第4章 謎のプリンス
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第15話 落ちる光
あの事件があってからしばらく経ち、今夜のホグワーツは、深い水の底のように静かだった。
廊下を撫でる風の音だけが、遠くで細く鳴っている。
机に向かっていたイリスの視界の端で、紙片がかすめた。
扉の隙間から、ひらりと滑り込んだそれを拾い上げる。
触れた途端、微かな魔力の震え。
耳元で、声が開いた。
「イリス、ハリーだ。スネイプはやっぱり死喰い人だった。トレローニーの予言を聞いて、ヴォルデモートに伝えた。あいつが僕の両親を───」
ハーマイオニーの声が続く。
焦りを押し殺した、早口のささやき。
「今夜、ダンブルドアとハリーは外出するの。スネイプも、ドラコも動く可能性があるらしいの。イリス、もし本当に何かあったら駆けつけて。あなたの力が必要なの」
そこで声は途切れた。
紙はただの紙に戻り、イリスの手の中でぬるく沈黙した。
胸の奥がざわめいた。
けれど、揺れはしない。
スネイプが何者であれ、どこに立っていようと信じると決めた。
それでも祈りは零れる。
どうか今夜、何も起こりませんようにと……。
───
ベッドに入り音のない時間がいくつか過ぎた頃、隣室の扉が突然荒々しく開いた音がした。
靴音。
速い。
重い。
迷いのない動き。
何か急いでいるようなものだった。
イリスは立ち上がり、裸足のまま廊下へ飛び出した。
魔力の流れをたどると、スネイプの気配が天文台の方角へ伸びている。
胸が熱くなり、足が勝手に動く。
走るたび、石床の冷たさが足裏で砕けた。
夜空に、不気味な翳りが浮かび上がる。
骸骨と蛇が絡み合った黒い印が雲の切れ間に脈打ち、月明かりを濁らせる。
風は焼けた匂いを運び、校舎のどこかで見えない扉が軋んだ。
螺旋階段を駆け上がると、途中の踊り場に影がひとつ
それはハリーだった。
壁の陰に身を沈め、上を見上げている。
イリスは彼の隣に立ち、視線だけで問いかけた。
ハリーは唇を噛んだまま、黙って顎で上を示す。
塔の上。
風が渦を巻き、冷気が剣のように肌を刺す場所。
そこに、彼らはいた。
ドラコ・マルフォイが杖を握り、震える手でダンブルドアを狙っている。
周囲には死喰い人が数名。
女の笑い声が、金属を引っかくように薄く響く。
狼の影のような男が、歯を剥きながら歩を止めた。
そして、その輪の内側にスネイプ。
その顔を見た瞬間、イリスは悟った。
休暇の終わりに耳にした、あの会話。
「彼女を巻き込むな」
「時が来たら頼む」
ダンブルドアの低い声、静かな命。
「我輩の側にいるだけで危険だ」
スネイプの、乾いた決意。
計画はここで完結するのか。
そんなはずはない。
あまりに残酷だ。
ダンブルドアが塔の縁に立っていた。
夜風に白い髭が揺れ、あの穏やかな瞳だけが、変わらずにそこにある。
ドラコの杖先が震え、足元の石が小さく擦れる。
死喰い人たちが固唾を呑む音が、風の隙間から漏れた。
スネイプが一歩、前へ。
月光が黒いローブの肩を薄くなぞり、表情を影の中へ沈めていく。
ダンブルドアが、名を呼ぶ。
呼吸よりも静かな声で。
「セブルス……」
短い沈黙。
スネイプの足が、もう一歩だけ近づく。
イリスの指が、衣の端を掴んだ。
胸が詰まる。
これ以上はだめだと、どこかが叫ぶ。
ダンブルドアが、もう一度。
「セブルス……頼む」
やめて。
その言葉は、思考を裂いた。
その先にあるのはきっと……。
スネイプの顔が、わずかに上を向く。
その直前目が、見えた気がした。
氷のように静かな、沈んだ決意の光。
彼は杖を持ち上げる。
その動作だけが、驚くほど穏やかだった。
イリスは息を吸い、声にならない声を喉に刺した。
止めて。
やめて。
こんな結末は望んでいない。
緑の光が、夜を裂いた。
「アバダケタブラ!」
音が消えた。
世界から、瞬き一つ分の音がすべて剥がれ落ちたようだった。
緑光だけが残り、塔の上を染める。
その光がダンブルドアの胸元に触れた瞬間、時間が戻る。
ダンブルドアの体が、後ろへと傾ぐ。
ローブが風を孕み、白い手が秋の葉のようにふわりと揺れた。
落下する軌道が、光に縁取られて金色にゆらめく。
遥か下で、闇が静かに口を開けて待っている。
イリスは動けなかった。
足の感覚が消え、胸の奥で心臓が固い石になった。
理解が、身体より遅れていく。
嫌だ、と心が叫ぶのに、声帯は凍りついて機能しない。
隣で、ハリーもまた言葉を失っていた。
ただ二人の瞳の中でひとつの光が、長い長い時間をかけて落ちていった。
風だけが、塔の上を吹き抜けた。
何もかもが、その風にさらわれていくように思えた。
残ったのは、ひとつの選択が放った閃光の残滓と、耳鳴りだけ。
イリスは唇を噛む。
血の味で、ようやく現実だと理解した。
目の前の世界は、もう二度と以前とは同じ色に戻らない。
そう理解するまでに、夜は息をひとつ吐いた。
あの事件があってからしばらく経ち、今夜のホグワーツは、深い水の底のように静かだった。
廊下を撫でる風の音だけが、遠くで細く鳴っている。
机に向かっていたイリスの視界の端で、紙片がかすめた。
扉の隙間から、ひらりと滑り込んだそれを拾い上げる。
触れた途端、微かな魔力の震え。
耳元で、声が開いた。
「イリス、ハリーだ。スネイプはやっぱり死喰い人だった。トレローニーの予言を聞いて、ヴォルデモートに伝えた。あいつが僕の両親を───」
ハーマイオニーの声が続く。
焦りを押し殺した、早口のささやき。
「今夜、ダンブルドアとハリーは外出するの。スネイプも、ドラコも動く可能性があるらしいの。イリス、もし本当に何かあったら駆けつけて。あなたの力が必要なの」
そこで声は途切れた。
紙はただの紙に戻り、イリスの手の中でぬるく沈黙した。
胸の奥がざわめいた。
けれど、揺れはしない。
スネイプが何者であれ、どこに立っていようと信じると決めた。
それでも祈りは零れる。
どうか今夜、何も起こりませんようにと……。
───
ベッドに入り音のない時間がいくつか過ぎた頃、隣室の扉が突然荒々しく開いた音がした。
靴音。
速い。
重い。
迷いのない動き。
何か急いでいるようなものだった。
イリスは立ち上がり、裸足のまま廊下へ飛び出した。
魔力の流れをたどると、スネイプの気配が天文台の方角へ伸びている。
胸が熱くなり、足が勝手に動く。
走るたび、石床の冷たさが足裏で砕けた。
夜空に、不気味な翳りが浮かび上がる。
骸骨と蛇が絡み合った黒い印が雲の切れ間に脈打ち、月明かりを濁らせる。
風は焼けた匂いを運び、校舎のどこかで見えない扉が軋んだ。
螺旋階段を駆け上がると、途中の踊り場に影がひとつ
それはハリーだった。
壁の陰に身を沈め、上を見上げている。
イリスは彼の隣に立ち、視線だけで問いかけた。
ハリーは唇を噛んだまま、黙って顎で上を示す。
塔の上。
風が渦を巻き、冷気が剣のように肌を刺す場所。
そこに、彼らはいた。
ドラコ・マルフォイが杖を握り、震える手でダンブルドアを狙っている。
周囲には死喰い人が数名。
女の笑い声が、金属を引っかくように薄く響く。
狼の影のような男が、歯を剥きながら歩を止めた。
そして、その輪の内側にスネイプ。
その顔を見た瞬間、イリスは悟った。
休暇の終わりに耳にした、あの会話。
「彼女を巻き込むな」
「時が来たら頼む」
ダンブルドアの低い声、静かな命。
「我輩の側にいるだけで危険だ」
スネイプの、乾いた決意。
計画はここで完結するのか。
そんなはずはない。
あまりに残酷だ。
ダンブルドアが塔の縁に立っていた。
夜風に白い髭が揺れ、あの穏やかな瞳だけが、変わらずにそこにある。
ドラコの杖先が震え、足元の石が小さく擦れる。
死喰い人たちが固唾を呑む音が、風の隙間から漏れた。
スネイプが一歩、前へ。
月光が黒いローブの肩を薄くなぞり、表情を影の中へ沈めていく。
ダンブルドアが、名を呼ぶ。
呼吸よりも静かな声で。
「セブルス……」
短い沈黙。
スネイプの足が、もう一歩だけ近づく。
イリスの指が、衣の端を掴んだ。
胸が詰まる。
これ以上はだめだと、どこかが叫ぶ。
ダンブルドアが、もう一度。
「セブルス……頼む」
やめて。
その言葉は、思考を裂いた。
その先にあるのはきっと……。
スネイプの顔が、わずかに上を向く。
その直前目が、見えた気がした。
氷のように静かな、沈んだ決意の光。
彼は杖を持ち上げる。
その動作だけが、驚くほど穏やかだった。
イリスは息を吸い、声にならない声を喉に刺した。
止めて。
やめて。
こんな結末は望んでいない。
緑の光が、夜を裂いた。
「アバダケタブラ!」
音が消えた。
世界から、瞬き一つ分の音がすべて剥がれ落ちたようだった。
緑光だけが残り、塔の上を染める。
その光がダンブルドアの胸元に触れた瞬間、時間が戻る。
ダンブルドアの体が、後ろへと傾ぐ。
ローブが風を孕み、白い手が秋の葉のようにふわりと揺れた。
落下する軌道が、光に縁取られて金色にゆらめく。
遥か下で、闇が静かに口を開けて待っている。
イリスは動けなかった。
足の感覚が消え、胸の奥で心臓が固い石になった。
理解が、身体より遅れていく。
嫌だ、と心が叫ぶのに、声帯は凍りついて機能しない。
隣で、ハリーもまた言葉を失っていた。
ただ二人の瞳の中でひとつの光が、長い長い時間をかけて落ちていった。
風だけが、塔の上を吹き抜けた。
何もかもが、その風にさらわれていくように思えた。
残ったのは、ひとつの選択が放った閃光の残滓と、耳鳴りだけ。
イリスは唇を噛む。
血の味で、ようやく現実だと理解した。
目の前の世界は、もう二度と以前とは同じ色に戻らない。
そう理解するまでに、夜は息をひとつ吐いた。
