第42章
紅い鴉の夢主の名前
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雲雀の仕事に同行出来て良かったと悧塢は改めて彼に感謝した。綱吉には前線に出るなと言われたが、現場に到着してみれば雲雀は背中を押して制圧の前線に並ばせてくれたのだ。いまだに波動は見えないが視界がひらけているので問題はない。身体が覚えていると悧塢は短刀に黒い炎を灯して相手の懐に飛び込んだ。
悧塢と雲雀が屋敷を出てから小一時間ほど経って、唐突にヴェルデが執務室に現れた。いつもの相手を小馬鹿にしたような笑みではなく、素直に喜びを感じている笑み。だがこの男の場合それは研究に関する時にのみ表れ、研究に関係していて自分の所に来る理由など今は悧塢のことしかないと綱吉は身構える。何か新しい事実を発見したようだが、絶対にいいことではない。超直感などなくともわかる。この男は非道だ。
「沢田綱吉……鴉の作り方、知りたいか?」
「っ!」
予想は的中するが、ヴェルデの言い回しに頭に血が上り椅子から立ち上がると大股に近付いて躊躇なく胸ぐらを掴み上げる。悧塢を物扱いする言動をされると怒りが抑えられない。抑える気もないが。そんな自分を見てもヴェルデの笑みは一向に崩れる気配がなかった。
「……」
「怖い顔をするな、私はお前をおちょくる為に言ったんじゃない」
「……ならどんな理由だ」
「鴉は他のクローンとは作り方が異なるんだ」
作り方。そんな風に言われたくはない。いくら培養液の中で生まれたからといって人の細胞を使っているのだから生命体として形を成したのならほぼ自然に人の形を形成していくはず。何なら体外受精だって成長過程はほとんど同じだ。
だがそれが他とは異なるとはどういう意味だろうか。そもそも悧塢は本人ですら気付かないほど人間と変わらない。肉体の話ではないとなると、炎だろうか。
「……どういうことだ」
「鴉は元々戦闘兵として作られていた謂わば捨て駒だ」
「それ以上言ったら……!」
「だが、それに特殊な炎が発生する要因はない」
「!」
「他の実験に使われていた七属性の炎を誤ってあれに投入してしまったとしたら?」
「え……」
突拍子もない仮説を立てられてすぐさま感情論を取り去った。黒い炎を定期的に使わなければならない彼女を助けられる方法があるのなら今は情報がほしい。掴み上げていた手を離してやるとヴェルデは何かの資料らしき紙の束をデスクに置いた。一部はエストラーネオに関係するもののようだが炎のパラメータが書かれている箇所を見つけて悧塢の炎に関することだと気づく。慌ててデスクにかじりついて文字を追った。
「鴉が白い炎を使った時、違和感を感じなかったか?」
「……」
「白い炎は恐らく大空、晴、雨、霧の属性。黒い炎は嵐、雲、雷だろう」
「ちょっと待て、他は解るけど黒い炎に雷の要素があるとは思えないんだけど」
「鴉の武器。たかが短刀とワイヤーだが炎を纏った時の殺傷能力は異常だとは思わないか?」
「!」
「そう考えれば辻褄は合う」
「……」
「通常の炎は全く無いと思っていたが、逆だ。鴉は七属性全ての炎で生きていたんだ」
「……だから、炎の効果を受けない……」
思い出されるのは隼人が活性化の特性をもつ晴の炎を翳していた時のこと。治るはずの傷は一向に変化を見せなかった。確かにヴェルデの理屈なら晴の炎からも派生した白い炎で内側から治している時に外側から干渉されれば彼女の内側でバランスが崩れて効力を発揮出来なくなるのも頷ける。だがそうなると以前彼女が言った“定期的に炎を使用する”という話では筋が通らなくなる。
「……ま、てよ……じゃあ、ただ
「そうだろうな。嵐雲雷のみを使用したところで他の属性との総体的なバランスも鍵になってくるのだろう。たかだかひとつふたつ減らしたところでどうにかなる問題でもないだろうが、現にあれは今の年数を生きている。死ぬ気の炎を見る事ができる瞳があったから出来た芸当なのかそうでないのかも判断できん」
「……前に手を握っていたら楽だったって言ってた……俺達の炎を悧塢に渡す、なんて出来るか?」
「興味深いがそれは判らん……待て、調和の炎でバランスを保ったか? となると大空は黒い炎を構成する際も使うのか。だが皮膚からの譲渡が出来るとすると接触は沢田が一番多い。相対的なバランスで言えばそれで調子が良くなったのは頷ける」
「俺は接触多めでいいってことか?」
「いや、どの属性の炎がどれくらいの割合を占めているのかまでは流石に判らない。貴様が出来るのは精々一時凌ぎだ。回復することはない」
「いや、今は一時凌ぎでも助かる。あとはクローム達にも協力してもらって……」
「もうあまり時間はないぞ」
その一言に椅子が倒れるほど勢い良く立ち上がる。時間が、ない。なんだそれ。なんとか絞り出した声は震えていた。
「どれ、ぐらい……」
「……一年あればいい方だろう」
まるで、漸く見つけた吊り橋が目の前で崩れ落ちて、対岸へ渡る術を失くしてしまったような、そんな衝撃だった。
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