第4章
紅い鴉の夢主の名前
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悧塢がボンゴレに来てから数日経った頃のお昼時。未だにまともな任務もなく時間を持て余していた彼女は屋敷の廊下から外に面した窓を見やって徐に立ち止まる。彼女の感覚的な視界では数刻前から複数の波動が屋敷の周りを彷徨いており、雇われている身として看過出来ず目を細めた。
「……狙いはボスか……」
「あれ、どうした? 悧塢」
「ボス」
窓際に寄り掛かっていた悧塢を見た綱吉はその姿が珍しくて声を掛ける。気を抜いたように脱力する姿はさながら寛いでいるように見えなくもないが、その目は鋭く窓の外へ向けられている。つまりは絶賛警戒中なのだ。何が彼女をその行動へ走らせたのかを知るために己も窓辺へ寄った。
「いえ、屋敷の周りに人が沢山居るんですよ……二十、三十かな……」
「……あー、そういえば今日来るとか言ってたな……めんどくせぇ」
「……追い払いますか?」
「いや、同盟ファミリーだし……何より兄弟子なんだよ」
「……橙……あの金髪の方ですか?」
集団の中に一人だけ居る橙色の波動を視認すると明らかに身なりが違うので示して聞けば、綱吉が視線を追って溜め息を吐いた。
「もう来たのかよ……仕方ないな。悧塢、悪いけど出迎えて執務室まで連れてきて」
「わかりました」
指示を出されて逸る心を表情には出さないようにと努めながら悧塢は目隠しをして玄関へと向かった。仕事もしないで雇い主の屋敷で過ごすことに罪悪感は日に日に募っていき、小さな頼まれごとでもそれを理由に心の平穏を保っていたのだ。それを口には出さないため綱吉が知る由もないのだが。ドアを隔てた先から先ほど視認した橙色の波動の男性が一人とその周りを部下らしき数人が囲って歩いてきたため、悧塢は臆することなく扉を開け放つ。突然開いた扉を警戒するように即座にボスらしき男の前に人が増え、反応の早さに感嘆の声をあげそうになるも平静を装って頭を下げた。
「ボスとお約束していらした方ですか?」
「ん? ああ……お前は? 見ない顔だが……」
「……ボスに雇われた者です。ボスがお待ちですので、どうぞこちらへ」
「ああ」
声と雰囲気しか分からないが穏やかなそれに背後からの奇襲はないだろうと踏んで訪れた人達を執務室まで案内している途中、ボスであろう男性に後ろから声を掛けられた。
「お前、名前は?」
「……盲目の鴉とだけ」
「! あのヒットマンか。ツナのやつスゲェ奴雇ったな」
「……」
「……お前、目が見えないのか?」
「……波動が見えるので目隠ししていても判りますよ。……貴方は橙ですね」
「は!? 何だそ「着きました」」
これ以上追求させまいと言葉を遮り目的地である執務室の扉の先に橙色の波動があることを確認してから悧塢はノックをして指示通り連れてきた旨を伝える。室内にいた部屋の主は入っていいよと入室を許可した。開けられた扉の先では綱吉がデスクに頬杖をついて書類を睨んでいたが、ふっと息を吐き出すと貼り付けたような笑みを湛えて来客用のソファを指し示す。
「いらっしゃい、ディーノさん」
「おぅ、サンキューな」
ディーノと呼ばれた男性は慣れたようにソファに腰を下ろして綱吉へと笑いかけながら片手をあげた。それを見て部下らしき人達はドアの外で待機しようと移動し始めたため、悧塢もそうするべきかと頭を下げて踵を返し退室しようとした……のだが、綱吉が声を掛けた為にそれは叶わなかった。
「何帰ろうとしてんの? お前もここに居ろよ」
「……横暴ですね」
「悧塢ちゃん?」
「残りますから名前呼ばないで下さい」
名前を教えていないのに、と心の中で愚痴を溢すと案の定会話を聞いていたディーノは興味ありげに悧塢の方を向く。ヒットマンとしての呼び名は知っていたのでその本名を知れて得をしたとでも考えているのだろうか。広められないように口封じと称して息の根を止めたい衝動に駆られるが、雇い主の知り合いではそれも出来ないと小さくため息を吐いた。
「へぇ、お前悧塢って言うのか?」
「…………はい」
「(うわ、名前教えてなかったんだ)……失態」
「ん? 何で失態なんだ?」
「気にしないで下さい……」
「ボス、帰っていいですか?」
「ダメ……悧塢、おいで」
「……」
執務机で項垂れた綱吉に進言するもあっさり一蹴されてまだ何かやることがあるのだろうかと首を傾げる。それを見た綱吉は少しだけ警戒している悧塢を手招き大人しく目の前まで歩み寄ってきたことに満足して微笑んだ。
「目隠し取る気ある?」
「あるわけないじゃないですか」
「じゃあ、俺の上に座って?」
「…………………………………………」
綱吉の言葉に理解力が追い付かず思考が停止する。上?上とは何処のことだ? 人の上に座ることなどできない。ではどういうことだろうか? そのまま固まっている間に悧塢の手が綱吉によって握られる光景に漸く我に返って脳が活動を再開した。掴まれた方とは逆の手は綱吉自身の太腿を軽く叩いていた。つまり綱吉の座った脚の上に座れと、目の前の雇い主はそう言ったというのか。
「悧塢?」
「なっ、何を言っているんですか!? 雇い主であるボスの上に座るだなんて非常識にも程があります!!」
「じゃあ、目隠し外して?」
「……座ります」
「いい子だ」
非常識だ。そんな失礼なこと出来ない。それは分かっている。それでも初対面の人間に瞳を見せるのは避けたい。どうせ怖がられるのは分かっているのだからわざわざ自分でその状況を作りたくはない。何故こんなことをするのか分からない。罪悪感を抱かせたいのだろうか。その目論見は成功しているので帰ってもいいだろうか。逃げたい。そんな悧塢の心境を知ってか知らずか満足げに微笑んだ綱吉は立ち上がると彼女の手を引いてディーノの座るソファの向かい側に腰を降ろす。そして悧塢を自分の膝の上に座らせた。
「……軽いな」
「知りません……」
「……見せ付けてくれるなぁ」
「ディーノさん、悧塢に手ェ出しそうなんで」
「悧塢目隠ししてても可愛いからなぁ。でも、こう見ると何かのプレイだぞ?」
顔が熱くなるのを感じながらこれ以上失礼がないようにと綱吉の膝の上で大人しくしていた悧塢はふと聞こえたディーノの言葉に首を傾げて目の前にいる綱吉に質問した。
「……ボス、プレイって何ですか?」
「んー、今度詳しく教えてあげるよ」
「? わかりました」
「え、もしかして悧塢ってそういう知識……」
「ほとんど皆無」
呆れ顔で受け答えする綱吉だったが次の瞬間には何かを企むように意地の悪い笑みを浮かべてディーノを見る。
「まあ、その方が俺好みに育てられるしね」
「本人の前で何言ってんだよ……」
「? それで構いませんよ。雇い主のお役に立てるなら」
「……なるほどな」
「?」
ディーノが悔しそうに呟いて項垂れる姿に悧塢はまた変な事を言ったのかと心配になった。
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