第1章
紅い鴉の夢主の名前
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鴉は今現在自分の置かれている状況を飲み込めずに困惑していた。請け負っていた仕事を終えた直後にその場に居合わせた男から新規の契約の話を持ち掛けられてその場で話を進められそうになったために場所を変えたいと提言したのだ。目の前には死体が転がっているし何より誰も来ない保証もない場所で契約を交わすのはリスクがありすぎると考えた上での提案だったのだが、何故か見るからに豪奢な車(詳しくないが確かリムジンという名だった)に乗せられ連れて来られたのは契約したいと言った男の屋敷。つまり本拠地である。一時雇うだけの人間を易々と懐に入れるなんて聞いたことがない。危機感はないのだろうか。そして入り口の巨大な扉を潜った所で鴉は思わず立ち止まってしまう。
「……広い……」
「遠慮しなくていいよ、これから君はここに住んでもらうんだから」
「……先ほど住み込みとは言っていませんでしたが」
「だって言わなかったし。ほらおいで」
笑顔でそう言う男に鴉は呆れてため息を吐きそうになるがなんとか抑えて、自分を雇うと言った男の後を大人しく付いていく。それでも契約に関しての情報を隠されるのは雇われる側からすると困るので不満が口をついて出た。
「横暴ですね……」
「ほんとだよね」
「雲雀さん?」
独り言のつもりで呟いたが部外者の不満を部下に肯定されるなんてどんな上司なのだろうと鴉はこれから自分を雇う人間を疑った。それで契約を蹴ったりはしないけれど。
「……貴方それでもボスですか?」
「あれ、俺がボスだって言ったっけ?」
「いえ、でも炎の色が橙だったので。そちらの方は紫ですよね」
「え、俺達炎使ってないのに……何で知ってんの?」
「今も見えていますよ。私には人の波動が見えるので」
「……目、見えるの?」
「コレは気にしないで下さい」
鴉は目隠しをしている布を撫でてなんでもないように振る舞うと、ボスであり雇い主になる男の方を向く。
「それでボス、私を雇ったという事は何か仕事があるのではないですか?」
「いや、今日は君の部屋確保と守護者達への挨拶。明日は実力を見るから、任務はそれから」
「……はい」
仕事もないのにヒットマンを雇うほど金銭と時間を持て余しているファミリーなのだろうかと、まだ全てを把握しきれていなかった鴉は的外れな事を考えるが雇い主が大きな扉の前で立ち止まったのでその思考を意識の外へと追いやった。
「……応接間、でしょうか?」
「ご名答。じゃあ、開けるよ」
ガチャリとドアノブが回されて「皆居るー?」とボスらしからぬ間延びした声で中にいた部下と思しき人達へと声をかける雇い主に鴉は全員に対してあの対応なのかと内心観察に努めていた。
「お帰りなさいませ、十代目」
「お、遅かったなツナ」
「呼んでおいて待たせるなんて、ひどいですよボンゴレ」
「俺も極限に待ちくたびれたぞ!」
「おや、そちらのお嬢さんは?」
返事をした順に赤、青、緑、黄色、藍色の炎が見える。綺麗だと感じるのは今まで会ってきた人達よりも色が澄んでいて……いや、なんだろう、個性的と表現した方が正しい気がする。誰一人として同じカタチをしているものなど無いのだし。それよりも今聞き逃してはいけない単語が聞こえた気がする。ボンゴレって確か巨大マフィアの名前と同じはずで。その十代目だと目の前の人達は言っていたような。そんなことを考えていたらボスの後ろの存在に気付いた守護者全員の視線が集まってしまい、話していいのかと意見を求めるつもりで見上げると彼は微笑んで全員に説明してくれた。
「この子は盲目の鴉。任務中に会ってスカウトしたんだ」
「へぇ、その子が……」
「初めまして。……本名は羽鳴邪悧塢です……」
小さくお辞儀をすると「悧塢か。可愛い名前してるな」と呟いたのが聞こえてきた。正直、名前を他人に教えることがないので褒められて少し嬉しく感じている。
「皆も挨拶して。悧塢には暫く此処に居てもらうつもりだから」
綱吉の呼び掛けに手を挙げたのは青だ。目隠しの下で目を開ければうっすらと見えるシルエット。短髪で長身。体つきも程良く筋肉がついているように伺えた。
「んじゃ俺からな。山本武だ、よろしくな悧塢」
「……青が山本さん……」
ひと呼吸置いて一歩前に歩み出たのは照明に照らされているために辛うじて色素が薄いとわかる髪色で、煙草の香りがする赤。
「俺は十代目の右腕の獄寺隼人だ。いいか、十代目に迷惑掛けるようなら俺がお前を果たすからな」
「……赤が獄寺さん……」
片手をあげるシルエットが見えてそちらを向くと、立っていたのは癖毛で大人しそうな感じの緑。威厳、風格、そういったものが感じられないせいか印象的には一番年若い。
「俺はランボと言います。以後お見知り置きを」
「……緑がランボさん……」
全員がその場で名乗ると思っていたら目の前まで歩み寄ってきた体格のいい短髪の黄色。近づくと身長差も相俟って威圧感がすごい。声量もすごい。
「俺は笹川了平だ。ちなみに妹がいるから俺のことは了平と呼んでくれて構わんぞ」
「……黄色が笹川さん……」
横から独特な笑い声がしてそちらを向くと、頭頂部で髪を結わえているのかそこだけ跳ねて後ろ髪が長い藍色がそこにいた。
「クフフ……僕は六道むく「僕は雲雀恭弥」……クフフフフ……雲雀恭弥……僕の自己紹介がまだ終わっていないので邪魔をしないでいただけませんかね?」
「……藍色が六道さんで、紫が雲雀さん……」
全員の自己紹介が終わって自然と綱吉のほうに体を向けるとクスリと笑う気配がする。何が可笑しいのだろうか。
「俺は沢田綱吉。ボンゴレファミリーの十代目ボスだ、よろしく」
「……ボンゴレファミリーだったんですね」
「炎は判ってもファミリーまでは判らなかったか、まあ取りあえず屋敷の中を案内するから、目が見えるならその目隠し取って」
「目隠しを取る理由がありません」
「……」
「……」
やってしまった、と思わずにはいられなかった。それほどの失態。目隠しの事に触れられるとつい過剰反応してしまうというのは今回が初めてではない。それが原因で契約を白紙にされたこともあるくらいだ。
「……ねぇ、何でその目隠し取らないの?」
「いえ、付けているほうが落ち着くので……」
「嘘。じゃあ何で震えてるの? 怖がってるからでしょ?」
「……怖がっているわけではないですし仮にそうだとしても今は寒いだけで……」
「イタリアの気候って冬場は暖かい方なのにまだ寒い?」
「……私、極度の照れ屋で……」
「そんな奴がヒットマンなんて出来るわけないだろ?」
「………………」
駄目だ、もう言い訳が思い付かない。そう思って俯いていた顔を少しだけ上げた悧塢はクスクス笑う綱吉の声に眉間に皺を寄せる。ああ、この人はきっと慌てる自分を見て楽しんでいるんだとため息を吐きたくなった。
「降参した? じゃあソレ取ろうか」
綱吉が一歩近付く。それと同時に悧塢も一歩下がる。何度か繰り返していると、焦れたらしい綱吉が一瞬で距離を詰めて目隠しをずり下ろす。二人の視線が重なった。
「ねぇ、何でそんなに……」
まずい、そう思って手のひらで目元を隠したが既に遅かった。目が合ったのだ。相手だけが視認していないなんてことはあり得ない。瞳を見られた。
「もしかして……瞳……?」
「……っ」
ああ、やはり不快に思っただろうかと思わずしゃがみこんできつく目を閉じる。血の色をした瞳なんて気持ち悪いだろう。以前も言われたのだ。きっとまた契約は白紙に戻されてあてもなくヒットマンの仕事を探すのだろう。そんなことを考えていると、暖かい手のひらが頭の上に置かれた。
「?」
「ごめんな。でも俺は好きだよ、その瞳」
「……」
気休めだろうか。優しい人だ。けれど口に出して弁明することも憚られる。貴方が好きでも自分の周りの人間はこの瞳を嫌います。と、読心術が使えるという情報に基づいて心の中で言葉を並べて伝える。案の定気付いたようで、すぐ近くで驚く気配がした。
「おい悧塢、大丈夫か?」
「どうしよう……薬とか持ってきましょうか?」
青と緑が目の前にしゃがんでこちらの様子を窺ってくれている。優しい人達のようだ。
「ああ、僕の愛しの悧塢が苦しんで……」
「煩いよ」
バキリと硬いものがぶつかる音がした。紫と藍色はよくわからない口論を繰り広げてそのうち武器を交えるのではないかと思ってしまった。あと藍色の「愛しの」とはどういうことだろうか。
「うむ、極限に鍛え方が弱いのだな」
「テメェと一緒にすんな、この体力バカ」
黄色と赤は気遣っているようなそうでもないような、正直よく分からない反応だ。ヒットマンとしてやっていくために鍛えてはいるけれども黄色にはそうは映らなかったようだ。
「悧塢……俺達に瞳見られるの、嫌?」
「……」
どうしてそんなことを聞くのだろうか。雇い主に従属するのがヒットマンなのだから雇い主がしたいように処分すればいいのに。弱みを握るつもりなのだろうか。やはりよくわからないので問い掛けを反芻してみる。どんな依頼をしてくるのかは判らないけれど悪口や嫌味を言ってくる人はいないし嫌とは思わない。そう結論づけて、それならば要望に応えなくてはと腹をくくって立ち上がり、瞼を持ち上げてずり下ろされた目隠しを首から外した。
「ワォ……」
「お綺麗、ですね……」
「スゲェのな」
「……」
「見事だな」
「赤い瞳、僕とお揃いですね!」
お揃いと言われて思わず骸を見た悧塢は本当に右目だけが赤いのを確認して目を瞠ってしまうが、立ち入ったことを聞くのは無粋だと質問は飲み込んだ。
「……な? 皆お前を嫌ったりしないからさ」
また頭を撫でられて、その手の大きさと暖かさが妙に懐かしく感じてしまい自然と口元を緩ませた。ヒットマンの仕事なんて笑いながらするものでもないし、親しい人がいないからそんな機会すら無かったと悧塢は自嘲した。同時にそれはいらない感情なのだとも。
「ありがとう、ございます」
「!」
「悧塢って可愛いのな」
「武、手ェ出さないでね?」
「どーだかな」
「沢田綱吉ばかり狡いです」
「煩いよ、南国果実。君とはあり得ないんだから」
「耐え性の無い奴らだな」
「芝生にだけは言われたくねーよ」
「あ、気にしなくていいですよ悧塢さん」
「? はあ……」
何の事かを明言していないのに会話が成立しておりその上で気にしなくていいと伝えられた悧塢は何かの暗号でも使っているのだろうかと疑いはしたが、生憎とそれを解読するだけの知識を持ち合わせていないので断念する。そして気付いた。状況が理解出来てないのは恐らく己だけなのだと。
「じゃあ、お前の部屋に案内するよ」
「あ、はい」
守護者全員に休むように指示を出した綱吉は楽しそうに目を細めて悧塢がこれから生活する部屋に案内した。
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