第45章
紅い鴉の夢主の名前
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布団の中がいつもより温かく感じて意識が浮上する。瞼を持ち上げて視界に映ったのは丸みを帯びた頬と今よりも短めに切り揃えられた黒い髪。寂しさを秘めた紅い瞳はまだ瞼によって遮られている。子供の体温は高くこの時代の悧塢と比べても幾分温かいことが、今現在隣で寝息を立てているのは紛れもなく過去の幼い悧塢だということを肌でも感じてしまって目を細める。正直なことを言ってしまえば、朝起きて隣で眠っているのが幼い悧塢のままで嬉しくもあり落胆もした。ああ、まだ帰ってきていないのかと。
「……悧塢、元気かな……」
呟きながら幼い悧塢の頭を撫でると、唇を動かし言葉になりきらない音を紡いで睫毛を震わせた。撫でられる感触に微睡みから引き上げられたのか、ゆっくり瞼が持ち上がり紅い瞳が綱吉を映す。
「ん……んー……つなさん……?」
「うん、おはよ」
「…………! おはようございますっ」
言葉を交わした途端に覚醒したらしく驚きつつも挨拶をして微笑んだ悧塢に朝から癒される。可愛い。顔がニヤけてしまう。仕事しろ頬の筋肉。悧塢と二人だからいいか。
そのまま幼い悧塢を見つめていると枕元にあったくまのぬいぐるみに気付いたようでそれを抱き寄せて嬉しそうにまた微笑んだ。嬉しそうなのはくまのぬいぐるみのせいか、それとも起床時に目の前に誰かがいることがあまり無かったからなのか。どちらにせよ追及はせずに幼い悧塢の髪に指を通す。
「どうする? まだ眠いなら二度寝しちゃおうか? それとも朝ごはん食べに行く?」
「………………あさごはん……食べたい……」
「じゃあ起きて顔洗いに行こうか」
「うんっ」
思ったことを口にすることにまだ抵抗はあるようだが、それでも少しずつ言おうとしているのが気を許してくれているようで嬉しい。そんなことを考えて昨日と同じように部屋の案内をするためにベッドの縁に腰掛けると、先にベッドを降りて迷う様子もなく洗面台のほうへ歩いていく悧塢の様子に驚いて凝視してしまった。昨日教えた一回で建物内を把握しているのかと。幼いながら流石はヒットマンだと感心すると同時に、子供らしく過ごしてほしいという気持ちと相反していることに気付いてため息を吐いたのだった。
顔を洗い終えて手を繋いで食堂に向かうと、テーブルではなくその先にある厨房へ行こうとする悧塢の足を止めるためにゆっくりと立ち止まる。つられて足を止めざるを得なくなった悧塢がきょとんと見上げた先で綱吉が優しく微笑んだ。
「今朝は獄寺くんがご飯用意してくれてるよ」
「あ」
「毎日作ってたんだもんな」
どうしてその行動に到ったのかまで理解してくれている綱吉の言葉に申し訳無さと嬉しさが入り混じったような表情を浮かべた悧塢は握った手に力を入れ一呼吸置いてから頷いた。気にしていないよと言外に伝えるために頭を撫でた綱吉が食堂の椅子へと悧塢を誘導して座ると二人を待っていたかのようなタイミングで獄寺が朝食を配膳し始める。皿の上に乗せられていたものに見覚えがあった綱吉は思い当たったそれかと確認するために獄寺を振り仰いだ。
「あれ。隼人、このスコーンって」
「はい、悧塢の作り置きです」
「! これ、りおが作ったの?」
「そうだよ」
余程興味があるのか未来の自分が作ったというスコーンを手に持ってまじまじと観察し、匂いを嗅いで恐る恐る口に運ぶ。真剣だった目が咀嚼した瞬間輝いた。
「美味しい……」
「悧塢が頑張ったから将来こんなに料理が美味しくなったんだよ?」
「本当に? 本当にこれをりおが作ったの?」
「信じられない? 毎日美味しいご飯食べさせて貰ってるよ」
言われた言葉を反芻しながら驚いた瞳を綱吉からスコーンへと移して口をもぐもぐと動かす。驚きのほかにこれを目標とすべく観察しているのだろう。健気で可愛いものだ。そんな少女に微笑んでジャムの盛られた小皿を置きながら獄寺は一言付け足した。
「ちなみにジャムも手作りだぞ」
「!?」
これでもかというほど大きく見開かれた目が獄寺と綱吉を順に追って、それから再びスコーンへと視線を向けた悧塢は硬い表情で頑張ると呟いた。そして意を決したように獄寺を見上げる。
「ごく、でぃ、……ごく、でらさん」
「、おう」
「ジャムの作り方教えてくださいっ」
「いいぞ。口頭で大丈夫か?」
「うん、できます」
意気揚々と向き直った悧塢は一言一句聞き逃すまいと前のめりで獄寺の言葉に耳を傾けようとするが、起床した守護者達が食堂の扉を潜って集まってくる様子に他の人達を優先するだろうと萎縮する。だが獄寺は勝手にやらせると一瞥だけして悧塢に教えることを優先したため驚きつつもむず痒い気持ちを感じながら喜んだ。
「鍋の中にヘタを取った苺を入れて砂糖をまぶして放置すると中の水分が出てくる。そしたら火にかけるんだ」
「! 砂糖だけで水が出てくるの?」
「他の果物でも出るぞ」
「すごい! りおにも作れる?」
「作れると思ったから教えてる。お前は飲み込み早いからな」
「えへへ、ありがとうございます」
笑顔で教えを乞う悧塢を見つめながら食堂に入ってきたクロームは自分の朝食を用意しながら綱吉に話し掛けた。
「……ねぇボス、変なこと聞くんだけど……」
「何?」
「悧塢に子供が出来たら、こんな感じなのかな」
「…………悧塢との子供……」
「ボス、ボス、悧塢の子供」
「…………それはそれでいいなとは思うけど……しばらくは悧塢と二人きりがいい……」
「ボス落ち着いて」
結局獄寺から料理を教えて貰えたとはしゃぐ悧塢が綱吉の元へ駆け寄っていくまで、有り得ざる幸せな妄想に耽っていた。
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