第3章 不死鳥の騎士団
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第24話 灯りのかたち
春休みの校内は、驚くほど静かだった。
食堂の長卓は教師たちやイリスしかおらず空席が目立ち、窓から差し込む薄い光が、遠い埃の粒を浮かべている。
イリスは左肩を吊ったまま、片手でナイフを扱ってみた。
肉は固く、皿の上で滑ってしまう。
小さく息を吐いたとき、目の前のナイフとフォークがすっと奪われた。
スネイプは何も言わず、慣れた手つきで肉を一口大に切り分けていく。 雑に見える動きなのに、切り口は綺麗で、均一だった。
「ありがとうございます」
イリスが小さく言うと、彼は視線を皿に落としたまま短く答える。
「食べろ」
不器用なやり取り。それだけなのに、胸の奥は静かに温かく満たされる。
二人の席の周りだけ、時間が少し遅く流れているようだった。
───
夜半、悪夢で目が覚めた。 イリスは息を整えながら、迷わず隣の扉を叩いた。
「どうした」
ドアはすぐに開いた。スネイプはまだ仕事の途中だったのだろう。机の上には開かれた本と、書きかけの羊皮紙が広がっている。 彼は何も問わず、イリスをソファーへ促し、静かに紅茶を淹れる。
「こんな夜更けにどうしたのだ」
「……怖くて」
ようやく絞り出した声に、スネイプは頷く。 イリスはカップを両手で包み込むように持ち、ゆっくり温度を喉に流し込んだ。
「夢を見ました……。ヴォルデモートが現れて……。見世物小屋にいたあの頃に戻されたようで……どうしようもなく怖かった。だからこんな時間に…。すみません。」
その告白に、スネイプの瞳が鋭く揺れる。
唇がきつく結ばれ、しばし言葉を選ぶように沈黙した後、低く告げた。
「……謝る必要は無い。お前はここにいる。お前も過去の時とは変わっているのだ、引き戻されることはない。」
冷ややかな声の奥に、焼けつくような憤りと、強い想いが滲んでいた。
その響きに、イリスの胸に張り付いていた恐怖が少しずつ溶けていく。
心がほどけていくと同時に、徐々に眠気が襲ってくる。 それを見かねたスネイプが「部屋に戻れ」と声をかけてくれた。 しかしイリスは小さく首を振る。
「もう平和な時間が、いつなくなってもおかしくないと分かっています。だから……もっと、一緒にいたい」
スネイプは仕方ないといった様子で静かにイリスをベッドへと導き、布団を整える。 椅子に腰をかけるつもりだった彼へ、イリスはかすれた声で言った。
「……横に、いてください」
少しの逡巡の後、スネイプはベッドに身を横たえ、イリスの方へ体を向けた。 距離は慎重に。けれど、すぐ届くところに。
イリスは眠りに落ちる直前、彼がそっと手を重ねた。 長く、硬く、乾いている。
それでいてどこか温かく安心感のある手の感触。
「先生の手は……気持ちがいい」
小さな呟きは、呼吸に溶けて消えた。
───
眠りに沈むイリスの呼吸が、静かな部屋に一定のリズムを刻む。
白い髪が枕に散り、灯りを柔らかく跳ね返している。
指先でそっとその髪を梳いた。絹のように滑らかで、軽い。
この光景を、心に刻みつけておきたかった。
いつか失うかもしれない未来がある。
それを知っているからこそ、今この瞬間が恐ろしいほど尊く感じられる。
頬に触れる。
硬く閉ざされていたはずの胸の奥に、微かな痛みと温もりが同時に灯る。
そのとき、眠ったままイリスが身を寄せてきた。
小さな体が、無意識にこちらに触れる。
振りほどく理由は、どこにもない。 腕を回し、抱き留める。
それ以上を望む心は確かに疼いた。だが、それを形にしてしまえば彼女を壊す。
そして自分自身も、二度と戻れぬほどに彼女に縛られてしまうだろう。
だからこそ、ただ誓う。守ることだけを。
ここに彼女がいる。
その事実だけで十分だ。
この温もりがある限り闇に全てを支配されることは無い。
まだ世界は温かい。
スネイプもまた自然と目を閉じる。
短い灯りの中で、静かに眠りへ落ちていった。
春休みの校内は、驚くほど静かだった。
食堂の長卓は教師たちやイリスしかおらず空席が目立ち、窓から差し込む薄い光が、遠い埃の粒を浮かべている。
イリスは左肩を吊ったまま、片手でナイフを扱ってみた。
肉は固く、皿の上で滑ってしまう。
小さく息を吐いたとき、目の前のナイフとフォークがすっと奪われた。
スネイプは何も言わず、慣れた手つきで肉を一口大に切り分けていく。 雑に見える動きなのに、切り口は綺麗で、均一だった。
「ありがとうございます」
イリスが小さく言うと、彼は視線を皿に落としたまま短く答える。
「食べろ」
不器用なやり取り。それだけなのに、胸の奥は静かに温かく満たされる。
二人の席の周りだけ、時間が少し遅く流れているようだった。
───
夜半、悪夢で目が覚めた。 イリスは息を整えながら、迷わず隣の扉を叩いた。
「どうした」
ドアはすぐに開いた。スネイプはまだ仕事の途中だったのだろう。机の上には開かれた本と、書きかけの羊皮紙が広がっている。 彼は何も問わず、イリスをソファーへ促し、静かに紅茶を淹れる。
「こんな夜更けにどうしたのだ」
「……怖くて」
ようやく絞り出した声に、スネイプは頷く。 イリスはカップを両手で包み込むように持ち、ゆっくり温度を喉に流し込んだ。
「夢を見ました……。ヴォルデモートが現れて……。見世物小屋にいたあの頃に戻されたようで……どうしようもなく怖かった。だからこんな時間に…。すみません。」
その告白に、スネイプの瞳が鋭く揺れる。
唇がきつく結ばれ、しばし言葉を選ぶように沈黙した後、低く告げた。
「……謝る必要は無い。お前はここにいる。お前も過去の時とは変わっているのだ、引き戻されることはない。」
冷ややかな声の奥に、焼けつくような憤りと、強い想いが滲んでいた。
その響きに、イリスの胸に張り付いていた恐怖が少しずつ溶けていく。
心がほどけていくと同時に、徐々に眠気が襲ってくる。 それを見かねたスネイプが「部屋に戻れ」と声をかけてくれた。 しかしイリスは小さく首を振る。
「もう平和な時間が、いつなくなってもおかしくないと分かっています。だから……もっと、一緒にいたい」
スネイプは仕方ないといった様子で静かにイリスをベッドへと導き、布団を整える。 椅子に腰をかけるつもりだった彼へ、イリスはかすれた声で言った。
「……横に、いてください」
少しの逡巡の後、スネイプはベッドに身を横たえ、イリスの方へ体を向けた。 距離は慎重に。けれど、すぐ届くところに。
イリスは眠りに落ちる直前、彼がそっと手を重ねた。 長く、硬く、乾いている。
それでいてどこか温かく安心感のある手の感触。
「先生の手は……気持ちがいい」
小さな呟きは、呼吸に溶けて消えた。
───
眠りに沈むイリスの呼吸が、静かな部屋に一定のリズムを刻む。
白い髪が枕に散り、灯りを柔らかく跳ね返している。
指先でそっとその髪を梳いた。絹のように滑らかで、軽い。
この光景を、心に刻みつけておきたかった。
いつか失うかもしれない未来がある。
それを知っているからこそ、今この瞬間が恐ろしいほど尊く感じられる。
頬に触れる。
硬く閉ざされていたはずの胸の奥に、微かな痛みと温もりが同時に灯る。
そのとき、眠ったままイリスが身を寄せてきた。
小さな体が、無意識にこちらに触れる。
振りほどく理由は、どこにもない。 腕を回し、抱き留める。
それ以上を望む心は確かに疼いた。だが、それを形にしてしまえば彼女を壊す。
そして自分自身も、二度と戻れぬほどに彼女に縛られてしまうだろう。
だからこそ、ただ誓う。守ることだけを。
ここに彼女がいる。
その事実だけで十分だ。
この温もりがある限り闇に全てを支配されることは無い。
まだ世界は温かい。
スネイプもまた自然と目を閉じる。
短い灯りの中で、静かに眠りへ落ちていった。
