第13章
紅い鴉の夢主の名前
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屋敷へ戻るなり医務室へ直行した綱吉は悧塢の左腕の応急処置をしようとするが、雇い主にそんなことはさせられないと頑なに譲ってもらえなかったために悧塢が自分で手早く処置を済ませてしまう。傷の具合も見たかったのだが、一人で活動していた期間が長いせいか手慣れていて取り付く島もなかった綱吉の機嫌は下降気味だ。けれど軽くでも今回の任務の書類を纏めておかなくてはいけないため執務室に向かう。室内に入ってすぐに悧塢が何かを目で追った。
「ボス、笹川さんと別の波動が二つこちらに来ます」
「二つ?」
帰ってきた守護者に同伴者がいるとは聞いていないため可能性がありそうな人物を思い浮かべるが、到着してから確認したほうが早そうな気配に思考するのを諦める。悧塢が不安げに綱吉に近寄ってから間もなく、扉を壊しそうな勢いで了平が執務室に駆け込んできた。
「沢田ぁぁぁああ!!!」
「お兄さん煩い」
「おお、スマン。京子とハルを連れて来たのだが」
「ちょっ! 連れて来たんですか!!?」
「何かまずかった……いや、スマン、今戻ったのか」
悧塢の服を見て合点がいったと頷いた了平は執務室から廊下を覗いて気まずそうに扉を閉める。了平の行動を見てスーツのジャケットを脱ぎながら綱吉は悧塢の手を引いた。
「悧塢! 急いで着替えてきて!!」
「一般人なんですか?」
「そう。流石にその格好は刺激強いから……」
綱吉が言葉を切って悧塢を背中に隠した瞬間、再び執務室の扉が開いて女性の明るい声が二人分響く。その声に、悧塢の肩が揺れた。
「ツナさーん! 来ちゃいましたー!」
「ツッ君久しぶり!」
「うん、久しぶり……」
「はひ? 後ろの人は誰ですか?」
「あ、こいつは……」
悧塢が自分の影に隠れるように立っていた綱吉は友人に指摘されて言い淀む。しかし悧塢はどこから取り出したのか膝まで隠れるローブのようなものを纏いフードで頭まで隠すと二人に頭を下げて執務室を出ていった。助かりはしたが、すれ違いざまに感じた違和感は拭えない。
「行っちゃいました。ハルたちお話してみたかったのに」
「ねー」
「……(悧塢?)」
悧塢は駆け足で自室に向かっていた。胸に渦巻いた言いようのない不快感は考察しても答えが得られず、吐き気に似た心地にすら襲われている。
「……気持ち悪い……」
悧塢は夢中で自室に備え付けてある浴室へ駆け込み服も脱がずにシャワーの蛇口を捻る。生ぬるい雫を頭から被って足元を見ると服からは赤い滴が流れていく。血だ。誰のものかもわからない血。今までだってずっと見てきた筈のそれが、今は不快感を増幅させている。
「…………気持ち、悪い……」
それだけではないような気もするのだが、生憎悧塢にはそれが何なのか理解できるだけの知識がない。解らない。わからないと思考が混濁する。何も、考えたくないと呟いたところで悧塢は力なくその場に座り込み、虚ろな目のまま胸のモヤが晴れるのを待った。
執務室では綱吉が了平に連れられた二人からの質問攻めにあっていた。内容は先ほど執務室から出ていった人は誰なのか。つまりは悧塢に関することで。友人とはいえ一応扱いは客人なので二人をぞんざいには扱わないが、いつもと様子の違った悧塢のもとに早く向かいたいというのが本音である。
「ツッ君、さっきの子誰?」
「少し前からここに住んでる子だよ」
「へぇ、何てお名前の子なんですか?」
「それは本人から言わせないと怒るんだよ」
「はひー、ミステリーな子なんですね?」
「ねー」
「……ごめん二人とも、様子見てくるから寛いでて」
二人を了平に任せて執務室を後にした綱吉は[#dc=1#]が居ると思われる彼女の自室に向かって屋敷内を走った。一人になってから恐らく十分ほどだろうが、それで落ち着いていればすぐに執務室に戻ればいい。そう考えていた綱吉だったが悧塢の部屋をノックするも返事はなく、室内に入れば浴室のほうからやたらとシャワーの音が大きく漏れていた。気になって近付けば開け放たれた浴室の中で服を着たままの悧塢がシャワーに打たれて座り込んでいる。
「……悧塢?」
「綱吉、さん……?」
「何してんだよ、風邪引く……」
「さっきの人達のところ、行かないんですか……?」
綱吉が悧塢の後ろから蛇口を捻ってシャワーを止めると振り向いた虚ろな目と視線が重なった。追ってきて正解だったと綱吉は奥歯を噛み締める。
「お前の様子がおかしくてそれどころじゃないんだけど」
「……私は大丈夫ですよ……だから……」
「鏡を見ろ。こんな状態のお前放っておけるわけないだろ」
「……(……あれ?)」
「悧塢、立てるか? ほら、早く拭いて着替えろ」
先ほどまで苦しくて仕方なかったはずの悧塢は自身の状態が不思議でならなかった。綱吉に話し掛けられるたびに胸のモヤが軽くなってくのだ。症状が表れた原因も治まった理由も分からず、ただ回復した理由であろう綱吉を見上げた。
「……」
「……大丈夫なら、なんか返事してくれ……心配だか……」
綱吉の言葉が途中で途切れた。悧塢を立たせようと視線を合わせてしゃがんだ際に体を預けられて伸ばした手は指先だけを掴まれる。
「悧塢?」
「…………いかないで……」
「!」
「気持ち悪くて……仕事が終わるまでは、全然平気だったのに……」
「……(仕事が終わるまで?)」
「あの人達がきた時ぐらいから気持ち悪くなって……でも今は綱吉さんといたら楽になって……だから、もう少し……」
「! 悧塢、それ……」
「ごめんなさい……雇われてるだけの私が、こんな……」
「俺は嬉しいよ」
「……迷惑じゃ、ないですか……?」
「迷惑なもんか。悧塢がヤキモチ妬いてくれたってことは、それだけ好かれてるって思っていいんだろ?」
綱吉はそう言って不安げな瞳で見上げてくる悧塢の体をタオルで包むように抱き締めた。濡れた髪や服の水分がタオルにも染み込んでいく。抱き締めた腕の中で首が傾いたのが伝わる。
「……やきもち……」
「あ、分かってなかったんだ」
以前にもヤキモチを妬いてほしいと直接言ったことがあったが、その時にも伝わっていなかったのだと知る。それでも言葉よりも先に体感として妬いてくれた事実に綱吉は嬉しそうに微笑みながら悧塢の耳元で囁いた。
「俺があの二人と仲良くするのが嫌だったんだろ?」
「……そんな、私は……」
「違うのか?」
「……違わない、と、思います……」
「素直だ。可愛いなぁ」
悧塢が肯定してくれたことにより綱吉の頬は嬉しさを隠せないほど弛んでおり、彼女の髪をタオルで拭いていれば悧塢には表情を見られないだろうと誤魔化した。ふと、悧塢が壁の方を向いて綱吉の服の裾を引く。
「……綱吉さん、さっきの二人、屋敷の中歩き回ってます」
「……多分お前のこと探してるんだと思う」
「私?」
「あいつら悧塢と仲良くしたいんだよ」
「……会った時、目隠し取らなきゃ、ダメですか?」
「可愛く言ってもダメ……いや今回はいいか」
「んー……」
「……悧塢?」
「はぁい?」
「もしかして、熱ある?」
「さぁ?」
首を傾げる悧塢は額に手を当てられて冷たさからか気持ち良さそうに目を閉じた。綱吉の手に伝わる熱は普段よりも少し高く感じられる。
「少し熱あるな……」
「……綱吉さんの手……冷たくて気持ちいい……」
「髪拭いてやるから動くな。濡れた服もすぐ着替えろよ?」
「はぁい」
大人しくされるがままの悧塢は熱があるせいなのか雰囲気が柔らかい。というより仕事中の堅さが抜けていた。
「(いつもこんな感じならいいんだけどなぁ……)ん、もういいよ悧塢」
大人しく髪を拭かれていた悧塢は許可が出て濡れた服を着替えに部屋の奥へと消えていった。その後ろ姿を見送った綱吉が未だ屋敷の中を探し歩いている友人たちと悧塢が出会わないよう部屋を出て牽制に向かった。
それほど時間を掛けずに綱吉は友人たちを見つけることができた。悧塢の部屋から少し離れた廊下で楽しそうな話し声と共に歩いてくるハルと京子に出会したのだ。
「絶対女の子でしたよね? どんな子なんでしょう?」
「何だかワクワクしちゃうよね!」
「はい! ツナさんだけなんてずるいです!」
「ずるいとは何だ」
「はひ!? ツナさんじゃないですか!」
二人の前に立ちはだかって行く手を阻むと驚いてはいたが悪びれることはなくて綱吉はため息を吐いた。二人を任せたはずの了平の姿はなく、妹に言いくるめられたようである。
「京子ちゃん、ハル、部屋で寛いでてって言ったのにどこに
行ってたの?」
「ツナさんがさっきの子を追い掛けたのでハルたちも探しに来ちゃいました!」
「来ちゃいましたって……。あいつ少し熱あるから今日は会わないでほしいんだけど」
「……綱吉さん……?」
此処に居ないと思っていた悧塢の声がすぐ後ろから聞こえて振り返った綱吉はほんの一瞬その姿に目を奪われた。目を閉じたまま歩いてきた悧塢はいつもなら着ないような袖の長いワンピースを身に纏って髪は湿ったまま熱により頬を上気させていたのだ。ドライヤーで髪を乾かすような習慣が無いのだろうが色気が漂ってしまうから勘弁してほしい。
「え、なにその可愛い格好」
「クロームさんからもらいました」
「かわい……あ、いや。熱あるんだからもう休もうな?」
「……でもまだ今日の仕事の書類……」
「それは俺がやっておくから、な?」
「……んー……」
「な?」
「……はい」
少しだけ俯き気味に不満の声を漏らした悧塢に今日は休むよう言い含めると、会話を聞いていた京子とハルが綱吉の後ろから興味深そうに顔を覗かせた。
「はひ! 綺麗な方です!」
「ホントだ! ねぇ、名前何て言うの?」
「…………羽鳴邪悧塢……」
初対面で本名を教えたく無いだろうに一般人だと聞いていたためか、渋りながらも名前を口にした悧塢に驚いて大丈夫かと小声で確認する。綱吉の問いに困ったように微笑むと自分に視線を向ける二人に悧塢は向き合った。
「ねぇ悧塢ちゃん、これから私たちと一緒にお喋りしながらお茶しない?」
「お喋り……ですか?」
「賛成です! どうですか? 悧塢ちゃん!」
「京子ちゃん、ハル、悧塢は熱があるから今日は駄目だって言っただろ? 悧塢も部屋行くぞ」
「あ、はい」
「なら仕方ありませんね。悧塢ちゃん、熱が下がったらまた明日お喋りしましょうね!」
「約束だよ!」
「「……明日?」」
二人の疑問の声が重なり顔を見合わせるが、答えが見つかるわけでもないのでそのまま部屋に戻って悧塢の髪をドライヤーで乾かしにかかるのだった。
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