第8章
紅い鴉の夢主の名前
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
料理長がスパイと判明したために食事を用意する人間がいなくなってしまい、信頼出来る人間が次の料理長に就くまでは獄寺か悧塢が調理を担当することになった。そして本日は悧塢の当番の日で、朝食の準備のために早朝から目隠しをして買い出しに出掛けるところである。起きている者がいないボンゴレの屋敷から一人で出るのは任務以外では久しぶりのことだった。
「……お金、足りるかな……」
「あ!! 〝盲目の鴉〟さん!!」
「……」
呼ばれた名前に思わず目隠しの下の眉間に皺が寄る。周りに人がいないとはいえ仕事での呼び名を道の真ん中で叫ばないで欲しいと弱々しい波動を一瞥するといつぞやの弱いヒットマンだった。他の同業者や関係者に殺されたいのだろうかと思わず疑ってしまう。恐らくただの無知なのだろうが、関わる必要もないと無視して目的地を目指した。
「探しましたよ!! こんなとこに居たんですね!!」
「……」
あろうことか隣に並んで話し始めたヒットマンの少年の言葉に呆れてしまった。ヒットマンを探すなんて自殺行為だ。綱吉のように強いならばまだしも一般人と遜色ない弱さでは見つけた瞬間殺される。そういう仕事だから当たり前だ。無知なのか。教えてやる義理もないだろうと無視を決め込む。何故隣を歩いているのだろうか。
「俺! 今日はあなたに言いたいことが……」
「……」
「あの……〝盲目の鴉〟さん?」
「……せめて鴉って呼んで貰えませんか。そう呼ばれるとバレるから」
「わかりました!(会話出来た!!)」
「……用事が無いなら帰って下さい。私急いでるので」
「お出掛けですか? だったら俺も!」
「帰って」
「……ダメですか?」
「当たり前です。こちらは仕事ですよ」
「うー、でも……」
あからさまに不満げな反応をして尚もついて来ようとする少年に悧塢は思わず殺気を向けた。己のミスで失敗するならば自業自得で済む。けれど二度接触した程度の人間の無知のせいとなると腑に落ちない。街中だが見られるリスクを省みずに殺してもいいだろうか。綱吉に迷惑が掛かるからやめておこうと脅しにかかる。
「しつこいですね。まだ付いて来るなら二度と外を歩けないようにしますが」
「! ごめんなさい」
流石に殺気を向けられて背筋が冷えただろう少年の足が漸く止まる。だがその場から動こうとしない様子に目隠しの下の眉間に更に皺が寄った。
「……何してるの」
「付いて来るなと言われたので鴉さんが帰ってくるまで待っていようかと」
「お願いだから帰って」
「……じゃあまた来ますね!」
一瞬押し黙った後に弾んだ声音で言った少年の言葉に何故そういう選択をするのだと悧塢は呆れて目を伏せた。これは何を言っても無駄だろうと。その日以来、少年は度々悧塢に会いに来るようになってしまう。それが二桁にまで及んだある日、朝食の買い出しを終えて屋敷の扉を潜った先では綱吉が立っており悧塢を待ち構えていた。
「……只今戻りました」
「おかえり」
「起きてたんですか、綱吉さん……」
「悪いか」
「いえ、別に」
視線を逸らしながら素っ気ない返事をした悧塢の態度に綱吉は眉根を寄せる。態度自体は初めて会った時と大した差異はない。それでも違和感が拭えなくて綱吉は探るように見つめている。悧塢の方はあまり下らないことで雇い主の手を煩わせる必要もないだろうと口を閉ざしてその場を離れようとするが目の前に移動されてしまい失敗に終わった。
「……どうした?」
「……いえ」
「……」
問い掛けに対し曖昧な返事が返ってきた事によって悧塢が何かを隠しているのだと確信を持って歩み寄った綱吉はそっと両手を伸ばして彼女の両頬を引っ張った。
「いひゃ、いたいでっ、! 何するんですか!?」
「嘘吐くならもっとマシな嘘吐け」
「……はなしてください」
頬を摘む手をぺしぺしと叩いて見上げる表情が拗ねているようにも見えてにやけそうになる綱吉だったがなんとか表に出さずに手を離して頬を撫でる。
「で、何があった? 最近買い出し行くと毎回だよな」
「気付いてたんですか?」
「気付かないほうがおかしい」
「…………付き纏われてます……」
「……」
「……」
「……よし、ちょっと焼いてくるか」
「止めて下さい!! 相手は子供ですよ!?」
玄関へ向かおうとした綱吉の言葉に思わず抱きついて止めようとした悧塢は自分の行動に驚いてすぐに離れようとするが、腹部にまわった腕を掴まれて距離をとり損なってしまった。
「今日の悧塢は積極的だね、なんなら襲ってあげようか?」
「止めて下さいよ!? それより手を離して下さい!!」
「暴れてる悧塢可愛いからやだ」
「どんな理由ですかっ!?」
あまり強く掴まれているわけではないため多少暴れれば振りほどけると踏んでいた腕が外れることはなく、悧塢が心の内で何故と困惑していると頭上からクスリと笑う声が落ちてきた。
「そりゃ、男と女の力の差があるからな」
「!? な、なんで読心術……」
「悧塢の心が読めるようになったのはつい最近。最初は自分で読ませてただけだったからその後は全然読めなくてさあ。苦労したよ、心開かせるの」
「私……心開いてなんか……」
「あれ、無自覚だったんだ? 可愛いなぁ」
楽しそうに微笑む瞳に見下ろされ、まさか自分をいじめて楽しんでいるのかと訝しんでいた悧塢を見る綱吉の目が、心を読んだことで更に細められた。
「なんだぁ、悧塢……今更気付いたの?」
「!!?」
考えを肯定されて非難が口をついて出そうになるも、雇い主ということで声に出すことは踏みとどまった。だが読心術が使われてはあまり意味はないと悟り悧塢は抵抗を止めて綱吉を睨んだ。
「睨まれても怖くないよ。むしろそそられるんだけど」
「……言ってることの意味は解りませんけど、そんなことばかり言うならあの男の子の所に行きますよ?」
「……悧塢、本気で言ってる?」
「え?」
急に声のトーンが落ちて腕を掴んでいた力がなくなり、強制的に寄りかかるように体を預けていた悧塢は綱吉が身を翻したことでバランスを崩す。突然のことに為す術無くもたれ掛かるとそのまま正面から抱き締められた。
「綱吉さん……?」
「そんなことしたら……一生俺としか会えないように監禁するから」
「……」
綱吉の語調から怒っているように感じた悧塢は綱吉が怒った理由に見当をつけようと思考を巡らせた。先程も少年の話は気に障っており、監禁すると言うならば離れることに対してもあまりいい感情は持っていないことが伺える。ならばここを離れる気は無いと伝えれば怒りを収めてくれるだろうかと宥めるように綱吉の背中を撫でた。
「そんなことしなくても、私まだ綱吉さんの所を離れる気はありませんよ?」
「え?」
「……まだちゃんと、依頼を果たせていませんから……」
「……なぁ、悧塢……」
「……何ですか」
「もうちょっと可愛いこと言ってくれないかな。ちょっと期待しちゃったじゃん」
「そう言われましても……」
「冗談だよ」
思わぬ要望に困惑する悧塢だったが、綱吉の雰囲気から先程までの刺々しさがなりを潜めていることに気づいて密かに安堵の息を溢す。楽しそうに笑う声と共に抱き締める腕から力が抜かれ、身体を離したことで視線が重なった。
「……今度そいつが接触してきたらすぐに俺に連絡しろ。いいな?」
「……わかりました」
「よし」
素直に頷かれて気を良くした綱吉は満足そうに笑みを深くすると、まるで子供にするように悧塢の頭を撫でた。
「……髪が乱れるので撫でないで下さい……」
「前にも聞いた」
「……なら止めて下さいよ……」
「やだ。悧塢可愛いんだもん」
「…………」
何を言っても無駄だと判断した悧塢がそっぽを向いてしまい、機嫌を損ねてしまっただろうかと彼女の顔を覗き込んだ綱吉はその頬が少しだけ赤くなっているのに気付いて抑えが効かずに再び抱き締めたのだった。
→
1/3ページ