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Short story



私はその感情を知った時、思いのほか体に馴染んだことを覚えている。雨粒が地に落ちるように自然に。
けれど、そうして気づいたからといって、意図的に行動に出ることも、無意識に変わることもなかった。それは物としての私がその感情を許してはいなかったから。

私の物としての意識が否定をし、感情が肯定する。その繰り返しの日々を送り、黒い泥が生まれた。
貴方が作ったこの手は貴方の手を握れない。
貴方が作ったこの口は貴方に愛を囁けない。
貴方が作ったこの体で、こんなにも幸せで苦しい感情を知ってしまった。
それが私には憎い。

「ラァーップ!」
遠くで陛下の声が聞こえた。また、何かやらかしたか無理難題を押し付けられるんだろう。けれど、仕事の時は考えずに済むから楽だった。あの人のわがままの対処に頭を使って入ればこんな感情は忘れられる。

陛下の元へ行けば彼は大量にまとめた報告書を押し付けてきた。
この手の報告書は彼の苦手な分野だ。
そもそも陛下にやらせる事ではないが、彼は本物の陛下じゃない上にここはレジスタンスだ。苦手な事をやらなくてはいけない、そんなこともある。けれど私は彼の副官だ。そうなったからには仕事をしなければ。

「お前は優秀だ。
人の機微に気づき、考え、対処をする。
優秀な副官だ。」

私が報告書を確認しようと一枚目の紙をめくろうとした時、陛下は唐突に賛辞の言葉を私に言った。

「だが、何事にも例外はあるだろう。
じっくり考えろ。しかし、行動する時が来たなら、考えるのをやめて、進め。」

行動する事はこれからの私の課題だと陛下は私の肩を叩いて、外に出て行った。
彼は陛下ではない。だけど、ナポレオン・ボナパルトを引き継いでいる。
普段はわがままばかりの男だが、どうやら私は素晴らしい上司に巡り合ったらしい。

そういえば、最近は自分の感情への整理を優先して、彼女と話をする事を避けていた。
報告書を提出したら、少し話をしてみよう。

私は受け取った報告書を抱え直し、確認のため一枚めくった。報告書の紙は1つの文字も見当たらず、真っ白だった。
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