短編
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今日は少し気が重い様な、楽しみでもある様なそんな朝。
高専で補助監督として働く私の今日の仕事は…
「おはよう。さっさと終わらせてね」
忌庫の前で待っていた私に眠そうに声をかけ、自宅のドアを開ける様に躊躇いなくその扉を開けて入っていく。それに続いて扉を潜ると、重苦しい呪力で息が詰まる。
特級呪物のチェック。まぁ、在庫管理的なもので、紛失がないかどうかを半年に一度、定期的に見ておくもの。
この仕事は2回目。半年前は先輩の補助監督と3人でここへ来た。
「はい、お時間いただきありがとうございます。早速始めますね」
私だって、こんな所に長々と居たくない。
用意しておいた前回のリストを見ながら、順番に棚を確認して、チェックをつける。
この業務には必ず特級術師が帯同する。護衛と監視を兼ねて。
ただ…五条さんは作業を手伝ってくれる事はないんだけど。
椅子にもたれてスマホを眺める彼を時々盗み見ながら、でもその方が長く居られると、矛盾した事を考えている自分がいる。
五条さんと二人きりで、胸が躍らない女性なんていないだろう。例え危険物で満ちた重苦しい雰囲気の忌庫の中でも。
本気で狙ってるとか、デートしたいとか、そういう訳ではないけど、昔から憧れの先輩だった。仕事でもたいして話した事なんてないから、私なんてただの一職員だろうけど。
それでもちょっと、ほんの少し邪な事を考えてしまう。
この人に触れてみたい…抱きしめられたい。
「ゆりさんさぁ…」
いきなり座ってたはずの五条さんに間後ろから声をかけられて、体が跳ねた。
「はっ、はい?!どうかされました?!」
「何か甘いもの持ってない?」
え、何なに?あまいもの……あ!
「飴でよければ!これ、私好きで…」
ポケットから取り出した飴を手に乗せて広げて見せると、五条さんはイチゴの絵の包みを取って「もらうね」と、包みを剥がし飴を口に放り込んだ。
いつも思うけど、なぜ目隠しをしていながら、周りが見えているんだろう。
この人の眼には何が映っているんだろう。
「ゆりさん?」
つい凝視してしまっていた私の顔を覗き込む様にして名前を呼ばれた。
その拍子に驚いて後ろに下がってしまった私はバランスを崩して棚にぶつかりかけた。
いや。ぶつかるはずだったのに、背中には五条さんの腕が回され、さっきよりも近づいた唇から、イチゴの甘い匂いがする。
「あ…ありがとうございます…」
「気をつけてね」
私の足元を確認してから、また元の椅子まで戻る五条さん。
心臓が壊れそうなほど早鐘を打って、息をする事を忘れていた。
棚の方を向いて、書類に目を向けているフリで、落ち着こうと必死に息を吐く。けど、簡単に収まらないドキドキが、次第に目の前をチカチカさせて、ふらついて棚に手をついた。
「ほら、気をつけてって」
力が入らない。倒れ込みそうになったはずなのに、どこにも痛みはなくて、甘い匂いと、なぜか聞こえる…これは、心音?
「大丈夫?呪力に当てられた?」
僅かな間だと思うけど、意識が飛んでいた様だ。
さっき気を失った場所で、座り込んで五条さんにもたれて抱きしめられていた。
優しく力強い腕に包まれて、密着する身体が熱くなる。追い討ちをかける様に、耳元で声が鳴る。さっきよりも甘く柔らかい声が。
「それとも、ワザと?僕とこうなる事を期待してた?」
「ワザとなんかじゃ…!」
でも期待してなかったと言えば嘘になる。
五条さんは黙ってしまった私から体を離して、正面に向き直った。
「そんな目で見られたら、誤解するよ」
顔が熱くて、恥ずかしくて…でも目を逸らせない私の視線には好意が溢れているんだろうけど、誤解を招くのは五条さんも同じ…
だって、その眼は…。
初めて間近で見る青い瞳は、この薄暗い倉庫の中でも自ら光を放って煌いている。その光を見ているだけで、呪力なんかなくても人を操って支配できそうだと思う。
少なくとも私はもう手中に落とされて、どんな言い訳も嘘になる程、心を奪われた。
ただの憧れだったはずなのに、ずっと以前から、恋心を抱いていたかの様に想いが溢れる。
「誤解じゃないです。私は…五条さんが好きです」
「ありがとう」
そう言われた記憶が最後。
額に手を当てられて、次に目覚めたところは医務室だった。
「あ…れ…?」
この呪物のチェック業務に担当者がいない理由。
女でも男でも私の様に落とされて、その度に適任じゃないと判断される。
分かりやすく言えば、フラれた訳だ。
そういうウワサを聞いたのに、所詮はウワサだったのか、人手が足りなかったのか、次もまた私が担当するように指示された。
あれから五条さんとは話してないし、フラれたのは確定だと、ウワサを教えてくれた同僚と笑い話をしていた。
「フラれたのにまた同じ事になったら恥ずかし過ぎる…」
それでも半年後、また忌庫に向かう私のポケットには飴が入っていた。
あの時、目覚めてから唇に残った甘い匂いに気付いてから、私の五条さんへの想いはずっと残ったままでいる。
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