第40章
紅い鴉の夢主の名前
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正直、ヴェルデが焦って走るところなんて今まで見たことが無かった。それほど切羽詰まった状況なのかとも思ったが、ならばヴェルデが悧塢自身を連れていかなかったのは納得がいかずベッドの上で上半身を起こしている少女を見下ろした。
「悧塢、今の忠告って……」
「……白い炎を使いすぎるなと……」
「……クロームに使った時も倒れてたもんな」
「はい……」
「……ヒットマンの仕事欲しがるのって、それに関係してる?」
「……え……?」
見られたくないだろうとベッドの縁に腰掛けて背中を向けながら話していたから顔は見えないけれど、声からして明らかに動揺している彼女にそれが事実なのだと思い知る。いまだ硬直して心を読まれたのかと心配している悧塢に、不安を拭ってやろうとその問いに至った経緯を続けた。
「……さっき骸に、悧塢に仕事させなきゃ死ぬ、みたいなこと言われて……少し気になった」
「……そう、ですね……はい……ヒットマンの仕事は……」
「……」
「白い炎も黒い炎も、使い続けてもずっと使わなくても、体調を崩すので……」
「……」
「私は、未完成のクローンだから……普通の人みたいに、炎の存在を知らなくても生きていられるわけじゃ、なくて……」
「……悧塢」
「沢山
「悧塢」
「!」
俯きがちに過呼吸になりつつ弁解を続けようとする悧塢を抱き締めて言葉を遮る。過呼吸のせいで不規則に揺れる肩が痛々しくて見ていられない。
「ごめん、責めてるとかじゃないから、そんなに無理して話さなくていいよ」
「ぅ、綱吉さん……」
「ゆっくり、伝えてくれればいいから……お前の苦しむ姿は、見たくない」
「…………ん……はい……」
「いいこ」
子供をあやすように頭を撫でて、背中をポン、ポンとリズムよく叩いて彼女を落ち着ける。頭の中で彼女の言葉を反芻してみたが、つまりこれからも定期的に黒い炎を使うような仕事を与えていかなければ彼女が死ぬ可能性があるということ。そんな物思いに耽っていた頭を現実に引き戻してくれたのは控えめに服の裾を引いてくる悧塢だ。かわいい。
「……大丈夫です、もう、苦しく、ない……」
「嘘」
「……綱吉さんの腕のほうが苦しい」
「え」
「ぎゅうって……」
知らぬ間に抱き締める腕に力を込めていたらしい。
それはもうがっちりと。逃げられないくらいには自分に縫い止めていた。のだが、連日眠り続けていた悧塢が脳裏を掠めてこのまま消えてしまいそうな不安に駆られてしまい離してやる気にはなれなかった。
「……綱吉さん?」
「……苦しいのは俺の愛の大きさの分だから受け入れろ」
「ぇ…………、ふ……ふふ」
「?」
「たまに綱吉さんの言うことは難しいです。苦しいのに受け入れろ、なんですね?」
「駄目なのかよ」
「ふふ、駄目じゃないです」
「……」
可笑しそうにクスクス笑う彼女を引き寄せてその頭に自分の顎を乗せると不思議そうな彼女の声が自分の心臓の辺りで響く。何も言わずに抱き締めたため心配しているのがまた心地よかったが抱き締めたのはそれだけが理由ではなくて。
「綱吉さん? どうしました?」
「受け入れてくれたのが凄く嬉しくて情けない顔してるかもしれないからこうしてる」
「……見たいです」
「えっ」
思いがけない言葉に驚きが隠せない。くいくいと袖を引っ張って訴えてくる悧塢は可愛いけれど、生憎好きな子に情けない顔は見られたくない。
「お顔見せてください」
「いや、ほんと、今はちょっと、ってこらこらこら」
彼女の両手が自分の頬へ伸びる。ここまで積極的に関わろうとしてくれたのは嬉しいが方向性はちょっといただけない。
「待っ、悧塢!」
「ぁ」
「!」
ああ、しまった。彼女の両手を捕まえて、思わず視線を下げてしまい、覗き込もうとしていた悧塢と瞳が重なってしまった。いつもの威厳などどこにもない、困り顔で火照った顔を隠そうと必死になっている、ただの沢田綱吉と。
「……」
「カッコ悪いから見られたくなかったんだよ、こういう時の顔」
「……でも、綱吉さんたまに甘えてくるから、かっこよくない綱吉さん見慣れてる気がします」
「カッコ悪いのとはまた違うだろ……」
「カッコ悪い綱吉さんも綱吉さんです」
「!」
ああ、それはずるい。“弱い、ただの沢田綱吉”それはこの世界を生き抜くと決めた時に、ボンゴレのボスには弱い部分など無いと虚勢を張るために、胸の奥底に仕舞っていたというのに。いとも簡単に引きずり出してしまったばかりか、どんな俺でも俺なのだと何でもないことのように口にする。俺の全部を、良しとしてくれる。それがどれだけ俺を救うかなど彼女は知る由も無いのだろうが。
「……ありがとう」
「え?」
「なんでもない」
感謝される理由が判らない悧塢は疑問符を飛ばすがそれを受け流して掴んでいた彼女の両手を目の前に持ってきて右手の甲に口づける。
「あの……? (なんか……キラキラ、してる……?)」
「それより悧塢、物凄く積極的だね? 俺としては嬉しいけど長時間生殺しはちょっと、ね?」
「…………」
悧塢から身を乗り出したため互いの顔の距離間は十数㎝ほどだろうか。言葉にされてから認識して後ずさるも握った手がそれを許さず、慌てながらその行動に至った心情的経緯を弁明し始めた。
「あ、いえ、その、なんででしょう……そう、見えなくなってから人の体温に安心してるのかもしれないです」
「今思い付いただろそれ」
「だって理由なんて考えてなくて……!」
「無意識ならそれはそれで嬉しいけどな」
「……甘えてるのは、確かだと思います」
「!」
視線を逸らしながらはにかむ悧塢に愛しさが溢れて止まらなくなる。綱吉とは長時間一緒にいたため波動が見えなくても慣れたことを“甘えてる”と表現してくれた。この少女は自分を喜ばせる天才だと綱吉は常々思う。そんな悧塢と、ずっと一緒にいられたら、と。
「……なあ悧塢、日本って興味あるか?」
「? はい、京子さんやハルさんも楽しそうに教えてくれましたし」
「今度さ、一緒に行かないか?」
「!」
「母さんからたまには顔見せろってメールきてたんだ、休暇とリハビリがてらに、どうかな?」
「綱吉さんの、お母さま……」
「母さんは優しいから悧塢を怖がらせるようなことはしないし」
「…………行ってもいいですか?」
「! ああ! 溜まってる仕事は終わらせておくから、悧塢もそれまでに少しは体力回復させとけよ」
「……お仕事溜まってるんですね」
「……」
ああ、墓穴掘った。と明後日の方向へ視線を彷徨わせることしか出来ず、情けないことこの上ない。それを見て悧塢はまた微笑んだ。
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