第7章
紅い鴉の夢主の名前
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夕飯を済ませて自室に向かう悧塢は食事が終わってから漸くクロームの食の好みを聞いていないことに気付き、次の機会があれば訊ねようと心に留めていた。そんな考えは廊下の角から現れ駆け寄ってきた骸を目の当たりにして思考の外に追いやられてしまった。
「ああ! 僕の愛しの悧塢がこんな所に!!」
「ひっ!?」
車のように突進してきた骸を攻撃するわけにもいかず慌てて避けると鈍い音を立てながら両手を広げた状態で廊下の壁に顔面から激突した。はずなのだが。
「……クフ、クフフフ……照れなくてもいいんですよ? 僕と悧塢の仲じゃないですか!」
「どんな仲ですか!? お、追いかけて来ないで下さい!!」
考えの読めない笑みを湛えたまま壁から離れた顔には傷ひとつ無く、再び突進する勢いで追いかけてくる骸に言い知れない恐怖を抱いた悧塢は全速力で逃げる。全速力だが振り切れないほど速かった。
「何故抱きつこうとするんですか!?」
「理由なんてどうでもいいじゃないですか。愛に理由は要りませんよ?」
「愛って……そんなのありません! 家族じゃないんですから! そういう相手に頼んでください!!」
愛情とは親が子に与えるもの。そんな認識のもと骸にそう叫んでやれば途端に憂いの色が骸の顔を染める。
「いませんよ」
「?」
「僕に家族など存在しません。僕らは施設にいましたから」
骸の声音に振り向いた悧塢はゆっくり走る速度を落としてやがて止まる。触れてはいけない所に触れてしまったと後悔しても遅いのだ。それならば。
「ようやく僕の胸に飛び込む気になったんですね!」
「……」
立ち止まった悧塢に無遠慮で抱きついた骸だったが先ほどまで恐怖すら見え隠れしていた彼女からの反応がないことを訝しみ腕の中で大人しくしている存在を見下ろした。
「? ……悧塢?」
「辛かったですか」
「!」
「誰にも愛されなかったのは、辛かったですか?」
まるで落ち着かせるように背中を撫でられて、問われた内容に目を見開きながら骸はからかうのをやめた。
「……何故、そう思ったのですか?」
「経験があるので」
「……悪ふざけが過ぎましたね」
どんな反応をするのか挑発したのだと打ち明けて素直に謝罪した骸は今度はふざける事無く悧塢を抱き締めた。愛情を求められているということは家族と呼べる対象に己が近かったのだろうと推測して悧塢は振り払わずに大人しくしていたが、視界に波動を感じて抱き締めてくる骸に呼び掛ける。
「六道さん」
「骸、と呼んで下さい」
「……骸さん」
「悧塢、もう少し。このままでもいいですか?」
「……わかりました」
「ありがとうございます」
きっと離してはもらえないのだろうと諦めた悧塢は何も言わずに腕の中に収まっていることにした。二人から数メートル離れた廊下の奥には壁に背を預けながら綱吉がやりとりを聞いており、静かに踵を返してその場を後にしたのだった。
「…………すみませんでした、悧塢」
「いえ、私は何もしていませんよ」
「充分救われましたよ。ありがとうございます」
「……では、私は部屋に戻ります」
「ええ、お休みなさい」
「はい」
去り際に見えた骸の目元が赤かったのは見なかったことにしようと、先ほどの姿を胸に仕舞い込んでから悧塢は自室に向けて歩き出した。
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