっとマズいんじゃないかと今さら気になっちゃって……。」
「そういう人はいない。」
「会った時に言ってた、アンちゃんって子は?」
「杏?杏は仲間という認識だな。」
好きな子じゃなくて仲間かぁ……。なるほど。仲間って響きも高校生の青春っぽくていいなぁ。
「そういう名もなきさんはどうなんだ?」
「いない!いない!いたらこんな提案してないって。」
「……よかった。なら、また俺から連絡をしても構わないだろうか。」
「(よかった?)お腹空いた時でもなんでも連絡してくれていいよ。まぁ、ファミレスくらいしか連れてってあげられないけどね。」
そこからちょっとした話をしていたら、喜多川くんが寮に帰る時間になったので解散することとなった。別れる時に、ちゃんと食事をする事を念押しして。
「何にお金使ったのか、明細を見せてもらうのも取引内容に入れればよかったかな……?」
――――――――――――――
2025/4/22
木曜の夜、仕事終わりにスマホをチェックすると、喜多川くんから連絡が来ていた。再び送られて来たメッセージで詳細を確認すると、丁度行ってみたかった美術展だった。
日曜は特に予定もないし、喜多川くんにすぐに『行く』と返事をする。この前のお礼に、美術展とは。絵画に情熱を注いでいる彼らしいなと笑みが溢れる。
さて、返事をしたはいいけど服装はどうしよう。彼氏とのデートじゃあるまいし、気合い入れすぎもちょっと違うし……年上として綺麗めでまとめた方がいいかな。と、考えたけど最初会ったときにラフすぎる私服見られてるから別に……でも、一応ちゃんとしたお出かけだし……ううむ。
メッセージを受けっとってから寝るまで、服装について悩みすぎて、翌日の仕事は寝不足で向かうこととなった。
※※※
待ち合わせ当日。
休日の上野駅前は観光客や、私たちと同じ上野公園に向かう人たちでごった返していた。
「名もなきさん!」
無事に合流できるかな、と思っていると私の名前を呼ぶ声が聞こえる。声の方向に目を向けると、喜多川くんがこちらに向かってくるのが見えた。井ノ頭公園で会った時と似た印象の服装だったので、見つけやすかったのかもしれない。喜多川くんは渋谷駅で見かけるいつもの制服姿なので、こちらも見つけやすくてよかった――ってあれ?休日まで制服着てる……?
「こんにちは、名もなきさん。」
「こんにちは、喜多川くん。休日も制服姿なんて、ちゃんと学生してて偉いね。」
「いや。これは、洗濯したら服がこれしか残ってなくて……。」
まさかの回答にびっくりしてしまう。そんな事普通ある?と思うけれど、彼だったらあり得るという謎の説得力を持っているのがこの喜多川くんという人物だ。たぶん、彼は芸術以外に関してはさほど興味がない――というより、芸術に対しての思い入れが飛び抜けて強いからだろう。
「服、ちゃんと買おうね。」
「杏にも同じ事を言われたな。……善処しよう。」
またもやびっくりな発言を聞いてしまった。"アン"って女の子の名前だよね。下の名前を呼び捨てするくらいだから、結構仲がいいのかもしれない。……もしかして、喜多川くんの好きな子なのかな?今日のこれもデートの下見だったりして?それなら、その恋ひそかに応援するよっ。
「名もなきさん?どうかしたのか?」
つい、自分の世界に入ってたらしい。急に無言になった私をみて、喜多川くんから声がかける。
「私、応援するからね!」
「……?ああ、ありがとう?」
※※※
「今日は美術展に誘ってくれてありがとう。絵見るの好きだから、嬉しかった。」
「絵画を待ち受けにしていたから、興味があるのだろうと思ってな。――まぁ、友人にアドバイスを貰ったんだが。」
喜んで貰えてよかった、と喜多川くんが微笑んだ。……喜多川くん、思考や言動がちょっと人と違うけど、長身だし美青年だし、バリトンボイスでいわゆるイケボだし、普通にカッコいいんだよなぁ。この微笑みで恋に落ちる女の子も多そうだ。アンって子も、もう喜多川くんに恋してたりして?いいなぁ青春……!
「ただお弁当あげただけなのに、こんないいおれ『ぐぅぅぅ〜』……ぐぅ?」
「臨時収入があったんだが……絶版になった画集を神田で見つけて……。」
と言いつつ、喜多川くんは気まずそうな顔をして視線を逸らす。なるほど。この子はアレだ、手元にお金があるとあるだけ好きな事に使っちゃうタイプだ。いまから家計簿を付けて、ちゃんとした金銭感覚を身に着けないとダメなやつ。大方、普段から食費を削ってるから感覚がマヒしているんだろう。
「ちゃんとご飯食べてるの?」
「ああ。もやし料理のレパートリーが最近増えて――」
「もやし?!」
「あ、あとじゃがりこの――」
「もやしとお菓子以外もちゃんと食べなさい!君、育ち盛りの高校生男子でしょ?!」
まさか大きな声を出すとは思っていなかったのか、喜多川くんはビクッと肩を震わせ目が点になった。
「今は若いから体が保つかもしれないけど、今日の食事が5年後10年後に響いてくるんだよ?!」
あぁ……、なんかちょっと年寄りくさい説教をしてしまった。こんな事を言うつもり無かったのに、あまりにも健康に無頓着すぎてつい怒っちゃった。もう口を噤もうと思ったけれど、喜多川くんはポカンとした表情でこちらを見ている。食事が大事な事がまだわからないのか、この青年は。
「健康じゃないと好きな絵も描けなくなるんだから!ちゃんと食事する事ッ!いい?!」
「あ、あぁ……」
「返事は"はい"!」
「はいっ!」
「じゃあ、今からご飯食べに行こうっ!」
「はいっ!……えっ?!」
戸惑う彼の腕をむんずと掴んで、私はファミレスへと向かった。
※※※
「またご馳走になってしまったな……。」
「そう思うなら、ちゃんとご飯食べよう?」
男子高校生らしくもりもりご飯を食べ終えた――遠慮するなと私が色々と注文したのもあるけど――喜多川くんは、バツの悪そうな表情でコーヒーを一口。
「そもそも、親御さんは何も言わないの?」
「俺に両親は居ない。」
「えっ?あ……ごめんなさい。」
「いや、気にしなくていい。生まれた時に父はもう居なかったし、母は3歳の頃に亡くなったからあまり記憶が無いんだ。」
気にさせない様に言ったのかと思ったが、喜多川くんの表情はいつもの様子だったので、自身の中でもう整理がついている出来事なのだろう。
「だから、今は高校の寮で生活をしている。」
「えと、保護者的な人は……?」
「……生活の面倒をみてくれていた人は、今は警察の世話になっている。」
「け、警察の世話?」
「俺は斑目に師事していたんだ。」
今日最大の驚きだった。喜多川くんは10年ほど斑目画伯に師事していた事、彼が涙ながらに謝罪した内容は本当だと言う事、そして、その影響でアトリエに住むことができなくなり、高校の寮に移った事を話してくれた。
「あぁ、でも悲観はしていないんだ。むしろ、今は清々しい気持ちでいる。だから、名もなきさんも俺の話を聞いて気に病まないでほしい。」
「わかった。」
「わかってくれてよかっ「こうしよう、喜多川くん。」……?」
私は喜多川くんの瞳を見つめながら言う。
「取引しよう。」
「取引?」
「私は君を時々ご飯に連れてってあげる。その代わり、喜多川くんの絵を見せて。」
「俺の絵を……?しかし、画家として無名どころかまだ勉強中の身。それに、今はなかなか納得のいく絵が描けないでいる。取引するには値しないと思うが。」
「取引って言葉が物々しいなら、親戚のおばさんとご飯行くって思ってくれていいよ。」
苦い表情をする喜多川くんに、私は鞄から出したスマホの待ち受けを見せる。
「ねぇ、この絵って本当は喜多川くんが描いた絵なんじゃない?」
「それは……」
「前にこの絵を見せたとき、心惹かれたって話したでしょ?私は、この絵を描いた人の作品をこれからももっと見てみたいって思った。」
喜多川くんが息を飲んで私を見つめる。
「私は喜多川画伯のファン第一号として、貴方に空腹なんかで倒れられちゃ困るの。」
ちょっと押し付けがましい理由だったかな……。だけど、あんな話を聞いたら大人として放おってはおけない。信頼していた大人に裏切られ続けて、頼れる大人もきっとまだ周りには居ないのだろう。なら、私を通して信頼できる大人も居るって事を知ってほしい。
そんな私の話を聞いて、迷子のような表情をする喜多川くんの手を取り、自身の小指と彼のそれを絡ませる。
「……っ!」
「指切りげんまん。空腹で倒れたら針千本のますからね。ちゃんとご飯食べる事!」
指切りなんて、高校生相手にちょっと子供っぽかったかな?喜多川くんも驚いて目を丸くしてるし、耳も赤いし。喜多川くんは視線を繋いだ小指に向けたまま、何も喋らない。
「あっ!親戚のおばさんっていうより、パトロンって言った方が画家っぽいし?ご飯も報告会って言った方がカッコいいかもっ?」
沈黙に耐えきれず早口でまくし立てる。……が、喜多川くんは沈黙したままだ。そこで私は、いまだ彼と小指を繋いだままだと気づき慌てて小指を離そうとした。けれど指が離れきる前に、私の手を彼が両手で優しく包む。
「……名もなきさんは、やはり俺の
喜多川くんは優しく微笑み、瞳を真っすぐ私に向けた。
「俺のためにありがとう。貴女の善意に応えなければ男が廃るな。これからよろしく頼む。」
「……!こちらこそ!取引成立だね。」
「よろしくついでに一つ、お願いがあるんだが。」
「ん?なにかな。」
「☆☆さんに、ぜひ俺の絵のモデルになってもらいたい。」
「え?」
「そうだ。絵だ。」
いやいや待ってそうじゃない。今の「え?」は何で私にモデルを頼むのか、の疑問を一言にした「え?」だ。時々天然が炸裂するなこの子。
「いやぁ、私別にスタイルとか顔とか飛び抜けて良いわけじゃないし……」
「今は人の心をテーマに絵を描こうと思っている。俺は、名もなきさんのその慈悲の心を是非描きたいんだ!」
語気と私の手を握る力を強め、目を輝かせながら語る喜多川くんの勢いに押され「わ、わかった……」と返事をする。今まで生きてきて気づかなかったけど、私ってば結構押しに弱いのかも……。
「え、と。モデルってどうすればいいの?」
「先ずは自然体の名もなきさんをスケッチするところから始めようと思っている。だから、構えずともこうやって普通に過ごしてくれればいい。」
「なるほど?」
日常の何気ない一コマを、スマホで写真を撮る代わりに彼はスケッチで描きとめようというわけか。それにしても――
「そろそろ手、離してもらっていいかな?」
「っ!!す、すまない!」
慌てて手を離す喜多川くん。思春期だし、恋人でもない人と手を繋いでるところ見られたら恥ずかしいよね。ん?恋人……?そういえば、彼に恋人がいたら私と会うのは結構まずいんじゃなかろうか……?
「喜多川くんって彼女とか好きな人いたりする?もしいるなら、私と二人で会うのはちょっとマズいんじゃないかと今さら気になっちゃって……。」
「そういう人はいない。」
「会った時に言ってた、アンちゃんって子は?」
「杏?杏は仲間という認識だな。」
好きな子じゃなくて仲間かぁ……。なるほど。仲間って響きも高校生の青春っぽくていいなぁ。
「そういう名もなきさんはどうなんだ?」
「いない!いない!いたらこんな提案してないって。」
「……よかった。なら、また俺から連絡をしても構わないだろうか。」
「(よかった?)お腹空いた時でもなんでも連絡してくれていいよ。まぁ、ファミレスくらいしか連れてってあげられないけどね。」
そこからちょっとした話をしていたら、喜多川くんが寮に帰る時間になったので解散することとなった。別れる時に、ちゃんと食事をする事を念押しして。
「何にお金使ったのか、明細を見せてもらうのも取引内容に入れればよかったかな……?」
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2025/4/22
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