第3章
紅い鴉の夢主の名前
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「……あの、ここどこですか?」
「ん? ショッピングモール」
雲雀との戦闘が終わってすぐに車に詰められ、綱吉の運転で連れてこられたのは巨大なショッピングモール。マフィアのボス自ら運転して出掛けるなんて危機意識が足りていないか腕に自信があるかのどちらかだろうが、それにしたって他のマフィアへの牽制や部下に舐められないようにするために常に気を張っているものではないのだろうか。距離は離れているが付いて来ている波動は確認出来るので恐らく部下の誰かなのだろう。挨拶を交わした相手の波動は見当たらないので何かあってもいいように気を配っていなければ。そう思うのに、何から何まで用意し迎え入れようとする綱吉にペースを狂わされてばかりだ。紅い瞳を気にすることのないようにと渡された青いカラーコンタクトもそのひとつ。助かってはいるけれどもそもそも外へ出掛けるなんてことをしなければ必要のなかった労力のはずで。まるで一般人や賓客にする対応のように思えてしまう。賓客がどのようなもてなしをうけるのかなど知りはしないのだが。
「いえ、それは分かります。私が言いたいのは、何故こんなに高そうなものばかり並ぶ場所に来たんですか」
「悧塢の生活用品買いに」
「……安いほうが気兼ねなく使えるのですが」
「いいの、俺の気持ちなんだから」
「……はぁ」
一時的に雇っているヒットマンに対してお金を使い過ぎだと告げてもよく分からない理屈を並べられて取り合ってもらえないのは分かってしまったので、雇い主に文句を言って己の首を絞めるのは止めにした。せっかく雇ってもらえたのだから最低限受けた依頼分は真面目に働くことにしよう。……そもそもちゃんとした依頼は受けていないのならこの外出は従う必要ないのでは。線引きがわからない。そんな事を考えていると、不意に手を握られ引っ張られる。波動を辿っているので誰がやっているのかは分かりきっているが生憎自分に触れてくる人間すら久しぶり過ぎて咄嗟に反応が出来ない。他人に手を握られるなんて初めてではないだろうか。何故嬉しそうなのだろう。分からないことだらけだ。
「さて、まずは洋服」
「あ、はい」
向けられた笑顔に策略の類は感じられずにどう返していいのか分からず視線を逸らしてしまう。その視線の先。すぐ横をどこかの親子が通り過ぎて、手を握られて喜んでいる子供の手と自分の手を見比べて、これは喜ぶべきことなのだろうかと逡巡した。自分は子供ではない。ましてや彼の家族でもない。けれど笑顔でいるということは、彼は手を繋いでいるから嬉しそうなのかと。手を繋ぐことが好きなのだろうかと思い握られた手に少しだけ力を入れて彼の手を握り返す。
「悧塢?」
「! ごめんなさい」
「いいよ、このほうが嬉しい」
「……はい」
自分の思い違いだったかと思わず手を引っ込めようとすれば綱吉がそれを拒んで微笑んだ。どうやら合っていたらしいがもっと別の人間に頼んだ方がいいのではとも思う。部下では駄目なのだろうか。いや、今は一応自分も部下の部類に入るはず。では何故日の浅い自分なのか。どうでもいい事を考えていたら綱吉が立ち止まって何かを見つめる。手を握っていたため同じように立ち止まった。
「ねぇ悧塢、どれがいい?」
彼の視線は目の前にある色とりどりのドレスへ向けられている。今ドレスを選べと言われたのだろうか。着る機会の無いヒットマンの自分が。この中のどれかを着ろと。何故。
「……これっていつ着るんですか?」
「ん? まあ普段は着なくてもいいけど、ドレスは一着くらい持っててよ」
「何で……じゃあこれを」
綱吉の言葉からは仕事とは関係ない所で着るかもしれない事が窺える。本当に何故。ヒットマンがドレスを着る機会など潜入以外に何があるのだろう。潜入するくらいならば暗殺する方が遥かに確実である。黒い炎ならお誂え向きのはず。己が無知なだけだろうかと反論は諦めて綺麗に並べられているドレスを見ていると黒い布地が視界に入りそれを手に取って持ち上げる。派手な装飾はなく黒一色のシンプルなデザインだが肩のところに布がない。寒そうだ。それを後ろから綱吉に凝視された。
「……わー、見事に真っ黒」
「鴉の名には相応しいでしょう?」
「……ほんとだ、後ろに羽根みたいなの付いてる」
悧塢の言葉に持っていたドレスを翻して背面を確認すると背中でリボンを作るための末広がり状の長い布がまるで羽根の如く垂れ下っていた。綱吉は少し考えてから店員を呼ぶと何かを話してから悧塢の背中を押す。
「じゃ、そのドレスとこの子に似合うのをもう一着お願い」
「かしこまりました」
「え、ちょっ!」
綱吉は手を振って悧塢を送り出し、店員に連れられた背中は試着室のカーテンに遮られて見えなくなった。勝手がわからない悧塢は大人しく店員に従ってドレスに腕を通す。
「……あの、ボス……?」
「ん? 着替えた?」
「はい……」
店員に渡されたドレスに身を包んだ悧塢は波動で試着室のすぐ外に綱吉が居ると判って控えめに声を掛ける。弱い力でカーテンの端を引っ張ってゆっくりと鏡張りの箱の中から姿を現した悧塢に綱吉は言葉を失った。
「……」
「……ボス……?」
「……綺麗すぎて声も出なかったよ」
「褒めても何もありませんが」
真紅を基調とした布地で裾に向かうほど小さな白い石が散りばめられた繊細なデザインのドレス。悧塢もこれならばと気に入ってくれたようだった。店員に感謝である。
「あの……ありがとうございます」
「まだまだ、生活用品なんて殆ど買ってないでしょ?」
「……もしかして……必要最低限は買う気ですか」
「勿論。言ったでしょ?」
まさかそんなことはしないでしょうの確認のつもりで言った悧塢の言葉はあっさり否定され、こちらも再確認だと言わんばかりの笑顔で綱吉が近付いて来て悧塢の手を握る。突然の接触に強張ったのが伝わる。
「悧塢をボンゴレに入れるって。これからお前はファミリーの一員なんだから気にすることないよ」
「……そうですか」
「じゃあ、次は普段着な。俺は外で待ってるから色々買っておいで」
「? 一緒に来ないんですか?」
当然一緒に行くのだろうと信じて疑わない悧塢の言葉に綱吉は口元に笑みを湛えながら揶揄い半分期待半分で彼女に問いかけた。
「来てほしい?」
「いえ、初めての場所は慣れなくて……」
本当に不安なだけだったらしく視線を彷徨わせている彼女に心の内のみで肩を落としながら一言謝った。一緒にいたいなんて言葉は出会って間もない上に情緒が欠けている悧塢が言うはずもないのに何を期待していたんだと綱吉は自分を嗜める。それを顔にも言葉にも出しはしないけれど。
「それに下着とかどうするの? 俺が一緒に居たら買いづらいでしょ?」
「……あぁ、はい」
綱吉に言われてから〝必要最低限〟の中に何が含まれるのかを考えて、確かに男女が共に下着を買いに行くのはおかしいことに気づく。下着の存在をすっかり忘れていた悧塢は失礼な発言に対する謝罪を口にしてから、着替えるためにと再びカーテンを引いた。
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