第10章
紅い鴉の夢主の名前
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
他の守護者達よりも遅くに朝食を摂り終えて自室に戻る途中だった悧塢は、誰かから電話がきた事を伝える音が携帯から流れてそれを取り出す。今は綱吉のアドレスしか入っていないため画面に表示される名前を見る事なく通話ボタンを押した。
「はい、何でしょう」
『悧塢、今すぐ執務室に来い』
「……はい」
『一分以内に来なかったらお仕置きな?』
「すぐ行きます!」
お仕置きという単語を聞いて携帯をしまうと全速力で執務室へ向かう。何をされるか分からないが、仕事を貰えなくなる可能性がある以上悧塢は必死だ。それを分かった上での言動だと意地の悪い笑みを浮かべながら述べる綱吉が想像出来てしまい、悧塢はため息を吐かずにはいられなかった。
「失礼します!」
「チッ……五十二秒。ギリギリだったな」
執務室の扉を開けた瞬間聞こえた舌打ちに何をする気だったのかと本気で不安になるが、要望通り一分以内に来たので文句は言わせまいと背筋を伸ばす。
「それで、用件は何でしょうか」
「うん、昨日の仕事の件なんだけどさ。雲雀さんから聞いた話だと、悧塢あいつらと面識があったみたいだね……何で言わなかった?」
「せっかくの仕事が無しになると思ったので……」
「当たり前だろ。これでお前がボンゴレにいるってバレたら顔見知りがいるファミリーはお前に任せられなくなるだろ。ああでも、悧塢がいるって聞いて怖気付く奴もいるからどっちもどっちか。でも許すのは今回だけだからな」
ただ怒っている訳ではなく、自分に回せる仕事のことも考えてくれていたのだと知った悧塢は急に申し訳なくなった。先程までの自分はただ我儘を通そうとしただけだ。なんて考えが浅かったのかと。
「……すみませんでした。以後気を付けます……」
「……じゃあ、一度でも面識のある、もしくは仕えたファミリーの名前挙げてって」
「え」
「また今回みたいなことがないように」
「……昨日潰したフェリアーナと……オレッキオ、コッロ、テースタ、マーノ、ウーンギア、カルカーニョ、マッティーノ、……」
謝罪した手前断る訳にもいかず、悧塢は息を吐いて雇われていたファミリーの名前を思い出しながら淀みなく列挙していった。つらつらと並べられる名前が増えていく毎に綱吉の眉間には皺が刻まれていき、二十を過ぎた辺りで制止の声が掛けられる。
「ごめん悧塢、お前一体何ファミリーまわった?」
「? ざっと八十ほど」
「多いな! ……って、もしかして……名前全部覚えてるのか?」
「はい」
叫んでから気付いた疑問点を口にすれば何でもないことのように肯定が返ってきて思わず舌を巻く。仕事に関連する記憶力は凄まじい。だからこそ、仕事が関わらない事柄への興味も記憶力もあまり無くて極端過ぎるだろうと苦笑した。
「……じゃあ、その中でボンゴレに敵意があるファミリーって判るか?」
「雇われヒットマンの私に教えるような情報なんてありませんよ。ああ、でもオレッキオファミリーはボンゴレに敵意剥き出しでしたね」
「うわー、あのファミリーはあんまり関わりたくないんだよな……」
「あくまで昔の情報です。フェリアーナは最近まで仕えていたから詳しかっただけなので」
「そうか。ありがとう」
「いえ」
「……悧塢」
謝辞を述べられてこの話題は終わりだろうと判断し頭を下げて踵を返した悧塢は、執務室を後にしようとドアノブに手を伸ばしたところで綱吉に声を掛けられ動きを止める。
「はい?」
「…………何かあったら、俺に言えよ?」
「どうしたんですか? 急に」
「……今言っておかないと、悧塢は溜め込みそうだからさ」
「……ありがとうございます」
何か思うところがあったようだが、それを飲み込んで労うような言葉をかける心遣いに微笑みを向ける悧塢だったが、扉の向こうを見つめたまま笑みを消して口を開いた。
「ボス、玄関に誰か居ます……青、ですね」
「今日誰か来る予定あったっけ?」
悧塢の報告に訝しげに眉を寄せて立ち上がった綱吉は外を確認するために窓へ近寄る。姿は見えないが車でもあれば誰が来たか判ると考えたがそれも無駄に終わり、青い死ぬ気の炎の持ち主でこの屋敷を訪れる者を脳内でリストアップし始める。
「殺気はないのでただのお客様かもしれません。私が行ってきます」
「気を付けろよ」
「はい」
綱吉の心配を素直に受け取るように受け流して目隠しをすると、客人を出迎えるために悧塢は玄関へと向かった。
「おーい、誰か居るかー?」
「はい、ただいま……」
間延びした声で来訪と扉の解錠を促す声が聞こえるが、悧塢はドアノブを掴もうとしてその手を止めた。殺気はないが何かを扉越しに向けられていると気付いたからだ。波動を見る限り恐らく銃だ。客人であるにも関わらず武器を構えるとは何事かと玄関の扉ごと首を落としてしまいたい衝動に駆られるがどうにか踏み止まった。
「どなたでしょう」
「リボーンの腐れ縁だ、コラ」
「……名乗る気はないんですか」
「お前こそ初めて聞く声だな。誰だ、コラ」
「ボスに雇われた者です」
悧塢は最大限の警戒をしながら音も無く短刀を構えてから慎重にドアノブを回すが、扉を開けきる前に発砲され軽く飛び退くことでそれを避けた。
「ほう。俺の弾を避けるとは、お前なかなかやるな、コラ」
「……」
目隠しの下から太陽光に晒されて薄らと見えたものに悧塢は眉間に皺を寄せる。男の手に握られていた武器は軍隊で使用されるようなライフルだったからだ。何も考えずに避けはしたがそれを向けられていたのだと分かって悧塢は男に問い掛ける。
「もし、扉を開けたのが一般人だったらどうするんですか」
「一般人だったらライフルなんか向けてないさ」
「……私が一般人ではないと、扉を隔てた状態で気が付いていた、と?」
「ああ、なんせ警戒心剥き出しだったからな、コラ!」
「……」
弾んだ声音で言われた内容に不機嫌になるも、リボーンの知り合いと言っている以上は不利益になるような発言は出来ずに口を閉ざす。ふと足音が聞こえてそちらを見れば焦った表情の綱吉が銃声を聞きつけて状況を確認しに来たようだった。
「今の銃声何!?」
「お客様が発砲されただけです」
「客って……コロネロ」
「よう綱吉、リボーンいるか?」
「さっき出掛けたけど。何の用?」
会話の内容から確かにリボーンの知り合いであることが伺えてこれでは手を出すことは出来ないなと落胆のため息を吐いた悧塢を横目に、綱吉の問い掛けに対してコロネロと呼ばれた男はニヤリと笑みを浮かべる。
「リボーンから面白いこと聞いてな。綱吉お前、盲目の鴉を雇ったんだって?」
「「何で言うんだ、リボーン(さん)!!」」
「ん?」
非難の声が二人分聞こえて訝しんだコロネロが先程銃口を向けた悧塢を見て驚いた雰囲気を隠すことなく口を開いた。
「もしかして……お前が盲目の鴉なのか? コラ」
「……」
返事をすることなく殺気を向けてコロネロの横を抜けようとするも腕を掴まれて止められる。悧塢の殺気は鋭さを増して嫌な予感を感じた綱吉は彼女へと歩み寄った。
「待った」
「……何です……!?」
振り向いた瞬間、コロネロが悧塢の目隠しを剥ぎ取った。その時悧塢が見たのは、迷彩柄のバンダナを頭に巻いて、不敵に笑っている金髪の男。
「なっ……離せっ!」
「へぇ、紅い瞳か」
慌てて目隠しを取り返してから腕を振り払って距離を取る悧塢だったが、感心したように口笛を吹いたコロネロは楽しげに彼女の触れてはならない場所に触れた。
「見るのは骸以来……いや、アイツのは作り物だったな、コラ」
「っ!」
「止めろっコロネロ!!」
綱吉が悧塢の様子に気付いた時には遅かった。彼女は瞳を見られるのを極端に嫌う。それは以前投げかけられた心無い言葉が原因だ。初めて悧塢の瞳を暴いてしまった時も周りの人間はこの瞳を嫌いますと教えてくれたが、今回のは間が悪い。確実に悧塢の地雷を踏んでいる。聞きたくない言葉を聞いてしまった彼女の脳裏には幼い頃の記憶がフラッシュバックしていた。
《紅い瞳だ……なんて恐ろしい……》
《呪いの子よ》
《化け物だ》
《なんでこんなモノが存在してるの》
《穢らわしい、私に触るな》
《無様だね、まだ生きてたんだ》
「っあぁぁあああ!!」
「「!?」」
思い出したくもない言葉たちが脳内に溢れて頭を抱えた悧塢は絶叫すると、ゆらりとふらついた直後に〝言葉を発した相手〟を見据えて短刀を握り締め走り出す。短刀の刃の部分には黒い炎を纏わせてコロネロに向けられていた。
「チィッ!」
明らかな殺意を感じてライフルを構えたコロネロは多少の精度低下はやむなしと切り捨て速射するが、撃った弾は短刀の刃が纏う炎に触れて消える。それに驚いた一瞬の隙で、薄く黒い炎を纏ったワイヤーにライフルを分断された。
「なっ!?」
飛び退くコロネロを追って距離を詰める悧塢は相手の武器が銃火器しかないと判断して短刀を構えて首を狙う。体術ができたとしても、黒い炎に触れれば消えてしまうので接近した時点で負けである。
「ちょっ!? 待てよ、コラ!」
そのことに気付いて懐から銃を取り出したコロネロは発砲するだけの距離が足りていない現状に一か八か銃身を鈍器として握り直す。炎が早いか銃身が早いかの一瞬の攻防の間に橙色の炎が疾った。
「二人とも止まれっ!!」
悧塢の後ろから抱き締める形で彼女の腕を掴み、コロネロの持った銃身を掌底で遠ざけた綱吉は間一髪衝突しなかった事に安堵の息を溢した。我にかえった悧塢は肩を上下に揺らして息をしている。
「はぁっはぁっ、はぁっ……はぁっ……」
「落ち着いた?」
「……はぁ……はぃ……」
灯っていた黒い炎が完全に消えたのを確認して声を掛ければ返事と共に悧塢が俯いた。表情は見えないが、何を言われるのかと恐怖を感じているのは間違いないようで、悧塢の腕を離してやると同時にコロネロから距離を取った。
「……悧塢」
「……はい……!」
「………大丈夫」
綱吉は今にも消えてしまいそうな小さな体を正面から抱き締めた。想像していたどれにも当てはまらなかった言葉に戸惑って俯いていた顔を上げた悧塢は綱吉の表情にも驚く事になる。
「……ボ、ス……?」
「もう、大丈夫だから。怖がらなくていいよ」
「……ありがと、ございます……」
優しい瞳で見つめられて綱吉が自分を心配してくれているのだと感じられた悧塢は、薄ら微笑んでから安心したように瞳を閉じて力を抜いた。
→
1/2ページ