伝言を頼んだものの、返事はなかった。

あの人は仕事が忙しくて、私が住むこの別宅に来る事はなく、滅多に会う事はない。

大人になって数回食事をしただけで、名前、年齢、私の親の会社に勤めているという事以外何も知らない。

早く解放されたいと悟さんに期待はしているものの、やはりどうする事も出来ないんじゃないかとも思ってしまう。


悟さんからの連絡がないまま一週間がたった。

いつも通り仕事が終わって電車に乗って、1人で居るには広すぎる部屋に帰る。
はずだった。

「おかえり、ゆり。お疲れ様。」

「悟さん…なんで？」

マンションの前で待っていたのはいつもなら私を笑顔にさせてくれる彼…
その彼を前にして体が強張ってしまうなんて。

「なんで？僕に家がバレてまずい事があるの？」
聞いた事のない冷たい声。
答えられない私に近づいてきて、悟さんは話を続ける。
「あるからデートの時わざわざ離れた駅を指定したんだよね？」

そう、全く来ないとはいえ一応ここは婚約者の家でもある。

婚約者がいる事がバレるのが何より嫌だった。

だからその事はこっちで話を付けてから話したかったけど…悟さんは既に調べ上げているのかもしれない。
「そうです。私は契約者と自動的に婚約させられていて、ここは…」

エントランスから出てきた人物が私の話に割って入る。
「ここは私とゆりの家ですが？もしかして最近ゆりにちょっかいかけてるというのはあなたの事ですか？」

「誰？」
悟さんの声がさらに重みを増した。

「私は彼女の婚約者ですよ」


否定できない、私は悟さんの顔が見れなかった。