第5章 死の秘宝
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第4話 壊れる日々
ホグワーツに生徒たちの声が戻ってから、まだ数日しか経っていなかった。
けれど、城の空気はすでに変わっていた。
廊下には囁き声さえなく、笑いの気配も消えていた。
そこにあったのは、怯えと服従の音だけ。
マグル生まれや混血の生徒たちは、わずかな行動の乱れで体罰を受けた。
列を乱す者、目を逸らした者、返事が遅れた者。
そのすべてが「反抗」とみなされ、杖の閃光と悲鳴が交差する。
そんな日々が続き、生徒たちは誰もが肩をすくめて歩くようになった。
イリスは例外だった。
寮の部屋は変わらず一人きり、そして体罰を受けることもなかった。
ただ静かに、規律の中を漂うように日々を過ごしていた。
それは従順ゆえではない。
むしろ、エルフとしての自然な感覚が時に人間の常識を乱してしまう。
授業中、アレクト・カローの質問に正面から答えた時もそうだった。
彼女の怒りを買うと分かっていても、イリスは嘘をつけなかった。
「我らが特別な姫君」
「闇の帝王がお前を狙っていなければ、とっくに壊してやったのに」
冷たい声が教室に落ちた。
アレクトはわざと笑いながら、その苛立ちを別の生徒へと向ける。
それ以来、罰を受けるのはイリスではなく、周囲の生徒たちになった。
彼女の存在が怒りの標的を生み出してしまったのだ。
やがて生徒たちはイリスを避けるようになり、
その瞳の中に、静かな憎悪が宿っていった。
死喰い人たちはその光景を楽しそうに見ている。
自ら手を下すことなく、イリスという名を使って他者を罰し、
その残酷さを満たしているのだった。
───
「あ、また……」
イリスは自室の扉の前で立ち止まった。
床には、悪臭を放つ袋がいくつも転がっている。
袋からは液体が漏れ、壁や床に黒ずんだ跡を残していた。
イリスは扉を避けながら杖を軽く振る。
机の引き出しが開き、空の袋がひとつ飛び出す。
それを受け取り、床に散らばる汚物を魔法で集めて詰め込んでいく。
指先に、腐敗の匂いがわずかに残る。
だが、もう顔をしかめることもなかった。
何度目になるのか分からない。
初めて見た時は吐き気がしたが、今はただの作業に過ぎなかった。
糞尿や腐った食べ物を集める執念に、もはや嘆く気力さえ失せていた。
───
そして日々は静かに壊れていった。
授業の名を借りた“拷問”が、当たり前に行われるようになった。
その日の「闇の魔法」の授業は、もはや学びではなかった。
アミカス・カローは、生徒たちを教室に並ばせ、笑みを浮かべて告げた。
「さて、今日は実践だ。磔の呪文を放て。相手は……そこにいる低学年どもだ。」
ざわめきが走る。
小さな生徒たちの瞳には涙が滲んでいた。
だが、拒むことは許されない。
「魔法を学ぶ気は無いのか? さっさとやれ!
でないとお前たちを今度は的にするぞ!!」
怒号が響く。
泣きながら呪文を放つ生徒たち。
だが誰も上手くいかない。
誰も、心から傷つけたいとは思えなかった。
アミカスの眉が苛立ちに歪む。
その苛立ちが喜びに変わる瞬間、彼はゆっくりと教壇を降りた。
そして指示に従わず杖すら構えていないイリスを見つける。
「おやおや、姫君は的になりたいようだな。
では望み通り的になれ。」
彼の手が伸び、イリスの腕を強引に掴み上げた。
教室の前に立たされると、アミカスは嘲笑を浮かべる。
「みんな全然できていないから、俺が手本を見せてやろう。
相手が姫君なのは気が引けるが……姫君自らの希望だ。そうだろう?」
黒い杖が、冷たい光を放つ。
「クルーシオ!」
呪文が放たれた瞬間、世界が裂けた。
音が、光が、空気が一瞬で崩れ落ちる。
体の中の“調和”が砕ける。
エルフの体に流れる魔力の糸が、誰かの手によって無理やり引きちぎられるようだった。
痛い、では足りない。
体が壊れるよりも先に、世界とのつながりが千切れていく。
木々の声が消え、空気の流れが止まった。
自分を包んでいた“すべて”が、沈黙に呑まれていく。
「やめて……」
声を出したつもりだった。
けれどその声すら、空気に届かない。
体が震え、視界が白く滲む。
内側から焼かれるような熱と、外側から冷たく押し潰される圧が同時に襲う。
筋肉が勝手に痙攣し、骨が、皮膚の内側で軋んだ。
こんなものが、“人間の魔法”なのか。
痛みの意味がわからない。
世界を傷つけてまで生きる理由など、どこにもないはずだった。
「死んでしまいたい……」
その言葉が、心の奥でかすかに溶けた。
耐えることに意味はなかった。
痛みは意思を砕き、幸せな記憶を溶かしていく。
意識の果てに、ただ“静けさ”を求める衝動だけが残った。
どれほどの時間が過ぎたのか分からない。
呪文が解かれた瞬間、床に崩れ落ちた体から、音もなく涙がこぼれた。
アミカスの笑う声が遠い世界の音のように聞こえた。
イリスは、自分の震える手を見つめた。
その指の先に、もう光はなかった。
ただ冷たい闇だけが残っていた。
そして思う。
人間は、痛みを作り出すことにかけては、
どこまでも器用な生き物だと。
そしてこの世界に触れることを、
もう一度ためらってしまいそうだった。
ホグワーツに生徒たちの声が戻ってから、まだ数日しか経っていなかった。
けれど、城の空気はすでに変わっていた。
廊下には囁き声さえなく、笑いの気配も消えていた。
そこにあったのは、怯えと服従の音だけ。
マグル生まれや混血の生徒たちは、わずかな行動の乱れで体罰を受けた。
列を乱す者、目を逸らした者、返事が遅れた者。
そのすべてが「反抗」とみなされ、杖の閃光と悲鳴が交差する。
そんな日々が続き、生徒たちは誰もが肩をすくめて歩くようになった。
イリスは例外だった。
寮の部屋は変わらず一人きり、そして体罰を受けることもなかった。
ただ静かに、規律の中を漂うように日々を過ごしていた。
それは従順ゆえではない。
むしろ、エルフとしての自然な感覚が時に人間の常識を乱してしまう。
授業中、アレクト・カローの質問に正面から答えた時もそうだった。
彼女の怒りを買うと分かっていても、イリスは嘘をつけなかった。
「我らが特別な姫君」
「闇の帝王がお前を狙っていなければ、とっくに壊してやったのに」
冷たい声が教室に落ちた。
アレクトはわざと笑いながら、その苛立ちを別の生徒へと向ける。
それ以来、罰を受けるのはイリスではなく、周囲の生徒たちになった。
彼女の存在が怒りの標的を生み出してしまったのだ。
やがて生徒たちはイリスを避けるようになり、
その瞳の中に、静かな憎悪が宿っていった。
死喰い人たちはその光景を楽しそうに見ている。
自ら手を下すことなく、イリスという名を使って他者を罰し、
その残酷さを満たしているのだった。
───
「あ、また……」
イリスは自室の扉の前で立ち止まった。
床には、悪臭を放つ袋がいくつも転がっている。
袋からは液体が漏れ、壁や床に黒ずんだ跡を残していた。
イリスは扉を避けながら杖を軽く振る。
机の引き出しが開き、空の袋がひとつ飛び出す。
それを受け取り、床に散らばる汚物を魔法で集めて詰め込んでいく。
指先に、腐敗の匂いがわずかに残る。
だが、もう顔をしかめることもなかった。
何度目になるのか分からない。
初めて見た時は吐き気がしたが、今はただの作業に過ぎなかった。
糞尿や腐った食べ物を集める執念に、もはや嘆く気力さえ失せていた。
───
そして日々は静かに壊れていった。
授業の名を借りた“拷問”が、当たり前に行われるようになった。
その日の「闇の魔法」の授業は、もはや学びではなかった。
アミカス・カローは、生徒たちを教室に並ばせ、笑みを浮かべて告げた。
「さて、今日は実践だ。磔の呪文を放て。相手は……そこにいる低学年どもだ。」
ざわめきが走る。
小さな生徒たちの瞳には涙が滲んでいた。
だが、拒むことは許されない。
「魔法を学ぶ気は無いのか? さっさとやれ!
でないとお前たちを今度は的にするぞ!!」
怒号が響く。
泣きながら呪文を放つ生徒たち。
だが誰も上手くいかない。
誰も、心から傷つけたいとは思えなかった。
アミカスの眉が苛立ちに歪む。
その苛立ちが喜びに変わる瞬間、彼はゆっくりと教壇を降りた。
そして指示に従わず杖すら構えていないイリスを見つける。
「おやおや、姫君は的になりたいようだな。
では望み通り的になれ。」
彼の手が伸び、イリスの腕を強引に掴み上げた。
教室の前に立たされると、アミカスは嘲笑を浮かべる。
「みんな全然できていないから、俺が手本を見せてやろう。
相手が姫君なのは気が引けるが……姫君自らの希望だ。そうだろう?」
黒い杖が、冷たい光を放つ。
「クルーシオ!」
呪文が放たれた瞬間、世界が裂けた。
音が、光が、空気が一瞬で崩れ落ちる。
体の中の“調和”が砕ける。
エルフの体に流れる魔力の糸が、誰かの手によって無理やり引きちぎられるようだった。
痛い、では足りない。
体が壊れるよりも先に、世界とのつながりが千切れていく。
木々の声が消え、空気の流れが止まった。
自分を包んでいた“すべて”が、沈黙に呑まれていく。
「やめて……」
声を出したつもりだった。
けれどその声すら、空気に届かない。
体が震え、視界が白く滲む。
内側から焼かれるような熱と、外側から冷たく押し潰される圧が同時に襲う。
筋肉が勝手に痙攣し、骨が、皮膚の内側で軋んだ。
こんなものが、“人間の魔法”なのか。
痛みの意味がわからない。
世界を傷つけてまで生きる理由など、どこにもないはずだった。
「死んでしまいたい……」
その言葉が、心の奥でかすかに溶けた。
耐えることに意味はなかった。
痛みは意思を砕き、幸せな記憶を溶かしていく。
意識の果てに、ただ“静けさ”を求める衝動だけが残った。
どれほどの時間が過ぎたのか分からない。
呪文が解かれた瞬間、床に崩れ落ちた体から、音もなく涙がこぼれた。
アミカスの笑う声が遠い世界の音のように聞こえた。
イリスは、自分の震える手を見つめた。
その指の先に、もう光はなかった。
ただ冷たい闇だけが残っていた。
そして思う。
人間は、痛みを作り出すことにかけては、
どこまでも器用な生き物だと。
そしてこの世界に触れることを、
もう一度ためらってしまいそうだった。
