Short story
「ナポレオン殿、愛を知っているか」
いつもの取り引き後、雑談などしないはずの俺がこぼした言葉に奴は「ほぉ…?」と心底面白そうに言葉を漏らした。
「お前からそのような言葉が出るとは驚いた。なぜそのようなことを??」
それもそうだ。
普段ならすぐに帰る俺が愛などを知っているかなど笑い話だ。
「戯言だ。忘れよ」
そんな話しを無かったことにしようと椅子から立ち上がると、奴は「まぁ、待て。座れ」と…機嫌を損ねても後々面倒だと考え、座り直す。
「愛とは広く深いものだ。知っているかと言われればこの私だって愛の全てを知り得ない。」
話す奴は楽しそうだ。
後ろの副官殿が心底面倒くさそうな顔をしている。これは話が長くなると悟る。
「《親への愛》《子への愛》《異性への愛》《友への愛》どの愛も人が抱く、尊く素晴らしいものだ。」
奴は唐突に今まで楽しそうに笑っていた顔を歪ませる。
眉を下げ、俺に同情するかのように
「だが、貴銃士の愛か…
それはどのようなものなのだろうな…
貴銃士の身でない私にはわからない。
よければ貴殿が教えてくれ。」
貴銃士の愛
言葉を聞いた時、なぜか目に映るものが鮮やかに色づいた気がした。
だが、すぐに色づいた色は黒く染まる。
知りたく無かった。それを否定するために俺は奴に問うた。だが、帰ってきた答えは俺の気持ちを明確にした。
「俺は愛を知っているかと聞いただけだ、俺が知るか。そして、今後も知ることはない。俺の道に愛は不要だ。人の欲だけが俺の道を作る。」
ここにはいられない。
これ以上ここにいたら俺の道が消える。
俺が目指してたものが霞んでしまう。
椅子から立ち上がるとエセンが扉を開けた。
「愛も欲だ。」
部屋から出る寸前、背中を見せる俺に向かいナポレオンは言った。
その言葉に思わず足が止まる。
返す言葉が見つからず、俺はその言葉から逃げるように部屋を出た。
「欲は捨てられんな」
部屋から出た後、奴の笑い声が聞こえてきた。煩わしい…
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「陛下。何を見ているのですか?」
昼下がり、ナポレオンは窓辺に腰を落ち着かせていた。
気持ちの良い風が部屋に入り、彼の赤い髪を揺らした。
彼に問われればナポレオンは心底愛おしそうに笑い…
「捨てきれない欲を見ていたんだ。」
その視線の先には木陰で本を読む
取り引き相手とこの基地のメディック。
どうやら彼女はうたた寝をしているようだった。
「愛は自覚してしまったら求めずにはいられないのだよ。なんたって欲だからな。」
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