第32章
紅い鴉の夢主の名前
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深夜一時の執務室。悧塢の墓参りの間に増やされていた書類の確認を終えて盛大にため息を吐きながらデスクに突っ伏した。
「…………終わった……」
「お疲れ様です、綱吉さん」
突っ伏した状態から少し顔をあげて悧塢を見ると、俺が見終えた書類をデスクの上でまとめている。悧塢が秘書になったら毎日でも書類仕事頑張れそうだな、なんてどうでもいいことを考えながら彼女の名前を呼んだ。
「なぁ悧塢ー……」
「何ですか?」
「タメ口で俺のこと呼び捨てにしてみてくんない?」
「!!?」
俺の言葉に驚いて固まった。当たり前だ、普段から上下関係を気にして敬語で話すやつが、上と認識してる奴を呼び捨てなんてできるわけがない。でも最近は頼まれてタメ口とか呼び捨てにする奴増えてるからいけるかなとかちょっと思ってみたり。
「な、何ですか急に!! 雇われている身でありながら、その雇い主を呼び捨てにするなんてできるわけないじゃないですか!!?」
「……言うと思った……」
「?」
悧塢の対応にやっぱダメかーなんて思いながらふっと微笑んで再びデスクに突っ伏したら、心配になったのかデスク越しに目線を合わせた悧塢が理由を訊ねてくれた。
「何か、ありました?」
「……ただの興味本意」
「……嘘」
「!」
「書類に、何か嫌なこと書いてありました?」
悧塢の言葉に驚いて思わず彼女を見返せば、俺の不安を見透かしたように見つめてくる瞳に促されて口が弛んで事情が溢れ落ちた。
「……理不尽な条件ばかり出すファミリーがいて、」
「……断ると面倒なファミリーなんですか?」
「……断った場合、盲目の鴉を此方に、だってさ」
「私?」
「悧塢を使ってボンゴレを潰す気なんだろうな……」
「…………恐らく、ですけど……」
「?」
「皆さんで対抗したら、私じゃ歯が立たないと思います……」
「え? 一人で中規模ファミリー相手にしても無傷で生還するお前が?」
「私のだって、所詮は炎です。分解の炎で対抗出来ないわけじゃないですし、沈静の炎で弱くなったところを突けば消滅の炎は抑え込めます。怪我をしたって活性の炎があれば何とかなりますし、構築、硬化、増幅の炎でタッグなんて組まれたら私でも相手できるかどうか……そこを綱吉さんの調和の炎でどかーんと」
「どかーんってお前なぁ……」
「大丈夫ですよ、綱吉さんなら」
俺なら、俺達なら自分に勝てると言いたいのか。つまり、自分を差し出してもいいと。そんな簡単に自分を切り売りしないでほしいと眉間に皺を寄せた。
「……」
「綱吉さん?」
「俺達が、悧塢と戦えると思うか?」
「? はい」
「即答するなよ、誰もお前とは戦わない」
「え?」
「皆お前のこと仲間だと思ってるんだから戦いたいとは思わない……雲雀さんは戦うの好きだから、強い奴には誰彼構わず挑みにいくけど」
「……そんなこと言ってたら、付入られますよ?」
「大丈夫だよ、気を許す相手は決まってるから」
「……はぁ…………あの、綱吉さん……」
「ん?」
「…………い、いっかい、だけ……ですからね……?」
「!」
「…………つなよし…………つっくん……?」
「……」
「疲れてるなら、無理しないで、ね……?」
「…………」
「……み、身分を弁えず、すみませっ……!」
ちょっと待ってほしい。確かにタメ口で名前を呼び捨てにとは言った。それがまさか、あだ名で、労うような言葉を貰えるなんて思ってなくて、気恥ずかしさと罪悪感で逃げてしまう前にデスクを飛び越えて悧塢の体を抱き締める。俺の勝手な我が儘なのに頑張って言葉にしてくれたことが嬉しくて、愛おしくて、デスクを回り込んで彼女の目の前に行く僅かな時間さえ惜しいくらい、今すぐ抱き締めたくて。
「ありがとな」
「つ、綱吉さんっ」
「それで? その呼び方したってことは京子ちゃんにヤキモチでも妬いてた?」
「いえ、あの……ただ、私も呼んでみたかった、だけで……その……」
「……ふーん?」
「えと……ごめんなさ、」
「二人きりの時なら、いくらでも呼んでいいよ?」
「……呼ば、ない、です……」
「はは、残念」
「っ」
「じゃあ頑張ってくれた悧塢には何かご褒美やらなきゃな」
「っ!? 非礼を働いた私にそんな権利なんてないです!!」
「俺の我が儘聞いてくれたお礼、受け取って。命令」
「! ……分かりました……」
このやり方はあまり好きじゃないけど、今回のは仕事に私情を持ち込んだ俺の我が儘だと分かっているにも関わらず付き合ってくれた彼女にどうしてもお礼がしたい。だから無理矢理になってしまったけど、仕方ないと心の中で言い訳して一旦体を離す。
「さ、何して欲しい?」
「……え?」
「ご褒美。悧塢の好きなこと言っていいよ」
「……!?」
「悧塢の頼み、何でも聞いてあげる」
「え、そんなこと…………」
「?」
「……お休みください」
「いいよ、それくら「綱吉さんも、です」……え……?」
思わず聞き返せば、俯きながらも言葉を紡ぐ悧塢の視線がデスクの上に注がれていることに気付いた。さっきまでに終わらせた書類の山は、近くにあるローテーブルの上にも積まれている。俺を気遣って休みをくれと言ってくれたのだと気付いて自然と頬が弛んでしまい、すぐさま悧塢を抱き締めて表情が見えないようにする。もう弛むなんてもんじゃない。にやけすぎて変な目で見られるんじゃないかってくらいだ。こんな顔見られて引かれるのは精神的に辛い。
「ありがとな、悧塢」
「……私は、お休みくださいって言っただけです……」
「それが嬉しいんだよ」
「んぐっ、苦し……」
「あ、悪い」
感激のあまり強く抱き締めすぎたのか、背中を叩いて訴えかける悧塢を解放して目線を合わせた。
「で、どうする?」
「……はい?」
「一緒に休みとるんだろ? 何する?」
「…………」
俺の質問にだんだん明後日の方向に視線を泳がせていく。咄嗟に思い付いたから何も考えていなかったのだろう。何かを言おうと口を開けては、結局何も言わずに口を閉じるを繰り返した。
「……」
「ご褒美なんだから、悧塢の好きなこと言っていいんだよ?」
「…………あの……」
「ん?」
「……綱吉さんの、思い出話聞きたい、です…」
「俺の?」
「クロームさんに話を聞いた時から、いつか聞きたいなって……駄目、でしたか?」
「……」
控えめに訊ねる悧塢の表情が見上げてるせいか可愛すぎて困る。本当にどうしよう、もうこいつから離れらんない自信あるんだけど。
「……綱吉さん……?」
「……もちろん。悧塢の聞きたいこと、全部答えてあげる」
「! あ、ありがとうございますっ!」
慌てて礼を言う悧塢の頭を撫でてから彼女をソファーで待たせてアルバムを取りに行く。引っ張り出すの何年振りだよと突っ込みたくなるくらい埃を被っていたけど、中身は特に色褪せた場所も無かったから良しとする。
「懐かしいなぁ……ほら、これが隼人でこっちが武」
「あ、ランボさんの部屋にあった写真……」
「まだ持っててくれてんだ、ランボのやつ。あ、これが雲雀さん」
「へぇ……あ、ヒバードもいる」
「そういや、この頃に飼い始めたんだっけ」
「そうなんですか?」
「骸の部下の鳥だったんだけど、雲雀になついてそれから一緒にいるようになったんだよ」
「骸さんの部下?」
「ああ。そうだな、その辺話すにはリボーンに会ったところから話さないとかな」
「リボーンさんに会った時……家庭教師をやっていた頃のですか?」
「そうそう。骸に会う一年くらい前にあいつが突然現れたんだ。それから……」
リボーンに会ってから俺の生活が一変したこと。隼人や武達と知り合って仲良くなれたこと。骸達と戦ったこと。リングを奪い合う羽目になったこと。仲間の存在がどれだけ大きかったかを思い知らされたこと。
自分の思い出話なんて他人に話した試しがないから、上手く伝わったかは分からない。それでも、悧塢はずっと頷きながら俺の話を聞いていてくれた。
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