第43章
紅い鴉の夢主の名前
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綱吉が悧塢と日本へ行くために溜まっている書類と格闘していた夜の執務室。既に半日をデスクにへばりついて作業に勤しんでいる姿に悧塢は不安になるが、守護者たち曰く更に激務だったこともあるので今の量ならば問題はないという。つくづくボスという立場は大変なのだと考えさせられ後で夜食を持っていこうと悧塢は心の内に留めておく。
「これは正一君に渡してデータ化。そっちは隼人から各守護者に渡しておいて」
「はい」
「あとクロームと武とお兄さんの経過報告もあとで頂戴」
「解りました」
「これは悧塢の仕事の報告書ね。詳細もちゃんと書くように」
「はい」
「あとの書状は面会した時に渡すやつだから……」
素早く的確に仕分けられていく紙の山に長年の慣れが垣間見える。そんな折、廊下から慌ただしくも軽い足音が聞こえる。その音に悧塢はまるで子供の足音ではないかと首を傾げたが、足音の理由を知っている綱吉と獄寺は深いため息をついた。
「……また十年バズーカ使いやがったな、あのアホ牛……」
「……はぁ、仕事増やすなよ……」
執務室の扉が少しだけ開き床に近い位置から量の多い毛髪と角が覗く。次いで現れたのは大きな瞳と牛柄の服。それらの持ち主は部屋の中を確認すると体を滑り込ませてきた。そしてその姿に悧塢は目を見開く。子供の姿はランボの部屋に飾ってあった写真で見たものと寸分違わないが、その正体は十年前のランボのはずだったからだ。全く同じ姿ということは自分と同じクローンなのかと戦慄するが、獄寺の口から発せられた十年バズーカという単語にボンゴレには時を遡れる機械が存在するという噂があったことを思い出す。疑いつつも悧塢は子供の前に膝をついた。
「……ランボ……さん?」
「あららのら~? お前だぁれ?」
「えっと……私、悧塢って言います」
「りお~?」
「はい」
「オレっちはー、ランボさんって言ってねー、ボヴィーノファミリーのヒットマンなんだもんね!」
「わ、すごいんですね」
「……えへへ、ランボさん、りお気に入ったもんね! 遊ぼ遊ぼ!」
「……」
褒められた嬉しさを隠すことなく悧塢のお腹辺りに抱き付いた子供のランボを見つめる綱吉の目は疲れも相俟って感情を隠すことはなく冷たい色を湛えていた。それは声にも表れるが威圧はしないようにと何とか制止しているようにも窺える。
「……離れろランボ」
「なんで~? ランボさんはりおと遊びたいんだもんね!」
「おいランボ、大人しく十代目の言うこと聞けねぇのか」
「べーだ! ケチなツナの言うことなんか聞きませぇ~ん」
「……ぁあ?」
「ヒェッ……りお~アホ寺こわいんだもんね……」
「わっ、えっと……大丈夫ですよ、皆さん優しいですから、ね?」
抱き着かれて狼狽えながらも怖がるランボを何とか宥めようと抱き抱えて頭を撫でてみる悧塢。子供に対してはまだまだぎこちなく接していて不安なのは見て取れる。子供にはそこまでの機微は分からないので純粋に撫でられたことに安心して悧塢の胸元にすり寄った。それを見た綱吉の機嫌は反比例するように下降の一途であったが。
「……隼人」
「はい」
名前を呼んだだけで綱吉の意図を理解した獄寺がランボに近付く。まるで貼り付けたように笑みを湛えたその表情からは命令を完遂させようとする右腕の顔しか窺えない。
「ランボ、おやつ作ってやるから悧塢から離れて俺と食堂行くぞ」
「やだもんね! りお! 助けろ!!」
「え、どうすれば……?」
「悧塢、無視してこっちおいで」
「あ、はい……!」
「やだもんね!!」
悧塢が立ち上がって獄寺にランボを引き渡そうとするが、駄々を捏ねて彼女の服を掴んだまま離れようとしない。呆れた獄寺が多少無理矢理にでもとランボの首根っこを掴んだ途端、子供のランボが髪の毛の中に手を入れる、次いでそこから何かを引っ張り出した。
「アホ寺のバカー!!」
「やべっ!」
「!!?」
目の前に現れた物体に目を見開く。ピンク色に塗装されたそれは戦闘で用いられるバズーカ。そこまで大きくないとはいえそもそもが殺傷力の高い兵器であり子供が扱うことなど到底無理な代物のはず。そのトリガーに子供の指がかかり、咄嗟に手を翳して黒い炎で
「「悧塢!!!」」
十年バズーカに被弾してしまった悧塢と入れ替わるようにランボが過去から帰ってきたが、彼の顔面はビアンキの作ったであろうケーキまみれになって伸びていた。そんなランボを横目に綱吉と獄寺は悧塢を心配して焦る。何も知らない悧塢は自分が未来に飛ばされたとは夢にも思わないだろう。そしてこの時代の悧塢はあと一年ほどしか生きていられないかもしれないという状況で、煙が晴れた先には誰もいないのではないかと綱吉の焦りは消えない。彼女はいないと突き付けられるようで見たくはなかったのだが何故か気配はある。どういうことだと目を凝らした綱吉の視界でゆっくり煙が晴れた場所にいたのは予想外に小さな少女だった。
「な……!」
「え、悧塢?」
「っ!!!???」
床を見つめる少女の名前を呼ぶと驚いたらしく跳ねた。いつかのように本当に跳び跳ねた。昔からだったのかなんてどうでもいことを考える。いや、それよりもと綱吉は一度冷静に状況を確認した。悧塢の黒い炎で一部が消えた十年バズーカが故障した。以前にも故障して五分以上効果が持続した例があるので確証はないが恐らく今回も五分で戻ってくることはないだろう。いつ戻る? 只でさえ時間がないというのにまさか長期間離れることになるとは。どうするべきか。綱吉が腕を組んで悩んでいると、小さい悧塢の右手がゆっくり背中側に回される。そして気付いた。
ああ、この頃にはもうヒットマンだったのかと。
「悧塢、何が起こってるか判らないだろうし今の状況を教えるからナイフは出さないでくれな?」
「!?」
「その歳にしては流石だ。けど俺には君をこんなことに巻き込んでしまった説明をする義務がある。聞いてから、色々判断してもらえると嬉しいんだけど」
「……」
敵意がないことを示すために優しい声音で語りかける。自分の初手を暴かれて動揺している幼いヒットマンは、目を瞑って下を向いたまま震えつつも声を掛けてきた。
「……じ、じゃあ、何でりおの名前知ってるの」
「だって悧塢が教えてくれたし」
「!? し、知らない!! りおの名前知ってるのは龍兄だけだもん!」
「……龍羽か」
「……龍兄……知ってるの……?」
「知ってるよ、龍羽有名だから」
「……そっか……」
身内を知っていると言われて彼女の声が少しだけ嬉しそうに聞こえたのは間違いではないだろう。この時代の彼女から聞く限り、幼い悧塢にとって頼れる人間は龍羽だけだったのだから。
「……ねぇ悧塢、紅い瞳見られるの嫌? ここにいるみんなもう知ってるんだよ? ねぇ、隼人」
「はい」
「!!??」
「大丈夫だよ。俺たちは悧塢のこと嫌ったりしないから」
悧塢を落ち着けようと彼女の目の前に膝をついて頭を撫でると、目を開けて顔を上げてくれた。どこか怯えたように揺れる瞳は初めて彼女の瞳を見てしまった時を思わせる。この年齢で既に心無い言葉を浴びせられたのだろうか。腸が煮えくり返りそうだが少女を不安にさせないためにも表情には出さない。
「落ち着いた?」
「……ほんとに……気味悪がらないんだ……」
「そうだな……この屋敷に右目だけ赤い奴いるからかな」
「しかも六って漢数字入りのな」
獄寺と二人で優しく話しかけるといくらか緊張が解けたらしく、まだぎこちなくだが笑い始めた少女は辺りを見回して綱吉に問い掛けた。
「……あの、りおは知らないけど、りおと会ったことあるなら……ここは、夢? ……それとも、未来、ですか?」
「……お前何歳だよ」
「七歳」
「……その歳でヒットマンやってるだけあるな、流石だ」
「ここは君のいた時から十五年後の世界だよ」
「そうなんだ……」
悧塢の声が少し不安そうに小さくなる。時代も場所も知らない、なんて訳の分からない状態に陥ってしまえば当たり前のことだが、世間というものを知らない彼女にとっては魔境に等しく幼い故に相当不安なのだろう。
「……ですが十年バズーカが故障したとなると、いつ戻るか……」
「そうだよね……悧塢、悪いけど暫くは俺たちと一緒に過ごしてね」
「……はい」
悧塢は返事をすると一度視線を彷徨わせてから控えめに綱吉を見上げて声をかけた。
「あ、の……名前、聞いてもいいですか……?」
「あぁそうか」
綱吉はそこで、幼い悧塢にまだ名乗っていなかった事に気付く。自分は悧塢の事を知っていても、それはあくまで“この時代の悧塢”だ。目の前の彼女はまだ自分たちとは会ってすらいなかった頃の少女だというのに失念していた。
「俺は沢田綱吉、よろしく」
「つな、よぉ……し……?」
「言いづらいかな、じゃあツナでいいよ」
「……ツナさん?」
「そ。上手」
上手く呼べたことに対して褒めてやると少しだけ嬉しそうに目元が綻んだ。そうだ、この年頃と言えば出来ることをやって褒められて精神的にも情緒的にも成長していく頃だ。それすらも、無かったのだろうか。こんな些細なことに喜ぶということは。それならば悧塢が出会った当初、知識と感情を表現する力が欠如していたのも頷ける。そんな思考は悧塢の視線が綱吉の背後にいた獄寺に移ったことで霧散した。
「えっと、そちらの……」
同じく名前を聞こうとしたであろう悧塢の言葉は獄寺の胸元で発せられた音に遮られ、取り出されたそれが携帯だったこともあり邪魔をしてはいけないと思ったらしい悧塢は思わず口を噤んだ。
「悪いな悧塢、また明日だ。では十代目、失礼します」
「うん、おやすみ」
獄寺へ挨拶を述べた綱吉の視界の端で幼い悧塢の頭が揺れたのが見えた。ふと、この頃の悧塢はどれくらいの時間帯に眠っていたのだろうと考えるが、子供が眠る時間はとうに過ぎていることに気付いた。
「悧塢、眠いか?」
「! いえ、あの……」
「いいよ無理しなくて。子供が眠い時に寝て何が悪いんだ?」
「……………………ねむい、です」
「じゃあ、ベッド行こっか」
「ん……」
綱吉の鳩尾の辺りまでしか身長のない体をひょいと抱き上げると既に眠そうだった悧塢が安心したように擦り寄って目を閉じた。警戒を解いてくれたのだと内心喜ぶ綱吉は、自室のベッドに悧塢を横たえると一旦寝間着に着替えるためそこを離れた。
小さく聞こえた扉の開閉音に綱吉の視線はそちらへ向く。扉から不安そうに顔を覗かせているのは先ほどベッドへ横たえたはずの悧塢だ。
「あれ、どうした?」
「あの……誰もいなかったので……音がする方に……」
「そっか。ごめんね、ちょっと着替えてたんだ」
悧塢と目線を合わせてから頭を撫でた綱吉は、彼女が嬉しそうに顔を綻ばせているのを見て驚いた。この時代の彼女は撫でるとすぐに抵抗したというのに目の前の彼女は逆に喜んでいたからだ。何か秘めた思いがあるのだろうが今はまだ追及せずにいようと優しく微笑んで腕を広げた。
「もう寝ようか。おいで」
「ん」
大人しく腕の中に収まってくれる悧塢を抱き上げて移動しベッドに下ろして綱吉自身もその隣に横になる。隣にいることを確認した悧塢が服の裾を掴んできたことを嬉しく思いつつ、その小さな背中に腕を回して抱き寄せれば紅い瞳が見開かれて次いで綻んだ。
「ツナさん……あったかいです……」
「……悧塢はいつも一人で寝てるの?」
「……はい……龍兄は、りおの為に働いてくれてるから……」
「そっか……ここにいる時は俺に甘えてもいいからな?」
「……はい……!」
綱吉の言葉に悧塢はまたもや目を見開いて、すぐ笑顔になる。それが心から嬉しくて笑っているのだと判る表情で、それだけで綱吉も嬉しくなり抱いた腕に力を込めると、二人の意識は夢の中へと沈んでいった。
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