短編
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七海さんが帰ってくる日、到着は14時頃と言われているのに朝から時間があれば高専の職員室のベランダから外を見ていた。
「風邪ひいちゃうよ?」
学生たちは昼休みの時間、頭の上から降ってきた声に大きくため息をつく。
「お気遣いありがとうございます。大丈夫です」
3月に入っても寒い日が続いているせいで、今も鼻先を赤くしながらも強がって相手を見ずに応える。
それなのに私の横で手すりにもたれて、長居する気だろうか。ただでさえ七海さんにしばらく会えなくて気落ちしている時に、こんな常識の通用しない人に絡まれて災難でしかない。
「七海、待ってるんでしょ?心配だよねー」
無視しとこうかとも思ったが、含みのある言い方が気になって聞き返してしまった。
「心配って?ちゃんと連絡も来てますし、何も心配することありません。」
「知らないの?一緒に行ってる術師の子、七海の事ずいぶん慕ってるらしいよ?」
いつもの私ならこんな人の言う事信じたりしないし、七海さんに全幅の信頼を置いているから揺らいだりしない。
でも何でだろ…信じているはずなのに、この動悸は…特級呪霊…いや術師の成せる技なんだろうか…。
数日離れているだけで、不安になる。そんな自分に腹が立って、投げやりに五条さんに言い返す。
「そんな事で心配になりません。七海さん"は"大抵の人に慕われてますから。」
「なんか僕"は"慕われてないみたいな言い方、酷くない?」
私のトゲのある言い方が気に食わなかったのか同じ様に強調して屁理屈をこねられる。
「そんな事言ってません。」
「じゃあゆりは僕を慕ってくれてるの?」
私の方を見た五条さんが手首を掴んで引き寄せようとする。反射的に力が入って2人の間で手が止まる。
本気なら私の事なんかどうにでも出来るこの人が遊んでいるのはすぐに分かる。でもさっきの発言といい、タチが悪い悪戯に頭に来てしまって、アイマスクの奥を睨みつけて冷徹に言い放った。
「やめて下さい。私は七海さんだけです。」
人を小馬鹿にした様な笑顔の五条さんに、苛立ちが爆発しそうになった時、体が少し後ろに傾いた。
「私のゆりに乱暴しないでもらえますか?」
丁寧な言葉遣いの中に、怒りが混ざった声。
肩を抱いて、五条さんから私の腕を取り戻してくれたその手に、その声に心の底から安堵する。
「七海さん!お帰りなさい…」
七海さんを見上げる私の表情は数秒前までとはまるで別人だっただろう。
「全く、あなたは……ただいま帰りました。」
優しく笑いかけてくれるその顔を見てると、我慢できなくてここが職場だとか、そこにいる五条さんの事なんかすっかり忘れて、七海さんに抱きついた。
「会いたかった…」
「すみません、遅くなってしまって。心配かけましたね。」
優しく抱きしめ返してくれる、大きくて温かい手。
「いえ…いつも七海さんを信じてますから。でも少し…寂しかったです」
嘘…本当は物凄く寂しくて、顔が見たい、声が聞きたい、七海さんに触れたい…そんな思いで溢れかえっていて、いつもの自分でいられなかった。
七海さんの腕が背中から離れる。肩に手を当てられて、そっと顔を上げると視線が絡む。
必然的に私達は互いの唇を引き寄せあった。
七海さんと触れ合っている時は時間が止まった、というより時間という概念がない世界に入り込んだ感覚だった。
ゆっくり離れていく唇を名残を惜しむ目で見つめる。
「私はとても寂しかったですよ。あなたに会えないと自分がこんな風になるなんて初めて知りました。」
七海さんの告白に嬉しさと幸せで、怖いような感情が渦巻いて、もう叫び出したいほど胸がいっぱいになった。
「ごめんなさい。嘘、つきました…私も、物凄く寂しかった。」
「安心しましたよ。今夜は嫌がっても離しませんから。」
「…はい」
今夜のことを想像して冷えた体が火照るのと同時に、何故かはっ、と現実に引き戻されて、ここが高専ということと、仕事中だということを思い出し、辺りを見回した。
2人の世界に没頭していた私はその時まで五条さんが室内に戻って、ブラインドを下ろしてくれていた事にも全く気付いていなかった。
「今は仕事に戻って下さい。続きはまた、夜に。」
耳元で囁かれた言葉に体は期待してしまって、仕事が終わるまでの半日間、拷問の様に長い時間を過ごした。