第14章
紅い鴉の夢主の名前
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午前十時。悧塢が客室を訪れると準備を済ませた三人が廊下へ出て彼女を迎えに行くかの相談をしていて、来るのが遅かったかと彼女たちに駆け寄った。
「悧塢ちゃん来ました! おはようございます!」
「おはようございます。お待たせしてすみません」
「悧塢ちゃんとのお出かけが楽しみだっただけなので大丈夫ですよ。それじゃあ出発しましょう! 善は急げです!」
「ゼン……?」
「ハルちゃん、日本のことわざだし伝わってないかも」
「はっ! すいません悧塢ちゃん、早く行きましょうってことです!」
「あ、はい」
楽しみにしてくれたのだと言うハルの言葉に笑みを浮かべつつ彼女たちと歩いていると、屋敷の玄関前には綱吉が立っていて悧塢と視線が重なったことに少しだけ驚いていた。まさか一晩で瞳を見せるほど仲良くなるとは思っておらず、今日の外出も無理をしているのではないかと心配して見送りに来ていた綱吉は知らずに入っていた肩の力を抜いた。
「……これから行くのか?」
「そうですよ! 今日は悧塢ちゃんに可愛いお洋服いっぱい着せるんです!!」
「……」
「ボス、羨ましいんでしょ?」
「別に」
「あの……綱吉さん、カラコンってありますか?」
「ああ、」
「悧塢ちゃん悧塢ちゃん」
「はい?」
「じゃーん!」
綱吉の言葉を遮ったハルが待っていましたとばかりに後ろ手に持っていた物を自慢げに悧塢に差し出して見せた。話を遮られた綱吉は眉間に皺を寄せるが、ハルは彼を背にしているため気付かない。
「帽子?」
「鍔が大きいので悧塢ちゃんの瞳もこれならバッチリガードできます!」
「わ、ありがとうございますハルさん」
「悧塢ちゃんのためなんですから当たり前です!」
「……悧塢」
屋敷を出ようと扉を開けると同時に綱吉がほんの少しだけ心配そうな表情で悧塢を呼び止める。京子とハルははしゃぎながらも先に外に出ていてくれた。
「綱吉さん? どうかしましたか?」
「何かあったら連絡しろ、いいな?」
「大丈夫ですよ、少し外に行くだけですから」
「悧塢、いいな?」
「……はい、分かりました」
思いのほか真剣に強く念を押されて悧塢は素直に頷く。もしかしたら発生確率の低い抗争の情報を持っているために念の為と声を掛けてくれたのかもしれないと悧塢は自分を納得させて帽子を被ると待っていてくれたクロームに駆け寄る。
「すいません、待っててくれたんですか」
「うん。それより悧塢、武器置いてきたよね?」
「武器に見えるものは」
「……悧塢」
「職業柄つい。すみません」
「悧塢ちゃーん、クロームちゃーん、遅いですよー!」
クロームに武器のことを指摘されて素直に答えれば呆れた目で見られるが、悧塢は護身用としてもそうだが一般人の二人の身に何かあった際は守るための最低限の武器は所持していたいと告げる。立場的にもクロームにはそれ以上追求することはできなくて、ハルの呼び掛けに応えるように悧塢たちは駆け出した。
歩いてしばらくするとすれ違う人の数が増えてきて街中に近づいてきたことが窺える。それでもハルの用意してくれた鍔の大きい帽子のおかげで悧塢は少しの余裕を持って過ごせていた。
「あ! これ可愛い!」
「本当です! じゃあこっちのはどうですか?」
「それもいいね!」
「ならこれも似合いそうじゃない?」
「絶対似合う!!」
「……えと……」
今服を見ている店は街中でも可愛い洋服が話題になっている店だ。悧塢はそういったことに詳しくないが、京子とハルが嬉々として話してくれている。噂になる分人数も多いためそういう場所を好まない悧塢は出来るだけ早くこの店を出たかったのだが、彼女たちの目的がそもそも悧塢の洋服を見ることなのでやめさせるのも憚られた。
「はい、この服試着してみて!!」
「は、はい……」
「これも着てみてください!」
「は、はい」
同年代と一緒にいる習慣がなかった悧塢は楽しそうに接してくれる彼女たちを見てこう言うものなのかと一人悶々と考える。いつも一緒にいたのは年の離れた兄のような存在だけだったためにそういった知識はない。そんな物思いは試着室のカーテン越しに動いた影によって霧散させられた。
「悧塢ちゃん、着替えられた?」
「あ、はい!」
「じゃあ開けるよー?」
音を立ててカーテンを開けた京子たちは悧塢を見て呆けている。視線が重なったにも関わらず反応がなくなった三人に悧塢は首を傾げた。
「……あ、あの……?」
「き、綺麗すぎて声も出ませんでした!」
「悧塢可愛い……!」
以前綱吉に連れられて服を買いに行った際にも同じことを言われたなと思い返す。その時とは状況も身に纏っているものも違うが、彼女たちと綱吉が似通った感性なのだと思うことにしてあの時のドレスとは全く違う肌触りの柔らかいワンピースの裾を摘んだ。上から羽織っている深い青のカーディガンは見た目よりも軽くて不思議な着心地だった。
「悧塢ちゃん似合うねー」
「じゃあ次はハルの選んだ服着てください!」
「あ、はい」
『見た? 今の試着室の子』
「っ! クロームさんっ……」
カーテンを閉めた際に聞こえた、何かを非難するような話し声に肩が跳ねて思わずカーテンを握り締めた悧塢はすぐそばにいたクロームに呼びかけた。その声音で状況を察したクロームは着替えた服を悧塢から受け取ると三人で人目を避けて店を出るよう頼むと自分は会計へと向かった。
「大丈夫? 悧塢ちゃん」
「すみません、せっかく楽しんでいたところを……」
「ノープロブレムです! ハルたちだって悧塢ちゃんが嫌がることはしたくないです!」
「……ありがとうございます」
気遣ってくれた二人に素直に感謝を述べると大きめの紙袋を二つ手に携えたクロームが現れて人目がないことを確認するとそれを幻覚で隠れていた部下と思しき人間に渡して屋敷へ運ぶよう手配していた。
「屋敷に戻ったらまだ着てない服着てみてね」
「悧塢ちゃんのファッションショー? わぁ楽しみ!」
「じゃあ次はどこ行きましょうか?」
「あ! それならもう一件、行きたいところがあるの」
クロームの案内で大通りから一本外れた道を歩く悧塢たちはとある店の前で足を止めた。今までの店とは雰囲気が違い外装を飾るものはなく、ただ看板は掲げられているだけの簡素な店。
「イタリアにもあるんだね」
「本当です。てっきり日本だけだと思ってました」
「イタリアも最近増え始めてるみたいなの。フランスはもっとすごかったよ」
「……コスプレ専門店……?」
その店の看板の端には、しっかりとそう書かれていた。
看板の文字を眺めながら僅かに首を傾げた悧塢を見て隣にクロームが並ぶ。
「悧塢はコスプレって知らないよね?」
「……はい」
「マンガとかゲームのキャラクターと同じ格好をしたり、特殊な服を着てウィッグとか化粧をして見た目を変えること」
「……特殊な服って何ですか?」
「ゴスロリとかメイドとかナースとか?」
「クロームちゃん趣味入ってますよ」
「だってゴスロリ着るとみんなコスプレって言うんだもん」
「……」
目の前で交わされる耳慣れない言葉の数々に呆然とするしかない悧塢の背中を押しながら京子が中に入ろうと優しく誘導して店の扉を開ける。中に入ると外装と違わず簡素な店内に普段は見ることもないような衣服が所狭しと並べられていた。
「すいませーん、先日注文したものはありますか?」
「はい。こちらに」
クロームの呼び掛けに店員が持ってきた服の量は一人で持てるかも分からないほどで、その種類の多さに目眩を起こしそうになった。
「全部オーダーメイドだからあとで好きなの選んでね」
「え……もしかしてこれ、全部私に合わせて作ってあるんですか?」
「そうだけど?」
「なんか……申し訳ないです」
「気にしないでいいの! 私の趣味なんだから」
「はい……」
かなりの量があるように見えたがクロームが言うには全て悧塢用の服らしく、それを先ほど同様部下に運ばせると言われれば、悧塢は姿を隠しているクロームの部下に申し訳なさが募った。用事は済んだとのことで店を後にしようと出入り口の扉に手を伸ばした悧塢は出入口付近に飾られていた服に視線を止めて立ち止まった。
「……制服か……」
「悧塢?」
「あ、すみません」
声を掛けられて慌てて店の外へ出た悧塢を見てクロームは彼女が呟いた言葉を反芻する。ヒットマンに育てられたと言うのは聞いたが、そういえば学校関連の話は聞いたことがなかったと思い出して推測したことを口に出した。
「悧塢、制服着たことないの?」
「はい、勉強は育ての親が教えてくれていたので」
「じゃあハルたちの制服着てみます?」
「え?」
「いいね! 私たちみんな学校違ったから色んな制服着れるよ!」
「……いいんですか……?」
「じゃあお家から制服持ってこなきゃですね!」
「……はい、ありがとうございます」
悧塢はわざわざ自分の家から取り寄せてくれると言ってくれた彼女たちの優しさに、嬉しそうに微笑んで感謝を口にする。これくらいで喜んでくれるのならと京子たちは悧塢の手を引いて次の目的地を目指した。
「…………」
何者かに見られることに気付かずに。
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