手元の住所は間違いなく目の前の建物を指している。都内でもセレブが集まる一等地の高級マンション。

彼女は一人暮らしだと言っていたけど、若い女の子が一人暮らしに選ぶような場所じゃない。

でもそれは彼女の身辺調査の報告書をみて納得した。彼女の父親は大手食品メーカーの社長だった。
こんなマンションの賃貸料を払えるのも、食事の時に育ちの良さが出ていたのも、彼女の体に魔法がかけられているのも納得だ。

どこの世界にも金で動くやつは必ずいるものだ。まぁ、今回はそれを利用させてもらうことになるんだけど。

でもとりあえずは彼女から事情を聞いておかないとね。僕に隠している事を彼女の口から話して欲しい。

「悟さん…なんで？」
僕を見つけた彼女は声を震わせ、身動き出来ないでいた。予想はしていたけど拒絶されたようなショックな気分だった。
黙って僕に頼っていながらその身勝手さに少し苛立ってしまって、責めるように追い立てる。

怯えた表情の彼女を見て思う。何やってんだろな。本当は抱きしめて、連れ帰ってしまいたいのに。こんな所に帰ってくるのが一番嫌なのは彼女のはずなのに。

部屋でゆっくり話をさせてもらおうと思った時、そいつは僕らの間に割って入ってきた。

「誰？」
と、一応聞いてみた。まさか今日会うとは思わなかった。
こいつが婚約者か。
金と出世の為だけにゆりと契約して、彼女には何の興味も持っていない。ただ契約上、形だけは保とうとしているそいつに彼女の名前を呼ばれて頭に血が上った。
金で雇われただけのやつがゆりの名前を呼ぶんじゃねぇよ。


俯く彼女の肩を抱き寄せた。

「ゆり、怖がらせてごめん。あと少し我慢してね。」

彼女の前で話すのはよそう。

「ゆりは連れ帰らせてもらうよ。」
こいつとはまた後日話をする事にして、彼女を抱えてとりあえず高専に戻った。

空き部屋をひとつ貸してもらって、彼女に経緯を説明して謝った。

僕がこの1週間何してたか。
ゆりとその契約者、つまりはさっきの婚約者について身辺調査をした事で、婚約中である事は分かった。

でも向こうもあくまで金の為の契約、一緒に住んでいる形跡がない事も分かっていた。
ただ隠されていたのがショックであんな態度をとってしまったのはちゃんと謝ると、彼女も謝ってくれた。
「隠していてごめんなさい。悟さんと普通の恋人になりたくて…」

冥さんの話はまだ隠しておこう。その上で…
「ゆりにお願いがある。」

ごめん。君を諦めきれないから…

「僕に抱かれて、死んでくれる？」

僕の言葉に一瞬目を見開き驚いたが、いつもの柔らかな笑顔に少し涙を浮かべた瞳で僕を見るゆり。


「喜んで」