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Aphoniaの霧



基地から離れた田舎町の森の奥。
伸びた草をかき分けた先に古い煉瓦造りの家が1つ。
見た目に反し、入り口の草は出入りできる程度には刈り取られていて、女が来る前に一通り掃除したことがうかがえる。
ナポレオンとシャルルはここまで護衛として
付いてきたが、ここからは女とダレルの2人だけの生活だった。
女であるマスターと先日、負傷したダレル。
女の治療のかいあって歩けるまで回復したものの、シャルルは男女が1人屋根の下で暮らすことに不満を感じていた。

「ここが新たな君たちの家だ。
ダレル。君には彼女の護衛を務めて欲しい。頼んだぞ!」
ナポレオンは彼の肩をポンと叩く。
だが、明るい調子のナポレオンとは対照的に男は絶望したような顔を見せた。
「ここに連れてこられたのは……俺がもう戦えないからか……」
彼の足は歩けるようになったもののそれは引きずるような形だった。右太ももを持ち上げることは出来ず、後遺症として右足の感覚が失われたのだ。
この足では戦場にたつことはできない。
戦場にたてないことは男の死刑宣告でもあった。
男は故郷の街を世界帝軍から守るためにレジスタンスで活動してきた。戦場にたつことが、彼の故郷への気持ちを麻痺させていたのだ。
それが出来ないと決まった今。
女の護衛を任された今。
彼は故郷の家族たちに貢献出来ているのだろうか……。
その不安が大きな闇になり、彼の背後を襲うのだ。

「貴銃士にとってその女性は大事な心臓だ。彼女が居なければ、貴銃士たちは姿が保てなくなる。なにか有事があった際は……任せたぞ。」

ナポレオンは彼の肩に乗せた手に力を入れる。その表情にダレルはゆっくりと頷くしかないのだ。
酷い男だとシャルルは思った。
故郷を救いたいと願い、立ち上がった男に女の護衛をさせるのだ。
それは彼の願った<理想の姿>ではない。
いつ、自分が犠牲になってもいいように覚悟を決め、毎日を生きなければならない。

自分の体が戦場に立てるものではない、自分が役に立てるのはこれしかないと知っている。だから、彼は頷いた。
ナポレオンもそれを分かっていた。

ダレルは戦う覚悟を持っていた。
守るべき民ではなく、ナポレオンの戦友であったから、厳しくもこの選択がなされたのだった。


荷解きをしている合間に日は傾き、森もオレンジ色に染まり出した。
女は自室になる医務室を整理していると軽いノックの音が2つ聞こえ、扉を開ける。
そこには、いつもの人懐っこい笑顔ではないナポレオンが立っていた。
彼は扉の前で女を見つめる。
しばらく、沈黙が続いたあとにナポレオンは「恨んでいるか」と小さい声で問うた。
ナポレオン自身、この行いは女をレジスタンスから追い出したようなものだと理解していた。マスターが好きだった貴銃士達はこれをよくは思わないだろう。
シャルルを始め、フルサトやシャスポー。
色々な銃に反対をされた。
だけど、彼女には世界帝軍への反逆の意思はなく、その覚悟すらない。
無理に戦場に出す方が酷だと思った。
それはお互いに不幸の種になる。

女はナポレオンの言葉に
<いいえ。それに従います>と。

自分の意思を示さない女に対し、ナポレオンは苛立ちを感じた。ナポレオンは女の首に手を添え、「ココでお前を殺すと言っても従うのか……」
そのナポレオンの言葉に女は目を閉じ、肯定した。否定も拒絶もせず、流される意思のない女。
それでは、任務を受けたダレルが浮かばれない。
「お前が何も考えたくないのであればそれでいい。この状況がお前の望んでいた事ではないことも知っている。だが、殺されることを肯定するな。
お前の命はもう1人だけのものでは無い。
お前を守る役目を持つものの事を軽んじるな」
ナポレオンは手をかけていた首からするりと手を引くと、外を出ていった。

その日の夜、彼らは森を出発し、
ダリルと女の二人暮しが始まったのだった。

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